#40 魔女達の尋問
「あ、あなたは……?」
美央のご友人、なんて呼ばれ方にこちらも敬語のような言葉遣いになってしまう。
「――吾輩はラボラス」
その名前を聞いて、私は思い出した。ラボラス。前に紫塔さんが語った夢の内容。そこで出会った奇妙な人物の名前が「ラボラス」……。
「今の現状が分かるかな?」
「……危機的状況だよ」
「そうだろう」
相手の魔女の力で紫塔さんがさらわれそうになっている。それを止めることもできず、このままでは本当に紫塔さんは誘拐される。
「今、ほんの些細だが、術を用意した。だがそれを君で試したい」
「……私?」
紫塔さんではなく、私……?
「残念ながら今用意した術では、美央の呪縛は解けぬ故」
ラボラスの上を指した指先に、ひときわ明るい青い火の球が見え、そこから輝く何かが見えた。
「指輪……?」
「そう見えるか。身につければ、おのずと解るであろう」
私は無意識に、右手をラボラスへ差し出す。すると、ラボラスもこちらへ手を伸ばす。その間にあるなにもない空間を、指輪が泳ぐようにやってくる。
「君が美央を想う力……見せてもらうぞ」
声音は厳格で、自然と背筋が伸びる感じがした。同時に、私の右手の中指に、青黒い無骨なリングがスムーズに入り込んだ。すると――。
「っ!!」
わからない。何か、一瞬見えた気がする。走馬灯と呼ばれそうな光景が一瞬で、何年分もの量が流れてきた。それが終わると、どうもいやに鮮明な視界が開かれた。
もう紫塔さんはあのロリータの魔女まであと一歩というところまで迫っていた。
間に合うかな。
立ち上がって、私は彼女の元へ駆けだす。途中犬の影が、私の方へ飛び掛かってきた。でも――そいつらの軌道が、まるで先を読む様に解る。それを避ける。そこでも、自分の身体が軽くて驚いた。
「……?」
「紫塔さんを放せ!」
なんだか全身の隅から隅まで、力がみなぎっているような気がする。転けて痛んでいた背中も、少し感じていた眠気も、どこかへ吹き飛んでいる。
「待ちなさい。あなた……『一般人だった』わよね?」
「?」
相手の魔女の目付きが厳しくなる。まるで敵を見据えるような、その視線。
「……待って、晴香。あなた……何をしたの?」
紫塔さんすら、かなり困惑した声音で語り掛けてくる。見返ってこちらを見たその目は、信じられないものを見る目だった。
「紫塔さん? 私……なんか、変?」
「……。」
紫塔さんは何も言わない。ただ、なんだか悲しそうな顔に見えた。
「一体どうやってそんな力を手に入れたのか知らないけれど……そうね、あなたも連れて行ってあげる」
犬の影が目の前に現われた。それだけじゃない、数が増えて、私の背後にもいる。合計4匹、四方を囲まれている。
ただ……ぜんぜん怖くない。こんな恐ろしいもの4体に睨まれようが、牙を見せつけられようが、何も怖くない。ただ自分の中に溢れてくる謎のエネルギーがそれに勝る、そんな予感がしていた。
「やりなさい!」
ロリータの魔女の合図とともに、犬たちは私に一斉に襲い掛かってくる。4匹とも、躊躇ないスピードで突っ込んでくる。あるいは上、あるいは下から噛みついてくる。でも――そいつらの、軌道ははっきり見える!
一つ、二つ、と影たちの頭を叩いていく。拳も当たれば、蹴りも当たる。私の攻撃も人生一、冴えわたっているような気がする。
頭を潰された犬たちはピクリともしなくなると、粒子のように姿を散らして消えた。
「はっ……!?」
相手の魔女は驚いて、後ずさりしている。もう近くまで来ていた紫塔さんの肩を掴んで、もう駆けだそうとしている。
「はるっち……?」
紗矢ちゃんも、私の動きに驚いている。
「紫塔さんは渡さない!」
「全力で逃げるわ! 来なさい!」
また、あの魔女は影を呼ぶ。今度は犬ではなく、馬のような形だ。それに紫塔さんと二人で乗り込む。馬に逃げられたら、流石に私は追いつけない。何か欲しい! あの馬を一発で吹き飛ばせるような何かが! ……そう思ったとたん、右手の指輪から、声が頭の中に流れ込んでくる。
『ご友人。この手を奴へかざしてみるといい』
ああ、なんだかそんな気がしていた。右手がポカポカして、何か出そうだもの!
奴にかざした掌の前に、青い光たちが収束していく。それは野球ボールみたいな大きさのかたまりになった。
行けっ!
そう念じると、エネルギーの塊は、一直線に、駆けだした馬の腿を貫いた。馬の影は跡形もなく消え去り、馬上の二人が崩れるように落ちた。
「紫塔さん!」
私が駆けだすと、紗矢ちゃんたち皆も紫塔さんの元へ駆けだす。幸い、紫塔さんにケガは無いみたい。
「っ……」
その横で、起き上がろうとしているロリータ服の女。その女を見ると、悔しそうな顔でこっちを見てくる。
「どこから、あなたの身体に魔力が湧いてきたのか、、わからないけれど……」
「帰って。さもなくば……!」
……また、掌の上に、エネルギーが溜まってくる。おそらく、これを当てればこのロリータの魔女は再起不能になるだろう。
「……はいはい。降参よ降参! 分が悪いわ!」
「はるっち、一ついいかな?」
紗矢ちゃんが私に語り掛けてくる。
「コイツの素性を洗いださない? ただ追い払っちゃうだけじゃ、もったいないじゃん」
それもそうか。ともかく、コイツが何者なのか、なぜ紫塔さんを捕えようとしたのか、それを聞くことにしよう。
廊下のど真ん中で相手を尋問、というのもなんだか落ち着かなかった。するとロリータの魔女が「わ、私の部屋はどうかしら……? な、なにもないわよ!」と冷や汗をたっぷり流しながら案内してきた。まだみなぎる力はある。ということは何かトラップがあれば吹き飛ばせばいい、などとかなり脳筋な考えのもとで、それに従った。
彼女の部屋は近かった。なんなら戦った場所から一分も歩かなかった。部屋に入ると甘い香りと、彼女の趣味全開とみられる、ぬいぐるみや可愛らしい内装が目立った。水族館でこんなに内装が洒落ているのは初めて見たな。
「……さあ、お好きに質問どうぞ」
椅子に座らせたのち私が魔力で作ったひもで縛る。完全に怖い人のやりそうなムーブだけど、もしかしたら私は今その「怖い人」なのかもしれない。
「自己紹介を」
「名前はプルート。二十四歳、女、血液型はAB。身長167センチ、体重54キロ。出身はアイルランド」
「……プルートさん、なんか慣れてるねぇ? こういう経験、初めてじゃないの?」
紗矢ちゃんがそう聞くと、プルートは一瞬図星を突かれたように唇を結んだ。
「はるっち、もしかしたらこの人、なんかアタシらと違う人種の人なのかもしれないよ?」
そうかも。例えば重罪を犯した犯罪者とか。
「じゃあ、ここから本題に入って行こうか」
「晴香、いいことを教えてあげるわ。こういう取調べって、前座で世間話の一つでも挟んでやると、相手の口を割りやすいらしいわ」
「あ、いいね」
「……」
プルートの顔色は悪い。とっとと終わらせたいのではないのだろうか。
「もしかしてさっさと終わらせたかった? プルートお姉さん」
「当り前じゃない!」
「心配しなくても、アタシたちが今夜たっぷり遊んであげるって」
紗矢ちゃんのケラケラ笑う姿が、ものすごく邪悪に見えた。
じゃあ始めよう、尋問会を。