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#36 サルベージ

 そのあと、シェリーは意外なほどにすんなり起きた。もうたっくさん寝て、頭も冴えわたっているのかもしれない。私たちが想定していたシナリオの斜め45度上の展開だ。


「ふわぁ、おはよう晴香ちゃん、みんな」

「おはようシェリー。悪いんだけど、今から出発しようかなって」

「んん~……」


 大きく伸びをした後、シェリーはソファから降りる。横で待ち構えていたヘレナが彼女に抱き着く。


「わ、ヘレナ、ごめんね。……じゃあ行こっか」


 ともかく出発準備は整った。




 私たちにできることと言えば、オクトパスの追跡……と言いたいけれどこれは難しい気がする。オクトパスが部屋を出てからすでに10分くらい経っている。人の足で10分差を縮めるというのは難しい。となると、もう強硬手段として、この館内を探索していく……のがいい気がする。もしかしたら途中で二葉さんにもすれ違えるかもしれない。そうしたら、一気に場所が分かりやすくなって、レジーナを探しやすくもなるはず。


「とりあえず出発、って感じで行くわよ」


 部屋を出る。この前はすぐに水蓮とのトラブルに巻き込まれてしまった。……いや、もし彼女ともすれ違えたら、なにか水族館の情報を聞き出せるかもしれない。彼女がこっちを敵認定してきたら難しいけど。




 水蓮と出会った場所はすぐに着いた。二葉さんを尾行した時も、そんな時間がかかった印象はない。


「ねえ紫塔さん、水蓮の部屋って、あそこだったよね?」

「そういえば……そうね」


 覚えている。レインコートの魔女が突っ立っていた部屋の扉と番号。それがすぐそばにあった。……呼びだしてみるか。水蓮の部屋の扉をノックしようとしたとき、手首の火傷が目に入った。


「……」


 少しためらった。もし水蓮が再びこちらに攻撃を仕掛けてきたとき、勝てる術、ある? もしかしたら全滅させられるかもしれない。今は二葉さんも、彼女の麻酔銃もない。……でも、そもそも彼女に殺意などあっただろうか? 目が合っただけで戦闘になるだろうか? それとも……。


「はるっち? どうしたの?」

「あ、うん……。水蓮、こっちに戦いを仕掛けてこないかな……って、ちょっと気になっちゃって」

「ああ、それなら大丈夫でしょ。アタシが服をぴらってするだけで、たぶん水蓮ちゃんはイチコロだって」


 そういえばそんな破廉恥な事もしていたな。まあ、このまま私たちだけで探索しても限りなく成功率は低い。ここは賭けとして、水蓮の力を借りれるか試してみよう。


 ノックを二回、「聞こえなかった」と言われないように、はっきりと扉を叩く。……返事はない。二葉さんがさっきまで寝ていたと考えたら、水蓮が気絶したまま、という可能性もゼロじゃない。戦った後の水蓮を、オクトパスがどう処置したのかは分からないけれど。


「……んー」


 鍵がかかっているようで扉は開かない。押してダメなら……と引いたり、横にスライドも試したけれどダメだ。そもそもヘレナの部屋は普通に押すタイプだった。


「寝てるのかな」

「留守かもしれないわね」


 ふむ。そうなると水蓮に接触するのは無理か。そう思って踵を返した途端に、扉の奥で物音が聞こえた気がした。


「……水蓮?」


 扉の奥から声が聞こえた。どうやら留守という線は消えたみたい。

 それに気づいた紗矢ちゃんがニヤニヤと笑みながら、扉の前に立つ。


「水蓮ちゃ~ん! アタシだよアタシ!」

「どちら様ですの? 声がくぐもって聞こえませんわ!」

「君がハダカを見ようとしたえっちなお姉さんだよぅ」

「っ!?」


 明らかな動揺が、扉の向こうから聞こえた。どうだ、私たちを敵とみなして立ち向かってくるか、それとも……。


「うっ、うぅ、命だけは……命は、たすけて……」


 本気でおびえるような声。扉はどうも向こうから鍵がかかっているみたいだけど、開けてくれそうな様子が見えない。


「そんな! 君みたいな正直な子、アタシ大好きだよ! 自信持って!」


 無論こっちには水蓮を襲おうという気はちっともない。どうして彼女はあんなにおびえているんだろう……?


「私が悪かったですの……! 私が、『水がまずい』なんて思わなければ、……ああ、私は……災難な目に……」

「あー……一旦落ち着いて話さない? アタシ、君は悪い子じゃないって分かるからさ。ドア開けてくれない?」

「嫌ですの!! あなたが死神っていう可能性がゼロじゃない限り、私はこのドアを開けたくありませんの!」


 あー完全に警戒されている。そりゃあ急にエッチなお姉さんのストリップショーが始まったり、頭撃たれたり、挙句の果てに斬首刑の最期を迎えそうにもなれば、心の傷は大きいのだろう。


「来ないで!! 私はもう、罪を償いながら生きると決めたんですの!!」


 水蓮の心の叫び。そのあと、彼女がすすり泣く声が聞こえた。これはかなり重傷だ……。


「水蓮ちゃん……」


 流石に紗矢ちゃんも声のトーンが落ちている。これは厳しそうだ。水蓮に協力をしてもらう手は諦めたほうがいい。そう思っていた矢先に、紗矢ちゃんは続けた。


「じゃあさ、最後に、見れなかったお姉さんの裸、見たくない?」

「紗矢ちゃん……」


 いや、それは厳しいだろう。


「もうホントのホントに最後。これを逃しちゃったら、アタシたちは君に接触することはなくなるし、アタシが服の中を見せることもない。……見たかったんじゃない?」

「……そんなこと……」


 ないでしょう……。


「見たくないと言ったら嘘になりますわぁ!」


 ええ……。


「すっぽんぽんで踊り散らかすおなごを見てテンションが上がらない方が難しいですわぁ!」


 変な奴……。


「よし、今なら出血大サービス! だから、ここを開けてくれると嬉しいな」

「それが……私の手じゃ開けられませんの! 扉が頑丈だし、鍵も見当たりませんの!」

「そうなの?」


 向こうに鍵がない、と言われてもこっち側にも無い。一体どうやって閉まっているのか分からない。もしやオクトパスが何か魔法でこの戸を細工しているのかもしれない。


「ありゃりゃ。どうしよう。……そう言えば水蓮ちゃん、水蓮ちゃんが水を求めて出てきたときはどうやって出たの?」

「水分を操って鍵を作ってましたわ!」


 うわ、なんだろう、すごい便利そうな能力。ということは、そもそも鍵穴がなくなっている……みたいな感じだろうか。


「このままじゃ、この六畳間でガイコツになってしまうことになりますわ……」

「大変だ、それじゃあどうやって抜け出すか考えないと……」

「ちょっと紗矢」


 ここで紫塔さんが紗矢ちゃんを引っ張る。


「あなた、あの魔女に情でもあるの? 無理そうならすぐに手を引いたほうがいいわよ」

「でも、水蓮ちゃんの力は借りたいし……」

「あ!」


 唐突に大きな声を出したシェリーに、皆から注目が集まる。


「ヘレナ、これを斬り飛ばせる?」


 そうだ、伝家の宝刀、ヘレナの一刀があった。もしかしたら、力づくというのが一番いいやり方かもしれない。


「ウアウ!」

「よし、じゃあやってみよう!」


 シェリーが指示すると、ヘレナはその手に大鉈を持った。


「水蓮ちゃん下がって! 今からこのドア吹っ飛ばすから!」

「ひぃっ!! 命だけはお助けを!!」


 恐らくそんな事故は起こらない……と信じる。ヘレナの一撃がドアを襲った。

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