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#43 悲しみの朝に

 部屋に戻るとまずは紗矢ちゃんに心配され、シェリーももちろん心配していた。ヘレナは壁にもたれて寝ている。もう遅い時間なんだろう。


「大丈夫だよ」

「ええ。もう、私も落ち着いたわ」


 紫塔さんはさっきまでの取り乱しが嘘だったかのように、いつも通りだ。ただ泣きすぎた反動で目が腫れているのは隠せていなかった。


「……あれ? 晴香ちゃん指輪は?」

「抜けて割れちゃった」

「えー!」


 えー、ってなんだシェリー。私にあの岩みたいな指輪が似合っていたとでも言うのか。


「じゃあ、はるっちは魔女じゃなくなった……ってこと?」

「今は、多分」


 これを喜んでいいのか悪いのか。皆それぞれ戸惑っている中、未だに椅子に縛られているロリータ服の魔女がすごい目付きでこちらを睨んでいることに気付いた。ちょっと怖い。


「あなた……魔女と非魔女を切り替えられるわけ?」

「できる、って訳じゃないと思うけど……」

「あら、そうなの。ごめんなさい、それができたら『都合よく身分を切り替えられる』だなんて邪推だったのかもね」


 口が悪い。それができたとして、私が紫塔さんのために戦うのは変わらない。


「それは、それとして……そろそろ、外してくれないかしら? これ」


 なにかもじもじしたような様子で、プルートはこっちに言った。


「今、はるっちが力を使えない以上、プルートお姉さんを解いたら、何されるかわからないし」

「だって、あなたも、そこの金髪のあなたも、何も聞いてくれないじゃない! 私何のために縛られてるっていうの!?」


 私が目線で問うと、紗矢ちゃんは苦笑いを返してきた。


「あはは……何聞けばいいか、わからなかったし。ただ、縛られたままじっとこっち見てくるお姉さん、ちょっと(たぎ)るものがあったよっ」

「あったよっ、じゃないのよ! 何も聞かないならもう用ないでしょ!? まったく……」


 じゃあ、今後の方針を決めよう。


「実はレジーナちゃん、心配するほど弱くないんじゃない?」


 それは少しだけ思っていた。最初オクトパスと戦った時より、ずいぶん今回の戦闘は余裕のある立ち振る舞いだったし。


「でも、ヘレナの部屋でずっと籠っててもね……」


 そこなんだ。何か、進んでいる感覚が欲しい。その焦りが部屋を出る、という形になったのだろう。でも、ちょっとわかった。この水族館は思っていたよりも危険だ。


「……なんで全員こっちを見るのよ?」


 不自然なくらい、皆同じことをしていた。答えを求めて、プルートに目が行っていたのだ。


「とりあえず、この人縛ったまま、朝まで寝ようか」

「……あの……ねぇ……」


 何か言いたそうに、プルートはまたもじもじしだした。たぶん、さっきそう訴えてきた理由と同じものを含んだ声音だ。


「いや……流石にちょっと、大の大人がトイレに行けないの、見てるこっちが辛いかもしれない」


 私はなんかそう思ってしまった。大人の尊厳を破壊してしまう、それはもしかしたら快感に感じる人もいるかもしれないけれど、私はそこまでサディストになれなかった。


「ひとつ、約束して。明日の朝まで、私たちを襲わないって」

「いいから、わかったわよ! 約束するから! 外しなさい!」


 はいはい。まったく。そう思って、私はプルートを縛っている魔力の縄を解こうとして、気付く。


「……紫塔さん、こういうの、どうやって解けるの?」

「? 魔力を緩めて……あ」

「あなた、まさか……」


 制御できる術がなかった。プルートの声は震えてて、限界が近そうだった。一度見えたゴールが遠ざかってしまったのだ。


「……覚えてなさいよ! アンタたちぃっ!!」


 どうしようもなかった。





 翌朝。ぐっすり寝れて気分よく起きれた。プルートの部屋にはふかふかのベッドが用意されていたのだ。しかも女性一人用にしてはすごく大きい!(四人入るのは流石に狭かったけれど、なんかもう皆空腹と疲れとでそれで満足だった)


 起きてすぐ目に入ったのは、魂の抜けたようなプルートの表情だった。


「あぁ……」


 そう声が漏れたのは私だったか、目の合ったプルートだったか。彼女の目は充血して、全く眠れませんでした、と書いてあった。


「おはよう、プルート……」

「おはよう、悲しい朝ね……」


 なんだか罪悪感のようなものが湧いてきた。プルートの赤くなった目が寝不足によるものだけじゃないのはもう表情で分かった。


 他の皆は寝ている。もうとりあえず可哀想だったので、彼女をどうにか解放してあげることにした。


「ハサミとかある?」

「あるわ。裁縫用のハサミ。つくえに……」


 ()れて辛そうな声に従って、ハサミを見つけると、それをプルートを縛っている縄にあてがう。……切れない。


「ごめん、切れない」

「……壁に寝ているあの子の、デカい鉈は?」


 確かにそれなら行けそうだ。普通の刃物と違って、アレは魔女の道具。魔力で出来たものを破壊できるかもしれない。


 持ってみようとすると、かなりの重量だ。ギリギリ持ち上げることは出来るけれど、これでプルートの身体に密着している縄を切ろうとすると、間違って手足を斬り飛ばしてしまうかもしれない……という恐ろしいイメージが湧いてしまった。


「たぶん無理」

「あら、そう……」


 それっきり、プルートは光の失った目で俯いて、喋らなくなった。彼女の心は壊れてしまったかも……。




 居たたまれなくなって、私は部屋を出る。二葉さんは、あれからどうなったんだろう。無事に給仕は出来たのだろうか? 返事のなかった部屋の料理はどうしているのだろう。――。


 レジーナはどうしてるかな。オクトパスを撒くことができたかな。出来たとして、オクトパスが黙って手を引くとは思えないけれど。捕まって、悲惨な目に遭ってないといいけれど。……。


 ポケットを探って、割れてしまった指輪を取り出す。輝きは失われて、輪を描き損ねたただの石ころにしか見えなかった。どうして外れたんだろう。ラボラスは何を考えて……? 「試す」って言葉を、彼の口から聞いた気がする。もしかしたら、あれは永続的な力として用意したものじゃなかったのかもしれない。そうだったのか。


「ともかく、動かなくちゃ」


 私は気を取り直して、部屋に入る。相変わらず目の死んだプルートがいる。その横に寝ているヘレナを起こそうと思った。プルートの縄を解きたかった。


 ヘレナは身体を揺さぶるとすぐ起きた。


 「プルートの縄を切って」と指示するけれど、「分かりません」と言わんばかりに首を傾げるだけだった。やっぱり、シェリーのコミュニケーション能力はすごかった。いや、これは飼い主として認められていないからだろうか?


 どうしようもなく、シェリーを起こそうと思ったけれど、朝が弱いんじゃないかと思ったら無理に起こすのもやめた方が良さそうな気がした。


 結局、少し急ぐ心に、現実が追いついてくれない。何も出来ない無力感を抱えながら、部屋の外に覗く水槽を眺める位の事しか出来ないのだった。

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