#50 終局にむけて
全員が目が覚めたのは、そこから更に五日後の事だった。それでも現実世界では半日も経っていないらしい。
最後にシェリーが目を覚ましたときは流石に私は泣いてしまった。人生の三分の二を共に過ごしている親友が帰ってくるのは、思っていたより嬉しかった。
こういう時、シェリーの第一声はもしかしたら起動失敗したときのへんてこな言動かもしれない、と身構えていたけれどそんなことはなかった。ただ「晴香ちゃん……」と懐かしい声で呼ばれて、私はとにかく安心した。
他の皆もしっかり生き返った。紗矢ちゃんは「いっぱい寝た……」とどこか上機嫌だったし、プルートは「……私」と涙を一筋こぼしながら起きた。あくびじゃないだろうか? ヘレナは目覚めてぼーっとする日が続いてたけど、シェリーが起きた瞬間、はしゃぐように声を上げた。
「それじゃあ、現状の確認だ」
レジーナ主導で、作戦会議が開かれる。
「君たちはオクトパスの圧倒的な力と残虐性の前に倒されてしまった。奴はミオを連れて、姿を消した。私の推論だが、オクトパスは水族館を何も言わずに破棄するのではないかと考えている」
「破棄ってどういうこと?」
紗矢ちゃんの質問に、レジーナはしっかり回答する。私に言い聞かせたような言葉をレジーナが言うと、紗矢ちゃんはビックリしていた。
「え……!?」
「どういうことよ、それ。もう私たちは用済み、ってわけ」
「ああ」
プルートの憤りにも、レジーナは静かに頷く。
「やっぱりいけ好かなかったわ、あいつ……! 私の右脚を叩き切ったことも含めて、絶対許さない」
プルートの太もも、そこにはっきり切断痕(とそれを繋ぎとめた縫合痕)があったのを、彼女が倒れているときに見てしまった。
「そういや……皆奇跡的に治ったね、傷」
「なにをしたのかしら? そっちのレインコートの魔女さんならよく知ってるのかしら?」
鋭い目線に、水蓮がビクッと震える。
「お、お助けを……」
「誰も取って食べるだなんて言ってないわよ? 何をしたのか、というのを知りたかっただけ。それとも魔女のルールに従って『秘密』とでも?」
「あまり凄んでやるな。あくまでもスイレンは助手だ。彼女が突出した医療行為を主導したわけじゃない」
「ふーん……」
プルートはあっさり引き下がり、そして自らの脚に目をやった。生々しい傷跡が白い肌にくっきり刻まれていた。
「私、お人形みたいね」
「お人形?」
「脚が取れても、お人形ならくっついてしまうもの」
ちょっとだけ怖い比喩に、私はそれ以上突っ込めなかった。
現状確認。こちらのメンバーは7人。うち魔女が4人、非魔女が3人。気が付いたら戦闘できそうな面子が増えている。
各々目覚めたばかりだけれど、歩いて活動はもう出来そう。戦闘となるとプルートやヘレナは厳しいかもしれない。そう言えばレジーナはオクトパスに追われていたんじゃ……?
「オクトパスは振り切った。虚数空間を駆使してな」
なるほど。なんとかなっているわけだ。
「ねえ丸眼鏡さん。この虚数空間の出口を、水族館の外の外界につなげることは出来ないのかしら?」
「昔聞かれたこともある。残念ながら、不可能だ」
期待していた案ではあったけれど、無理か……。
「ふーん。何回これで逃げたの?」
「四回だが」
「なら、相手がよほどの馬鹿じゃない限り、そろそろ出てくるパターンも読んでいる頃合いね」
どこか他人事のように、自分の爪を見ながらプルートは言った。
「アイツは私たちに関心なく、水族館を破棄する……と言っていたけれど、破棄の邪魔になる事柄は、潰しに来るんじゃない?」
「待ち伏せされている、とでも?」
「されていても文句は言えないでしょう」
棘のある言い方だけれど、ものすごく正論に思えた。『よほどの馬鹿ではない限り』オクトパスが私たちを潰す手に出る可能性はある。
「水族館はアイツのホームなのよ。監視カメラや、それに代わる手段もあるでしょう。それで、この虚数空間からの出口を察知したら構えて、出てくる私たちを、ブスッと」
刃物で刺す擬音が怖い。オクトパスは刃物を確か使っていた。
「シェリーちゃん、来て」
プルートは会話の流れを気にせずに、シェリーに手招きする。意図がわからず、シェリーはきょとんとしたまま、プルートに近づく。
「まだ脚が痛いの。シェリーちゃん、撫でてくれない?」
「……痛そうだね、プル姉」
自然とシェリーから撫でる手は出てきた。
「……優しい、優しくて、涙が出ちゃいそうよ」
そう言いながら、プルートはケラケラ笑っている。くすぐったいのかな?
「プル姉?」
「大丈夫、続けて。だんだん和らいできたから」
そう言われ、シェリーは傷のある辺りを優しくさすっていく。プルートは妹とこんなやりとりをしていたのだろうか? それともただの願望?
「ありがとう、シェリーちゃん。痛いところとかないかしら?」
「ううん、大丈夫」
シェリーの顔を見たら、それが嘘というのは分かった。
待ち伏せの可能性があるとなると、ここから出るにも、ちょっと工夫がいるはず。
「待ち伏せを突破するなら、ヘレナを先頭にしたらいいんじゃない?」
「一理あるが、今のヘレナが全力を出せるか、そういうところも判断しなければならない」
ヘレナにだって目立つ傷が出来ていた。完治しているかって言われると、たぶんプルートのようにまだ痛むんじゃないだろうか。
「逆に、待ち伏せがいるというのなら、そこを強襲するというのもアリだな。スイレン、君の力を借りたい」
「……」
「このままでは、私たちはオクトパスに殺されるぞ」
「拒否権は、ないのですわね」
一つため息をついて、水蓮は肩を落とす。
「いいですわよ。レジーナさん、作戦を立てますわよ」
そして二人は外の状況について、予想と対策を立て始める。出口前の水蒸気を過熱して攻撃するとか、逆に温度を大きく下げて、凍結を狙うとか、そんな話も聞こえた。
大まかにここを出る算段もついた。あとはタイミングだ。
「レジーナ、ここは時間の流れがめちゃくちゃ遅いんだよね? なら、皆の傷が完治するまで居てもいいんじゃない?」
「別にいいが……きっと数か月単位の時間を、この薄暗いログハウスで過ごすことになるぞ? そうなったら、君らは耐えられるのか?」
「うっ……」
自信が一気になくなった。数か月ここでこもりっきりというのは流石に頂けない。どこかで区切りを付けて、さっさと進みたい気持ちが私にはあった。レジーナもあの言葉の端からそんな思いは滲んでいたように思えた。
「今すぐに行こうとは言わない。だが、近々そのタイミングは来るということだけ、考えておこう」
こうして、皆が目覚めてからの作戦会議は一つ終わった。