#25 メイドを尾行せよ
「じゃあな」そうレジーナは部屋を出て行った。きっと二葉さんとも会えて満足したんだろう。足取りは軽快に、どこか楽しそうでもあった。
「行ったね、レジーナちゃん……」
「紗矢ちゃん?」
なんだか名残惜しそうな顔をしている。
「あんまり仲良くできなかったよぅ、うっうっ」
「紗矢ちゃん気にしないで。出会って数日で仲良くなる方が難しいって」
「だって、はるっちばっかり喋ってたもん……」
そ、それは確かに……。レジーナがあんなに面白そうな魔法を使ってしまっていたがために、私の興味がメチャクチャそそられてしまったのだ。
「くそー、今度はいっぱい喋ってやるんだから」
「そんなにレジーナの事気に入ったの?」
「初めて会うタイプの子だったからさ、アタシも気になっちゃってるんだ!」
そう言われてみればそうかもしれない。可憐な見た目とは裏腹に、クールなあんな子は初めてかもしれない。……生きてきた環境が影響しているのかもだけれど。
「また会えるよね、レジーナちゃんとは」
「たぶんね」
きっとまた会える、そんな気はしている。彼女は私たちの計画には乗らないと言ったけれど、そう言った時の彼女の目のゆらぎは、迷いがあったのではないか、と思っている。
「まあ、そんなことより。これからどうしようか。二葉さんの尾行でも……」
と視界に入った熊耳カチューシャに、私は言葉を詰まらせた。い、居たわそう言えば……!
「? なんですか? び?」
「び……B型ですか? 二葉さんの血液型は」
「あら、よく分かりましたね。……ん、まさか、今の時代に性格で血液型分析ですかぁ?」
二葉さんは心底嫌そうな顔でこちらを睨んできた。あ、ごめんなさい……。その顔はきっとB型がかつてあまりいいイメージで語られたことがないって顔だ。
「まさか、二葉ちゃんとってもいい子だから、B型とか関係ないよ!」
「ほら! やっぱりB型に変なイメージ持ってる!」
「げっ」
紗矢ちゃんが気まずそうに目を見開いた。二葉さんの口はとんがるばかりだ。
「もう……。もうこの話は終わりです。お茶会の主催がいなくなったから、私も失礼しますね」
そういうと、二葉さんは立ち上がってワゴンを動かす用意を始める。……そういえば。
「二葉さん、自分のカップも用意してたんですね」
「っ!? いえいえ、割れるアクシデントがあった時のためです! ほら、レジーナさんも7人分と言っていましたし!」
絶対乗り気だったんだろう。とくにレジーナとは仲がよさそうだし。
「それでは。私は帰ってゲームの続きをしますので」
さらっとすごいことを言って、二葉さんは出口に向かう。
「――行くわよ」
そんな気はしていた。確かに聞こえた紫塔さんの一声で、熊耳メイドを追うことを決めた。覚悟はできている。
今回、二葉さんは決まった時間の給仕ではない。したがって、真っすぐ自室に帰るんじゃないだろうか? となるとタイミングがいい。最短距離でメイドの部屋へお邪魔できそうだ。
「にしても……全然バレないね……」
メイドの尾行、ロクにない遮蔽物。それでも二葉さんが背後の私たちへ振り返るシーンは無かった。転がしているワゴンの音で気付かないのか、そもそも気配とか鈍感なのか。
「ヘレナ、お利口さん」
ヘレナが騒いでしまうのではないか、と思っていたけれどそんなことなくヘレナはじっと口を閉じている。目も真剣な眼差し。もしかして今の状況をきちんと理解しているのかもしれない。
「このまま真っすぐ彼女の部屋へ向かわないかしら」
実は他の用件で別の場所へと向かっているとかだったら、かなりヤバいぞ。
「んー、お茶飲んだら、ちょっと……」
そう言って二葉さんが不意にワゴンを止めた。突然の行動に、私は心臓がキュッと締め付けられるような気がした。
「やっとここの構造もわかってきましたけど……やっぱりオクトパス様、建築のセンスが高すぎて、一般人の私めには理解が及びませんね……」
ワゴンを置いて、二葉さんはすぐ近くの曲がり角を曲がった。その際、ギリギリ視界に私たちの姿が入ってないか……と不安になったけれど、メイドは私たちに気付いた素振りは見せなかった。
「あそこトイレかな」
「そうかもしれないわね」
言葉の感じだとトイレに少し寄ったって感じがする。足止めを食う時間がもどかしい。
「……ところで、ここら辺、結構部屋の扉が多いね」
シェリーが指摘した通り、いたるところにドアが見える。ドアの上には三桁の部屋番号らしきものが書かれたプレートがどれにもあった。
「ねえヘレナ、あの扉の向こうに、魔法使いたちがいるの?」
「ウゥ」
頷いたように見えた。意思疎通ができているように見えてちょっと私は驚いた。いやもしかしたら、ペットを飼っていたことのあるシェリーには、そういう繊細なコミュニケーションが取れるのかもしれない。
「……なるほど。ここらの魔法使いたちも味方にできたら……心強いかもしれないわね」
「敵……かもしれないよ、紫塔さん」
「もちろん、皆味方になるとは思ってないわ」
それにしても、扉が頑丈なのか、ざっと四つくらい部屋が並んでいるというのに声一つ聞こえてこない。もしかして空き部屋?
「寝てる、とか?」
そういう人もいるかもしれない。私たちは日本時間で生活しているけれど、もしここに外国の魔女なんかが居たら、今頃は就寝時間なのかも。
さっきも聞いた足音が聞こえてきて、私たちは隠れ直す。どうやらトイレから二葉さんが戻ってきたみたいだ。
「ふースッキリ」
(独り言に出すんだその感想……!)
私はちょっと笑いを堪えながらも、メイドにバレないように、必死に息を殺す。
いつも通り、という感じに二葉さんはワゴンを再び転がし始める。
「よかった、バレてないみたいね」
ともかく、また尾行が再開できそうだ。いつしか緊張していた心臓も慣れて彼女を追えそうだ。と、その時。
プルルル! プルルル!
「っ!?」
びっくりして、思わず私たちの中から声が漏れた。……メイドは大きな着信音でそれに気付いていないみたいだけれど。
「オクトパス様だ……。何の用でしょう?」
震えるガラケーを取り出して、二葉さんは耳に当てる。その間も、ワゴンを動かし続けているから、私たちは彼女についていく。
「何かしらね。ああやってオクトパスに頼み事でもされるのかしら」
「どうだろう……」
メイドの業務に関しては詳しくない。
「え? 不審者がいる? 場所はどこでしょう?」
うわ……。なんか仕事を任されているみたいだ。これは尾行は中止になりそうだ。紫塔さんに目で合図をすると、紫塔さんもパッとしない表情で頷いた。
「え? ここ!? いや……」
すると二葉さんが辺りをキョロキョロ見回す。嘘!? まずい! 正直隠れているとも言えない私たちが見つかるのは時間の問題だった。
「あ……」
「……あはは」
見つかった。
……のだけど、二葉さんは私たちから視線を逸らして、まだ何かを探すように首を動かしている。あれ? どうしてだ?
「……どうやら、不審者というのは、私たちのことじゃないみたいね」
「……というと」
「この部屋たちにいたはずの、脱走した魔女とか」
急に怖くなってきた。そんな恐ろしい、ホラーみたいなことを言わないでほしいな、紫塔さん。
「わかりました。調べてみますね」
電話を切ると、二葉さんは迷わずこちらに歩み寄ってきた。
「あ、二葉さん……ごめんなさい」
「いえ、お気になさらず。それより、大事なお話です。今すぐヘレナさんの部屋へと戻ってください」
今まで見たことのない、メイドの真剣な表情に事の重大さを悟った。
「一応、理由を聞かせて頂戴」
「安全上の理由です。もしかしたら、暴走した魔法使いが攻撃を仕掛けてくるかもしれません。そうなったとき、魔法使いではないあなたたちは、当然危ない目に遭いますから」
「二葉さんはどうなるの?」
「お気になさらず。私も一般人ですが、こういう時はオクトパス様もすぐに駆けつけてくれます。心配しないでください、さあ、行って行って」
厳しくも、優しい二葉さんの言葉。私は正直背く理由も無かった。皆もそんな様子だ。でも――私たちの魔女の目はそうは言っていなかった。