二話 再会してから見えてくる素顔
どんな偶然なんだろう。翌日は朝早くからお父さんとお母さんがそろって出かけてしまって。
私は悩んだ末、急遽、お休みを貰うことにして鏡を使うと決めた。一目でいいから会いたい。会って話がしたい。それだけでいいから… それだけを祈って。
とっておきのワンピースとレースのカーディガンにメイクまでして、鏡を握りしめながらそっと名を呼ぶ。
「日向カイルさんに、もう一度会いたいです…!」
誰も聞いてなんかいないのに、小さな声でつぶやいた。その途端、鏡がまぶしく光り、私の全身を包み込む。魔法なんて本当にあるのかと驚くと同時に、それまでの生活が浮かぶ。
平日は外に出られない。お父さんの慈悲で日曜日だけ外に出られるけれど、目的から何から全部報告していかないといけない。帰ってからも同じだ。異性との出会いがなかったことを報告しないといけない。
もしもあったら、殴りつけて怒られる。…それは全部私がお金持ちの男と結婚する為だけだ。そして、お父さんとお母さんを安心させる為だけに生きて…?
私だって、自由になりたい!! 恋する相手くらい自由に選びたい!! …日向カイルさんと恋がしてみたいの…!!その為ならなんだってできる、何も怖くない…!!
一目で好きなっちゃったんだとようやく気付いた。私、好きなんだ。あの人のこと… だって、楽屋で初めて話しかけられてからずっと頭から消えなかったもの。
光が消えて目を開けると、そこには日向カイルさんが笑みの消えた険しい顔つきで立っていた。景色は白を基調とした広々とした部屋で、どこかのリビングみたい。
「魔女の魔力を強く感じるから何かと思ってね。どうしてって訊くだけ野暮というものかもしれないな」
「か、勝手に来てごめんなさい」
その唇には笑みを浮かべているけれど、目は観察しているように冷たい感じで、怖くて涙が浮かぶ。
「あぁ、君は悪くないよ。俺が気に入らないのは魔女の方さ。下等のくせに、どんな目的があるのやら…」
そんな私に目聡く気付いて、慌てることもなく腕を伸ばして頬に触れながら言う。目尻に浮かんだ涙を指先で拭ってくれる優しさに安堵してしまう。
「し、知ってるんですか? 善良なる魔女って言ってました」
「だろうね。美鈴も同じことを言っていたよ。善良なる魔女が昴流くんと出合わせてくれたってね。代わりに種族まで捨ててしまったというのに… 一宮くんの所もそうらしいし… 少し調べる必要があるのかな」
そんなことを言いながら、何か深く考えているような顔つきで顎のあたりに手をやる。そんな仕草まで美しい人だなあと、ぼんやりと見上げてしまう。所々、何を言っているのかは分からないけれど。種族って…?
「まあ、急がなくていいかな。悪意はないようだし、歓迎するよ。詩織さん」
「ありがとうございます。手土産もなにもなくてごめんなさい」
「いいよ。俺は事情があって、あまりものを食べなくていいんだ。代わりに協力してほしいことがあるんだけれど… 君のその様子じゃ難しいかもしれないね」
そう言いながら当たり前の顔で私の肩に腕を回し、ダイニングまで案内してくれる。木目調のテーブルには二人分の椅子が並んでいて、一人分のランチセットが用意されていた。
といっても、小さなサンドイッチ一切れとヨーグルトにストレートティーが用意されているだけ。いくら小食でもこれじゃおなかいっぱいにはならないだろう。
「あの… 量がすごく少ないですけど、ダイエットしてるんですか?」
「そういうわけじゃないんだ。追加で何か用意するから食べていいよ。顔色が少し悪いし、低血糖を起こしているようだからね」
そう言いながら私のこめかみ辺りにそっとキスした。なんでそんなことが分かるの?って思ったけれど…
「み、見ていていいですか!? わたし、花嫁修業させられたんですけど、全然ダメだったんです。いつもお父さんに怒られて殴られるばかりで」
思わず言っていた。どれだけ意外だったんだろう。私の言葉に目を丸くして驚いた顔をしたかと思うと、花が咲きほころぶように笑って、
「いいよ。カウンターキッチンでよかったな。ありあわせだから、大したことはできないけれどね。では、簡単にフレンチトーストでも作ろうか。バゲットの賞味期限が気になっていたことだし」
きれいに手入れされたフライパンを取り出して言う様まで、とっても素敵で私は出会ったのがこの人でよかったと思っていた。
そう思えたのはそこまでで、この後は見事な手際に呆然としているしかなかった。あっという間にバゲットのフレンチトーストにトマトスープ、カフェオレを仕上げていて…
私は何も持っていなかったのもあるけれど、メモを取る以前に何をしているのか追いかけることもできなかった。
「あっはは! その顔は俺以外の人に見せない方が良いなあ。さぁ、食べて。朝ごはん食べてないだろう?」
そう言いながらダイニングテーブルに並べてくれた。そうして、私の肩に腕を回してエスコートしてくれる。…どこまで完璧な人なんだろう。
こんな人を気軽にお兄さんと言える美鈴が少し羨ましい。けれど、美鈴はこんな優しい人よりもどこか気が強く見える昴流和希さんという人を選んだんだよね。あの人もカッコよくはあったけれど…
私はやっぱりカイルさんのことが好きだ。気の迷いとかじゃない。ただ異性との出会いに飢えてるからじゃない。この人がいい。…一生懸命な恋がしてみたい。
「詩織さん? どうかしたかな? 俺、君のことはほとんど知らないんだ。美鈴の友達ってことくらいしか」
「私もです。だから、もっと知りたいと思いました」
ダイニングテーブルに向かい合って座りつつ言うと、お互いに笑ってしまう。
「ふふっ、こんなの変ですね。出会ったばかりなのに」
「まあ、いいんじゃないかな。俺達はこんな風でさ」
素顔はおっとりしていて、でも、やっぱり完璧な人で… 素直に尊敬できる人だと感じた。作ってくれたフレンチトーストもふわふわに仕上がってて美味しかったし。
少し遅めの朝ごはんを食べたら、一緒に片づけて… それからこれもまたおいしい紅茶を飲みながら最新作だという映画を観て。私はまるで恋人同士みたいに自然と語り合っていた。
美鈴はこんな時間を昴流さんと過ごしているのかな? 恋人同士ってこんな感じなの? 初めてだから分からないけれど、こんな風に楽しいけれど甘酸っぱい気持ちになるなんて知らなかったな。
「これを持っていて。いつ来てもいいから。何かあった時は逃げておいで」
そう言いながら小さなカギと紙切れを手渡す。住所だけ書かれてもたどり着く自信はないんだけれどな。
「いいんですか? 彼女いるんじゃないですか? 美鈴みたいに」
「いいや、いないよ。俺は尽くしちゃうタイプでね。長く片思いしてた恋人にフられたばかりなんだ」
少し切なそうな顔をして言うと、そっと私の手を取り、鍵と紙切れを握らせた。どういう事なんだろう? こんな素敵な人がフられちゃうなんて…
「慰めというわけじゃないけれど… 少しだけ君に触れることを許して」
そう言いながら初めて私を抱き締めると、あの薄くて形良い唇が目元に触れて、そっと重なった。
唇が触れ合う寸前、全身が金色に光るのが分かったけれど。ずっとストレスで固まっていた全身がほぐれるように気持ちよくて、そのまま私は眠ってしまった。
お待たせしました( ^^) _旦~~ 日向カイルくんとのおうちデートですね。
なんだかまったりしてるなあと書きながら思いました。カイルくんの設定もろもろ詰め込む予定だったんですが、次回に持ち越しですね。お付き合いくだされば幸いです。感想くださればもっと幸いです。