#23 レジーナの魔法
「じゃあさじゃあさ、レジーナちゃん、もう少し質問していい?」
「……一方的だと思わんのか」
ため息をついて、レジーナは紗矢ちゃんに睨む。
「たまには君らのことを聞かせてもらおうか。私は喋り疲れた」
彼女の気持ちはわかる。不公平だし、ここは彼女にも情報を与えたほうがいいだろう。紫塔さんもそう目で合図している。
「うん、いいよ。何聞きたい?」
「初対面の時、君らは魔女が一人とそれ以外が三人と言っていた。それが本当ならここに魔法使い以外が収容されるのは初のこと。なぜ君らまとめて収容されたのかを聞きたい。もしオクトパスが魔女にしか興味がないのなら、一人だけでいいからな」
確かに。ここの人達は二葉さん除いて魔女ばかりだ。ヘレナとレジーナとしか会ってないけど。
「なんでだろう? アタシら、ここに来る前は船旅をしていたんだよね」
「船旅?」
「あー……ちょっと、元いた街に、もういられなくなっちゃったからね」
レジーナは考え込む様にあごに指を当てる。その視線は「続けて」と言っている。
「レジーナちゃんが魔女なら、『教会』のことは知ってる?」
「ああ、知っているとも。魔女を屠ろうとする連中、私もかつて世話になった」
「戦いのさなか、その教会を焼いちゃって」
「……ん?」
「さすがに放火魔がのうのうとその街で生きていくのは無理かなって、街を出て新天地探ししてたんだよねぇ」
驚いたように、レジーナはあごの指をゆっくり降ろす。数秒会話が途切れて、紗矢ちゃんが言葉を続けようとしたときに丸眼鏡の魔女はぽつりと言葉を発した。
「君ら……だいぶ、やらかしたな」
「あはは、そうだよね」
「この地球上にもう君らの生きていける土地はないな」
え? そ、それはどういう意味だ? 確かに教会、教団は世界中にあると聞いたことはある。だからと言って、それらがない土地は、さすがにこの世にはあるでしょ?
「大人しくこの水族館で一生を過ごしたほうが、平穏な暮らしを臨めるような気がするぞ」
「レジーナちゃん、それ本気?」
「本気だ。どこからでも連中は襲い掛かってくるとも。南極だろうが、孤島だろうが、連中はどこまでも追ってくるさ」
うえぇ、嫌な話を聞いてしまった。……だけれど、私たちのこの話には続きがある。
「それがさ、船旅をした理由が『聖域』への招待状が届いたからなんだよ」
「『聖域』? なんだそれは」
疑いの目をレジーナは隠さなかった。
「うん。みおっちの元にね。差出人は分からなかったけれど、『魔女』ってワードが入っていたから、信じてそこに向かってたんだ」
「……はぁ」
あ、わかったぞレジーナ、君は呆れている。
「妙だと思わんのか。ここからは推測による一例になるが、もし君たちを呼びだしたのがオクトパスだったら? 君たちはホイホイ餌に釣られた獲物だ」
うわー……そういう可能性もあるんだ……。考えていなかった。
「そうなるとオクトパスは君らの中の魔女のことを、すでに知っていたとか考えることになるな」
めんどくさいことになりそうと思った。ま、まあこれは推測だから、真剣に考えるのはやめておくとしよう。
そこで紫塔さんが付け足した。
「レジーナ、その貰った手紙、魔力が込められていたのだけれど」
「ほう」
「オクトパスのとは、違う魔力が込められていたわ」
「……そうか。なら違うのかもしれんな」
やっぱり推測でしかない。気にはなるけれど、オクトパスが手紙を出したという可能性は少し下がった。
「まあ、君たちのことは、なんとなく分かった。純粋なお人よし集団」
褒めてるのか貶しているのか。絶対後者だ。
「そんな君らがどうやって、教会に歯向かえたのかは想像ができない」
「たまたまだよ」
「……一番しっくりくる答えなのが、また恐ろしい」
うん、紗矢ちゃんの中でもあれは偶然成功した戦いだった、と思っていたみたいだ。私の中でもそう。
「……喋り疲れただろう?」
「いやいや、アタシ喋るの好きだし」
「誰もお開きだなんて言ってない」
するとレジーナは、その手に巨大な本を取り出した。オクトパス戦で見せたのと一緒だ。
「いまお茶を用意しよう」
! まさか、そんな、私がいつか描いていたような「魔法」を使う魔女がいるのか!? 思わず私の顔がニヤけているのが分かった。
プルルル……。
しかし、それは意外な形で裏切られる。レジーナの本から、電話のコール音が聞こえてくる。え? 本で電話してる?
「ああ、ミス二葉。アフタヌーンティーを頼む。7人分」
「かしこまりました~、レジーナさん、お待ちくださいね」
すぐに電話は切れた。だけれどこの一瞬の出来事が、私の中でものすごく、衝撃的だった。
「な、ななな……」
「どうした? ハルカ……だったかな」
「なにそれ!! そんな魔法みたいな魔法がこの世にあったんだ!!」
「声が大きい」
いかんいかん、思わず叫ぶように声が出ちゃった。でもこの興奮を抑えるのはちょっと難しい。
「レジーナちゃん! その魔法、どういう仕組み!? 本で電話するなんて、普通じゃないよね!?」
「あ、ああ。これは魔法の一つだ。ミス二葉は通信機器を持っているだろう? あれに電話をかけられれば、すぐに呼びだせるからな」
どこかまどろっこしい説明は右から左へと通り過ぎていく。いやいや、それにしたってただの紙の本が電話機器になっちゃうなんてすごすぎる。
「あー、確かにこの水族館、呼び出しとかできないもんね」
「そうだな」
言われてみれば、この水族館、呼び出しを行ったりするようなもの(例えば電話)とかはない。レジーナはそれが気になってこの魔法を使っているのかもしれない。しかし……。
「それ……もしかして、外部にも繋がるの!?」
「いや、流石に……どうもこの水族館というのはかなり外界から遠い場所にあるようだ」
なるほど。そんなことできたらズルもいいところ。それでも、本で電話するという光景があまりにも鮮烈すぎて、私のワクワクが止まらない。どうすれば、この興奮を止められる?
「晴香、落ち着きなさい。目が輝きすぎて、照明になっちゃうわよ」
「へ?」
紫塔さんのらしくもない冗談は、冷や水をかけるように、私を落ち着かせた。走り続けていた鼓動が緩やかになっていく。過熱していた思考回路が冷却され、私の目は照明になんかならなかった。
「ほ、ほう……」
「晴香?」
「紫塔さん、冗談言えたんだね」
「失礼ね!」
ぷんすこ怒った紫塔さんは、どこからしくもなく見えた。どうしたんだろう。
「むぅ……」
「?」
紫塔さんにしては、どこかコミカルな気がする感情表現に違和感があった。
「で、ハルカ。もう魔法についての質問はいいのか? 答えるとは限らないが」
「うーん」
さっきまでのアドレナリン120パーセントの私だったら何でも聞いていたような気がするけれど、今の私はアドレナリン30パーセント。質問らしい質問も浮かんでこない。
「あ、これ」
と思ったけれど、一つ気になったことはあった。だが彼女が答えてくれるか、それは分からない。
「レジーナの魔法って、どんなやつなの?」
「……それは『私独自』の魔法って意味だな?」
「うん」
正直答えてくれるとは思っていない。
「それは、君らの魔女の魔法について教えてくれたら、言うかもしれないぞ」
あーやっぱり。そこはやっぱり、秘密にするような範囲だよね。レジーナの答える「かも」に釣られて、紫塔さんの情報をひけらかすわけにも行かない。ここは大人しく引き下がることにしよう。紫塔さんの目も険しくそう言っている。
「まあ、おいおいだね。今の質問は忘れて、レジーナ」
「ああ。お互い、そういうことを聞ける関係になれればいいな」
レジーナの言葉に、気持ちは全然こもっていなかった。