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#27 魔女を出し抜く愚策

「みんな、いるよね?」


 一メートルも視界のないくらい、濃い霧のなかで紗矢ちゃんの声が呼びかける。返事をする。他のみんなの声も響いた。


「みおっち、視界不良だけど、魔力の察知は出来る?」

「……難しいわ。もしかしたら、アイツの着ていたレインコート、それになにか仕掛けがあるのかもしれないわ」


 となると……とヘレナのいる方を見る。ギリギリ彼女の輪郭が見える。彼女の鋭い嗅覚であれば、水蓮を捕らえられるかもしれない。


「ヘレナ、どう?」

「グゥ……」


 キョロキョロ見回しているあたり、彼女もまだ水蓮を察知できていない。


「みおっち、皆! こういう時、相手を『釣る』のが一番だよ」


 何やら紗矢ちゃんに秘策があるみたいで、霧の中から悪い声が聞こえた。


「皆、ちょっとアタシを囲む様に立ってほしいな」

「?」


 そう言われて、私たちは声を頼りに、紗矢ちゃんに近づく。言われた通り、紗矢ちゃんを丁度四人、四方から囲んで立つ。


「ちょっとここ開けといて」


 隣り合う私とシェリーの間の隙間を少し、紗矢ちゃんは開けた。すると、紗矢ちゃんは二葉さんのワゴンから、ティーポットとカップを一つ手に取る。


「紗矢、あなた何を……」

「おいしいおいしい、ティータイムをしようと思ってね。喉が、乾いたから」


 優雅にお茶を淹れて、紗矢ちゃんは本当にティータイムを楽しもうとしている。にしては……なんだかすごく余裕のあるような、いつもより香りを楽しむような所作が目立った。


「……来た」


 小声で紗矢ちゃんが呟く。紗矢ちゃんは満足そうにティーカップの水面を眺める。何が来たんだろう? そう思っていたら、――二発目の銃声が鳴り響いた。


「!?」


 あまりに不意に響いた銃声に、私は凍り付いてしまった。あ、足の力が……。


「外れちゃった」


 銃弾の軌道に沿って、霧が一瞬晴れた。そこに水蓮の姿は欠片も無い。そしてすぐ、晴れた空間に霧が満ちていく。


「第一の釣りは失敗、と」


 紗矢ちゃんはティーカップに口をつけることなく、またワゴンの台へと戻す。……ぶくぶくと騒がしい水面で、紗矢ちゃんが何を見たのか理解した。


「さて……策がなくなっちゃった!」


 なんだかやたらに明朗な、紗矢ちゃんの声が聞こえた。


「ちょっと! 紗矢、そんな気の抜けるようなこと言わないで!?」

「だって事実なんだもん。こういう時に頭切れる人、うらやましーわ」


 え……? ここで紗矢ちゃんのフェーズは終了? うそ? あんな策士のような動きをしていた紗矢ちゃんもうネタ切れなの!? じゃあこの窮地はどうやって脱すればいいんだ!?


「あーあ、アタシみたいな一般人が、魔女様に敵うわけなかったか、あっはっはっは!」


 あー、なんだか久々に聞いた気もする、彼女のカラッとした笑い声。教室にいた頃はたびたび聞いていた気がする彼女の声。ここで聞きたかったかって言われると首を傾げてしまう。


「くやしーなー、所詮何の力もない一般人のアタシにはここまでか~」


 ……いや、なんかわかったぞ。これは紗矢ちゃんの「釣り」だ。紗矢ちゃんの目を見て分かったのだ。霧で見えないことをいいことに、声だけは降参しているように演じている。


「紗矢、本気なの? あんな喧嘩吹っ掛けておいて」

「紫塔さん」

「?」


 耳打ちで紗矢ちゃんが演技しているだろうと伝えると、紫塔さんは二回頷いた。


「そんな、紗矢、こんなところで……!」


 紫塔さんも大げさに乗ってきたところで、紗矢ちゃんの出方を伺う。


「ごめんよ~水蓮ちゃん、アタシが悪かったって。美味しい水が欲しかっただけなんだよねぇ? 謝りたいからさ、出てきてよ。ほい、銃も捨てる」


 からん、と紗矢ちゃんは銃を床に置いて、両手を上げる。その銃はどこかへ蹴ってしまう。……。


「二葉ちゃんが気絶しちゃったから、美味しい水を一緒に探してあげるって」


 霧の中を紗矢ちゃんの明るい声が駆け抜ける。いや、霧にかき消されているかもしれない。


「――舐めてるんですの? 一度銃を向けてきた相手を、謝罪程度で許しませんわ」

「ほんとぉ? アタシ、なんでもするよ? 土下座だってする、ここでストリップショーだってしてあげるよ」


 ちょっ、と思わずツッコミを入れそうになる。過激すぎる発言にシェリーや紫塔さんにも慌てたような顔が見えた。


「ストリップぅ? アンタみたいな生意気なおなごのストリップなんてさらさら興味ありませんことよ?」

「んー、じゃあどうしたら許してくれるのかなぁ? アタシ、どうも君には服従するしかないような気がするよ」

「へぇ。言いましたわね? この私に服従。いい気味だわ!」


 水蓮の意地悪い高笑いが霧の中に響く。ひとしきり笑った後、奴の次の言葉が続く。


「じゃあ、取り巻きの服も脱がせて貰いますわ。なんでもするんでしょう? アンタ」


 うっ、そう来たか……。紗矢ちゃんだけで完結させない要求。悪手を踏んだんじゃないだろうか、紗矢ちゃん。


「ふーん、アタシだけじゃなく、アタシの友達のことも巻き込むわけだ」

「おや? なんでもするんじゃなくって?」

「いいとも!」

「待って」


 完全に二人の間だけで話が進んじゃってる。私ここであられもない姿になるの嫌だよ!? 首を横に振り続けて紗矢ちゃんに訴えるけれど、それに応える様子が見えない。


「紗矢、なにを言って……」


 紫塔さんもかなり困惑した顔だ。脱がされまいと、手を胸の上にクロスしている。


「アタシに任せなって」


 小声で紗矢ちゃんは呟いた。でも流石にそのくらいで払拭されるような不安感じゃない。これ、どうなっちゃうんだ? 私たち、ここで素っ裸にされちゃうの?


「よーし。お楽しみは最後に取っておこうか。まずはアタシから」


 そう言うと、紗矢ちゃんはなんのためらいも見せずに、服のボタンに手をかけた。それはもたつくことなく、一つ一つ丁寧に外されて、どんどんと脱衣可能な状態に近づいていく。


「嘘でしょ……!」


 スッと、一枚、上に着ていたシャツを脱いだ。紗矢ちゃんのブラが現われる。


「水蓮ちゃん、ただの質問なんだけど、水蓮ちゃんは全裸が好き? それとも、一部着ている方が好き?」

「何を聞いてますの? ここに来て全裸は嫌だ、なんて弱音ですの?」

「違うよ、観客の需要に応えようってサービスだよ?」

「……っ」


 一瞬言葉に詰まったような、変な間があった。


「……靴下は履いたままで脱ぎなさい」


 水蓮の変な性癖が開示されたような……気がする。


「さーて下も、ほら」


 はらり、と下に履いていたホットパンツも、紗矢ちゃんからなくなった。下着、そしてハイソックスだけの彼女の姿は、こっちもなんか変な気分になってくる。その、恥ずかしいと言うかなんというか。


「さあ、最後、下着を脱ぎなさい」

「んー? 観客が見えないのに、脱ぐテンションにならないなぁ」

「なっ……ここで日和るんですのね?」

「やっぱり~、こういうショーは、お客さんの熱烈な視線があってこそ、最後の仕上げが輝くってね」

「……私は見てますわよ?」

「アタシから分からないっての! その視線を、眼差しを、存分にアタシに見せてほしい! ああ、この霧が晴れれば、水蓮ちゃんの視線に貫かれて、アタシ……っ」


 なんとも悩ましい表情で紗矢ちゃんは語る。……、やばい、なんか、私見入っちゃってるかも……。


「んっ……」


 水蓮の返事がない。どうした、水蓮。君の悪口はそこまでか!?


「君も思ってるんだね!? こんな煩わしい霧が無ければ、存分にアタシのショーがくっきり見えるって!」

「んんんんぅ……!」


 唸るような、苦しむような声が聞こえた。すると――。



「ああ、やっぱり君は、アタシから目が離せないんだ……!」


 一筋の晴れ間が覗く。その先に、黄色いレインコートの姿が見えた。


「フィナーレだよ!」


 はっきり見えた水蓮の頭。――それを狙う、紫塔さんの銃口。視界良好、プラス向かって左三センチ。三発目の銃弾は放たれた。

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