表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/64

#20 ラボラス

※□で視点変更、晴香視点になります。




 紫塔さんが目覚めるころには、二葉さんから昼食が届けられていた。私たちと興が乗った二葉さんとでお喋りを楽しんでいたころに、彼女は何事もなかったかのようにむくりと起き上がったのだ。


「あ、紫塔さん!」


 思わず駆け寄る。それに連なって、シェリーや紗矢ちゃんも彼女の元へ。


「紫塔さん、大丈夫!? もうお昼だよ!」

「……おはよう、皆」


 しっとり、そしてしっかりと紫塔さんは挨拶してくれた。声音に異常はなくて、ホッとした。


「もー、みおっち、お寝坊さん。ほら、二葉ちゃんのおいしい昼食が届いてるぞっ」


 紗矢ちゃんに担がれるように立ち上がった紫塔さんは、戸惑いつつも歩調に異常はない。よかった、本当に寝坊だったんだね……。




「あら紫塔様。お目覚めですか」

「ええ。心配かけたかしら」

「いいえ。元気そうで何よりです」


 そして紫塔さんの元に運ばれる、とんかつ定食。


「……二葉、あなた……レパートリーが広いわね」

「そうでしょう? 私だって、進歩したいですから」

「ミス二葉のとんかつ定食は、初めて食べた。もう二年もいるのに」


 そのレジーナの言葉に、紫塔さんはじっと二葉さんを見つめた。その視線に、二葉さんは耐えられなかったのか、目を逸らした。


「そう」


 何か言うのかと思ったけれど、紫塔さんはそれ以上追求しなかった。二葉さんも、拍子抜けしたように、また紫塔さんを見る。紫塔さんはメイドの目を見ることはなかった。




 昼まで寝てて空腹だったのか、しっかり量のあったとんかつ定食は瞬く間になくなった。紫塔さんは満足そうに口を紙ナプキンで拭いている。


「ごちそうさま。美味しかったわ。とても」

「っ。ありがとうございます」


 二葉さんの笑顔は、見ているこちらも幸せになる。私はそうだ。




 二葉さんが次の給仕の予定が迫って、部屋を出た。あんなメイドが実際にいたら、どれだけ楽しいだろう……。


「追うの? みおっち」

「……みんな、話があるの」

「え?」


 紫塔さんはレジーナの姿をチラッとみると、部屋を出るように出口へ向かった。レジーナも少し迷ってついて来ようとしたけれど、紫塔さんはそれを制止した。




 部屋の外、外壁の水槽を見つつ、彼女の話が始まる。


「どうしたの、紫塔さん。大事な話?」

「そう……かも」


 歯切れの悪さが気になったけれど、ともかく彼女の話を聞いてみることにした。


「フゥ……」


 何か決心するように、息を一つ吐いて、紫塔さんは続けた。


「私が長く眠っていた間……不思議な夢を見たの」

「夢の話? ロマンチスト・ミオのファーストリリック?」


 紗矢ちゃんのからかいに、紫塔さんの蛇のような睨みが返る。カエルの紗矢ちゃんは固まって、苦笑いを浮かべた。


「んん……夢、と思うんだけれど、そこで出会った奴がいるの」

「……うん」


 ホラーのような語り口に、思わず息をのむ。


「オクトパスから『ラボラス』という名前は皆聞いたと思うけど、その本人」

「え?」

「……えっと、なんだったっけ」

「私が血を引いているとされる、悪魔よ」


 一気に緊張感が走った。と同時に、そんなバカな、と紫塔さんの話を信じられない気持ちも湧いた。もちろん紫塔さんを疑うわけじゃない。ただ、突拍子もなくてまだ信じられないだけだ。だって悪魔でしょ? 夢で出会った存在である以上、それが真の姿と証明できるものは無い。


「どんな奴だった? 紫塔さん」

「……人間では、なかったわ。洒落たツートンカラーのスーツを着た、ヤギの角の生えた人の骸骨」


 にわかにはイメージが出来なかった。漫画やアニメのキャラとして考えるのは出来るはずなのに、いざそれを現実の存在としてイメージしろ、と言われても私には難しかった。ちょっとしたパニックになっているような感覚もある。


「みおっち、ちょっとアタシには想像つかないと言うか……」

「私も、現実となるとちょっとできない」

「イメージはできるけれど、ホントにそんなのと会ったの?」


 しかし、真剣な面持ちで紫塔さんは頷くのだから、私たち三人はそれを笑い飛ばすようなことはしなかった。


「不思議と……親近感のようなものを覚えたのよ。明らかな異形の存在だというのに、私は怯えるどころか安心さえしていた。……変よね」


 私がそんなのと遭遇したら、心臓止まると思う。


「たぶん、私に奴の血が流れているから――そいつに親近感やら安心感を覚えてしまったの」

「ふーん、みおっち、その悪魔と仲良くなれたんだ」

「わからない。あまりお喋りはしてないから。でも、敵ではなかったと思う。彼は私に『危機だ』と告げてくれたのよ」


 ……その時、ふと気付いた。紫塔さんが、とても柔らかい表情をしていることを。ドキッとしてしまうくらい、柔和な表情。こんな顔は見たことがなかった。


「危機って?」

「別の悪魔の血に脅かされてる、と――オクトパスのことでしょうね」

「となると」


 シェリーが興味津々に手を挙げた。


「その悪魔さんは、紫塔さんの危機にわざわざ夢にまで出てきてくれた、ってことなの?」

「そう……思うわ」


 シェリーが難しそうな顔、その後満足げな様子を見せた。シェリーこういうファンタジーっぽいの好きだったからなぁ。


「なんか素敵」

「にしても……どこから来たの、その悪魔は。まさか亡霊?」

「たぶん……私の『血』よ」

「血?」


 その場の三人が固まった。血から? どういう意味なんだろう。ふとシェリーの方を見ると真剣な顔で頷いている。ファンタジーに詳しかったらついていける話なのかな。


「彼の肉体は既に無く、数千年の時を……私の中に受け継がれた血の中で生きていたのよ」


 私と紗矢ちゃんは理解が出来ていなかった。金髪の彼女はなんだか鼻息が荒い気がする。なんだかよくわからない。きっと日本語の意味は理解しているけれど、それで浮かび上がるイメージが理解できていなかった。


「なんて言えばいいのかしら……ええと」

「魂、とか?」

「そういうものかしらね、シェリー。随分勘がいいのね」


 うんうん、とシェリーは頷く。魂。実際にあるものなのかな?


「……で、みおっち。その悪魔さんは、何か具体的に助けてくれるって?」

「いいえ、それはまだ。ラボラスは数千年の眠りから目覚めたばかりで、まだ本調子じゃないみたい」


 じゃあ……今回の登場は、挨拶みたいなものなのかな。悪魔と言われているけれど、やっていることは子孫を助ける先祖の図、とても優しいものだ。ちょっと怖くなくなったかも。


「……なんか、変な話をしてごめんなさい。もしかしたら、本当にただの夢で、デタラメな事なのかもしれないけれど」

「ううん、紫塔さんがそういうのなら、どっか信憑性があるというか」

「紫塔さん、きっとそれはお告げだよ!」

「シェリーちゃん……? ずいぶんテンションが高いね……」




 紫塔さんが話していた夢の内容。悪魔・ラボラスの目覚めと、紫塔さんへの助力。夢だったのならかなりクオリティの高い創作だ。そもそも夢の内容ってすぐ忘れてしまうものだと思うし、きっと夢とは違うものだと思う。


 もし紫塔さんがパワーアップして、レジーナやオクトパスのような、とんでもない超人になっちゃったら……ちょっと怖いな。

 ともかく、何かここを出るための兆しとなってくれるなら嬉しい。




「美央? その話詳しく聞かせてくれるかしら?」


 水族館の主は、どうやらここのどこにでも目がついているらしい。


「しまった……!」


 水槽を見ながら話を聞いていた私たちは、そこにいるオクトパスに気付いていなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ