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#10 計画頓挫 悪運の訪れ

 ヘレナの部屋のあんなところ、こんなところ、そんなところを調べる。やっぱりロクに怪しいところはなかった。紫塔さんが感じる魔力もやっぱりノイズが多くて手掛かりにはしづらい。


 ヘレナが起きた。愉快な昼寝から目を覚ますと、彼女はふわぁ、と大きくあくびをしたのち、伸びを繰り返して、「飼い主」の姿を見つけると顔をはっきり綻ばせて彼女のところへ向かう。


「あら、ヘレナ起きたんだ?」

「わう!」


 犬のような、犬じゃないような、微妙な鳴き声。やっぱりペットだ……。


「お、ヘレナ起きたんだ! おはよう!」

「ガルル……」


 紗矢ちゃんが陽気に声をかけた瞬間、ヘレナの顔は番犬のものになった。牙をむき出しにして威嚇している。紗矢ちゃんのことが怖いのだろうか?


「おーよしよし……」

「ガウッ!」


 紗矢ちゃんが撫でようと差し出した手を、迷うことなくヘレナは噛みつく。うっ! と予想通りの呻きを挙げて、紗矢ちゃんはうずくまってしまった。


「大丈夫!?」

「あはは、容赦がないねぇ……」


 くっきりと歯型が残った紗矢ちゃんの手は赤くなっている。冷たい水でも用意したいけれど、あいにく水道はここになかった。


「こら、ヘレナ! 和泉さんは敵じゃないよ!」


 きっちりシェリーが叱った後、ヘレナは陽気な表情を曇らせて、目線も床に向いた。


「……シェリー、犬でも飼っていた経験があるのかしら? 随分慣れている気がするわ」

「昔飼ってたんだよ。それで、手慣れてるんだ」


 彼女の飼っていたペットは、私が知り合ってちょっとして亡くなってしまった。きっと動物と戯れるのは好きな筈。ヘレナが動物と同一視されているのはちょっと面白いけれど。


「ヘレナ、私とは遊んでくれるかしら」


 紫塔さんも用心しながら手を伸ばす。すると、今度は怯えたように身を引いた。


「ア、アアゥ……」

「怖がってるみたい」

「……魔女だから、かしら……」

「気にしないでいいって紫塔さん! こういうのは時間が解決するって」


 私も同じ経験があるし。


 二葉さんを待つ数時間は、ヘレナと戯れることに費やされた。すごく、退屈しないひと時だった。でも、数時間ぽっちじゃ、明らかに態度が変わることもない。紫塔さんや紗矢ちゃんはタジタジになりつつも、楽しそうだった。




 そして目的の人物、二葉さんがヘレナの部屋にやってきた。そろそろ眠気がやってきているのを考えると、これは夕食なはず。自信はないけど。


「あら、皆さんお揃いで」

「うん。二葉さんも元気そうで」

「そう見えます?」


 なにやら意味深な言葉を彼女は発する。なんだろう、なにか裏でもあるのだろうか? もしかして、ああ見えて彼女は激務なのだろうか?


「昨日、一時間しか寝てないんですよ……」


 うわ、これはキツい奴だ……心底同情する。徹夜なんかより中途半端な睡眠時間のほうがキツいと私は思うけれど……。


「大丈夫? 二葉ちゃん、睡眠不足はお肌の敵だよ?」

「いや、昨日ゲームをしていたらもう勤務時間手前になってて、へへへ……」


 へへへ、じゃない。それは自業自得だ。……それはそれとして。


「ゲーム? ゲーム機があるんですか?」

「え? はい。オクトパス様が『暇であろう?』って買ってくれた最新ゲーム機です。4K画質で楽しめる超ハイグラフィックゲーム機ですよ!」

「あー、二葉ちゃんゲーマーなの?」


 さっき見せた疲労はどこへやら、二葉さんは満面の笑みで頷く。そんなに面白いゲームがあるのかな。そのゲーム機、高いって理由でうちには無かった。


「ああ、早く帰って続きがやりたい……!」

「……」


 二葉さんが私たち四人の厳しい視線に気付いたのは、もうちょっとあとだ。


「え……? なに……?」


 こう、だらしない大人というのは、やっぱり、駄目だと思う。


「二葉。生活を見直しなさい」

「えッ……」

「二葉ちゃん、あんまりこの歳から無茶するもんじゃないって」

「二葉さん、せめて年下の私たちにはかっこよく振る舞って欲しかったなぁ! ね、シェリー?」

「うん。睡眠不足は生物の敵!」


 慌てたような目くばせをした後、二葉さんは頬を膨らませる。


「お、オトナって大変なんだから!!」

「駄目よ。しっかり寝なさい。メリハリのない生活は、身を滅ぼすわ」

「わかってる! わかってる、けど!!」


 駄々っ子のようなイヤイヤを十一秒見せたのち、疲れたメイドは息を切らしてイヤイヤをやめた。


「はぁ、はぁ……うっ、睡眠不足が……!」


 電池切れでも起こしたかのように、二葉さんはふらついた。近くにいた私がそれをギリギリのところで支える。


「あ、う」


 濁った、カエルのような声を漏らしつつ、二葉さんの目の焦点はだんだんと合わなくなっていく。何かに吸い込まれるように、二葉さんは目を閉じ、そして寝息を立て始めた。


「うわ、二葉ちゃん寝ちゃった」

「どういう生活してるんだよ、二葉さん……」


 ものの見事に熟睡という感じで、起きる気配は一切ない。仕方なく、部屋にあるソファに彼女を寝かせた。


「……計画は台無しね」


 二葉さんの尾行をするという作戦は、二葉さんの不摂生という形で脆く崩れ去った。うーん、どうしようか。


「ねえ、二葉さんの手荷物とか探ってみない?」

「うわ、晴香ちゃん悪い子」

「感心しないなぁ……」

「理にかなっているわね」


 紫塔さんの言葉に驚かない辺り、シェリーも紗矢ちゃんも同じことを考えていたみたいだ。




 二葉さんの持ち物を調べると、前に見せてくれたガラケー、懐中時計、ポケットサイズのメモ帳などが見つかった。結構しっかり調べたけれど、二葉さんは起きなかった。


「どれどれ……」


 私は懐中時計を確認する。上品で高そうな装飾、手になじむ質感と、素敵なアイテム。時刻は七時二十二分。思っていたのと近い時刻だ。


「うん、時間は特に違和感ないね」

「はるっち、それ実は午前と午後が逆だったりして~?」


 ……そう言われてみるとなんだか自信がなくなってきた。懐中時計は馴染みのある十二時間表記で、午前と午後が確認できるようなものは無い。もしこれが午前の時刻を指していたのなら、もう私たちは昼夜逆転した中で生活していることになる。困ることがあるか、と言われたら……そういえば紫塔さんの魔法の発動は午前零時じゃないと駄目だったっけ?


「嫌だなぁそれ」

「二葉ちゃんが持ってきたご飯のワゴンにあるのが、実は朝食のパンだったり~?」

「いやだあああ!」


 もう私の胃袋は豪勢なディナーの気分なんだ! あの中にあっさりしたトーストとか入ってたら許さない……!


「……それはそうと、紫塔さんメモ帳は何が書いてる?」


 二葉さんのポケットにあったメモ帳を、紫塔さんは真剣に読んでいた。でもその表情は何やらハテナが見えた。


「……分からないことばっかりね」

「何が書いてるの?」


 紫塔さんが見せたメモ帳は、横に罫線の引かれた見慣れた形式、そこに書いてある文字列は……。


「数字ばっかりだ……」


 なにを表しているか分からない謎の数字が無数に書かれていた。よく見るとなんだか三桁ごとに区切るように空白がある……ような気もする。これだけでは何のことやらさっぱりわからない。部屋番号?


「ふっかつのじゅもん?」

「シェリー? なにか分かるの?」


 たんと分からない三人に対して、シェリーが言った言葉は到底理解できなかった。


「ゲームのパスワードかな、って。昔のゲームはそういう文字列でデータを呼びだしてたとか言うし」


 うーむ、なんか聞いたことある気がするかも。二葉さんがゲーマーというのなら、そういうのを書いていてもおかしくないか……? いやそれにしても仕事中にそんなものを持ち出すかな?


「やっぱり分からないわね……」

「部屋番号かな、て思ったけど……」

「それっぽいわね」


 と思って、この部屋の入口の所にあった番号を思い出す。確か001だ。その番号があるかどうかをメモ帳をめくって調べてみる。あるはある。けど、書いてあるだけだ。一体この番号で、何を見ていたのか。


「……ガラケーは、何かわかるかしら、シェリー」

「うーん、あんまり」


 シェリーも困り顔だ。


「ガラケーの時計で午前午後がわかるかな、って思ったけどまともに動いてなさそうだし、そもそもパスワードがかかってて中のデータは見れないよ」


 うーん、手がかりと思い込んだ三つのアイテムは、どうやら私たちの悩みの種になっただけだったみたいだ。


「くか~……くこ~……」


 すやすや、もう完全にオフモードで二葉さんは寝ている。寝顔は悔しいけど正直可愛い。無防備すぎるのが「だらしない大人」という見方に拍車をかけている。と、ここで何か足音が聞こえた気がして、部屋の出口に視線を移す。


 ……こつ、こつ。


「誰か来る!」


 しまった。今理解した。二葉さんが給仕に部屋を回っている、そしてそれが今目の前で止まっている。それはすなわち、他の魔女だったり、最悪オクトパスに見つかる事態になる。それが電撃のように頭の中に巡ってきた。もしオクトパスなら、何か悪さをされるかもしれない。とりあえずいいことが起きるイメージはない。隠れるにも場所はない。何も出来ない数秒の後、躊躇なく扉は開いた。

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