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#37 足りないもの

 一刀両断。立ちふさがっていたドアは、一撃で切り伏せられた。厚さ5センチもあった鋼鉄が豆腐のようにスパッと切れるものだから、驚くことも忘れてしまいそうだった。


「へ、へー……」


 紗矢ちゃんも笑顔が引きつっている。目の前でこんな解体ショーみたいなのを見せられればそりゃ青ざめるか。私だって笑うことしかできない。


「は、はは……死ぬ、(わたくし)、死んじゃいますわ……」


 扉の向こうにいたレインコートの魔女も、もう立ち尽くしていた。




 見えた部屋の中はさっぱりしていた。ヘレナの部屋と違って、かなり狭い。水蓮自身が言っていたように、6畳くらいしかない。

 中には物がほとんどない。置いてあるのはティーセットくらいだった。


「うわ~何もないね」

「そ、そうですわよ」


 自由にものを持ち込めないのかもしれない。そもそも持ち込む物自体も、この水族館にはそうそう無いか。


「ん? やっぱり水蓮ちゃん、アタシのこと、怖がってる?」

「ひ、ひっ……それ以上近寄らないでくださいまし! 私……もうあなたたちに歯向かう勇気は持ち合わせてませんの」


 前回とは打って変わって全く、威勢というものは無かった。レインコートのフードに頭を包んでいるのは同じだけれど、その理由すら違うものに見えてきてしまう。


「で、何の用でございますの?」

「ああ、そうそう。じつはかくかくしかじかで」


 オクトパスが逃げたレジーナを追っていることやら、二葉さんの居場所やらを知りたいやらと水蓮に告げる。


「メイドの居場所は、私も知りませんわ。どういうことか、あの人はすぐに行方をくらますんですから」

「……実は二葉さん、魔女なんじゃないかな?」


 レジーナも言っていた。二葉さんは追い切れないと。彼女が魔女でなかったら、なにか魔法的なグッズを持っている、とか?


「うーん、二葉ちゃんの場所は分からない、か。じゃあ次の質問。水蓮ちゃん、この水族館の中について詳しい?」


 紗矢ちゃんの問いに、レインコートのフードが縦に揺れた。


「ほんと!? 水蓮ちゃん物知り!?」

「あまりくっつかないでくださいまし!」


 紗矢ちゃんが水蓮ちゃんの両肩を掴んでいた。学校の時もこんなスキンシップをしていたのを見たことはある。


「たまーに、外を歩きたくて、私はここを脱走するんですの。窓から見える魚は、時に癒されますし。気付いたら二時間歩いてた事だってありますの」

「おおー……じゃあ案内人に任命しちゃおうかな!」

「まだ受けてませんの!」


 わちゃわちゃしている様はまるで友達のようだ。


「そういえば水蓮、あなた……『脱走』という言葉を使うのね。部屋に閉じ込められていたっていうの?」

「あなたは私を撃った魔女……! 忌々(いまいま)しい……!」


 打って変わって水蓮は睨むように紫塔さんを見る。あちゃー……流石に実行犯ともなればそういう見方になるか。


「別に敵として見てもいいわ。あなたは何か特別な、監禁のような仕打ちを受けていたの?」

「そうですわ。私、オクトパスからなんだか危険な魔女認定されているようですの。他の魔女は部屋の出入りが自由な方が多くて驚いたんですの」


 水蓮の能力、恐らく水分を操る能力。となるとかなり応用が利く。そうなるとオクトパスが警戒するのも無理はない、か。


「私、その気になればこの水族館を包み込んでいる海ですら操れそうな気がしますの」

「へ?」


 ……恐ろしい事を聞いた気がする。そうとなれば、この水族館をどこか知っているところまで運ぶことだって出来るんじゃないか?


「待って水蓮ちゃん、操れそうな『気』って?」

「……モチベーションの問題ですの」


 あ、これは出来ない奴だ。


「あらそう。……ふん。この子からは何も得られなかったわね。行きましょう」

「え? 待っておよみおっち! 水蓮ちゃん、きっと強くて頼りになるって!」

「なっ……!」


 なにか言いよどむ水蓮が見えた。


「水蓮ちゃん、アタシたちと一緒に、この水族館を探検してくれない? 実はアタシたち、レジーナちゃんをどうしても探し出したいの」

「……はぁ」


 魂が抜けたような返事。気持ちが見えない。


「おねがい!」

「めんどいですの。私に何のリターンがあって?」


 そう来たか。私たちの要望ばかり押し通そうとして、彼女の希望は何も聞いていない。彼女が聖人か、あるいは詐欺師でない限り、今の流れでお願いは聞いてくれないだろう。


「えーと……アタシたちって、もう友達じゃん?」

「違いますの」

「裸を見せるような、親密な関係だと思うけど」

「っ! 違いますの!」


 焦りを隠せない声音は、どうもそういう話題が苦手なのでは、と考えてしまう。


「駄目よ紗矢。それじゃ取引は成立しないわ。水蓮」

「……」


 雨合羽のフードの奥に、険しい表情が見えた。


「協力をしてくれるのなら、いつか私たちがここを出るとき、あなたも一緒に出ることを約束するわ」

「……ぷっ」


 何かズレたような発言に思えた。突拍子もない、根拠すら怪しい提案に思えた。でも、私たちの最終目標はそこだ。


「なにを言ってますの。ここを生きて出られるなんて、夢見がちな魔女ですのね」

「これは真剣に言っているのよ。……乗らないというのなら、もう行くわよ」

「待つですの。……協力する気持ち、無くは無いですわ。でも、事情があって」

「事情?」

「私を監禁していた、ということは、オクトパスに見つかったら何されるか、分からないですの」

「……なるほどね」


 それもそうか。実際二葉さんも捕えようと動いていたわけだし。


「あんた達の戦力を見た感じ、私を撃ったあなたと、そこの鉈の魔女以外、皆一般人ですの。そんなんじゃ大した事なさそうですわね。ついていったら私も一緒にくたばっちまうところですわ」


 反論できない。ヘレナの鉈は確かに一撃は強いけど、すぐにバテるし、紫塔さんも戦いに向いた力はない。


「もうちょっとマシな戦力を揃えてきたら、考えてもいいですの」




 結局水蓮の協力は得られなかった。、紫塔さんは「時間のロスだったわね……」と少し苛立つようなところも見せていた。


「アタシのトークスキルが低かったから……」

「違うわよ。水蓮はああ見えて慎重に私たちのことをジャッジしているのよ。まだ仲間ではないし」

「……」


 とりあえず、私たちは廊下を進んでいく。当てもなく、迷宮のような館内を。レジーナに会えるのか分からない。もう夜で、お腹も空いている。拠点が遠ざかる不安感は思ったより重い。それでもレジーナは見つけたい。少しでも、水族館を出るための鍵は、揃えたい。それがレジーナなのは感覚で(わか)りかけていた。

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