#24 交渉決裂
やがて、メイドがアフタヌーンティーを届けに来た。お茶7人分ともなると、流石にワゴンで運んで来た。カップ7つと、ポット一つ。遠いところから届けに来ているのかもしれない。
「ミス二葉、お疲れ様だ」
「いえ、これもメイドの務めですから」
そこそこ喋った私たちに、アフタヌーンティーはあまりにも最適なタイミングで届けられた。メイドの入れてくれる紅茶は香り高く、すてきな午後のひと時を彩る。……レジーナも言っていたし、午後だよね? 時計はないしわからない。
「おいしいよ、二葉さん!」
「ええ、よかったです」
「ミス二葉の入れてくれるお茶は絶品なんだ、彼女に感謝するといい」
「言われなくとも、ありがとう二葉さん」
「務めですとも」
でもメイドは満更でもなさそう。
「それにしてもレジーナさん、あなたが誰かと一緒にお茶を楽しむなんて、珍しいですね」
「そうだな。どうも、この人達とはもう少しやりとりをしたほうがいいかと思ってね」
「そうですかぁ」
二葉さんはなんかニヤニヤしている。レジーナは怪訝な顔をしつつも、そんなメイドの表情については追求しない。
「ミス二葉は忙しいのか?」
「いいえ、今は緊急の用もありませんよ」
「あなたも少し、休んでいったらどうだ? VIP用の座席ならあそこに」
レジーナの指す先にはこの部屋で一番目立っているソファがある。座り心地はまあまあだった。
「いいえ、ここでいいですよ」
するとメイドは私たちも座っている地べたにぺたん、と座る。
「皆さんと目線を合わせて、お茶がしたいですから」
「ヘレナ、お茶飲める?」
「アウッ……!」
ヘレナはどうやらグイっと熱々のお茶を口にしてしまったようで、かなりうろたえている。……うん、これを一気飲みは無理だ。
「もう……大丈夫?」
「ウウ……」
そんなヘレナたちを見て、メイドとレジーナが話題を見つけたみたい。
「ミス二葉、彼女が『あの』ヘレナというのは知っていたか?」
「それはもう、皆さんのお世話をするメイドですから」
「私はさっき気付いたんだ。あの頃と比べて、オーラの欠片も無かったからな」
「そうですねぇ……まあ、様変わりしてしまいましたが、どこか面影はありますよ」
どうも二人は以前のヘレナをよく知っているみたいだ。
「二葉さん、前のヘレナってどういう感じだったの?」
「なんて言うんですかね……すごく、カッコイイ、感じの方でしたね」
「かっこいい?」
ヘレナの方を見ると、舌を火傷して涙を浮かべている。あれがかっこよくなる……? イマイチ想像はつかない。
「……あの時、オクトパス様に向かっていく姿は、今でも思い出せます。きっと、水族館にいる皆様も、心を動かされたかと」
「ヘレナって、どういう立場だったの? 水族館の収容者にとって」
「……私の立場からは申し上げられません。レジーナさんはどう思いましたか?」
「ああ、私含め、皆の希望であったろうな。オクトパスを最も倒せる可能性のあった魔女。みなが期待し、そして……敗れたのだ」
「そっか」
オクトパスを打ち破り自由を得ようという、輝きを放つ一等星。……そんな星が消えてしまったのなら、絶望感もすさまじかったのかもしれない。
「彼女が敗北してから、大きな暴動は起きていない。きっと勝てないと思う奴らが増えたのだ」
「ご不満の声はたびたび聞かれますけれどね」
すすっ、と二葉さんがカップを口に運んだ。メイドの姿をしているからなのか、様になっている。すると、二葉さんは「熱っ」と言ってすぐにカップを口から離した。
「ミス二葉、もしかして君は『ドジ』と呼ばれる人種なのか」
「そんなことはありません!」
レジーナからもイジられている……やはり二葉さんはそういう星の下で生まれた人なんだ……。
「二葉ちゃん、面白くて可愛くて素敵だからね~」
「褒めてるんですか、和泉さん」
「お、さん付けだ~、様じゃなくって」
「あっ……」
失言してしまった、と言わんばかりに、二葉さんは口を抑えた。別に私たちなんかタメ口でも、様付け・さん付けすら必要ないと思うけどね。
「失礼しました」
しかしそんな私の気持ちをよそに、二葉さんはさん付けを謝った。ああ見えて、きちんと態度はしっかり弁えるタイプなのかもしれない。
「べつにいーけどね、アタシは。二葉ちゃんもその方が呼びやすいんじゃない?」
「いいんですよ。私はあくまでもオクトパス様に雇われている身ですし」
対立する相手と仲良くしすぎるのは良くない、という自戒なのかも。
「ねえレジーナ」
「どうした、改まって」
これからのことを聞く必要があった。
「レジーナはこれからどうするの?」
「どうも何も、気が済んだら私は自分の部屋に帰る。そもそも、ヘレナの部屋に長居する理由などもうない」
ここはヘレナの部屋。ここに私たち四人はだいぶ長居しているような気がするけれど、そろそろ動きたい。
「レジーナ、私たちと一緒に来ない?」
「ん? 一緒に?」
「そう」
「……君たちが何を成そうとしているのか、聞かせてもらおう」
そう言って、レジーナは湯気の香る紅茶をすすっと口に入れる。
「私たちは、オクトパスを倒して、ここを出ようと思っている」
「!」
ぐふっ、とレジーナはらしくもなくむせる。げほげほ、と盛大に咳き込んだのを見て、私は彼女の背中をさする。
「な……なんと……」
どうにか落ち着いたレジーナは改めて言葉を紡ぐ。
「なんとバカげたことを……」
「バカげてなんかない。私たちは外の世界に、自由を取り戻したいんだ」
「……」
一瞬、険しい表情とともに何か考えて、レジーナの返事が来た。
「まさか、君らがそんなことを言うとは」
「笑いたければ笑っていいから」
「笑うわけがない。私から行うのは忠告だ」
ほう。……降りかかるであろう厳しい言葉に身構える。
「修羅の道だぞ」
「っ……そうだと思う」
「奴に負けて死ぬのが最後じゃないぞ。ヘレナを見ろ。理性を奪われ、個人の尊厳を破壊される」
ヘレナがこっちを見て笑みを浮かべている。犬のように。呼ばれた名前に反応したんだろう。私たちもオクトパスに敗北したら、あんな風に、人間性を……。
「加えて君らの中三人は魔女ではない、つまり……オクトパスは普通の人間をどう扱うか、だ。でも大体わかるだろう?」
オクトパスは私たち三人の名前を呼んだことがない。覚える気もないのかもしれない。そんなぞんざいな扱いの末はロクでもないことだろう。
「……忠告は以上だ」
「……」
足が震える。こうやって、現実を突きつけられて、全身が氷水を通っているみたいに冷たく感じる。「いや」「それでも」……そう否定しようとする口は重い。
「晴香。それはあなただけが背負う事じゃないわ」
「紫塔さん……」
「これは私が招いた運命。私が切り開く。晴香、いつでも頼って頂戴」
「……うん」
「――やめないのだな。なら、好きにしろ」
「……ねえ、レジーナ」
まだ答えは聞いていない。
「あらためて……一緒に来ない?」
「……はぁ」
私が右手を差し出す。同意するなら、彼女も右手を差し出すだろう。
「あいにく、私はここで骨を埋めると決めた。悪いな」
「……そっか」
レジーナの目の中に見えた、かすかな揺らぎ。だけれど、ここで彼女は頷くことはしないだろう。
「わかった。まあ、見届けててよ。あんないけ好かない奴、ぶっ飛ばしちゃうから」
「ああ、退屈しのぎにはなるだろうな」
彼女の視線がそれる。瞳の揺らぎはもう見えなかった。