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#46 下層にて

 壁の向こうへ少し進むと、すぐに異変を感じる所へたどり着いた。


「階段……」


 下りの階段。折り返すような作りで下の階は直接見えない。ただ、明りもついておらず、ほの暗い。一人だったら私は絶対進まないだろう。


「おやおや、アイツ、何を隠してたの? この水族館に下の階があるだなんて、聞いてなかったわ」


 プルートはそう口走りつつも、歩みを止めずに階段を降りて行こうとする。


「待ってプル姉!」


 そうシェリーが呼び止めなかったら、流れはプルートが握っていただろう。


「ん?」

「進むの? 向こうの道だって、調べれるけれど……」

「シェリーちゃん、こういうのは思い切りが大事よ? 今までと違う何かがあるのなら、注目すべき……と、私は判断したわ」


 その考えはわかるけれど……。なんか危なくないだろうか?


「あなたたちに問うわよ? あなたたちの目的は? ただ水族館を探検すること? それとも、見失った魔女を探すこと? もし探し当てる確率が高いのなら、その方を選ばない?」


 ……どうも、その言葉を否定する流れはない。紫塔さんが頷いて歩みを進めるのを見た私たちは、続いて進む。……何かに誘われているようなきがする。プルートの意思じゃなくても、何か不吉な物を感じた。




 下りの階段を降りて、曲がって、降りて……ビルの階段のような折り返し階段を降りていくと、どうも空気の悪い、暗い場所へと出た。


 相変わらず外の水槽に魚たちの姿は見えるのだけれど、その水槽の光がどこか弱い気がする……。


 一歩、その空間に足を踏みだして、すぐ異変に気付いた。


「っ……!」


 ぎゅ、とどこか心地の悪い感触が足に伝わる。見ると、何かわからない、けれど柔らかい何かを踏んづけていた。……正直その正体と向き合いたくはない。


「あらあら……こーんなに、血生臭い場所が水族館の下にご用意されていたなんて……」


 血生臭い、という表現にドキッと胸が疼く。どこかテンションが高いプルートの言い方も、想起させるには十分だった。


「……うわぁ……」


 見なかったことにして、下層の空間を行くことにした。




 階段からすぐに扉が現われる。扉も錆だらけで不安を煽る。ドアを開けると、すぐに誰かが立っていた。


「誰だ!」


 それは、警備員が不審者を見つけるがごとく、はっきりと警戒をしめす声音。思わず背筋が凍る。


「あら、ミカ。いったいいつ振りかしらね?」


 臆した様子のないプルートが、その応対をする。……どうも顔見知りみたいな話し方をしているな。


「おま……プルート! 何しに来たんだ?」


 驚いた様子を見せる相手。……黒い服装が目に入る。


「探検よ、探検」

「ついにお前も下層送りになったのかと思ったよ」

「ここは刑務所?」

「ま、似たようなところさ。私も、ここを任されるまでは知らなかったが」


 あまり公にされていない場所らしい。


「それはそうと、そこの子どもたちは?」

「付き添い。探してる人がいるんだって」


 そう聞くと、ミカと呼ばれたその魔女は、少し考えるように唸る。


「……まさか、最近ここらに来たあのメイド服、とか?」


 ! メイド服と聞いたら、もう一人しか出てこない。


「その人、熊耳のカチューシャ、付けてました?」


 私は思わず質問をしていた。


「ああ。どっか空いてた独房にぶち込まれてたぞ」

「独房……!?」


 独房ってなんだ……? なにか、二葉さん悪いことしたの?


「なるほど。じゃあそのメイドさんの所にでも行こうかしら。それと?」


 そうプルートは私たちに促す。もう一人、探している人物はいる。


「丸眼鏡の魔女を見なかった?」


 言葉を失っていた私に代わって、紗矢ちゃんが問う。


「んー、見てはいないが……ただ、最近やたら物音がするから、もしかしたらいるかもな?」


 ミカさんはあっさり情報をくれた。私たちが欲していた情報をいとも簡単に。




 ミカさんと別れて、下層を行く。水槽が見えて、横の壁には個室がある。それは上の層と一緒の構造のはずなのに、空気の悪さ、足元の悪さ、そして視界の悪さが印象をがらりと変えている。


 ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべたプルートが、なんだかこの不穏な下層の雰囲気とあいまって、すごく、怖い。何か恐ろしいことをしてきそうな感じがして、内心ドキドキしている。下層に来てから彼女と喋ろうとしないシェリーも、そう思っているように見えた。




 やがて一つの牢屋の前でプルートは足を止めた。私たちもそれに気付いて止まった。


「あれじゃないかしら?」


 プルートが指さす先。そこに――壁から伸びた鎖で、両手を縛られたメイド服の女。熊耳のカチューシャが見えて、もうそこにいる人物はすぐ誰か分かった。


「二葉さ……むぐっ!?」

「あまり大声は出さない方がいいわよ? この層の人達……どうも皆、苛々してるみたいだから」


 優しいプルートの囁きは、恐怖を倍増することしかしなかった。この空気の悪さは、もしかしたら、顔も見えない人達の殺気が醸し出していたとでもいうのだろうか?


 口を抑えてきた手が離れても、私は声を出す気にはなれなかった。


「どう開けようかしらね? 力づく?」


 牢屋の扉はキチンと鍵がかかっている。力づくにしたって、生半可な力じゃ突破しようのない鉄格子が阻んでいた。自然と、それがこなせそうな大鉈を、私は目で追っていた。


「あら気が合ったわね。でも、ヘレナは力を出せるかしらね?」


 壁の突破からそこまで時間は経っていない。さっきほどのパワーは出せない気がする。ヘレナは元気そうにしているけれど……。


「……待って。そもそもこの鉄格子、何か細工がされているわ」


 紫塔さんの冷静な声が聞こえた。


「細工?」

「流された魔力が、跡形もなく、消える。普通の物質の伝わり方じゃないわ」


 そう紫塔さんが言うと、プルートも鉄格子を指先で少し触れる。


「本当ね。他の牢屋とちょっと違うわね」


 そうなると? ヘレナの大鉈じゃ無理ってこと?


「どうしましょうかね? 鍵を探す?」


 現状それしかなさそうだけれど……。


「プ、プル姉。何か方法はある?」

「あらあら、怖かったのね? そうねぇ……」


 考えるような腕組みを5秒ほどしたのち、またニヤニヤと笑って、シェリーに向き直る。


「これとか?」


 プルートが取り出したのは、裁縫用の糸切りバサミだ。……どうしてこれを?


「これをねぇ」


 プルートは糸切りバサミを閉じて、牢屋の鍵穴に突っ込む。丁度、大型の鍵穴と、大きさがマッチしているように見えた。


 彼女が手首を捻ると、ハサミは回る。ガチャ、と小気味いい音とともに。


「……え、開いた!?」


 私も驚いてしまった。なんだそのピッキングの技術。しかしそんなことを聞く間もなく、プルートは牢屋の扉を開いた。


「ほらメイドさん? 朝よ? 起きないと……」


 二葉さんは気を失っているのか返事がない。何度か身体を揺らすけれど、反応もない。


「生きてるかしら?」


 首筋にプルートは指を当て、数秒で頷く。


「生きてるわね。……どうするの? 運ぶの?」


 ここにきて問題が発生してしまった。二葉さんを回収したとして、彼女が気絶していたら、運搬が必要になる。そんな腕力はないぞ? しかもまだ用は済んでいない。


「どうする……?」


 すると、音が聞こえてくる。靴音。妙に響くその音は、だんだんこちらに近づいている気がして仕方がなかった。


「時間はないわよ? それとも、来客をもてなしてから考えるのかしら?」


 時間も、思考力もない。そもそも取り付けられた鎖を外すことすら間に合わないだろう。


「誰だろう」

「決まってるじゃない。水族館の監視役よ」


 内心そうだろうな、とは思っていた。諦めて、私たちは鉄格子の外に目を向ける。もう遠くに、その人影は見えていた。

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