【人も妖も好きな場所】
暫くの間、無条院様を先頭に、無条院家の領土である常世の領域【憂楽街】の中央道を歩き進んだ。
行き交う人々は皆、極東の着物姿や西方の衣装、中には東方の貴族が身に纏う『どれす』と呼ばれる服を身に纏っていて、和洋折衷とはこういう事かと感心した。
だけど、その肉体的特徴は―――多種に亘った。
角の生えた者、耳の長い者、腕が四本ある者、鱗を生やした者、私の様に獣の耳や尾を生やした者も…。
「本当に、私達以外にもこんなに“妖まじり”が居るんですね…?」
「あぁ。でも今見えている住人の半数近くは妖の変化だよ」
「妖が、人の姿にわざわざ変化を?」
「種族は違えど、俺達みたいな人の子を、妖との混じり者にさせてしまった事に謝罪の念を持つ者も少なからず居る。そういった知恵のある妖達は、自ら人の姿になる事で、同類達から爪弾き者にされる事も承知で、人との友好関係を示そうとしてるんだ」
「そんな妖もいるんですね…」
【白城の里】に居た頃は、自分の身に起きた事も含めて、妖は悪しき存在なのだと、信じて疑わなかった。
だけど“妖まじり”となって、日々身内から受けていた無情な待遇を思い返すと……
(案外、”人”も”妖”も、悪意の度合いは一緒なのかもしれない……)
「そして当然だけど、この憂楽街の外にも”妖まじり”も居る。そういう子達も、いつかはこの街に招き入れたいんだ」
「先程仰っていた、養子にする為に…ですか?」
「それもそうだけど、やっぱり一番の理由は保護の為かな。十年前程じゃないけど、それでも”妖まじり”の差別はあるからね。彼等、彼女等だって、望んでそうなった訳じゃないのに、あまりにも可哀想だ」
無条院様は、今も尚虐げられているであろう【憂楽街】の外にいる”妖まじり”の事を思い、悲しげな視線を空に向けられた。
飄々としていて、掴み所の無い御方だけど……心根はやはりお優しい方なのだと分かる。
そして、無条院様のやって来ている事が間違いでないという事も…
「無条院様」
「んー?」
「私を助けて下さって、本当にありがとうございます」
だって私は、その優しさに救われた一人なのだから―――
「改めて、よろしくお願い致します! 主様!」
「おっ? ワッハッハ! 此方こそ、よろしくねっ」
皺だらけの甲をした手が、私の頭を優しく撫でてくれた。
ちょっとだけ……『お父様』って呼んでも良いかなって思った。
*
*
*
「さぁ、着いたよ。此処が僕等の家だ」
更に中央道を進んで行くと、突き当たりの位置に趣のある大きな木造平屋の一軒家が佇んでいた。
周囲の景観が派手目な西方風だった所為もあって、その地味な一軒家は逆に目立っていた。
「此処……ですか?」
「そう。他の建物に比べても地味でしょ?」
「い、いいえ! その……此方の造りの方が馴染み深いというか、寧ろ此方の方が落ち着くと言いましょうか…?」
「でしょ? 僕も極東の建造物の方が外見も内装も気に入ってるんだよねぇ」
「え? 【憂楽街】って、主様の霊力で創り上げているのでは?」
「いやいや! 流石の僕でも街一つ創造するのは至難の業さ。そもそもこの常世は視認出来ない特殊な空間。それを分かりやすく可視化するのに、この【憂楽街】に住まう妖と”妖まじり”、各自一割程度抽出した妖力を利用している。勿論任意でだけどね」
「妖力を、供給ですか?」
少しだけ―――以前、【白城の里】を維持する為に、私が禁術で生き血を捧げ続けていた時の事を思い出した。
「大丈夫だよ。ちゃんと任意だし、帝様の許可も得て、提供量も各自から一割ずつ。主はちゃんと条件を満たしているよ」
「そっ……そうなんですね?」
私の懸念を察したのか、棗さんがその不安を払拭する発言をしてくれた。
領地維持の為に領民の霊力を分けてもらう事は、過去の事例として存在している。
その事例が問題とならない理由は、条件として『提供者に強制させない事』『帝からの許可を頂く事』『提供物は、提供者が保持している全体の三割未満である事』。
主様の行っている領土維持の為の妖力供給の条件は、全て満たしていると言える。
「でも、私達の様な”妖まじり”はともかく、純粋な妖がどうしてそこまでして?」
「さぁねぇ? 妖と意思疎通が出来ても、彼らと俺達の価値観は違うから、確信は無いけど―――きっと皆、この場所が好きなんだろうね」
そう、棗さんが答えた。
その表情は嬉しそうで、聞いていた葵も同意するように首を縦に振り、主様も満足そうに笑みを浮かべた。
領主を始め、その配下、そしてこの場所を選び暮らす人と妖。
種族、価値観、見える世界が違いすぎる者達が、唯一共同、共感出来る場所。
(あぁ、なんて……なんて素敵な場所なんだろう―――)
地獄の様な日々から、極楽の様な未来が待っている気がする。
もし、この感覚が自分の中にある、”妖”がもたらす感情だとしたら、確信を持って断言出来る。
「そう……ですね!」
こんな多幸感は生まれて初めてだった。
「さぁさぁ皆。家の前で立ち話してないで、中に入ってお茶でも飲んでまったりしようよ」
「ほーい」
「はいはい」
「は、はい!」
主様に続いて、私、棗さん、葵が家の中へ入って行った。
ガラガラと音を立てながら開かれる玄関。
その先には、隅々まで掃除が行き届いた木造の廊下が続き、調度品も整頓されている。
また少しだけ実家を思い出したが、この家の方が温かさを感じる。
雰囲気だけではなく、本当に暖かい。
「あったかいですね」
「家の壁の中には特殊な道があってね。そこを、炎の妖が定期的に通って家の中の室温を調整してくれているんだ」
「そうなんですね」
木造の壁の中を、炎の妖が通って大丈夫なのでしょうか?
「そう言えば、足とか手の霜焼け大丈夫? うちの温泉は薬効成分が豊富だから、先に入ってくると良いよ。その間に朝食の準備しとくからね」
「はい。ありがとうございます!」
凄い。この家、温泉があるんだ。
ありがたい、家の中は暖かいけど、やっぱり冬の外は寒かった。
私は先程貸して頂いた草履を脱ぐ為に、玄関の段差に腰を下ろした。
「あ…」
草履を脱ごうとした素足を見ると、傷と泥でとても汚かった。
困った……こんな足で、家の中に入るのも気が引ける。
そう思っていた私の背後から、誰かの腕が伸びて来て、お湯の入った桶と手拭いを差し出してくれた。
「あ、すみません。ありが―――」
振り返りながらお礼を言おうとした私は、その相手の姿を見て―――絶句した。
だって、その人は……人ではなく、ましてや妖でもなく―――
「う―――うっ、うう、うっ、腕ぇえええッ!?」
そこには、人でも、妖でもない―――腕だけが宙に浮いていた。