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#51 メイドの中の魔女

 その日の夜は上手く眠れなかった。もちろん睡眠のリズムが滅茶苦茶になっているのはある。けれど、それよりも漠然とした不安が離れず、目が冴えてしまっていたのだ。


 幸い、私のように眠れない……というより、眠ろうともしていない人ばかりだった。家主のレジーナは規則正しく、そして「積もる話もあるだろう」と言って自身の寝室へと消えてしまった。彼女も彼女の事情があるんだろう。


「あれ、水蓮ちゃんは寝ないの?」

「紗矢、あなたって人は……! 近寄らないでくださいまし!」

「え~いいじゃ~ん」

「放してっ」


 完全に紗矢ちゃんの玩具にされている水蓮は見なかったことにしよう。シェリーもシェリーでプルートと話し込んでいる。相変わらず無理をしていそうな顔だけれど、近づいたらプルートにキレられそうな気もしてどうも踏み込めない。こういう時に助けるのが親友の務めというのは分かっているのだけれど……。あとでどうにかシェリーの声もちゃんと聞いておかなくちゃ。ヘレナはログハウスの匂いが気に入ったのかあちこち歩き回っている。どうやら警戒心は他の魔女には向けていない。一応彼女なりに皆信用をしているのだろうか。


 となるとここに居るので一人なのは私と二葉さん。二葉さんは俯きがちに床を見ている。どこか近寄りがたいけれど、それでも彼女と話をしたいと思った。


「お疲れ様です、二葉さん」

「晴香さん、お疲れ様」

「元気ないですね。皆生き返ったっていうのに」

「……。いろいろありすぎて、疲れちゃったんですよ」

「オクトパスが水族館を捨てる、って話?」

「はい。推測であって欲しい……そう願うばかりです」

「二葉さん、本当にオクトパスを信じてるんですね」

「私の悪い癖かもしれませんね」


 そんなことはない。人を信じるのはいいことだって私は思う。


「二葉さん、少し外に出ませんか?」

「外?」

「ここ、外に陸地も少しだけあるみたいですから」





 ログハウスの玄関を出る。月、そして見たこともない並びの星たち。寄せては返していく波の音。でもこの海は虚数空間の果て。


 静寂の中で、私は砂浜に座ると、二葉さんも一拍置いて座った。


「なんだか……すごく懐かしい……」


 二葉さんは感慨に浸るように空を見上げる。水族館からでは月も夜空も見れなかったのかもしれない。


「二葉さん、水族館に来て何年くらいなんですか?」

「二年くらいです。その前にメイド喫茶のバイトもやってましたけれど」

「高校生から?」

「ええ。ただ、メイド喫茶のバイトなんて学校から許されるわけもないですから、こっそりと」


 高校生の勤務先としてメイド喫茶はちょっといいイメージはない。


「そして高校卒業して、大学入ってもバイトを続けてたら、オクトパス様がお客さんとしてきたんです」

「そこでスカウト、と」


 はい、とメイドは答えた。


「どうして私だったのかは分かりません。あそこでもっと人気のあるメイドさんはいくらでもいたはずなのに。私は年数こそはそれなりにありましたが、とてもお店のナンバーワンにはなれなかったです」

「なんでなんだろう」

「さあ。今もたまに思い出すんですよ。あの方が、なにも迷わず私を指名して、接客をさせたあの日。真っすぐ、私の接客を見て、真顔でコーヒーを飲んでいる姿。あれはどちらかと言えば面接官の態度です」


 イメージして少し笑いそうになる。でもオクトパスが何を考えているかはまるで分からない。


「そしてコーヒーと定番のオムライスを平らげた後、契約書を取りだしてきて、サインを求めてきました。そこに書いてあった給料の額を見てビックリして、署名をしました」

「高かったの?」

「年収レベルの月給が」


 ……とんでもねえ……。


「それは払われたの?」

「ええ。問題なく。……まあ、それに手を付けることは出来なかったですけどね」


 水族館に幽閉されてしまったのだから、しょうがないか。


「二葉さんはどうしてオクトパスに従っているの? お金?」

「お金もですし、それに、仕事のない時間はあの人と一緒の部屋で過ごしてることもありまして」


 ほう、それは初耳だ。


「私の出した料理を、すぐに平らげてしまうんですよ。いくらでも」

「大食い?」

「作れば作った分だけ」


 そうなんだ。もしかして魔法使いっていうのはエネルギーの消耗が激しいとか、あるのかな。


「例え私がカップ麺を作ったとしても、あの方は何一つ文句を言わずに食べます」


 変な人だ。もし「料理を振る舞う」と言われてカップ麺出されたら私は恐らく鬼のような形相でその相手を睨むと思う。


「オクトパス、好きな料理とかあった?」

「そうですね。なんでも変わらず食べていたような……いや」


 少し考えて、メイドは言葉を続けた。


「私、たこ焼きを振る舞ったことがあるんですよ」

「たこ焼き」

「その時、あの方は怪訝そうな顔をしながら、頬張ってました。その時の顔は忘れられません」


 たこ焼きが海外の人に珍しがられるという話を聞いたことがある。もしかしたらその一環だったのかもしれないけれど……。


「珍しかったんじゃない?」

「いえ、私色んな料理を調べながら作るんです。食材はオクトパス様が調達もしてくれますし」

「オクトパスが二葉さんに従うの?」

「食事に関しては、ですけどね」


 意外だ。あの魔女は王様のような振る舞いをしていると思っていたけれど、何とも妙な信頼関係があったみたいだ。


「それで、珍しい料理……オクトパス様は日本人じゃないので、和食とかを作ってみてもそこまで変わった反応はなかったんです。でもたこ焼きだけ」


 ふふっ、とすごく嬉しそうに二葉さんは笑った。


「だから、信じてしまうんでしょうね。あの人の中にある人間性を」

「……」


 私は何も言えなかった。二葉さんにとって、オクトパスはただの残虐なサイコ魔女としては映っていなかったのだ。二葉さんが優しすぎるというのはあると思う。だけれど、確かに今の話の中では、少し変わったオクトパスの人間性は伝わってきた。


「今は、紫塔様に夢中なだけです。どこかで諦めを付けることができれば、きっと、また、あの日が巡ってくると思うんです。勝手な想像ですけどね」






 ひとしきり喋った後、二葉さんの顔は晴れやかになった。私はそれを見て喜んで、また俯いた。

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