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#49 小休止

 一連のことを話し終えると、レジーナは何度か頷いた。一緒に聞いていた水蓮は首を(ひね)っている。


「なるほど。聞いたこともない現象だが、それが『純血』の力なのか」

「意味わかりませんわ。一般人を後天的な魔法使いにしてしまうなんて……」


 私だって意味は分からない。それに、ここにある抜け殻になってしまった指輪だって。


「つまり、君は自由に魔法使いになれる……というわけか?」

「そうかも。だけど今は、この指輪に効力もないし、そもそもあの指輪は私が作り出したものじゃない」


 水蓮がため息をつく。


「でも都合のいい時だけ魔法使いになれる……それは、魔法使いも、普通の人間も、魔女を狩る教会だっていい顔はしませんわね」

「というと?」

「魔法使いにとっては突然裏切られる可能性を持った不安要素、一般人からしたら異能を持った危険人物、そして教会からは魔法使いの因子を持った狩猟対象になると思われますわ」

「……」


 言葉を失った。それってもう味方がどこにもいないじゃないか。


「まあまあ落ち着けスイレン。今のところ、ハルカは一般人として振る舞っているし、裏切りとか反乱を起こすタマに見えない。それはそうとして、あそこのシリアルキラーとはどういったご関係だ?」


「シリアルキラー?」


 レジーナが指しているのは魔女・プルートの方だ。


「彼女は祖国で凶悪な連続殺人を引き起こした危険人物だぞ? 君たち一般人が比肩できるような女には見えないがなぁ」

「……」


 また私は言葉を失う。普通の人間とは思っていなかったけれど、連続殺人犯かぁ……思ってたより、ヤバい奴だったな……。


「と……取引して……」

「悪魔との?」

「そんなにかぁ……じゃなくて、私が魔法で彼女をぶっ倒した後、指輪が割れて、戦力不足に陥ったから」

「よくあの女が裏切らなかったな。寝首をかかれたら太刀打ちできなかったろうに」

「なんか、シェリーに妹を重ねてたみたいだけど」

「妹? そんなの聞いたこともないが」


 真剣そうにレジーナは考え込む。


「なんかおかしい?」

「いや、あの女の事件は、世界的にかなり話題になったものだ。国際指名手配犯にもなったのだ。奴の家族に関する立ち入りすぎたマスコミの報道もあった。だがそこに妹、あるいは兄弟なんて情報はなかった……と思っているだけだ」


 なんか、だんだん怖くなってきた。せっかく掴んでいた意識が遠のきそう。プルートの素性が知れないし、もしかしたらあの魔女は、根っから嘘をついていたのでは? と疑い始めたらもう止まらなくなった。あんなのにシェリーを付き合わせてた、と思うだけで罪悪感で死にそう。


「まあ今は寝ているから、とりあえずは安心だろう。……ふむ。今はどうしようもないな」


 レジーナは考え込んで、私もそれにならった。どうしようもない。今は仲間たちが皆行動不可。私が起きて、一人で行動をしたって、何もできる気はしない。


「ミオが誘拐されて、どうなるだろう」


 オクトパスが紫塔さんに異常な執着を見せていたのは事実。「純血」というのがきっと彼女のお気に入りの理由。じゃあ、それが手に入ったら?


「なんだろう。そもそもオクトパスはどうして、水族館に魔法使いを集めていたんだろう」

「そこに起因する。もし『純血』を見つけるため……としたら、彼女は目的を果たしたことになる。そうなると水族館に玉石混合の魔法使いたちを収集していく理由も見いだせなくなるな」


 っていうことは……?


「奴が水族館を、黙って破棄してしまう可能性だってあるだろうな」

「破棄……!?」

「ああ。ハルカ、君は水族館から出る方法は知っているか?」


 知らない。首を横に振る。


「だろうな。さてオクトパスは自分が大して興味もない魔法使い、人間に対して親切に元の世界へ帰してくれる手引きをしてくれるだろうか?」


 想像はつかない。


「このまま海のど真ん中に、この水族館を沈めてしまえば、帰す手間なんか省ける――そう思わないか?」


 ……悪寒がした。このままじゃあ、私たちだけじゃない、水族館の全員、海の藻屑になる。もちろんこれは一つの推測だけれども、でもオクトパスのこれまでの行動や態度を見るとやりかねない行動に思えた。


「ちょっと丸眼鏡! それどういう意味ですの!?」

「言っている通りだ。オクトパスは私たちに何の興味もない。つまりゴミだ。それを盛大に不法投棄して私たちはみな一巻の終わり、という推測だ」


 みるみる水蓮の顔が青くなる。ショッキングな話だったのだろう。


「い、嫌ですの……! 命だけは……!」

「前から思ってたけど水蓮、命が一番大事だと思ってるんだね」

「当り前ですわ! 命あっての物種ですわ!」


 理解はできる。だけれど、ずいぶん慎重な考えだと思ったのだ。


「生き延びたらなにする?」

「なんですの急に? ……ふん、あの子にまた裸踊りでもしてもらいますわ!」


 メチャクチャ気に入っているじゃん、紗矢ちゃんのショー。





「それはそうとレジーナ、もう72時間、つまり三日経ってるって言ってたよね!? レジーナの言っていた通り、水族館の破棄計画が進んでるんじゃない!?」

「落ち着け。ここの72時間は、現実での72時間にはほど遠い。きっと地球は30度も回っていないだろう」


 ……え?


「ここは私の、私による、私のための空間だ。時間の流れだって制御が効く」

「……えぇ!?」


 ビックリしてしまった。そんなとんでもない事も出来るんだ……。


「君たちをここに回収したのは、その必要があったからだと判断したからだ。でなければ死んでいた。君たちも、私たちも」


 水族館破棄説が本当だったら、その通りだろう。


「みんなが目覚めるまで、私はコーヒーを挽いていたって構わない。そんな時間を過ごそうと、オクトパスが水族館を堕とすまでに至らないはずだ」


 ……。なんだか、肩の力が抜けた。今すぐオクトパスを止めなくちゃ! という焦りがふわっと消えちゃった。


 じゃあまずは皆が目覚めるまで、待つことにしよう。





「……レジーナさんは、何のお話をしていたのでしょう」


 二葉さんが私に聞いてくる。レジーナはさっき言っていた通り、コーヒーの準備をしに行ってここにいない。


「水族館の今後のことだったよ。もしかしたらオクトパスはあの水族館を黙って破棄するかも……って話」

「……そうでしたか」


 少し寂しそうな表情をメイドはする。……聞いておきたいことがあった。


「二葉さん、あんな扱い受けてたけど、オクトパスを恨んだりしてないの?」

「いいえ。確かに理不尽な扱いは受けていました。けれど、……彼女に会わなければ、魔法使いのことだって、あなたたちの事だって、知らないままでした。お料理の腕だって、ここに来てから急成長したんですよ?」


 気丈に振る舞う二葉さん。……嘘は言っていなさそう。そもそも、この人が嘘を言ったらすぐバレそうだ。


「それに……あの人、多分、普通とは違う生き方をしている。だから、すこし常識が欠けたような発言があるんです。きっと普通の人たちのことをよく知れば、彼女はもう少し、いい人になれると思うんです」


 そうなのかな。オクトパス程の人が、急に生き方を改められるのかな。それに。


「二葉さん、すごく優しいんだね」

「……誰かのために精一杯力を尽くすのは美しい、とうちの親は言っていたものですから」


 自己犠牲なのか、慈愛なのか。二葉さんの生き方はすごくカッコいい。でも、それって……。


「二葉さんは、二葉さん自身のために力を尽くしていいんじゃない?」

「……。急に生き方を変えるのは難しいですね。誰かに尽くすことが、私の幸せの一つとして、脳みそに刻まれてるみたい」


 ははは、とどこか寂しそうな笑いは、どこまでも私の中の二葉さんを助けたいという気持ちを掻き立てられてしまう。彼女も一緒に連れて、この水族館を脱出したい。


 正直気持ちは焦る。だけれど焦ったまんまオクトパスに挑んでもきっと勝ち目はない。皆が目覚めるまでその気持ちは消えなかった、変にくすぶり続けて、私の気持ちは発狂へと導かれそうだった。

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