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【真相】


 和装の中年層の男の人は、私と(ナツメ)さん、そして白城院(はくじょういん)の皆様の前で愉快そうな笑みを浮かべる。

 懐から出した扇子を音を立てながら開いて、ぱたぱたと扇いでいる。


「あ…あの…?」

「ささっ。僕の事は気にせず、お嬢さんの口から事の真相を皆に伝えなさいな?」

「は、はい!」


 私は和装の男性に促されて、意を決してあの日の出来事を全て話した。

 

 あの日、清子(キヨコ)義姉様に連れられて禁域に向かった事。

 禁域の中にあった髪飾りを、義姉様の代わりに取りに行った事。

 (あやかし)まじりになったその日から、里の繁栄の為に禁術である【贄血にえちの儀】を用いて血を捧げ続けた事。

 

 私の身に起きた真実が(つまび)らかになっていく。

 話を聞くにつれて、棗さんに拘束されたままの清子義姉様は顔面を蒼白させ、隣に並んでいたたか兄様の凍てつく視線で見下された。


「清子……一体どういう事だ?」

「ちっ…違います! 今のは全て健子タケコの妄想です! 私が可愛い義妹いもうとにそんな事するはずないじゃありませんか…!」

「いいえ、清子義姉様。あの日、貴女の言動で私の身に起きた事は全て真実。そうして貴女は白城院家の跡取りの正妻となられた後も、事ある毎に私を虐めました。娘の名を私と同じ名にするとたか兄様がお決めになった日も……私を沢山、沢山、沢山蹴りましたよね?」

「はぁ…?」

「ひっ」


 今まで聞いた事がない程に低い声を発して、たか兄様が清子義姉様を更に睨みつける。

 清子義姉様は恐怖で完全に腰を抜かしてしまい、膝から崩れ落ちた。

 棗さんは義姉様から手を放して、わざとらしく手の平同士を打ち付けた。

 まるで汚い物を払うかのような動きだ。


「……以上が、私の身に起きた全てです」

「ふむ。そうか」


 私の話を聞き終えると、黒服の大柄な男性が全員の前に躍り出た。


「白城院健子殿。よく話してくれた。さぞ辛い思いをしてきたのだろう」

「い、いえっ……その……」

「申し遅れた。私は極東皇国国防軍総帥の黒鳳院桜貴(こくほういんオウキ)だ。この度は、白城院家とその領土【白城の里】の調査―――」


 「そして…」と桜貴様は続けた。

 その金色の瞳がまっすぐに私を見つめて逃さない。


「健子殿―――キミの保護(・・・・・)を目的でやって来たんだ」

「私の……保護?」

「そうだ。キミは”妖まじり”へ転化した上に、身内によるその事実の隠蔽と死亡を偽装。更には監禁され、(あまつさ)え禁術の贄にされていた―――十分、保護対象として我々が動くに足る事態なのだ」

「は…はぁ…?」

「とは言え、三年もの間何もしてあげられなかったのは此方の不手際……遅くなってしまい、本当に申し訳なかった」


 そう言い終える前に、桜貴様は私に頭を下げた。

 例え同じ帝直下の六華族とは言え、序列一位の黒鳳院家のご当主様に頭を下げられるような身分ではないから、私はその行動を見て心臓が跳ね上がってしまった。


「ああっ! 頭をお上げ下さい桜貴様! 私如きにそのような…!」

「いいや。皇国の中枢を担う六華族の者同士とは言え、キミも紛れも無く私の守るべき民の一人」

「は、はぁ…」


 桜貴様は揺るぎのない強い眼差しで、おどおどしている私を見つめ返す。

 その姿を前に、私はそれ以上何も言えなくなった。

 次の瞬間、その眼差しは背筋が凍るほどに鋭さを増し、視線がご当主様の方へ向けられた。

 まさに『蛇に睨まれた蛙』と化したご当主様。

 歳も当主としての経歴も桜貴様よりも上のはずなのに、その背中は縮こまり、何だかいつもより小さく見える。


「白城院のご当主殿。今し方、其方のお嬢様が仰った一言一句を私は真実と受け止め、彼女を貶めたとされる現況の清子殿を始めとし、白城院一族に相応の罰を言い渡す。尚、この場に於ける全ての決定権はこの黒鳳院桜貴に有り、それ等は全て極東皇国皇帝―――天神院(てんじんいん)明之彦(アケノヒコ)様に仰せつかっためいであると心得よ!」

「みっ…帝の…!?」

「そ、そんなっ!」


 悲鳴にも似た声を上げて、元凶と示された清子義姉様は桜貴様の足元へ縋りついた。


「違います! 私はそんな事……全て間違いです! 健子が嘘を吐いているのです! 私を嫌っているからあんな嘘を…っ」

「………退き給え。白城院清子―――」


 足にしがみ付く清子義姉様を見下す桜貴様が、軽蔑の―――いや、もはや憐れみを帯びた眼差しで見下している。

 武の心得の無い女子供であれば、その眼差しだけで泣き出すか、良くても腰を抜かすのは必須。

 だが、清子義姉様は意外と度胸があったらしく、その眼差しを受けても尚、泣き出す事はなかった。

 とは言え……。


「っ……ぁ……」


 恐怖で声が出せなくなってしまっている。

 一瞥だけでそこまでさせる桜貴様の威圧感―――流石は【皇国の黒軍師】の異名を持つだけの男である。


「白城院当主よ。貴様もこの者の様に、意味の無い釈明をしてみるか?」

「ッ……わ、私は……」


 ご当主様は冷や汗を流しながら口を噤む。

 しかし逃げ場の無いこの状況で黙秘を通せるはずがないと、ご当主様も重々承知している事だろう。


「私は……白城院の長として……里長として……より多くの領土民を守る必要があった…!」

「禁術を用いてでも―――か?」

「そ、そうだ! 里は不作の年が続き、品質の悪さから皇都での商売もままならない状態! このままでは女子供から先に飢え死にさせてしまう! それだけは避けねば先代に申し訳が無かったんだ!」

「里の安寧の礎として自身の娘を犠牲にしたと?」

「私だって……私だってまさか! こんな事になるとは思っていなかった! 健子が”妖まじり”になるなんて…誰が予想出来る!? 禁忌を犯さずして皆を救えたなら迷わずそうした! こんな…こんな重圧を背負わされるぐらいなら当主の座など誰かに譲っていた! 私は悪くない! 私は…私はぁあ!」


 ご当主様―――お父様は、まるで幼子の癇癪の様に声を張り上げ、膝から崩れ落ちた。

 お母様がその背を心配そうに見つめ、たか兄様は初めて見る父の威厳のかけらも無い姿に、微かに軽蔑するような視線を向けている。

 こんな父親の姿なんて見たいものではない……それは流石に私も同情する所だった。

 そんなお父様を見て、桜貴様は一言―――。


「情け無い」


 とだけ言って、お父様の鉄の枷で拘束した。

 枷には【霊力封じ】の力が宿っている様で、枷をはめられたお父様は力無く項垂れ、心成しかお年を召されたようにも見えた。


「高い霊力を有する者は比例して生命力も高い。ご当主殿がお歳のわりに若々しく領土繁栄に勤しんでおられたのは、その高い霊力のお陰。それを封じられれば、老け込んでしまうのも致し方ありませんな」


 私の小さな疑問を察してくれたのか、和装の中年男性が苦笑いを浮かべながら説明してくれた。


「そう……なのですね」

「えぇ。そして、霊力と妖力は似て非なるものとは言え、その力の根本は『所有者の才能』である事は一緒。だから妖力の高いお嬢さんがとても可愛らしいのは必然の事実なんですよ」

「はぁ―――え?」

「どさくさに紛れて口説くな、変態親父」

 

 中年男性の言ってる意味を理解する前に、棗さんが男性の後頭部を軽く叩きながら、そう言い放った。

 小突かれた男性はぶすっと頬袋を膨らませて棗さんに向き直った。


「ちょっと、棗君? 変態親父は言い過ぎでしょ? それに僕は本当の事言っただけだよ?」

(やかま)しいわ。健子ちゃんが気持ち悪がるだろうが」

「きも…!? 酷いよ棗君! 辛辣! 鬼!」

「鬼だが?」

「あ…あの…?」


 どうやら中年男性と棗さんは旧知の仲の様だ。

 二人の雰囲気から察するに、喧嘩しているみたいだが、これは仲が良い者同士の軽い挨拶の様に見える。


「棗さん、この方は?」

「あぁ、ごめん。紹介する前だったよね? 此方は無条院(むじょういん)智魅(トモミ)。俺達、無条院一族の当主だ」

「え!」


 この人が…棗さんの言っていた“主”さん?

 驚愕する私に視線を戻した無条院智魅様は、人当たりの良さそうな笑みを浮かべて、仰々しく一礼した。

 

「はじめまして。僕が無条院智魅だ。これからは気軽に『主』とか『お父様』と呼んでくれて構わないよ♪」

「は、はぁ………ん?」


 『お父様』―――?

 

「えっと……それはどういう…?」

「どうって、決まってるじゃないか」


 不思議そうに質問した私と同様、不思議そうに小首を傾げた無条院智魅様は、手にした扇子を勢い良く開いて、ハッキリとこう告げた。


「君は今日から、僕の養子になる(・・・・・・・)んだから(・・・・)

「……え?」


 私はこの後暫くの間、棗さんに肩を叩かれるまで思考を停止してしまった。


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