【無条院家の養子たち】
棗さんの料理は、私は勿論の事、無条院家の人達も舌鼓打つ程の美味しさだった。
皆さんが食べている朝食も、私のお粥も、そこまで手の込んだ料理じゃないはずなのに、私は今まで食べた料理の中で一番美味しいと感じた。
【白城の里】では素材その物の味を活かす料理が多かった。
川から捕れた魚や、野生の鹿や猪の肉、野菜を昆布出汁と塩と味噌で軽く味をつけただけの水炊き。
要は、薄味だった。
物心ついた頃からその味付けが普通だと思っていたが、過去一度だけ里から他の家に嫁いだ娘が、嫁ぎ先の家と些細な事で揉めて、出戻って来た時がある。
その時、数年ぶりに帰ってきた彼女の手料理は、驚く程に味が濃くなっていた。
「皇都ではこれくらい当たり前。里での味付けを振舞ったら姑に怒られたわ」―――などと愚痴をこぼしていたっけ。
そんな懐かしい過去の出来事を思い出して、若干複雑な気持ちになったが、美味しいご飯に心も脳も満たされていく感覚に酔いしれて、気付けばお粥を全て完食していた。
「ご馳走様でした」
「口に合ったみたいで良かったよ」
「はい! とっても美味しかったです!」
「ただのお粥だよ?」
「それでも、温かいし、お腹一杯食べられたので、大満足です」
「そっか。じゃあ今晩は豪勢にしてあげないとな。キミの歓迎会としてね」
「それは、とっても楽しみです!」
棗さんの料理はお粥でも美味しいのに、それが豪勢にだなんて…!
一体どんな料理が出てくるのか、考えるだけで口の中に涎が溢れてしまう。
口の端から零れぬ様にごくんっと飲み込めば、さっき私がお腹を鳴らした時に大笑いした岩肌の大男さんが、またも盛大に笑い出した。
「新入りの嬢ちゃんは随分と食い意地張ってんなぁ? まぁ元気な証拠だけどな」
「もう失礼でしょ? 寧ろ今までが冷遇されすぎてたのよ?」
「猫! 此処では遠慮は一切いらないにゃっ! 好きなだけお腹いっぱい食べて良いのニャ〜!」
「皆、騒がしすぎ。この子困っている」
「え、えっと…」
食事に集中し過ぎてて、他の皆さんの声を初めて聞いた。
(そう言えば、皆さんのお名前をまだ聞いてなかった…)
果たして私からお伺いしても良いものか…。
そんな事を悩んでいる私の思考を察したのか、岩肌の大男さんがパッと明るい笑顔を向けた。
「おう! 悪い悪い。天以来の新入りだったから、ついな?」
そう言うと、岩が甲から生えた手を打ち鳴らし、大男さんから自己紹介が始まった。
「俺の名は、勇。“石妖の妖まじり”だ。岩を生み出せて、俺自身も岩の様に固くなれる。よろしくな!」
「じゃあ次は僕ね。僕は紡。”絡新婦の妖まじり”よ。僕は見ての通り腕が六本生えてて、皮膚から粘着性の糸が出せるの。ちなみに僕はこう見えて、キミと同じ女の子よ。よろしくね♡」
「……昴。“烏天狗の妖まじり”。街の上空、警備している。よろしく」
「猫! アヤは綺だニャ〜。種族は”猫又”だニャッ。これからよろしくニャ〜!」
「こ、こちらこそ! 改めまして、健子と申します。不束者ですが、これからよろしくお願いします!」
「はっはっはっ! おうよ!」
勇さんは、その名の通りに勇ましい佇まいで腕を組んでいる。
紡さんは、食事姿や口調、その他の所作も女性らしいと思っていたけど、本当に女性だったとは…。
昴さんは、あまり表情に変化がないけど、自己紹介中ずっと背中の羽がピコピコと動いてたから、きっと歓迎してくれている……と、思う。
綺さんは、口調・仕草・見た目、全てが正に”猫”だった。
「皆さんも、私と同じ”妖まじり”なんですよね…?」
「おう。まぁ、俺はその割にはあまり女性っぽくならなかったけどな。それでもしっかりアレは無くなっちまったよ。あっはっはっ!」
アレ―――と言いながら、人差し指で自身の下腹部を指さす。
それで流石に私も察した。
思わず顔に熱が集まってしまい、勇さんの指さす下腹部から視線を逸らすと、大笑いする勇さんの後頭部を棗さんが引っ叩いた。
「あだっ!」
「もうお下品」
「ちぇー、ちょっと笑かそうとしただけだろうがよぉ」
「次やったら飯半分」
「今後は気を付けます御免なさい」
子供のように口を尖らせる勇さん。
すかさず棗さんが呪文の様に呟いた言葉を耳にした瞬間、綺麗な土下座で頭を下げた。
(ご飯の量を減らされるの嫌なのね…)
そしてきっと前科があるんだわ…。
「ちなみに僕は、逆に胸や子宮がなくなった所為か、段々男性っぽくなって来てるのよね」
「えッ、そ、そんな事になるんですか…?」
紡さんの言葉に、私は思わず大きな声を上げた。
私も“妖まじり”になったあの日から、胸の膨らみはしぼみ、女性らしい見た目ではなくなった。
いつか自分も本当の男性に……そう考えた瞬間、血の気が引いた。
しかしーーー
「いやいや。この子に関しては稀な事例だよ。紡がうちに来た頃は、それはそれは愛らしい美少女だったんだよ~?」
主人様が不安を解消する言葉を口にした。
お陰で私も思わず、ほっと息を吐いた。
「あら主ったら。今の僕じゃ不満ですか?」
「否! これはこれで眼福なり!」
「やだわ主ったら〜♡」
「ほっほっほっ。良いではないか〜良いではないか〜」
「「「変態」」」
「酷いッ」
謎にキメ顔の主様に、他の皆さんが同時にツッコんだ。
棗さんに至っては変態の後に「じじい」まで付けている。
(この一連の流れは日常茶飯事なのだろうか…?)と思考していると、私の肩を綺さんがツンツンと突いた。
「ちなみに。アヤは“妖まじり”じゃないニャ〜よ?」
「え! じゃあ…まさか…?」
「そっ。純粋な妖だニャ」
聞けば綺さんは、この若々しい女性の姿をしていながら、既に二百年以上生き続けているんだとか。
十年程前に主様に皇都の路地裏で出会ってから意気投合して、すっかりこの家に入り浸るようになって、何時しかお屋敷の住人となったんだとか…。
「ちなみに、アヤの名前も主様が付けてくれたんだニャ〜」
「付けてくれた?」
「うん。純粋な妖は基本的に種族名で自身を名乗るニャ。個人名を名乗るのは、妖の中でも特に上位の存在か、自分が主人と認めた相手に付けてもらって、主従関係を同族に示す役目にする時が殆どニャ」
「同族に示す?」
「そうニャ。んっとね〜、個人名を持ってるって事は、その個人が既に“誰かの所有物”って認識されるから、勝手に嫁ぎ先を決められたり、下手に危害を加えたらその主人に報復されるから手を出せなくなったり、アヤにとっては嬉しい特典盛り沢山なんだニャ〜!」
綺さんはそう説明してくれた。
主様は扇子を仰ぎながら「まぁ僕は所有物だなんて思ってないけどね。皆可愛い僕の子供達だよ」と優しく微笑みながら言った。
「うちに来た者は皆、主に新名を与えられるのが恒例でな。まぁ、新たな門出への餞別とでも思ってくれれば良いよ」
棗さんも、空かさずそう付け加えて説明してくれた。
「名前……そう言えばさっき……」
腕だけの妖(?)のウデさんも―――
《タケコ? まだ名前 貰えてないのか? ―――早く決めてやれ 呼ぶ時 困る》
そう言って……否、書いてた様な?
新しい名前。生まれ育った故郷の里から出て、新たにこの地で、主様や棗さん達と暮らすと決めた私への餞別……。
「なんだか、不思議な感覚ですね。名を新たに頂くだなんて……」
「だよね。でも強制じゃない。今まで通りの名が良いなら、そのまま名乗っても構わないよ」
「今まで通りの、私の名前」
それは、極東皇国の六華族、白城院家の嫡女だった頃の名前―――『白城院健子』。
幼い頃、名付けた張本人だったお母様には―――『あなたの兄である尊人は、生まれつき身体が弱かった子だったの。今はもうすっかり健康体で育ってくれたけれど、女の子のあなたもそうならないか心配で、“健やかに育ってほしい”という願いを込めて付けたんですよ』―――と言われた事があった。
そのお陰なのか、私は幼い頃から大きな病にかかった事もなく、母の願い通り健やかに育った。
けれど、その眉唾の願掛けなど一時的なものだった。
私は健康どころか、妖に穢されて、混じり物にされる始末だ…。
「……”健子”は、白城院の嫡女、強いては人間だった頃に名乗っていた名です。生まれ故郷から離れ、家族だった人達とも離縁した私には、もはや不要の名です。これからは、境遇が同じである皆様と共に、この地で暮らしていく者として、主様から新たな名を授かり、仲間入りさせて戴きたく思います」
私は指先を揃え、畳に手をつき、深々と頭を下げて切に願った。
「良いのかい?」
「はい」
未練が無いかと言われれば、正直嘘にはなる。
だけど心の中で、その未練を打ち消す程の期待が沸き上がっているのも、また事実だった。




