#45 危険な仲間と
しばらくして、扉の内側からノックがされる。恐らく入っていいという意味だろう。そう受け取って、みんなで部屋に入る。
部屋の真ん中に、穏やかな表情のプルートがいた。あまりの毒の抜けっぷりに私は内心驚いた。
「……話の途中だったわね。何だったかしら」
「えーと、私たちと組んでほしいの、プル姉。オクトパスを倒して、この水族館を出るために」
「受けるわ」
食い気味の回答に、一瞬私たちの回答は遅れる。回答の意味を理解するのも遅れた。
「……本当?」
「ええ。泣いたらスッキリしちゃった。ね、シェリーちゃん。でも私は私の動きたいように動くわ。その上で、あなたたちに協力できることをするわ」
えらく素直な回答に驚く。こんなに棘が抜けるとは思わなかった。いや、まだ裏があるという可能性だって、考えられる。
「プル姉本当? 神に誓える?」
「神?」
少し考えるように上を見上げた後、シェリーに向き直るプルートは。
「神に誓えなくとも――あなたに誓いましょう」
こうしてすんなりと仲間を得ることのできた私たちは早速探索を再開した。とりあえず、みんなお腹が空いているのかぐーぐー音が聞こえてきて私は笑いそうになった。
「食糧を探したいわね。プルート、なにか心当たりある?」
「はぁ? 探したこともないわよ」
紫塔さんの問いに、荒っぽく答えるプルートの事はなんか分かってきたような気がする。たぶん、シェリー以外からの問いにはあんまり積極的に答えてはくれないと思う。
「……グルルル」
ヘレナもずっと警戒しっぱなしだ。
「あらあら、子犬ちゃん、そんなに怖がらなくても大丈夫よ……? 怖がる前に、楽にしてあげるから……」
背筋の凍るようなことを言ってるから、妙な緊張感がある。ヘレナもそのプレッシャーの強さにそのまま黙るしかなくなっているみたいだ。
「プル姉、あんまり怖がらせちゃだめだよ? ヘレナは私のお友達なんだから」
「えっ? ああ……そうなの」
露骨に嫌そうな声音。彼女の性格が伺える。
廊下の突き当りまで来た。突き当りまで来るのは初めてだ。……左右に道が別れている。どっちに行けばいいかわからず、とりあえずみんなで考えることにした。
「プル姉、この水族館で知ってる場所ってある?」
「そうねぇ~大浴場とか、トイレとか、ん~……」
考え込んでいる様子は、本当に知っている情報が少なそうな感じがする。
「そうだプル姉、プル姉の魔法で、両方探索できたりしない?」
「結構いい考えじゃない。でもあんまり遠くまでは見ることは出来ないわよ?」
プルートがそう言うと、辺りの明りがチラチラと点滅し始める。暗くなる時間が増えて、暗闇に焦点が合うとそこに犬のような形の影が二匹、現われる。
プルートが合図をすると、その二匹は左右別れて走っていく。
「プル姉、これで何かわかるの?」
「なにかがあれば、ね」
……プル姉、と慕うように接するシェリーは一見親しそうに見えるけれど、多分あれは頑張って仮面を被っている様子だ。間違いなく。
数分して、一匹が戻ってくる。「そう」プルートは一言だけ一匹に声を掛けるとその一匹は影に溶け込む様に姿を消した。
「右は行き止まりよ。何もなかった……と影は言っていたわ」
「ほんとぉ?」
「何? 私の調べ方に不安でもあるっていうの?」
疑った紗矢ちゃんにプルートは噛みつく。でも、私は紗矢ちゃんの考えが分かる。行き止まり? ならば……。
「でも、行き止まりなら、一度寄るのもありじゃないかな?」
「おぉ、はるっちいいこと言うね!」
私たちの朗らかなやりとりを、プルートはじっとり、何か言いたそうな目で見ていた。
「プル姉、プル姉のことは私信じるよ」
「あらあら、気遣わなくてもいいのに……」
「それはそうと右、行ってみよう」
「そ、そうね……」
シェリーに言われるとプルートの不満気な表情は少し和らいだ、少しだけ。
分かれ道を右に行く。50メートルも行かないうちに、行き止まりは現われる。壁。何の変哲もないただの壁だ。でもこの水族館で壁、というのは少し珍しい気もした。だって、横の壁は水槽として魚たちの姿が見えているから。なおさら怪しい気もするその壁をじっと睨んでも、何も出るわけはないんだけれど。
「本当に行き止まりね……」
紫塔さんが呟きながら、壁に手を触れる。合わせるように、私も壁に触れた。……うん、何もない。ちょっとひんやりとした感触が手に伝わる。
「魔力……もなにも感じないわ。どれどれ」
紫塔さんが壁をノックする。カツカツ、と空洞も感じさせない音に、壁は細工のないものだと私たちは思い込んだ。
「ああん?」
ただ一人を除いて。
「どうしたのプル姉?」
「見るからに怪しいじゃない。ヘレナ、あの壁を叩っ切りなさい」
「ワウ?」
ヘレナは首を傾げている。やっぱり、シェリー以外とコミュニケーションを取るのは苦手みたいだ。
「ヘレナ、あの壁を思いっきり切ってみてくれない?」
シェリーが翻訳するかのようにヘレナに伝えると、ヘレナは笑って、大鉈を構えた。
「シェリーちゃんの言葉しか分からないのね? その子」
「私、昔犬飼ってたことあるから」
「んー、私の実家には犬は……居なかったわね」
そんな話をしているうちに、ヘレナは壁に突っ込んでいく。大鉈の初撃は、全力で振るわれるはずだ――!
天井から床まで一直線の剣筋は、ブレることなく、綺麗な線を壁に刻んだ。
深く刻まれた傷から、少しずつヒビが壁全体に走っていく。それをみて、プルートは意地悪に笑って、私は何が起こるか不安になった。
やがて壁は亀裂に耐えられずに形を崩した。ガラガラ、と大きな音が静かだった廊下に響く。誰かが見ていたりしないだろうか?
「開いたわね。道は切り開くもの。文字通りにね」
得意げな顔でプルートは語る。壁が崩れた後、舞い上がる壁の粉塵の向こうには道が見えた。
「アイツ、来るんじゃないかしら? オクトパスに直接、レジーナの事は聞けばいいんじゃない?」
かなり強引だ。ここまで派手に施設をぶっ壊せばプルートの言う通りオクトパスは来そうだ。
「随分強引よ。苛々してるの、あなた?」
「ふん、あんな魔女、気に入らないだけよ」
なんかこの先を不安視せざるを得ない発言。今後変なトラブルを起こさないといいけれど……。
「ハウッ!」
ヘレナが切り払って、粉塵が吹き飛び、視界は開けた。目の前の廊下は、これまでのような規則正しい明りは付いていない。想定されていないルートなんだろう。
「行きましょうか。この水族館をぶっ壊しにね」
「……。」
何かもう変な計画に巻き込まれていないだろうか? 嫌な予感を胸に、とりあえず、開いた道を行くことにした。