#3 紫塔さんの過去
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平凡な家庭に生まれた私は、五歳くらいまでは晴香や紗矢がいたあの町で生まれ育った。正直、普通の子どもだったと思う。普通の子供のように遊び、普通の子供のように笑っていた。
そんなある日、私に両親が深刻そうな顔で話してきたことがある。
「あなたは他の場所で暮らすのよ」
私は悲しかった。そんなひどいことを言わないでほしかった。でも……今思えば両親だって同じ気持ちだったんだろう。あのときの顔を思い出すだけで、怒りよりも同情のような気持ちが湧いてくるもの。
この街を去る日、私のところに一人の女性が来た。彼女は孤児院の職員。彼女曰く「あなたの仲間たちが待っているわ」と案内された。
早朝から車を走らせて、夕方についたそこは、もう社会とは切り離されたような、山奥の平原。そこに彼女の言う孤児院があった。
孤児院……やけに大きな山荘には、私と同い年くらいの子どもたちが二十人くらい住んでいた。
……みんな「魔女」や「魔人」「魔法使い」だとか言われる子どもたちだと気付いたのはそこから数日後の事。
ある一人が超能力を使って見せたの。「魔法」というものを知らなかった私に浮かんだワードはそれだった。その子はみんなの注目になり、そして孤児院の職員さんたちも笑っていた。
すると他の子たちもそれに続くように魔法を使い始めたの。どうも幼少から魔法を使えるこというのは珍しくなかったみたい。ただ、私は殆どの子たちが魔法を使いだしてからも、自分の魔法を会得することが出来なかった。彼らが魔法の教育を受けていたのかもしれない、魔法を知っている家庭に生まれ育ったのかもしれない。あるいは、私の魔法は他と比べて難しいものだったのかもしれない。
だんだんと彼らの正体が分かった私は、穏やかで幸せを感じる毎日を送っていた。その時も両親のことは時々恋しかったけれど。
そんな日々が八年ほど続いた。学校で受けるような教育は孤児院でも受けられて勉強の心配はなかった。仲間の中で恋愛に発展する子たちもちらほら見られた。そんな中、私は自分の魔法をまだ見つけ出せていなかった。他の子たちはもう全員、自分の魔法が分かっていたから、ときどき奇異なものを見る目で見られた。私が力を使えないことに可哀想とか言う子もいた。でもみんな優しくて、魔法を使えない私を責める人は居なかった。
進路の事を考え始めようという時期が来た。大人になったらこの孤児院を出て、魔法使いたちが許容される地で暮らす計画が孤児院の人達から伝えられた。魔法使いが普通の社会に拒絶されるというのはこのころ位にはもう伝えられていた。でも、それはただ話に聞いただけだったから、どのように拒絶されるのか、というのは正直分かっていなかった。
ある夜。もうみんなが寝静まった深夜のこと。私が魔法を使えないのを一番気にしてくれていた子と一緒に天体観測に出かけた。
日課のようにしていたことだったから、特別なイベントじゃなかった。でも孤児院に帰りついたときに事件は起きていた。
孤児院が燃やされていたの。ところが逃げる仲間たちはいない。代わりにいたのは、教団の連中だった。
私と一緒に天体観測をしていた子は取り乱して叫んだ時、そいつらの目が獣のようにこちらに光って、そして近づいて……。
そこからはもう逃げ続けた。冷静であろうとする私と、泣き叫びコミュニケーションもままならないあの子。だけどこちらは子ども、アイツらは大人、そして徒歩とも限らない。不利な追いかけっこの結末は決まっていた。
私たちは追い詰められた。森の中で、どこにも逃げ道がない状況でただ魔法使い達を狩らんとする武器が次々音を立てて迫ってくる。
ここにきて私の仲間は魔法を使ってどうにか道を開こうとする。だけれど奴らは手練れだったのかその子をいともたやすく捕らえた。首に鎌を押し当てられて刎ねられる寸前に、
「生きて!」
――彼女から受け取った言葉が、ずっと心に残っている。
彼女が死んだからって、私の状況が好転するわけもなかった。一人になった以上、更に状況は悪くなった。終わりを感じて、理不尽を感じて、怒りを感じて。運命を呪ったその時……聞こえたの、私にだけ聞こえる声が。
その後その声の主とのやり取りは、なぜか思い出せない。けれど、なにか異質なものが相手だった気がする。ともかく、その後私の中には、感じたこともない力が宿っていた。
精一杯、私は願った。ここから生き延びたい、と。
それが成功して、私は奴らを振り切った。両親の元へ帰る――そう願うと、人里離れた平原から、見慣れたあの街へと私は瞬間移動していた。
でも両親には会えなかった。すでにどこか引っ越していたらしい。結局会えずじまいになったけれど、どうにかあの街に住まいを用意して、事なきを得た。
あの日から、私の全てを奪ったアイツらを許したことは一度もない。
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紫塔さんの話を聞き終えたみんなは、私含めて何も言う事が出来なかった。
「みおっち、その……大変だったね」
「そうかもしれないわね」
紫塔さんはさらりと言い放つ。私から見たら、波乱の人生というか、なんというか……。
「その紫塔さんが絶体絶命のピンチの時に出会った『異質なもの』がなんか怪しくない? それがラボラスって名前なんじゃないかな? 晴香ちゃんどう思う?」
「え?」
紫塔さんの過去に思いを馳せていると急なパスが飛んできて一瞬戸惑う。うーん、今の流れだとそこが一番怪しいかな……。漫画とかであるような「力を授かる」みたいな展開だったりしたらアツい……かも。
「ピンチで覚醒、王道の少年漫画の展開だ!」
「……人の過去で遊ばないで」
少し怒った紫塔さんに咎められたのであまりこれ以上いじるのはやめておこう。一応今の話はかなり辛いものだっただろうから。反省しなきゃ。
「紫塔さんの魔法っていうのは、どういう力?」
シェリーがここで聞いてきた。そうか、紫塔さんの力を知っているのは私だけなのか。
「『過去改変』能力よ。……いろいろ条件付きだけれど」
「えっ、すごい!」
途端シェリーは目を輝かせた。隣の紗矢ちゃんもかなり興奮したように見える。
「あれ? 晴香ちゃんは驚かないの?」
「あー、実は前々から知ってたんだ」
二人の顔は驚きの色に染まる。
「なんかズルいぞはるっち!」
「そうだそうだ! 晴香ちゃんばっかり!」
「そう言われても……」
困りつつ苦笑いで流すと、シェリーたちは紫塔さんの能力の事が気になったみたいだ。
「でみおっち、みおっちの魔法っていうのはどんだけヤバいん? 過去改変ってすんごいヤバい気がするんだけど」
キラキラした期待の眼差し。二人の視線に紫塔さんは少し申し訳なさそうに答える。
「条件付き、って言ったでしょ。『午前零時に・昨日あったことの・事象を一つだけ』という条件ね」
ほう……と紗矢ちゃんは感心したような顔だ。対してシェリーは真剣そうな顔だ。
「一つだけだったら、どんな感じにも改変できちゃうの?」
「そうね。……でも、あまりにも突拍子のないことは難しいんじゃないかしら。例えば『宇宙が大爆発』とか。試したことはないけれど」
「なるほど……」
確かに難しそう。……それにしても突拍子もない事の例に「宇宙が大爆発」というのはちょっと可愛い。
「じゃあさみおっち、あの船の事故の改変はできる?」
紗矢ちゃんはキラキラした眼差しを隠さずそう聞く。だけれど……。
「今の時間と、日付が分からないわ。身構えていないと、発動できないのよ」
「あらら……」
今私たちの手元にスマホはなく、各々がつけていたはずの腕時計も見当たらない。時間を確認できるアイテムはここにはない。腹時計くらい? 確かにお腹は空いているけれど。
「ともかく、この水族館を少しでも調べてみましょう。例えば、あのヴァサーゴの魔女の後を追ってみるとか……」
「紫塔さん、あんまり危ないやり方は考えたほうがいいんじゃないかな」
シェリーはやや不安そうな目をして訴える。
「……そうね。慎重に行動するのに越したことはないわ」
ともかくここは私たちが全く知らない場所。オクトパスの罠があってもおかしくない。用心しながらも辺りを調べてみることにした。