【名付け】
この話から、天の名前を『源』→『天』へ変更しました。
以前の話に出てきた名前も変更しています。
もし直っていない場所がありましたら、感想で教えて戴けると幸いです。
「主様。私に、新たな名を授けて戴けますか?」
「うむ。任された」
そう言って、主様は懐から取り出した扇をバッと勢い良く開いた。
無条院家に養子入りした他の”妖まじり”達と同様に、主様から新たに名を与えられ、人であった事を捨てる代わりに、別の人生を歩ませてもらえる証の様なもの。
白城院健子としての数十年の人生を忘れる事は難しいだろうけれど、今の私は、新たに進められる第二の人生に、心を躍らせた。
……の、だけれど…。
「と言ってもねぇ。実は昨日からず~っと名前考えてるんだけど……”これ”ってのが決まらなくってねぇ」
「そう、なのですか?」
昨日からって……もしかして初めて会った時から考えてくれていたのだろうか?
戴けるのであれば、どんな名前だって有難く頂戴する。
(そもそも、元の名を捨てると決めた以上、私に拒否する権利は無い訳でして…)
「ちなみに、皆様の名前を決められた際の……基準、の様なものは有ったのですか?」
「まぁね。第一印象で決める事もあるけどね。他には、妖としての特性を表したり、身体的特徴だったり、雰囲気とかもかな?」
「雰囲気ですか?」
「例えば、この勇がそうだったよ。出会った当時から彼は筋骨隆々な佇まいで、正に”勇ましい”姿だった。”妖まじり”としても稀にみる雄々しさに、すぐにその名を思いついたよ」
主様の説明が終わると、勇さんは筋肉がしっかりついた右腕で力瘤を作り、更には妖術でその瘤を岩に変化させた。
確かにその姿は『勇ましい』と名付けるにふさわしい。
では、他の皆様は?
「えっと……他の皆様のお名前にはどんな意味を込められているのですか?」
「あー、やっぱり気になる?」
「は、はい! 伺ってもよろしいでしょうか?」
「そりゃあ勿論。皆も良いかい?」
主様が目配せで、養子の皆さんに確認を取った。
自身が与えた名前なのだから、わざわざ許可を取る必要もないかと思ったが、そういう所もこの方の良い所なのかもしれない。
そして、主様に許可を求められた他の養子の皆様の返答は…。
「良いも何も、俺のはもう教えてんじゃねーかよ主ぃ?」
「うちもいいよー」
「俺は……はぁ、まぁ良いよ」
「僕もいいよ」
「俺も」
「俺もー!」
「アヤも良いニャ~」
(勇さんには拒否無いけど)満場一致で、名付けの由来を教えてもらえる事になった。
何やら棗さんだけ、一瞬渋った気がしたけど……気のせいかな?
「うんうん。皆の許可も貰えたし、折角だから最近うちに来た子から順番に紹介していこうかな。まずは天君からね」
「おう! 改めて、俺は天。俺自身、その時の記憶は全く無いんだけど、見つけてくれた主の話じゃ、俺は空から降ってきたんだってよ」
「そっ、空からですか!?」
初っ端から驚愕の事実が判明した。
天は、その名の通り―――天空から地上に落ちてきた少年だった。
そう話す主様は、閉じた扇の先を顎に添えて天を仰ぐ。
まるでその時の事を鮮明に思い出そうとしているかのような素振りだ。
主様曰く―――
―――あの日、僕は棗君と一緒に皇都に出かけていたんだ。その日は夏季真っただ中で、皇国でも稀に見るほどの熱気に包まれた日だった。
―――汗だくになりながら帰路を進んでいると、突如天空に暗雲が満ちて、嵐が起きた。
―――傘も合羽も役に立たない程の雨量と強風に、僕等は何か悪意ある者の仕業かと身構えた。
―――しかし次の瞬間、天から一筋の光が地上に差し込み、その光の道を進むかのようにして一人の少年が地上へ落下してきた。
「間一髪だったよ。ギリギリ地面に直撃する前に棗君が受け止めて、最悪な事態は免れたんだけど、その後が大変だったんだよ。周囲に居た住民には大騒ぎされるし、騒ぎを聞きつけた記者や警備隊に囲まれるし、偶々近くに居た他の六華族の長達にも問い詰められるしねぇ」
「こっちも突然の事で状況が全く理解出来てないっていうのにな。天を連れて逃げ切るのには苦労したよ」
「ほ、ほんと……その節はスミマセンデシタ」
(俺も何も覚えてないけど…)と小さく呟く天。
「じゃあ天は、『天』から降ってきたから『天』になったって事ですね?」
「まぁ、そういう事だね」
「な、なるほど…」
「安直だろ? でも良いんだ。俺この名前結構気に入ってる!」
天は授けられた名を相当気に入っているらしい。
花が咲く様な満面の笑顔と、向日葵色の髪のお陰もあって、天はまるで太陽の様に神々しい。
先程、初めて対面した時に感じた、妖気ではない神聖な力の波動。
”妖まじり”にも、そういう気配を纏う者が居るのだと、私は興味を惹かれた。
「そう言えば聞き忘れていたのですが、天は何の妖なんでしょう?」
と、つい好奇心から脳裏を過った問いを口にした直後、私はハッとして口を覆った。
「もっ、申し訳ありません! 不躾な質問をしてしまいました!」
”妖まじり”は、妖に穢された者。
平気そうな顔をしていても、心の中では己の境遇を不幸に感じている人も居るかもしれない。
質問の直後、瞬時にそう思った私は、すぐさま謝罪の言葉と共に、両手を畳の上に添えて深々と頭を下げた。
自分もそういった境遇故に、里では酷い扱いを受けていた。
だと言うのに、この不快な問いかけに気付きもせず、剰え口に出してしまうとは…!
「………」
頭を下げている所為で、皆様の表情が分からない。
怒っている? 失望された?
ふと、里に居た頃の、里の皆から向けられた軽蔑の眼差しを思い出した。
ついさっきまで優しく微笑んでいたはずの家族が、まるで仮面をはがしたかのように、冷たく、負の感情しか見せない表情に、見下される恐怖―――
「あ、謝って許される事でないのは重々理解しております……本当に、申し訳―――」
ありません―――そう言い切る前に、私の言葉は、天の快晴のように晴れやかな声音で搔き消された。
「何で謝んの? 全然聞いてくれて良いし」
「え…」
思わず顔を上げると、目の前には笑顔………だけど、ちょっとだけ呆れている様な顔をした皆様が、此方を見ていた。
「あ…あの? 怒っては…?」
「ないない! 此処に居る皆だって同じ境遇なのに、逆に気使うの変じゃね? つか疲れね?」
「は………はぁ」
何と返して良いのか分からず変な返事をしてしまった。
困惑する頭の中をちょっとずつ整理すると、どうやら天は怒っていないらしい。
それどころか、そんな事で謝られた事の方に呆れ返っている。
中性的な顔立ちだが、男性らしい骨張った手で私の頭をぽん、ぽん、と軽く叩いた。
「ん~まぁな。もしかしたら”外”に居る連中の中には気にする奴が居るかもしれない。だから”外”では気を付ければ良い。逆にこの【憂楽街】の中に居る奴等は、もうそんな事気にして生きてる奴なんて居ないよ。寧ろ今みたいに気を使われると、逆に気を使っちゃうって言いうか?」
「そう……いうもの……ですか?」
「「「うんうん」」」
私の問いかけに、その場に居る全員が首を縦に振った。
どうやら私はまだ、この温かな空間に委縮していたみたいだ。
「分かりました。天の言う通り、今後は町の外での言動に気を付ける様にします」
「うん。特に、未だに誰の保護下にも入っていない子達には慎重になろう。それは僕等も同じ事だ」
主様は優しく微笑みながら、しかし真剣な眼差しで、私達に念を押した。
その言葉に各々頷き、私が加入した事で新たな構成を成した【無条院】が意識を統一させた。
「さてさて。話が逸れちゃったけど、天君が何の妖と混じったかって話だったね?」
「は、はい。差し支えなければ教えて戴けると…」
「全然良いぜ」
天は本当に気にしていない様子で私の問いに答えてくれた。
「俺は“天火の妖まじり”。炎と光を自在に操れて、陽が出てる間は空だって飛べるんだぜ」
得意気に言い放つ天の掲げた右手の掌に、小さな火の玉が出現した。
「”天火”……妖の名前にも『天』が付いてるんだね?」
「そうなんだよ。まぁ、俺がその妖と混じってるって教えてくれたのもじっちゃんだったから、俺は全然自覚症状が無かったんだけどな?」
「え? 自覚症状が無い?」
「そうそう。力の使い方だって、棗や葵に教えてもらって使える様になったんだよ」
「そうなんだ…」
何だろう……少し引っかかる。
混ざってしまった妖の能力の使い方が分からないのは、分からなくもない。何せ私も同じだから。
けれど、混ざった妖が何の妖なのかを理解出来ないと言うのは、少し気がかりだ。
けど何故か、この時私はそこを追求しようとはしなかった。
まるで見えない手で、問いかけようとする口を塞がれたような―――そんな無意識の制御をされた様な感覚だった。




