一話 久々の外出で鮮烈な出会い
日曜日だけは外出を許されるから、私はめいっぱいのオシャレをして出かけていく。もちろん、行先は管理されているし、場合によってはお母さんの監視付きだけど。それでも外へ出られることには違いない。
「詩織さん、お父さんにお話しした通りの時間に帰るのよ」
「分かってるから…! 行ってきます!」
お母さんにそっけなく返してお気に入りのハイヒールを履いて出かける。外には美鈴が待っていてくれた。
「詩織ー、久しぶりだよね」
「本当に久しぶり! 早く行こう。グッズ買いたいから」
「きっともう並んでるよね。カイル兄さんも急に人気出てきたから」
そんなことを話しながら古臭い家の庭を抜けて道を急ぐ。並んで歩く美鈴はびっくりするくらい可愛くきれいになってて驚いちゃう。
「美鈴、雰囲気変わったよね。どうしたの? メイクもすごい上手になってるしさ」
「そう? 彼氏の影響かも。まだ話してなかったけど、メイクがうまい人でね。色々と教えてくれるの」
「そうなんだ。それだけでこんなに可愛くなれるものなの?」
素朴な疑問だ。私はずっと家を出ることができない暮らしだったからか、初恋というものをしたことがない。テレビを見るにはお父さんのいるリビングまで行かないといけないから、テレビドラマも観たことない。
それにお母さんとも顔を合わせたくないから、キッチンも滅多に近づかないようにしてる。基本的に自分の部屋へこもりきりだ。仕事をしているのが奇跡なくらい外に出られない。
「なれるって~! すごい世界が変わるんだから。もうすごい大事にしてくれるし、不器用なところもあるけど大好きな人と一緒に生きていけるってすごく幸せなことなんだよ」
そんなことを返す美鈴はキラキラと輝いて見えて、全身で幸せなんだと訴えていた。同じ女の子としては羨ましくて、嫉妬しちゃう。私も恋愛してみたい。お父さんの選んだ人と無理やりじゃなく、大好きな人と恋人関係になって…
だけど、今の状態では無理だ。どうして美鈴みたいに自由に生きてはいけないの? 名家だからってなに? あんな古臭い家を守ることのどこに価値があるの? どうして、私は美鈴みたいに自由でいちゃいけないの?
許されるなら、私も一生懸命の恋がしてみたい…!
神様にそっと祈りをささげる。だからって、今すぐに奇跡が起きるわけじゃないのは分かってる。今の私にできるのはそれくらいしかないから。
「詩織にもいつか良いことあるよ。なにがあっても私は味方だから」
美鈴は私の境遇を知っていて、慰めてくれたけれど、その気持ちはうれしかったけれど… どうしても嫉妬を堪えきれなかった。自由でいられる美鈴、恋愛に一生懸命な美鈴が羨ましくてならなくて。
「ありがと。…いつか自由になってやるから」
そんなことを言うのがやっとだった。
それからはいつまでも嫉妬していても仕方ないからって、美鈴と私を招待してくれた人の舞台に集中しようと決めて…
「カイル兄さんって…?」
美鈴にお兄さんなんていたっけ? そんなことをふと考えて問いかけると、
「戸籍上は他人なんだけど、ずっと子供の頃から会いに来てくれてたの。ずっとモデルばかりやってたんだけど、最近になって俳優業も始めてね。それがすごい爆発的に売れてるんだよ!」
ひどく誇らしげに教えてくれた。その話を聞き流しつつパンフレットを開くと、主演の欄に日向カイルと書かれた名前と共にすさまじい美形の人が写っている。上品さの中に色気もあって、素敵な人だと感じた。
「この人が美鈴のお兄さんって人か…」
「楽屋にも招待されてるから行こうね! 詩織のことも歓迎してくれるよ」
美鈴の言葉に嬉しくなるくらい、私は日向カイルという人に惹かれてしまっていて。
「いいのかな? おじゃまにならないといいけど…」
まだ本人に会えるって決まったわけじゃないし、舞台を見てもいないのに、自分が地味に見えてしまって恥ずかしくなった。
舞台は斬新なアレンジを加えてあるけれど、シェイクスピアの三大悲劇をもとにしたクラシカルな内容で。最近の流行に全くついていけない私に配慮してくれた美鈴の気持ちが嬉しかった。
パンフレットと違う、舞台の上で生き生きと輝いている日向カイルさんはとっても素敵で。空気まで輝いているようで、素直に好きだと感じた。…こんな人の傍に行けたら、どれだけいいだろうって思うくらい。
憧れなのかな? それともこれが恋愛感情? 経験がなさ過ぎて分からないよ。でも、ひどく新鮮で心地よい。美鈴は毎日、こんな感情に支配されているから幸せでいられるの? 分からないことばかりだよ。
舞台が終わったかと思うと、スタッフの人が近づいてきて私と美鈴を裏口へ案内してくれて。私は美鈴のおまけみたいな感じで日向カイルさんの楽屋へ通された。
「やあ、よく来てくれたね。美鈴… それから可愛らしいレディ」
美鈴の肩にそっと手を置いて優雅に優しく微笑む。その様に圧倒されてしまって、言葉が出なかった。
「カイル兄さんったらキメ顔しないでってば。詩織は男の人に免疫ないんだから。詩織は高校時代からの付き合いなの。御木本詩織って名前なの」
「おや? そんなつもりはなかったんだけれどね。詩織さんというんだね。初めまして、それから舞台に来てくれてありがとう。俺は日向カイルといいます」
そっと左手を差し出しながら挨拶する様さえ、優雅で王子様そのもので…
「は、はい。私、初めての舞台でした。とっても素敵な舞台でした!」
みっともなくどもりながら、そう挨拶を返すのがやっとだった。その後も色々と話をしたのに、私は悔しいことに全く覚えていられないくらい興奮と緊張に支配されてしまって…
主に話をしている美鈴とカイルさんの話を聞いているのがやっとのあり様だった。
そして、あっという間に家へ帰る時間になって。昴流和希という名前で芸能活動しているこれもタイプの違うイケメンを美鈴から紹介されて… 忘れかけていた嫉妬とカイルさんへの憧れで、私の心はぐちゃぐちゃだった。
美鈴を見つめるカイルさんの目は優しさに満ち溢れていて、内面も素敵でカッコいい人なんだと感じた。
どうして私には自由がないんだろう。家の為? 家を継ぐ男の子を産むため? どうしてその中に私の幸せはないんだろう。お父さんとお母さんの為だけの私じゃないのに…
「世界中の不幸を背負ったような顔しているねぇ。お嬢さん」
不意におばあさんの声が聞こえてきて、周囲を見渡す。すると、人通りの多い中で占い師をしているおばあさんが灰色の着物姿で私を手招きしていた。
「不幸って… 確かに幸せじゃないですけど、何か御用ですか?」
「これを使うといい。条件付きだが私の作った中で最高傑作のひとつだよ」
懐から取り出したのは小さな手鏡で、装飾も何もない鏡でしかない。そして、あまり磨かれていないのか、私の顔さえ映してはくれない。灰色に曇っているだけだ。
「効果は一回きりだから、使う時はよく考えるんだよ。ありったけのオシャレをして人に見つかることのない場所で、一番会いたい人の名を呼ぶんだよ。
それにこれは高級品だからね。代償に実験台となってもらうよ」
私が口をはさむこともできないまま、一方的にしゃべるだけしゃべると、おばあさんは私の手に鏡を握らせてどこかへ去って行ってしまう。
おばあさんの声が脳裏に響く。一回だけの使い切りで、ありったけのオシャレをすることと、誰にも見つからない場所で、一番会いたい人の名を呼ぶこと。…代償におばあさんの実験台にならないといけない。でも、私……
心に浮かんだのは日向カイルさんのことだ。この世界であんなに素敵な人がいるんだと思った。もう二度と会えないかもしれない。それに私は明日にでも結婚させられるかもしれない。
その先にまっているのは奴隷のような暮らしだ。それなら、一回だけでもいい。なにがなんでも……
私は小走りで家に帰った。いつ? どんなふうに使うのか? 忙しなく考えながら。
お待たせしました( ^^) _旦~~ 日向カイルと詩織ちゃんがようやく出会いました。
この後のプロットもできてはいるんですが…どこまで思い通りにいくのか悩みます。
まあ、私のカイルくんは書いてて楽しいので!お付き合いくだされば幸いです。感想くださればもっと幸いです。