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#26 紗矢の銃口

「ねえ二葉、どうしても退避しなくちゃダメかしら?」

「紫塔様、お願いですから従ってください。私だって、あなたたちが危険な目に遭うの、心が痛むんですから」


 保護者みたいな物言いの二葉さん。正直ふざけたことを抜かすこの魔女を引きずってでも早く逃げたいと私は思う。けれど紫塔さんは会話をやめない。


「……私たちは仲間を欲しているの。他の魔女とコンタクトできる機会を、私は逃したくない」

「お願いです!!」


 二葉さんの叫びが廊下にこだまする。初めて聞く彼女の叱咤(しった)に、思わず私の背筋は伸びた。


「逃げてください!」

「嫌よ」


 そう言って、紫塔さんはメイドの横をすり抜けていく。私たち四人はどうするか困ったのち、リーダーの意思に従うことにした。メイドの横を通り過ぎる際、彼女の目じりに大粒の涙が見えて、とてもじゃないけど胸が苦しくなった。


「紫塔さん、あれはよくないよ!」

「静かに。――いるわよ」


 その言葉に私は黙らざるを得なかった。二葉さんを悲しませることと、目の前に敵かもしれない魔女がいるのとで頭がぐちゃぐちゃだ。


「紫塔様……あとでお説教ですからね!」


 半泣きのメイドが、私たちの元に追いついてくる。……ところで二葉さんはどうやって魔女と立ち向かうのだろう。


「こういう戦闘は、初めてじゃありません」


 二葉さんは鞄から一つの小瓶を取り出す。その中に入った透き通ったピンク色の液体は見たことがない。


「これは?」

「これに入れるんです」


 するとメイドの鞄から、今度は拳銃のようなものが取り出される。銃!? とビックリしてしまった。


「麻酔……かしら」

「勘がいいですね紫塔様」


 液体を銃に入れて、メイドは撃鉄を起こす。不思議なのは、その銃がリボルバー式なのに、握り手の所に液体を入れたことだ。


「二葉ちゃん、そんなの使うんだ!?」

「オクトパス様から支給された品です。こんな趣味私にはありませんよ」


 メイドが銃口を向けた先を見る。何もいない。


「ガルルッ」


 ヘレナが銃口とは180度逆の方を見る。恐らく――ここはヘレナの嗅覚が頼りになる!


「二葉さん、後ろ!」

「ええ!」


 メイドの銃が向いたその先、黄色いレインコートが目に入ってすぐに探している「不審者」と分かった。


「……あなたでしたか、水蓮さん!」

「スイレン?」

「メイド。持ってきてくれた水が不味かった。だから文句を言いに行こうと思っていたんですの」


 口調は強く、レインコートのフードの奥に見える眼差しは鋭い。こちらを恨んでいるとも見えそうな視線は、私一人では耐えられない。


「もう、驚かさないでください……。申し訳ありませんでした、今からすぐに持ってきますか」

 ら、と言葉を締めようとした二葉さんの、手に握られた銃が悲鳴とともに落ちた。


「二葉さん?」

「……水蓮さん、あとでいくらでも謝りますから」


 銃を握っていた右手を二葉さんは抑える。銃のほうをまた見ると、なにか蒸気が出ていた。


「皆、息を止めて!」


 紫塔さんが何かに気付いたのか、そう鋭い声を上げた。私たちはそれに従って鼻と口を抑えて息を止める。


「水蓮さん、すい、……なにを……」


 見る見るうちに、メイドが倒れ込んでしまった。


「……二葉ちゃん!!」

「あんたたち何? このメイドとオトモダチ?」


 相手の指した指先に浮かぶ、暗緑色の魔法陣。それは攻撃の証拠だった。


「喉が乾いた。……なによメイド、ピッチャーの一つも運んでやしない」


 すると水蓮と呼ばれたレインコートの魔女は、倒れ込んだメイドの右手を踏みつける。


「なにしてんの……?」

「バツですわ。給仕の一つも満足にできない、この駄メイドにお仕置きをしますの」

「……!」


 カチンときた。私の手が動いていた。平手打ちを相手の顔面にお見舞いする。


 ……はずだった私の右手は、なにかに囚われたように動かない。手首が縛られているような感覚。見ると、水の輪っかのようなものが私の手を止めていた。


「無粋ですわね。いつからここはスラム街になったのかしら?」

「晴香!」


 右手を縛る水の輪が、なんだか熱を持ち始めたような気がして思わず腕をばたつかせる。だけれど、そのブレスレットみたいに囲う水の輪が外れない。やがて、それはぶくぶくと「沸騰」を始めて……!


「うああっ!」


 その瞬間、私の横を一陣の風が通り抜ける。鉈の魔女が一直線に、相手を叩き切ろうと飛んでいた。


「っ! なんていうスピード……!」


 しかし、ヘレナの恐ろしいスピードの突進は、水蓮に見切られてしまっていた。空ぶった大鉈が床を割る。


「グルル……」

「品のない犬。でも、私には届かないでしょうね」


 ヘレナと水蓮がにらみ合いをする。そのなかで、私は手首の熱がなくなっていることに気付いた。……火傷の跡はある。くそっ……。


「なに……? ヘレナの攻撃が、避けられて……!?」


 シェリーが驚いている。紫塔さんもかなり難しい顔をしている。そんななか、紗矢ちゃんが床にしゃがんで何かごそごそしている。


「そこ、何をしてますの?」

「……なにって、珍しいからさ?」


 紗矢ちゃんが、さっき二葉さんが落とした銃を拾おうとしていた。


「おやめなさい!」


 紗矢ちゃんの元に、何か三つ、棘のようなものが飛んでくる。だけど紗矢ちゃんはしっかり跳んで避けた。


「……ははーん、なんか、君のことが読めてきたよ、水蓮ちゃん?」

「気安く名前を呼ばないでくださいまし?」

「紗矢、何かする気?」


 紗矢ちゃんの手には、さっき拾うことのできた銃があった。


「これの構造は……よし、なんか分かった」


 弾倉を展開すると、そこにはしっかり銃弾が込められていた。


「弾は六発。アタシ、水蓮ちゃんにはちょっと謝ってほしいかな、って」

「何をですの? メイドを踏みつけたこと?」

「違うよ。……アタシの友達の手首に、火傷を負わせたこと、かな」


 声音、視線、それで分かった。紗矢ちゃんは怒っている。紗矢ちゃんを狙って刺さった床のつららを、彼女自身が踏み割る。


「容赦しないからね、アタシ」


 構えた銃は全くブレがない。射線上にレインコートを捕えている。


「はぁ、血の気の多いおなご。どうして水が不味かっただけで銃口を向けられるんですの?」

「怒らせたからだよ。覚悟して」


 もう紗矢ちゃんの声に遊びはない。まもなく一発目の銃声が響いた。でも、それは真ん前にいたはずの水蓮には命中しなかった。


「的は動くものですのよ? そんな狙い方じゃ、かすり傷一つ、付けられませんことよ?」

「大丈夫大丈夫、今のは当てるための弾じゃないから」

「な……っ?」


 私には、紗矢ちゃんの言っていることが分からない。当てるための一発目じゃない? 紗矢ちゃんは何を狙って、引き金を引いたんだろう。何かを見極めるため?


「どうも、君は攻撃を『右』に避けるらしいね」

「……はっ」


 言われて私にも分かった。確かに、水蓮の姿は、さっきより右(私たちから見て左)に少しだけズレていた。


「さあどうする? 君が右に動く数センチを予見して、この銃を撃つのは簡単だよ」

「――舐めないでくださいまし」


 その瞬間、なんだか空気がじめっとしてきたような気がした。でも三秒後にはそれは確信に変わった。霧が出てきたのだ。


「あんた……魔女じゃないですわね。一般人が魔女に勝てるわけないってこと、教えて差し上げますわ」


 霧が濃くなり、黄色いレインコートの姿は見えなくなってしまった。


「みおっち、サポートお願い」


 そんな声の主も、見えなくなるくらい霧は濃い。不安がよぎる。この霧に殺されてしまうんじゃないかって。だけれど、ここはもう信じるしかない。私のギャルの友達を、友達思いの彼女が勝つことを。

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