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#11 丸眼鏡の魔女

 扉を開けて現われたのは、見知ったあの悪い魔女……ではなかった。奴よりいささか小さいし、あの派手なピンク色の髪はどこにも見当たらない。それどころか、どこか気弱な雰囲気さえ漂う、真面目そうな丸眼鏡の女の子だった。


「……ん?」


 ついにその相手と目が合ってしまった。互いに何も言わず、言えず、ただ十秒くらい経ってからなんとか口を開くことができた。


「あなたは?」


 そう聞くことができたのは、目の前の眼鏡の子から、敵意のような鋭い雰囲気を感じなかったからだ。


「給仕が来ないので……」


 静かにその子は言い放つ。オクトパスに感じたような危なさは感じない。


「あー……」


 ソファで寝ているメイドを見ると、まだまだ夢の旅路は終わらないって顔に書いてある。


「ここで寝てるよ、二葉さんなら」

「ミス二葉が!?」


 急にその子は弾けたような声を出して、急ぐようにソファの元に駆けだす。その様子に戸惑いつつも、私も一緒に二葉さんのところに向かう。


「ミス二葉……お疲れなのですね」


 ……なんだか不思議な接し方をしている。まるで旧知の友人かのような……。


「あの、あなたは……?」


 再び私は問いかけていた。これはますます、彼女の正体が気になってしまったから出た言葉だった。


「申し遅れたな。私は……あ、いいや」


 思っていたのと少し違う口調に驚く。ちょっとカッコいい口調だ。そんな彼女は何か気がかりになることがあったのか、その先を言わない。


「晴香、ちょっと」


 紫塔さんが何やら小声で話しかけてくる。


「あの子、きっと私たちを警戒しているわ」

「どうして?」

「ここは『魔女が集められた』施設なのよ。知らない相手に、自分の正体を晒すほうが危険だと判断したんじゃないかしら」


 なるほど。私としては、あの子に自分たちの正体を晒すことに拒否感はない。なにより、今絶賛仲間は募集中だ! 何かこの水族館を脱する手立てとなるのなら……。


「ごめん、私から自己紹介するね。私は晴香。一応言っとくけど、魔女じゃないんだ」

「え? じゃあ一体……」


 私が友人を目で促す。紫塔さんは少しだけ私を鋭い目で見たけど、何もなかったように話し始めた。


「はぁ。私は紫塔美央。私が魔女で、他の三人は連れの友達」


 連れの友達、というワードにちょっと感動しながらも、なんでため息なんかついたのか、ということが疑問に残った。


 その後、シェリーと紗矢ちゃんも自己紹介する。同時にヘレナの紹介もした。


「……私は……うむ」


 だけれど、目の前の少女はやっぱり自己紹介をためらう。これは……情報の出し損だったかな?


「まあいいや。あなたは二葉さんと仲がいいの?」

「えっ? ああ……よく、ミス二葉は私とお話をよくしてくれたんでな」


 もしや、二葉さんは魔女でなくてもここにいる魔女全員と仲良くしているのではないだろうか? その方が給仕もしやすいし。


「お労しや……」


 まるで二葉さんが亡くなったかのような物言いだ。丸眼鏡の彼女は二葉さんの手を取り、今にも泣き出しそうな顔をしているから、もしかして二葉さんは過労死でもするんじゃないか、と一瞬不安になっちゃった。


「大げさだよ」

「大げさではない、彼女はこの広大な水族館でただ一人の給仕だ。彼女は多大な負担を背負っている」


 なるほど。……いや、二葉さんがここでガス欠になっているのは明らかに別の理由だと、彼女の口からはっきり聞いたけど。


「嗚呼、私が彼女の仕事を少しでも分担できたのなら……」


 どことなく演劇っぽさのある言い方をしつつも、丸眼鏡の少女は悲しさを存分に表現していた。


「待てよ皆、もし、二葉ちゃんがそもそもロクでもない労働環境だったら……」


 紗矢ちゃんの台詞はハッとさせられるものだった。そうか、そもそもの労働が長かったら、健康的生活とはかけ離れてしまう。


 例えばこうやって給仕として夜ご飯を配って回る。一時間いや、二時間くらいかかるとして、二十一時。そこから片付けもするのだろう。するとあっという間に寝る時間であろう二十二時~二十三時となってしまう。そこから遊ぶ時間を工面しようとすると、平気で日をまたぐことになる。これは……。


(やっぱり二葉さんの不摂生だ!)


 どうしたって勤務一時間前までゲームをするのは、だらしない大人だって結論になっちゃった。いや、まだわからない、二葉さんの仕事が実は午前三時くらいまでやるって言ってたらもうそれはブラックな労働だ――。




 本人から聞かないと答えが分からない問いはさておいて。この丸眼鏡の少女が「どうしてここに来たのか」ということが私は気になった。ここ、彼女の部屋ではないと思うけれど。


「ねえ、あなたはどうしてここへ? 二葉さんが来る時間って決まってるの?」

「ああ。ミス二葉が来る時間帯というのはほぼ決まっている。恐らく、彼女はそういう時間管理はうまくやっているんだ」


 ちょっとイメージしづらいけれど、彼女が言うのなら時間は守るタイプだったんだろうな。


「そして辿るルートも決まっているはずだ」


 ん? どうやらこの子は二葉さんについての情報をいくらか持っているらしい。研究熱心じゃないとそのデータは出てこないんじゃないかな?


「そ、そんなことよりも、ミス二葉のことが心配だ……」


 でもそれ以上情報を聞き出せそうもない。とにかく彼女は二葉さんが心配で仕方がないといった様子。……もしかして、二葉さん自体に、接しやすさというか、親しみやすさがにじみ出ているのかもしれない。


「熱は? ない……脈拍は……大丈夫、発汗は……」


 そう言いつつ彼女は平然と彼女の服を脱がせようとする。ちょ、ちょっと!


「あの、あなた、何をしてるの?」

「何って、発汗状態の確認さ! ミス二葉の状態はこう見えて、深刻なのかもしれないし」


 彼女は私との会話も適当にこなしつつ、二葉さんの服を手早く脱がし始めた。この間だって二葉さんは夢の世界から帰ってこない。


「うわ……眼鏡ちゃん、結構強引だね……」


 紗矢ちゃんは何か、悪いものを見るような目で、丸眼鏡の少女を見る。彼女が見た目は気弱そうな少女だから、まだギリギリ画的には許容できるようなところがある。


「う、うぅ……」


 何か二葉さんが、眠ったまま身体をさするような動きをする。下着一枚になって寒いのだろう。


「逆に風邪引きそうだけどなぁ……」


 メイドの身体をまじまじと見た後、丸眼鏡の少女はようやく安心したかのように、険しい表情を解いて、一息ついた。


「大丈夫そうだな」

「さ、早く服着せてあげて」


 あられもない姿に、ちょっと私は戸惑っていた。そして……。


(二葉さん……大人って強調してた割に、下着はかなり……)


 あまり人のプライベートに顔を突っ込むのは良くないと肝に銘じた。

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