第二部 サキュバスになった私の幸せ 一話 カイルの過去と招かれざる客
新キャスト
桐生アラン:純血のヴァンパイア。177センチ。24歳。性格は明るく快活で吸血鬼らしくない。表向きの職業は俳優兼歌手。下積み時代にホストをしたこともあり、女性関係は華やかで必ず口説き落とすと噂になっている。ヴァンパイアのせいでなく肉食系男子。
ホテルに泊まってのんびりした休日を過ごして… どんなに甘く幸せな時でも終わりは来ちゃうもので。
「このホテルは気に入った?」
「フラワーバスが気に入っちゃった。すごく夜景もきれいだったし」
「じゃあ、今度は山奥の温泉旅館でもいいね。まとまった休みの時に行ってみようか。珍しい川魚のフルコースを食べさせてくれる旅館があるんだ」
どこまでどう調べているんだろう。カイルさんが運転しながら言う。山奥の温泉旅館も私は経験がない。ずっと家に閉じこめられていたから。日曜日に許可制でお出かけするくらいで。
だから、カイルさんなりに気を使ってくれているんだと分かったのはつい最近。遠出を経験したことがない私だから、わざとホテルに泊まったり、デートの時間を作ったりして、外の世界を経験させようとしているんだって。
…無理しなくてもいいのになあと思うけれど、カイルさんの優しさは嬉しいと思うし、お出かけも楽しいから言わないでいる。無理してないかな?って心配になることもあるけれど。
「さあ、少し休んだら家のことを片付けようか。そうしたら俺の芝居の批評をしてほしいな。君の視点は面白いからね」
「いいけど… 私、そんなに難しいことは言えないよ」
「いいや、大事なことだよ。俺は批評家気取りの意見が欲しいわけじゃないんだ。純粋に楽しんでくれる人の意見が欲しいんだよ」
そんなことを話しながら地下の駐車場に車を停めて、いつも通りの日常へ帰っていく。ロビーを抜けてエレベーターホールへ向かって… そこでカイルさんが私を背に庇う。
「カイルさん?」
「招かれざる客ってやつが来ているね。少し話をして帰ってもらいたい所なんだけれどなあ」
困惑した顔で言う様も素敵だけれど、招かれざる客って誰の事なんだろう?
「君の具合が安定するまでは待ってほしかったんだけれど…」
そうこぼす横顔は珍しく険しくて、不安で胸がドキドキしてくる。また怖い事でも起きるのかな? 私に対処できないことだったらどうしよう?
「アラン、なんの用事だい? 俺は君を招待していないんだけれど」
「分かってますって。だから、特製のビーフシチュー作ってきたし、とりあえず部屋に入れてよ」
エレベーターホールの端に座っていたのは少年臭さの香る美形の青年だった。アランと呼ばれているけどハーフかなにかなの?
「夢魔族の純血が増えたって聞いてさ。挨拶に来ただけだよ。同じ魔族としちゃ、見逃せないじゃん」
そう言いながらまっすぐ私の方へ向かって歩いてくる彼の目は真紅に煌めいていて、純粋に怖いと感じた。近づいちゃいけない人だって夢魔族としての何かが訴える。でも、カイルさんに恥をかかせたくないよ。
「カイルさん、この人って…?」
どこまでどう内心を隠しきれているんだろう。無駄かもしれないけれど、精一杯普通に見えるように努めて問いかけてみると、
「俺は桐生アラン。夢魔族より上位種のヴァンパイア族さ。今はこの見た目と声を生かして俳優兼歌手をしているんだ。以後、お見知りおきを」
少し気取った仕草で一礼してくれた。その様はとっても素敵なんだろう。だけど、真紅に見える目が裏切っていた。…この人にとって私はエサでしかない。そうと分かっても命令一つで私はその足元に跪いてしまうだろう。
上位種って、そういうことなんだ。だから、カイルさんは会わせたくなかったんだ。だから、アランさんは会いたいと思ったんだ。
「アラン… 詩織が怯えている。ここで帰ってくれるとありがたいんだけれど。今の君には難しいかな?」
カイルさんはどこまで彼のことを知っているんだろう。こうまではっきりと拒むなんて珍しい事だ。美鈴と昴流さんも笑顔で歓迎するのに。
「あぁ、断るね。あれだけ好き勝手してきたインキュバスがたった一人に絞るなんてさ。気にならなきゃ嘘でしょ~?」
「アラン…!!」
「しかも下位である魔女なんかに助けを借りてまでってさ。そこまでさせる女ってやつの味見がしたいと思ったんだ」
私の感じていたことは嘘じゃないと感じて、怖くてカイルさんのシャツの袖を握りしめる手が震えてしまう。一方で意味が分からない言葉が幾つかある。
好き勝手ってなに? カイルさんはどうしていたの? たった一人に絞るってことの意味は私を指してるって分かるけど… じゃあ、それまではどうしていたの?
「カイルさん……?」
途端にきつく抱き締められた。なにも見せたくないと言うように… だから、アランさんがどんな表情をしていたのか分からないけれど、カイルさんが珍しく余裕を失っていることは理解できる。
「あっはは! 都合の悪い所は黙ってたんだ? 20年も見守って婚約者とまで言い切ってた女のこともあっさり捨ててさ。そこまでさせる価値がどこまであるのか? 気になってる魔族はゴマンといるよ。当たり前だよなあ!?」
「だから、どうした? それで、俺にどうしてほしいのかな? 君こそ、女性関係を控えるべきだと言われているだろう。過去は過去でしかない。俺は否定しない。けれど、今の俺には詩織だけがいればいい」
20年も見守ってきた婚約者って誰のこと? それを捨ててまで私を選んだって…? カイルさんにどんな過去があったの?
「どうせ探られれば埃なんざ幾らでも出てくるんだ。昔みたいに味見させてほしいんだよ。それさえ許してくれれば、このまま引き下がってやるよ」
ザワリとカイルさんのまとう空気が変わるのを感じた瞬間、アランさんが左手でカイルさんの拳を受け止めていた。
ギリギリと互いの力で拳が震えて、笑みの消えた険しい顔をしていて、呼吸を忘れるほどに恐ろしくて、私は黙って震えていることしかできなかった。
「それで力いっぱいかよ! 純血の夢魔族ってのは可愛いもんだよ。この程度とはね…!」
「詩織の前だ。遠慮しているにきまっているだろう? この俺を詩織と同じく扱うと、痛い目を見ることになるぞ…!!」
「知ってるよ! ほんの数滴でも俺より格上である悪魔族の血を引いてることに感謝しろよなあ!? だから、普段は封印してるんだっけ?」
どういうことなのか? 分からないことばかりの中、二人はしばらく睨み合ったかと思うと、アランさんが力を抜くのと同時にカイルさんも力を抜いて、私の所まで戻ってくる。
「詩織、大丈夫かい?」
「カイルさん… わたし…」
なにを言えばいいのか? 何から訊けばいいのか分からない。ただ悲しげに揺らめく金色の瞳を呆然と見上げていることしか…
「すべて夢だったんだよ。大丈夫、悪夢は覚めるから」
その言葉に頷くと同時に急速に眠気が襲ってきて、カイルさんの腕に倒れこんでしまう。…どうしてそんなに悲しい顔をするんだろう? 訊いてみたいことが沢山あるのに、言葉にならなくて。
一人で背負ってほしくない。何もかも抱え込んでほしくない。せめてそれだけでも言いたいのに、カイルさんの香りと逞しい腕に抱き上げられたのを最後に、私は意識を失ってしまった。
お待たせしました( ^^) _旦~~ 新キャラ登場です。この子も色々と掘り下げて設定してあるので、時間のできた時に描けたらいいなあと思います。今はただの憎まれ役ですが(-ω-;)ウーン 本当はもっと和やかなシーンになるはずだったんですけどね。プロット通りにいきません。
気合だけは入ってるので楽しんでくだされば幸い。感想くださればもっと幸いです。