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#1 始まった船旅

※この作品はシリーズ第二作になります。

ご興味があれば第一作をご覧ください。

 私たちがいた街を、私たちは離れることしかできなかった。


 魔女と関わったばかりに――とは言わない。魔女である紫塔さんを助けるためにあれこれ手を尽くした結果、私たちはたくさんの罪を犯してしまった。


 警察は魔女に関わる事件は関与しない。それだけなら良かったけれど、教徒の人に危害を加えたり、建物を破壊したり、挙句の果てに教会を燃やしたりしたような私たち――こう書けばもう言い逃れようのない大罪人だ――を、街が、そして人が認めてくれるわけなんてなかったんだ。




 そんなわけで、今船の上にいる。……なんで!?


「みおっち、その『聖域』っていうのはまだまだ遠いの?」

「紗矢、まだ出発して五分よ?」


 呆れたように紫塔さんは肩をすくめた。


「和泉さん、紫塔さんの話だと多分、ハワイに行くくらいには遠いところだよ?」

「えっ!? 嘘! えっと……何時間くらい!?」


 シェリーがスマホを出して計算している。想像しただけで、たぶんメチャクチャ遠いような気がする。日を跨いだり……。


「一週間だって」

「エーッ」


 紗矢ちゃんの悲鳴。そして私も声が出てしまった。


「えっ、シェリー、日本からハワイってそんなにかかるの?」

「うん……。晴香ちゃん、まだ疲れてるの?」


 親友から伸ばされた手が、私の額に触れる。


「平熱だねっ」

「いや別に疲れてないし……」


 天気は快晴。見渡すと、前には水平線、そして後ろにはひっそりとした港がまだまだ近い。




 どうしてこうした海上の旅をしているのか。


 ……どうも、シェリーのおうちの凄さを侮っていたらしい。十年の付き合いがあったはずなのに、私はまるで全然把握できていなかった。


 シェリーの家が海外を転々とするビジネスマンの夫婦というのは知っていた。多分とても仕事が出来るご両親なんだろう。彼女の家も私から見てかなり豪華だった(シェリーはそんなことないと言っていたけれど……)。


 だけれど、今こうして丈夫な船に、専門の操縦士さん付きで旅に出てしまったのも、私たち四人の手元に最新型のスマホがあるのも、ぜーんぶ、彼女の財力のおかげだった。……おかしいよ、こんなの。


 彼女のお金の使い方に、ご両親から何か言われることはないのだろうか? こんなに私たちのためにお金を使って、シェリーが良くてもこっちがなんだか申し訳なくなる。


「どうしたの? 晴香ちゃん」

「いや……シェリー、お金持ちだなって」

「そうかな?」

「そうだよ!」


 どうも自覚がないみたいだ。……いや、もしかしたら、本物の大富豪はこんなことは日常茶飯事、いいやもっと凄い贅沢(ぜいたく)をしているのをシェリーは知っているのかもしれない。


「だから晴香ちゃんと一緒に暮らすようになっても、お金のことは心配しないでね」

「どういうこと?」

「えへ」


 なにかとんでもない事を言われた気がしたけれど、気にしないことにする。シェリーは時々こんな「理解してはいけない言葉」を言う。


「暑いね……」


 紗矢ちゃんの額には汗が浮いていた。


「みおっち、汗かかないの? うらやまし~」

「体質かしらね……」


 そういう紫塔さんは七月の日差しの中、汗一つかかずに長袖を着ていた。肌を守るんだったら最適な服装かも。


「紫塔さん、水分補給はきちんとね? 汗をかきにくくても、いつの間にか身体の水分が減ってるなんてことあるんだから」

「ありがとう、シェリー」


 渡されたスポーツドリンクを、紫塔さんは受け取る。そんな紫塔さんの隣へ、私は並ぶ。


「あら、どうしたの晴香」

「これからどうなるのかな、ってね」

「……そうね」




 はっきり言って、これからの計画をきっちり立ててこの船旅を選んでいるわけじゃない。あの街で教会が燃えた後、私たちは家族に合わせる顔もなかった。教会が燃えたって、世界中にある魔女の敵である教団から刺客が送られてくるかもしれない。街の人と合わせる顔もない、そんな中で綿密な計画を立てることも出来なかった。


 そんな中で紫塔さんが突然「魔女の聖域」の話を持ってきたのだ。日本から遠く離れた地にあるという孤島、魔女が何者にも迫害されることのない、まさに聖域。



 ただ――。




「やっぱり、また、変なものに引っかかってしまったのかしら」

「どうだろうね」


 その話の出所の正体が、いまいち掴めなかったのだ。その情報源は一通の手紙。差出人は不明。ただ、「魔女」という文言、そして紫塔さんが便箋から感じ取った「魔力」。それがイタズラで作れる手紙ではないと紫塔さんも、私たちも思ったけれど。


「正直不安よ。また、晴香たちを危険な目に合わせてしまったら……」

「大丈夫だよ! 私たちだったら、乗り越えられるよ!」


 私が持っていたスポーツドリンクを紫塔さんの首筋に当てると、「ひっ!?」と彼女らしからぬ声が出た。


「ははっ、こういう船旅、なんだかバカンスみたいじゃない? 紫塔さんはバカンスとかしたことある?」

「んー……無いわ」

「じゃ、目的地につくまで、いっぱい楽しもうよ! これまでの戦いも労って、さ!」


 私が言うと、紫塔さんの口元が緩んだ。




 港を出てから二時間が経った。陸も遠くなって、周りに島が何一つ見えなくなった。同時に、ちょっと怖くもなってきた。


「あ……やばいかも」


 そういえば、大きな湖のど真ん中とか、私怖かったような記憶がある。小さなころ、湖をボートで遊んだ時に、どこまでも広がる湖面と、その孤独感のような、遠く遠く見える目的地への果てしなさに泣いてしまった記憶。それがいま、ふとフラッシュバックしてきた。同じような苦い感覚が湧き上がっている。


「あれ? はるっち、どったの?」


 それに気づいたであろう紗矢ちゃんが声をかけてきた。


「船酔い?」

「あ、ごめん紗矢ちゃん。ちょっと気分が悪くなって……」

「ああ、肩貸そうか?」

「ありがとう」


 ふらついているわけじゃなかったから肩は借りなかったけれど、クルーザーの室内まで紗矢ちゃんが付き添ってくれた。




 クルーザー……いろいろサイズがあるけれど、この船には船旅で宿泊できる個室が用意されている。そこで休むことにした。


「酔っちゃったか……まあ揺れてるしね」

「違うんだ、紗矢ちゃん。ちょっと、嫌な記憶がね」

「嫌な記憶?」

「紗矢ちゃんは、湖でボートとか漕いだことある?」

「んー、アタシはないな」


 私のその記憶は、ちょっと遠出したところで起きたことだ。紗矢ちゃんが馴染みが無くても不思議じゃない。


「あれ、大きな湖のど真ん中で止まると、すごく怖いんだよ」

「……ほう?」

「今、周りに陸も何もないからさ、ほら……記憶とダブっちゃってさ」

「ははーん。はるっち、気にしすぎだよ」


 それは分かっているけれど……どうしても頭が、そう認識しちゃっている。


「大丈夫、はるっちは一人じゃないからさ。うーん、はるっちが元気になるまで、アタシも一緒にここにいてあげる」


 申し訳なさもあったけれど、その優しさが嬉しかった。


「なんかやる? 寝ちゃう?」

「うーん」


 何をしよう。寝てしまうのも手だけれど、なんだか味気ない。


「お話でもしない? 気がまぎれるし」

「それもそっか」


 誰かと話すことだって、立派な暇つぶし。きっと彼女との会話は私の気持ちを和らげてくれると思っている。


「ね、シェリーちゃんについて聞いてもいい?」

「ん? いいよ」


 シェリーについて聞いてくるのは意外だった。紗矢ちゃんのことだもん、もっと仲良くなりたいんだろう。


「はるっちとシェリーちゃん、どうやって仲良くなったのかなって思ってさ。ほら、シェリーちゃんって、結構警戒心強めじゃん?」

「ああ、あれはね。元々シェリーはあそこまで内気な子じゃなかったんだよ」

「詳しく」


 紗矢ちゃんの目は真剣だ。そこまでシェリーのこと、気に入ってくれたのかな……?


「シェリーは元々外国からうちの近くに引っ越してきた子で、そのときたまたまよく遊んでいたら」

「いたら……?」

「十年来の付き合いになっちゃった」

「……」


 紗矢ちゃんは黙り込んだ。あまり面白くない答えだったかな、と私は自分の答えを振り返る。もうちょっと掘り下げてエピソードを盛り込んだ方が……。


「くーーーっ!!」


 いきなりの紗矢ちゃんの奇声のような何かに、驚いてしまった。


「いや~マジか!? うおおおお、そんな純愛羨ましすぎる! なんで!? アタシもそんな友達欲しかった~っ!!」

「お、落ち着いて」


 以前、紗矢ちゃんと絡みだした頃にもシェリーとの話をしたことがあって、そのときも羨ましがってた。今回はリアクションが十倍くらい強い。


「ねえねえねえねえ、シェリーちゃんって十年前からメガネだったの?! 血液型は!? 体重は……女の子だから秘密か! どこの国の出身!? あんなにお胸がおっきいのはどうして!?」


 紗矢ちゃんはキラキラした目でマシンガンのように質問責めしてくる。追い付けない……!


「順番に答えてくから、一つずつでお願い……」

「じゃあお胸!」


 いや一番聞きたいのそこかよ。うーん、シェリー、気がついたら人より大分目立つお胸になってた気がするけど……と彼女との十年間を振り返ってみる。いつだっけ……。




「紗矢、晴香、急いで甲板に戻ってきてちょうだい!」


 急に紫塔さんの声が聞こえた。これは船内放送だ。どうしたんだろう、紫塔さんの声にはちょっとピリピリしたものを感じられた。


「なんだろう? 行ってみよっか。はるっち、気分は大丈夫?」

「あ、うん」


 他愛もない話をしていたからか、気分は落ち着いてくれたみたいだ。私と紗矢ちゃんは個室を出て甲板に向かった。

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