第二部 サキュバスになった私の幸せ 二話 カイルの苦悩と懺悔
唐突ですが、カイル視点です。
ご容赦ください。
正直、過去の自分を思い返せば、詩織を愛する資格があるかどうかなんてわかり切ったことで。…生きていくために必要だと言い訳して、日ごと夜ごとに女を食い散らかしていた。
どうせ誰も愛することはできないのだからと自暴自棄になっていた面もあるだろう。今更、罪悪感に苦しめられる日が来るなんて、あの時の俺に想像しえただろうか…
「詩織… 俺に君を守らせて。その心を…」
抱き上げたままで額に唇を寄せる。その顔色は青ざめていて、どれほど恐怖を覚えたのか分かる。詩織は特殊な生き方をしてきた。だからこそ、俺は俺なりに力を尽くして、年相応の淑女に育つのを待とうと思っていた。
それを一撃で崩される日が来るだなんて、誰に想像しえただろう。まさか、同じ魔族だからと信頼してきた幼馴染であるアランに…
「そんな顔もできたんだな。俺、お前の笑顔が一番嫌いだったよ。まるで仮面のようでさ」
冷めた眼差しで俺を見上げて言うことに偽りはないのだろう。俺は常に笑みを絶やさないようにしていた。大体の女性達はそれだけで褥に侍ってくれたから。便利だから、気を許してもらえるように…
「アラン… もう満足しただろう? そろそろお帰りの時間だよ」
そう言った声が思っていたよりも怒りを含んで聞こえて、俺自身でも驚いてしまう。詩織は俺を完璧だと尊敬してくれているが、仮面をはがされた俺はこんなにも不完全で感情的で、どうしようもない獣だ。
「はいはい。肝心のお姫様はお得意の魔術で眠らされちまったことだし、帰るよ。ビーフシチュー、どうするかなあ」
「最後に、何が目的だったのか訊いても?」
答えなどないだろうと思いながらも問いかけてみる。が、予測していた通り、そっけなく手を振るだけで答えなど帰ってこなかった。
その様を見送った後で詩織を連れて帰る。ようやく住み慣れてくれたマンションの最上階へ。祖父から継いだ遺産の一部で、俺が働くことに本気になれなかった理由の一つでもある。
俺は幼い頃から一族を守り続けることのみ期待されていた。ただ子をたくさん産ませて、数を減らしつつある夢魔族の繁栄を願うこと。それが俺にとって与えられた唯一の存在意義で。
「詩織、うちに着いたよ」
「え…? あれ? わたし、どうしたんだっけ?」
「少し疲れさせてしまったかな。眠ってしまって起きなかったからね」
あっさりと嘘をついて抱き上げたまま寝室へ連れていく。
夢魔族といえど、見た目の良い悪いが生まれるのは当たり前の話で。その為に大多数はさっさと同族同士で補い合う道を選ぶ。だけれど、俺のような純血の夢魔族となると、そう簡単にはいかなくて…
補い合うには同程度の魔族の血筋が必要になる。…俺が美鈴を拒んだことになっているのは、その辺りが理由だろう。実質は俺が捨てられたんだけれど。
「どうする? もう少し眠るかい?」
「うん。なんだろう? 何か大事なことがあったのに… 思い出せないの。なんだったかな?」
「後で考えようか。少し疲れているんだよ。ヒーリングミュージックでもかけてあげるから。好きだったろう? ピアノ」
ベッドへエスコートしながら言うと、詩織はまだ魔術から抜けていないんだろう。おとなしく頷いてカーディガンを脱ぎ、ベッドに横たわる。
「少しだけ思い出した。…カイルさん、一人で背負わないでいいんだよ。私が傍にいるから」
そっと瞼を閉じながら言うと、詩織は墜落するように眠ってしまって… 目を見開いて驚きを隠し切れない俺だけが残されてしまった。
「詩織… 君だけが俺を救ってくれているんだよ。罪人でしかない俺を…」
聞こえていないのを承知の上で、懺悔のように語りかけた。ありったけの思いを込めて。それでも俺は愛するからこそ、詩織をだまし続けてしまう。まだ、全てをさらけ出す勇気がなかったから。
詩織が深く眠ったのを確かめてから寝室を出て、スマホで連絡する。相手はどれくらい久しぶりになるか分からない、一宮琉偉だ。
「やあ、久しぶりだね。琉偉くん」
コール三回で出てくれる律儀な男で、俺が人間の中で最も信頼していて…
『カイル…! 本当に久しぶりだ。なにかあったんだね? 声で分かるよ』
「察しがよくて助かるよ。俺の恋人のガードを頼みたい。ちょっと油断できない相手に会ってしまったんだ。俺が人間じゃないのは分かっていると思うけど…」
神経を研ぎ澄ませて詩織が起きないように配慮しながらもかいつまんで説明する。察しがよくて優しい彼なら、それだけでどれだけ重大なことかは理解してくれるだろう。
『ヴァンパイア族の純血ね。カイルの周りはいつもファンタジックだなあ。まあ、俺も間近で見せられているから信じるしかないけれどね。いいよ。下積み時代に散々お世話になっているし。その可愛いレディを守ってあげよう』
案の定、彼はすんなりと納得しておっとりとした中にも頼もしさの香る様子で頷いてくれた。
「本当は俺が傍にいてやりたいところなんだけれど、そうもいかなくてさ。君自身も忙しいだろうに、ごめんよ」
『大丈夫だって。麻木さんが異動になって、五月が忙しくなったところだったんだ。コンビニへ使いに行くとかパソコンでスケジュール管理をしてくれるだけでも助かるよ。俺の所なら、社会勉強って言い訳も成り立つしね』
「ありがとう…! 色々と片付いたら改めてお礼をするから」
それだけを言って通話を切ると、安堵のあまりため息が漏れる。気を抜くと、座り込んでしまいそうなほどに。
メールで詳細が送られてきて、立場はアルバイトという形になるので、後日、彼の所属する事務所で面接を行うことになるということと、その際に添付してほしい写真やら用意してほしい書類やらが詳細に書かれていて。
無様にも涙が滲みそうなほどありがたく感じられた。彼の素早い行動が事態の深刻さを理解してくれたことと、まじめさを表していて…
「どうして俺は、こんなに弱いんだ…!?」
詩織の眠っている寝室まで戻り、穏やかな寝顔を眺めて小さく呟いた。俺が使った魔術の余韻で眠っているのだとはいえ、憂いも怯えも見えないのが逆に罪悪感を駆り立てて。それでも安堵してしまう俺がいて。
お待たせしました( ^^) _旦~~
カイル視点は初めてで書き慣れなかったです(-ω-;)難しいですわ。でも楽しかったです。次回は普段通りに詩織ちゃんメインで行くつもりです。お付き合いくだされば幸い。感想くださればもっと幸いです。