#17 ヘンタイと眠り姫
「シェリー、どう思う? 私たちの話を盗み聞きする人って」
「あんまり、感心できないかな……」
やんわりした言い方、シェリーは一応友人としての情けをかけているみたいだ。そうじゃなかったら、もっとバッサリ切り捨ててる。
「いやー、ごめんごめん、あまりにスウィートなやりとりだったから、思わず見入っちゃった」
「恥ずかしいよ!! いっそずっと寝たふりしててほしかったよ!」
「あはは!」
あははじゃない! なんだそのごまかし方!?
「でもやっぱり、君ら二人、本当に仲がいいんだねぇ?」
「うん」
返事がシェリーと重なった。紗矢ちゃんはそれにも「おー……」と感嘆していた。
「うむうむ、よろしい! もっとイチャイチャしてくれない? 紗矢おじさんが心のカメラで撮影するからさ!」
「ヘンタイ!」
紗矢ちゃん……ごめん、ちょっと引く。
「そんな目で見ないでよ~、お二人さんがどんなふうにこれから仲良くなっていくのか、アタシの中ですごく注目してるんだからさっ」
「これから……?」
これから、ってどういうこと? 多分シェリーも思ったんだろう。私たちは互いに顔を見合わせる。……紗矢おじさんのシャッター音が聞こえるのは、幻聴。
私が首を傾げると、鏡像のようにシェリーも首を傾げた。はて、どういう意味だろう?
「あ~すっごい……オアシス……ヘブン……パラディーソ……満たされてく……」
紗矢ちゃんがもうなんか自分の世界へと旅立っている。すごく幸せそうだから、まあ、放っておいて大丈夫かな……。
「和泉さん……大丈夫?」
ああ、本気で心配されている……。それくらい、恍惚とした表情だったのだ。どうしてそんな心境に至ったのかは、未だに私は分からない。
「さあさあ、お二人の時間を続けてください、アタシは壁になって、お二人の一瞬一瞬を心に刻みますから」
「なにを言ってるの……?」
紗矢ちゃん頭でも打ったのかな……。もしかして疲れ? 私がお風呂で爆睡したような疲労が、紗矢ちゃんにもあったってこと? 紫塔さんが未だに起きてこないのも疲れているから? みんな疲れてたの?
「和泉さん、昨日溺れそうになった後遺症が……!?」
シェリーが両手で口を抑えて、悲嘆するように呟いた。……そうかなぁ? 違うと思う。
「気にしないでいいよシェリー。あれが紗矢ちゃんの本性なのかもしれないし」
「そ、そう? そっか……」
そんなやりとりをしている間にも、一応「壁となる」と言っていた紗矢ちゃんの方を見てみると、ニヤニヤが止まらないみたい。目の輝きも段違いだ。あれ、こういう人、なんて言うんだっけ……考えたけど出てこない。
「ねえシェリー、ちょっと向こう行こうか」
「うん」
親友と共に部屋の隅へと向かう。一応紗矢ちゃんから距離を取ってみようという作戦だ。すると、紗矢ちゃんが音も立てずに一定の距離を保ってくる。こ、怖!
「……」
やりづらい。今後の紗矢ちゃんとの付き合いを考えてしまうくらいにはやりづらい。頭を抱える。まったく……。
その後も部屋の四隅をなぞるように移動するけれど、やっぱり紗矢おじさんはついてくる(音もなく)。これはストーカーのそれなのでは? シェリーもやっぱり気になる様で、だんだん気まずい雰囲気が出てきた。
「やめよっか、今日は」
「そうだね……」
「あらら」
紗矢ちゃんがなにか残念そうに口を尖らせている。
「また今度」
「うん」
「へ!? ま、また見れるってこと!?」
「紗矢ちゃんはNGで」
そう言ったけれど、紗矢ちゃんはどこか嬉しそう。こいつ、その時絶対付いてくるな。
なんだかんだ起きてから時間が経った。すっかり目も覚めた。今何時なのか、それだけは気になる。もういつも通りの朝だろう、という気持ちはまだ目の前でぐっすり寝ている紫塔さんを見るとちょっと揺らぐ。……起きないな。どうしたんだろう?
「昨日の晩、なにかやった? 紫塔さん」
「いや、やってないよ? というか、私たち、そのあとすぐに寝たよね」
「うん、シェリーちゃんのいう通り。はるっちがお風呂で寝ちゃったのはみんなびっくりしちゃったけれど、息はしてたし、まあ疲れてたし、すぐにみんな寝たよね」
そうか。もしかして夜通し何か楽しい事でもしていたのでは、なんて邪推しちゃったけれど、そういうわけじゃないみたいだ。
となると、これは……紫塔さんがただただお寝坊さんなだけ……なのかな。ふと、今朝のことを思い出す。オクトパスが来たこと。アイツが何か、紫塔さんに仕掛けたのでは、と思ってしまう。私が見ている限りは怪しいことはしてなかったけれど、魔法使いの事が全部わかるわけじゃない。部屋に来た時点で何かちょっかいをかけた、という可能性もある。
「そういや、ヘレナとレジーナはどうしてた?」
「ヘレナはすぐに寝てたよ? 確か」
「レジーナちゃんは……うん、なんかずっと落ち込んだまま、寝てたと思うけれど」
あの二人もそこまで怪しくない、か……。ヘレナがそんな人の寝込みを襲うとか考えにくいし、レジーナも面識もない私たちを襲ったりするだろうか? 常識が通じるか? と言われれば頷けない現状は、頭のもやもやが増してくる。
ともかく、紫塔さんを無理矢理起こすのは気が引けるので、寝るだけ寝かせることに決めた。
その後、ヘレナもレジーナも目を覚ました。ほどなくして二葉さんが朝食の給仕にやってきた。……そんな時間になっても、紫塔さんは起きない。
「おはようございます、皆さま。あら、紫塔様、昨晩は遅くまで?」
「いや、そんなことはないんだけど……なんか、ずっと寝てるんだよね」
どれどれ、と二葉さんは速やかに紫塔さんの状態を調べる。まず額に手を当てる。一度頷いた。
「熱はなさそうですね。うなされてもいないし」
すやすや、快適そうに寝ているのだ。紫塔さんの体調が悪そうには見えない。
「失礼しますね」
続いて二葉さんは紫塔さんの身体全体を調べ始める。着ている服をめくったりして、肌の至るところを調べている。
「二葉さん、なにを調べているんですか?」
「以前、水族館内で他の人に『寄生』するタイプの魔法を使っていたものがいまして」
「へ……?」
「そのときに、被害者の肌に変なマークが浮かんでいたことがあったんですよ。……うん、そういうのもなさそうですね」
さらっと怖いことを聞いた気がするけれど、無縁な事と思いたい。
「うーん、分かりませんね。紫塔様、昨日疲れるようなことをしていた、とかは?」
「それが、何も思い当たらないって。皆に聞いてもそんな感じで」
ふーん、と二葉さんはちょっと考えるけれど、すぐにそれをやめた。
「わかりませんね」
そりゃそうか、二葉さんは普通の人間だ。
「でも、昼まで寝たくなること、誰にだってあるでしょう」
「紫塔さん、そんな怠惰な人じゃないけれどね……」
「気を張り詰めていたのかもしれませんし、昨晩うまく寝れなかったのかもしれませんし、そっとしておいた方がいいでしょう」
同じ意見だ。たまにはゆっくり休ませてあげたい。紫塔さんの観察を終えて、二葉さんは朝食の皿を用意し始めた。
「そういや二葉ちゃん、昨日給仕遅れて怒られなかった?」
「待っていた方数名には感情的に、オクトパス様からは理屈で詰められました。まあ、大丈夫ですよ。それくらいで凹んでいたら、ここでやっていけませんし」
思いのほか、頼れる大人っぽい返事が返ってきた。ちょっと驚いたけれど、まだ二葉さんと知り合って数日だ。そのくらいで人のことを理解なんてできないか。
「朝食のトーストと、スクランブルエッグです」
美味しそうな朝食で、まず一日のスタートを切ることにした。