#28 私の友達は何かがおかしい
空気を割るような銃声、どうやら水蓮は気づくのにワンテンポ遅れたみたいだ。
頭を撃たれた水蓮は勢いよく吹き飛んで、床に倒れた。――勝った……!?
「あ……あ……っ」
すぐに私たちは水蓮の元へ駆けつける。
どうやら二葉さんの銃は、相手を殺傷する能力は限りなく低かったみたいで、水蓮に出血はなかった。でも衝撃は相当なものだったようで脳震盪でも起こしているのか、水蓮が起き上がってくる様子はない。
「き……きたない、ぞ……」
「そうは言ってもねぇ~。アタシは降参したよ? 『アタシ』は」
「あ、っ……あんた……」
紗矢ちゃんのいう通りだ。私はハナから気にくわなくて降参なんかする気無かった。皆もそうだったみたいだ。(あとストリップショーなんて嫌だったし……。)
「水蓮ちゃん、アタシのショー、口では興味なさそうだったけど、本当は見たくてしょうがなかったんでしょ? わざわざアタシの注文を聞いちゃって……」
「お、おだまり……」
「うわーヘンタイさん」
「うぅ……くそっ……!」
そのとき、なんだか肌に冷たいものを感じた。物理的にじゃない、なんか空気の温度が10度くらい下がったような、そんな感覚がして、辺りを見渡す。まさか、水蓮はこんな格好だけどまだ奥の手を……? そう思ったのだけど――すぐにその考えは消え去った。
「……シェリー?」
「……」
ざりざり、と何か引きずるような音の先には、大鉈……ヘレナの大鉈があった。ま、待って? シェリー、それで何をする気?
「シェリー?」
「晴香ちゃんに、治らない傷を負わせた……その罪を……」
もう分かった。あの眼鏡の奥に見える碧眼に光はなく、ただ罪人を裁かんとする鋼の意思だけがあった。
「待ってシェリーちゃん?! 何しようとしてる?!」
倒れ込んだ水蓮は起き上がらない。
「はっ……あ、あれは……わ、わたし、あの鉈で、何をされるんですの……!?」
「慈悲は――ない。あなたがここで懺悔しようとも」
「ひえっ、えっ、や、やめてくださいまし!! 悪かった! わたしが、悪かったですの!!!」
「三つ、数える。あの世へいく準備をして」
シェリーが大きく鉈を振り上げる。私や紗矢ちゃんが必死に説得する声は、おそらく届いていない。こうなったら力づくでも……? そう思うけれど、彼女の眼光、そして威圧感を放つ大鉈に私の身体は動いてくれない。
「ひとつ」
「ひえっ、ああっ、ごめんなさい! ごめんなさい!! もう不味い水でも泥水でもなんでも喜んで飲みますわ!! ごめんなさい!!」
必死の形相、もう水蓮に余裕の二文字は見当たらなかった。
「ふたつ」
「ああっ、神様、かみさま、おかあさま、おとうさま! こんな出来損ないの娘でごめんなさい!! ゆるして、ゆるして!!」
「みっつ」
「ああっ!! ……慈悲を……!」
ブン!
空気を重く切り裂く音とともに、大鉈は振り下ろされた。床を叩き割る音が響いた。目の前に広がっているであろう惨状を、私は見ることができない。……うわー……シェリー……シェリー、人を、手にかけちゃった……か……。
「……」
「シェリー、気が済んだかしら?」
紫塔さんの落ち着いた声が聞こえて、私はいつの間にか瞑っていた目を開ける。床が出来るだけ視界に入らないように、出来るだけ上を向いて、目を開ける。
「晴香、大丈夫よ」
そう促された。なにが大丈夫なんだろう。もしや、紫塔さんはそういう惨状は慣れっこ……とか?
「うん……はるっち、大丈夫だよ。惨い事にはなってないから」
「え……?」
勇気を出して、視線を下げる。鉈の叩き割った床、そこに転がった頭部なんか無かった。
「は、はぁ~……」
「なんだよシェリーちゃん。あんな迫真の演技、ビックリしちゃったよ」
安堵したような声で、紗矢ちゃんはシェリーに声を掛ける。
「……った」
「え?」
「手が滑った。やり直す」
そう言って再び刑を執行しようとした親友を、三人がかりでどうにか止めた。
「あらあら、水蓮ちゃん、すっかり気を失っちゃってる」
見れば泡を吹いて、白目をむいて、死を悟ったような顔だ。打ち首される、ってなったらこうもなるのかも。流石に笑えない……。
「あー、おもらしもしちゃってる……」
仕方ない。同じ立場だったら私だって同じようにみっともない姿を晒していたと思う。
「どうしようか」
「紗矢、とりあえず服着たら? 寒くない?」
「あーら、これはこれは」
てへっ、と笑った後、紗矢ちゃんは服を着始める。落ち着いたので、私は彼女に気になっていたことをぶつけることにした。
「紗矢ちゃん。もしかして、その……」
「ん?」
「……えっちなこと、好きなの?」
「へ? ……え!?」
ホットパンツを履こうとする手を止めて、急に紗矢ちゃんは顔を赤らめた。
「そ、そんなの! そんな訳ないって!!」
「じゃあどうしてストリップショーしようとか言い出したの? 紗矢ちゃんの趣味かと思ったけど……」
「あれは、その……ノリだよ! ああ見えて、アタシもすっごいドキドキしてたんだから!」
「そうなんだ……」
そのドキドキって、露出した背徳感でドキドキしてたわけじゃ……ないよね? まあ、あんまり深く聞くのもどうかと思ったので、これ以上は聞かなかった。
「それにしたって紗矢、あそこで脱ぎだすのは想定できないわ。普段からそういうことが習慣じゃないと、たどり着かない手だと思うわよ?」
紫塔さんめ、私が引いた一歩を踏み込んでいった。バカ、紫塔さんのバカ!
「あ……」
紗矢ちゃんの表情が固まった。これ、チームの決裂とかに繋がったら怖いな……。
だけど紗矢ちゃんはその固まった表情をすぐにほどいて、キリっと真剣な顔で、紫塔さんに告げた。
「ふぅ……、言うよ。みおっちのせいなんだからね」
「え? 私?」
「あの夏も間近に迫った暑い日、みおっちに裸になるように強要されたあの日を――アタシは一生忘れられないと思う」
「なに、そのいやらしい言い方は……」
紫塔さんはなんだか茶化しているけれど……思い出した。あれは紫塔さんが、紗矢ちゃんを教会関係者の娘と知った日の事だった。紗矢ちゃんに怪しいところが無いか、身体検査を称して彼女を素っ裸にしちゃったんだ。……まさか、あのイベントで……!
「アタシに変な扉を開かせたのはみおっち」
「……言っている意味が分からないわ。私が、紗矢をストリップショー好きにした接点が……むぐっ!?」
もうこれ以上生々しい話は聞きたくなかったし、天然ボケをかましている紫塔さんもめんどくさくなって、彼女の口を塞いだ。
「紗矢ちゃん、いいと思う! 存分に、自分に嘘をつかないで生きていくのが一番だよ! うん! 私、紗矢ちゃんの事、嫌いになったりしないから!」
「あ……ああ! うん、そうだよね! アタシはアタシの道を行くよ、はるっち! ね、アタシたち、ズッ友だよ!」
サムズアップした手を、互いにぶつける。紗矢ちゃんの笑顔はぎこちない、多分私の笑顔もぎこちないだろう。あとは――紗矢ちゃん、捕まらないでね?