#5 水族館所属のメイド
私たちの昼食も麻婆春雨だった。普通に美味しそう……。
「……」
紫塔さんはそれをまじまじと観察していた。それはそう、何せ知らない人の作った料理だもの、毒や何かが入れられているかもしれない。
「魔力は感じないわね……」
第一関門クリア。
「私から毒味するわね」
「毒味ってそんなぁ!?」
二葉さんがショックを受けている。それを気にすることなく、少量の春雨を紫塔さんは口にする。じっくり確認するように噛んで飲み込んだ後、彼女はOKのハンドサインを出した。問題なさそうだ。
「心配しなくても、そんなヤバいものは入れてないですよ!」
「これあなたが作ったのかしら」
「そうです!」
二葉さんが不満そうに訴えている。自分の料理にあらぬ疑いがかかるのは嫌なのだろうか。
「まあまあよ」
「ま、まあまあ……」
美食家みたいなコメントだ……。紫塔さんのまあまあっていうのは……あんまり美味しくなかったのかな?
「……精進しますぅ!」
怒ってしまったのか、二葉さんはちょっと言い方が荒い。
とりあえず紫塔さん調べで問題なさそうなので私たちも食べることにする。シェリーはまだヘレナのお世話が楽し……忙しそうだからあとにしてもらおう。
一口含むと、……確かに「まあまあ」なお味がする。可もなく不可もなく、マズくはないけれど外食で食べたらパッとしない味。
「うん……」
「ホントにみおっちの言う通りだ」
「あなた達まで!」
もう二葉さんの顔は真っ赤だ。……この人、魔女なのかな?
「ねえ二葉さん」
「なんでしょう?」
「ここにいるってことは、二葉さんは魔女なの?」
「え? 違いますよ」
……? じゃあなぜここに? もしかして私のように魔女に巻き込まれてここに迷い込んだのかな。
「私はスカウトされたんです。メイドとして、オクトパス様に」
……ほう! まともな理由が出てきたことに少し驚いた。
「そうだったん!? 二葉ちゃんもしかしてやり手!?」
紗矢ちゃんが勢いよく二葉さんに絡んできた。相手は多分年上だと思うけれど、こうやって絡んでいくんだ……。
「うーん、あそこでは、まあ……」
「ひゅー! 凄いメイドさんだったんだねぇ」
「はい、お店のナンバー2でしたから」
……お店? お店……メイドの、お店……ってなんだ?
「あれ、二葉さん……そのお店って……オムライスにハートマークとか描いてました?」
「あら、よくご存じで」
――メイド喫茶のメイドだ……!
「突然客として現われたオクトパス様に指名された後、高額報酬でスカウトする、って言われたからつい」
全然不純な動機だ……!
「ええ……」
「なんですかその『ええ……』は。む、もしや私を貴族にお仕えする本物のメイドと思いましたか」
「……」
そう思ったのは一瞬だけ、会った最初の一瞬だけだ。よく考えたらロイヤルなメイドが熊耳カチューシャなんか付けてないか。
「ふん! いいですよ、私はどうせメイド喫茶から来た三流メイドです!」
「怒らないでよ二葉さん、私、二葉さんの接しやすいところ、嫌いじゃないですって」
「あらそう。それならよかったかも」
簡単に二葉さんの機嫌は戻った。結構さっぱりした性格の人なのかも。
「二葉さんは昼食は食べないんですか?」
「うーん、私は館内の皆様に昼食を配るお仕事がありますので、その後ですね」
それなら仕方がないか。彼女がサボって誰かの所に昼食が行かないというのも、ちょっと嫌だし。
「分かりました、二葉さん。また来ますよね?」
「ええ、時間になったら。それと、オクトパス様の隣の部屋にいますから」
なるほど……でもそもそもそのオクトパスの部屋を知らないからまだ行けそうにない。
「あら、そろそろ時間。私は行きます。ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
まだ何人分かのご飯を乗せたワゴンを連れて、二葉さんは部屋の出口へ抜けようとした。その時、紫塔さんが再び彼女に声をかけた。
「メイドさん、お風呂ってあるかしら?」
「ああ、そうでしたね。お風呂はこの部屋を出て、右に曲がったところにありますよ」
そう簡潔に伝えて、内側に向けた腕時計をちらっと見たメイドは少し早歩きでワゴンと共に部屋を出た。扉にワゴンをぶつけてたのがちょっと心配だったけれど……。
「行っちゃったね」
「二葉ちゃんはあんまり悪い人に見えなかったな~」
確かに。あの純粋そうな人柄は無条件で信じたくなる。……実はまたお話しできる機会を楽しみにしている自分がいた。
「みおっちはどう思う?」
「うーん、私もあんまり怪しいとは思えなかったわね。魔力も感じなかった。悪者だったとしても、彼女を利用できそうね」
紫塔さんの視点でも敵には見えなかったみたい。……そういや唯一シェリーはやりとりしてないな。見ればまだヘレナと遊んでいる。
「シェリー、お風呂の場所が分かったわよ。この魔女を連れて行ったらどう?」
「ああシェリー、お世話疲れてない? お昼ごはんもあるけれど」
「大丈夫! うん、お風呂に連れて行ってくるね」
全く疲弊した様子を見せずに、シェリーは部屋を出て行った。顔を見た感じ、ああいうことがきっと好きなんだろう。
「お母さんみたいだね、シェリーちゃん」
「そうなのかしらね……」
私もあんまりそう感じなかったのは、シェリーとの付き合いが長すぎるせいなのか。
「あ、これ」
シェリーとヘレナが去った後に残った、無骨な大鉈が目に入った。改めて見ると……とても危なっかしく見える代物だ。
「晴香、あんまり触らない方がいいわ。魔力の痕跡を感じる」
「ああ、うん」
見れば見るほど、大鉈は現実離れした代物に見えてくる。なにか怪しいところとかないか、と興味本位で見ていく。血であろう赤い痕跡は時間が経っているのか黒ずんでいる。刃こぼれも目立つ。と、あることに気づく。
「Ⅱ」と刃の根元に刻まれている。この「Ⅱ」って私の知っている数字の2の意味なのかな……?
「何かおかしなところでもあった? 随分覗き込んで」
気付けば目の前十センチくらいまで顔を近づけていた。はっとして大鉈から距離を取る。
「この鉈、Ⅱって刻まれてるんだよ」
「Ⅱ? Ⅰがある……ってことかしら?」
「こんなおっかない武器がもう一本とか怖すぎ~」
「……あのヘレナって魔女、やっぱり変だった……わよね」
紫塔さんが私と紗矢ちゃんを見て聞いてきた。その質問にはただ頷く。
「そうだね~。なんか、人っぽくないというか、漫画とかで見るパワー全振りの敵みたいだよね」
「……晴香、どういう意味?」
紫塔さんはそういうアニメや漫画に縁がなかったのか、私に聞いてきた。
「戦いの能力だけ突出していて、他の部分が欠けちゃってるっていうキャラが、よく漫画やアニメでいるんだよ」
「……なるほど」
真剣にうんうんと紫塔さんは頷いている。そこまで真に受けなくても……。
「でも、戦闘力全振り、なんてそうそういるのかしらね」
「というと?」
「魔女として生きる以上、そんな単細胞的な生き方で生き残れるのか、って思ったのよ。いくら力が強くても、一人では限界がある。それこそ、知略を巡らせないと、教団をはじめ敵を出し抜くのは難しいと思うわ」
この前の教団との戦いを思い出す。うん、作戦やら、頭の切れがないとあの窮地は脱せなかった。となると、あのヘレナって魔女も実は頭が良かったり?
「ねえ、もしかしてあのヘレナって子、何か『あとから理性を失った』……って線ないかな?」
紗矢ちゃんが何か得意げな顔で言い放つ。
「あとから……?」
「なんかこう、頭を強く打った、とか、ほら……なんか」
得意げな顔から、歯切れの悪い言葉が出てくるものだからちょっとだけ笑いそうになった。
「……本人に聞いてみないと……いや、答えられそうにもないわね」
この件はまだ謎のままになりそうだ。
ヘレナとシェリーが帰ってくると、かなりさっぱりして気持ちが良かったのか二人ともすごく明るい表情だ。私たちだって船の事故からずっと入浴できていないんだもの、そりゃ笑顔にもなる。
ところでヘレナのほうもかなり印象が変わった。着ていた汚れた一体型の服はどこへやら、かわいらしいパジャマのような服を着させられていた。長くベタついていた髪もシェリーによるものだろう、清潔になってかなり可愛くまとめられている。
「おお……なんか、見違えたね?」
紗矢ちゃんが印象がガラッと変わったヘレナに声をかけた。ヘレナはやっぱり人の言葉で返事はしない。でも声音から嬉しそうなのは伝わってきた。
「晴香ちゃんたちも、お風呂入ってきたら? 気持ちよかったよ」
遠慮なく、と言おうとしたところで紫塔さんが少し腕を組み始めた。
「……一応、ここ敵地ってことでいいわよね?」
あ、忘れていた。二葉さんやら丁寧に出てくる昼食やらでかなり警戒心は薄れていた。……それはそれとして、お風呂に入りたい気持ちは私は強かった。
「紫塔さん、取れる休息は少しでも取っておくのが大事じゃない? シェリーが行って問題なかったんだったら、大丈夫じゃないかな?」
「それもそう、ね……」
悩みは解決したのか、腕組みをやめた紫塔さんは部屋の出口の方へと歩き出す。
「着替えはあるのかしら?」
「うん。みんなのものが用意されてるよ」
なるほど。なんだかホテルみたいなもてなしだ。
「行きましょうか」
先頭を行く紫塔さんに、私と紗矢ちゃんはついていく。途中シェリーと戯れるヘレナが目に入ったけれど、やっぱり大型犬みたいな反応をしていた。