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#19 夢の主、血の示す方へ

※前回の続き 紫塔さん視点からの出だしになります。

 階段を上がるとすぐに地上らしき場所に出た。でも私の知っている地上じゃなかった。奇妙な空間が広がっている。床はチェス盤のような、白と黒の正方形のタイルが交互にどこまでも、果てが見えないくらいに広がっている。はるか遠くに見える壁も、モノクロ調の壁が360度広がっていた。


 頭が痛くなってくる。まだ私は目覚めることを許されないの……?


 ため息が出た。もう歩き疲れた。……皆、待ってるかな。願わくば、現実で長い時間が経過してませんように。


 白、黒、と真っすぐ歩くと必然的にそう順序良くタイルを歩くことになる。タイルはどこか朽ちているような印象がある。ひびが入ったり、端が欠けたりしている。


 一度あの隧道の方へ戻ろうと後ろを見た。でも、この空間に出てきた階段はもうどこにも見当たらない。




 ……私、このままこの変な空間に幽閉されちゃうの……?


 嫌だ。私は……せっかく、一緒にいて楽しいと思える人たちを見つけたのに。また別れてしまうなんて嫌。




 歯を食いしばって、ひたすら歩く。私に出来るのは、それしかない、そう思って。手にしていたランプに気が付いて、もうどうにでもなれ、とありったけの魔力を注いだ。どうせ夢だ。膨れ上がったランプの明りは熱を伴った。それを向こうの地面へと叩きつけるように投げると、ランプは割れて、明りはチェス盤を燃やし始める。文字通り、炎で焼かれていくのが分かると、私は少し驚いて、後ずさった。


 白かったタイルは焼け焦げ、黒いタイルは灰になって白くなって、それぞれが逆の色を示していくのを見る。何を見せられているんだろう。




「白と黒、光と闇――それぞれは表裏一体也」




「!?」


 振り返る。一体何の声だ!? 聞いたこともない、頭の中心に響くようなその声の主を探す。すると、少し遠くに、赤い玉座に鎮座する――大柄な何か。


 人型のようだけれど、なにかおかしい。そう思って気づく。


「骨……!?」


 骨だ。その人型に肌はない。頭から足先まで、骨だ。それに気づくのに時間がかかったのは、何か上品な、スーツを着ていたのだ。赤と黒のツートンカラーが洒落たスーツに目を奪われていたのだ。


「いかにも」


 頭に響く声も、その骸骨に声帯なんてないから、逆に納得できた。


 骸骨は動き出す。頬杖と足組みをやめて、お手本のような腰かけ方で玉座に座る。動いたことに驚き、そしてそんな奴にどこか安心感のようなものを覚えていることにも驚いた。いままで孤独に夢の中を彷徨(さまよ)っていたからだと思ったけれど、なにか違う気もする。


「汝、なぜ吾輩を恐れないか、己の胸に問うてみるとよい」


 骸骨の声が頭の中に響く。男の声……な気がする。その骸骨の言う通りに、少し考えてみる。


 確かに、何故この骸骨に妙な親近感を覚えているのか。普通、骸骨と言ったらホラーの世界の住人。私だって、動く骸骨を見たら普通は気持ち悪いとか感じると思ってたのに、そんな感情はないのだ。


 骸骨の姿を今一度見ると、頭の形がおかしい。人間の頭蓋骨……から、とても大きな二本の角が生えている。形状や頭蓋との比率は、まるでヤギみたいだ。




 あいつ……人間の骨じゃない……?


 そんな奇妙なものに、どうして私は親近感を感じているの……?



 なぜ? その問いが赴くままに、私はその骸骨へと一歩ずつ歩み寄る。玉座との距離はそこまで遠くない。一歩一歩の距離を確かに感じられる。


 胸の中に湧き上がる、不思議な感覚。どうして、私は安堵しているの?




 玉座まであと二歩の距離ともなると、もう相手の姿ははっきりと見える。異形な頭部、洒落たスーツ。手入れのされた玉座。


「あ……」


 私は手を伸ばしていた。握手するように。


「吾輩に触れる気か?」


 今度は頭ではなく、鼓膜に骸骨の声が響いた。近づくのをためらうと、骸骨はありもしない目を光らせたように思えた。


「吾輩の正体、汝は理解したか?」

「い、いいえ。でも……あなたを見ていると、どこか……落ち着く……」

「そうであろう」


 どうやら相手は、私の安堵の理由をすでに理解しているようだった。


「あなたには分かるの? この奇妙な気持ちの理由が」

「では教えて進ぜよう。『血』だ」

「血……?」


 すると、素早く骸骨は私の手を取ってきた。触れたこともない骨の感触に、思わず悲鳴が出てしまった。


「吾輩の――『血』だ」

「!!」


 骸骨の尖った指の骨が、私の右の掌を刺す。微かな痛みと共に、血がこぼれだした。――血は出ていくのに、おかしい、何か逆流するように、おかしな熱が私の中に入り込んでくる。


「ぐ、っ……」

「吾輩は、お前と共にある、美央」

「っ! あ、ああっ!」


 頭と、鼓膜を震わせた言葉は、私を理解へと至らせた。この骸骨の正体を――。


「あなたは……あ、ああ……」


 驚きと安堵と、納得と敬意、そして――わずかな憎悪と。


 色んなものがごちゃ混ぜになって、私の中を満たす。


「グラシャ=ラボラス……」

「いかにも」




 力なく手を引く。その手には血も傷も見当たらない。


「なぜ、会いに来たの……?」

「お前を、別の悪魔の血が陥れようとしている。吾輩はそれに警鐘をならすとともに――目覚めることにした」

「ヴァサーゴの魔女の事?」

「然り。吾輩の血を、途絶えさせるわけに行かぬ。奴を打ち倒すのだ」


 その命令は、脳に直接語り掛けられたものだった。無条件で従ってしまいそうな、そんな謎の力を感じた。ただ、つま先ほどの抵抗力がまだ残っていた。


「どうして?」

「? 吾輩の言葉に意見するとはな」


 ラボラスが笑ったような気がした。


「我が子孫を想うことが、おかしいか?」


 可笑しい。こんな悪魔が、自分の子孫を可愛がるなど可笑しい。どうしてそんな人のような情を持っているんだ?


「いいえ。オクトパスを倒さないといけないことは分かっているわ。でも、力が足りない」

「なるほど」


 またラボラスは笑った。


「なら……吾輩のほうで準備をしておこう。なに、吾輩とて、数千年のもの眠りからの目覚めは、すぐに完了するものではない」

「そう」

「ご苦労だった。お前の友が待っておろう」


 ラボラスが指を伸ばした方向に、見慣れない扉が現われた。


「行くがよい。いずれまた会うだろう」

「そうね。ラボラス……ありがとう」


 私は感謝していた。それはオクトパスを打ち破る力の用意をすることじゃなくて、遠い遠い彼方から会いに来てくれたことに。私の中で見守っていてくれたことに。異形であろうと、私と血のつながった存在に。


「構わぬ」




 扉を開けると、眩しい現実が待っていた。

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