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第八話  時間切れ

 颯爽と登場した彼に、私は目を白黒とさせてから、


「え、えっと……け、警察に、捕まったんじゃ、ないんですか……?」


 テンパり過ぎて変なことを聞いてしまった。

 絶対第一声じゃないだろう、と、一拍遅れて頭の冷静な部分が突っ込んでくるが、彼は特に気にした風もなく、


「上層部に掛け合ってもらって、解放してもらいました。こういう仕事をしていると、警察関係者にも協力者できるものですからねえ」


 と、世間話のように答えてから、彼は懐から複数枚のお札のようなものを取り出し、


「そうでもしないと、一日に七回くらいされてしまうんですよ、職質」

「ぐぅむッ!?」


 それを佑真に向けて投げつけると、彼を中心に赤い円環が展開された。


「ちょ……え、佑真になにしたんですか!?」

「結界を張りました。これでしばらく彼はあの中から動けません。さっき言ったあれですよ。貞〇でも閉じ込められるやつです」


 〇子でも閉じ込められるやつ……。


「それよりも、幸村さん」


 散骨院さんは僅かに振り返ると、床にへたり込んだままの私に視線を向ける。

 少し、怒っているような目つきだった。


「霊のために命を投げだすその覚悟は立派だと思います。

 しかし先ほどにも言ったように、それは佑真くんのためにはなりません。霊が人間に憑りついても、やがてその魂は消滅し、君もそれに道連れにされるだけです……。

 そんなことを、佑真くんが望むと思いますか?」

「……思いません」


 咎められているうちに、段々と頭が冷静になっていくのが分かった。

 彼の話を鵜呑みにしているわけではない。

 けれど、それはあまり関係ない。

 あの時の私は、感情を優先させて、どうなるか分からない道を選ぼうとしてしまったのだ。

 それしか道がないと思い込んでいたし、それが楽な選択だったからだ。

 大人として取るべき選択肢じゃない。

 ……だから。


「……教えてください、散骨院さん」


 私は足の震えを押さえつけて、腰を浮かす。

 ゆっくりと、だけど確実に、地に足をつけて、両足に体重を乗せ、


「どうすれば、佑真を助けられますか?」


 差し伸べられた散骨院さんの手を取って、しっかりと立ち上がりながら、そう訊ねた。

 僅かに口元を緩めた彼は、


「除霊も就職面接も、一番大切なことは同じですよ」


 しかし、次の瞬間には精悍な面魂を宿し、


「相手の顔をしっかりと見て、大きな声で話すこと」


 …………は?

 と、今日イチの疑問符をぶちあげる私を歯牙にもかけず、彼は大きく腹を膨らませ、


「佑真くん! 彼女は君のお姉ちゃんではありません! 君はもう死んでいます! 成仏をするために、この世に思い残したことを教えてください!!」


 宣言通り、大きな声でしっかりとそう問いかけた。

 いやいや。さすがにそんなんでどうになかなるわけが……。

 などと思っていると、結界の中でもがいていた佑真は、散骨院さんのほうをひたと見据え、


「そんなのどっちでもいいよおおぉぉぉぉ!! さみしい、寂しいだよおおぉぉぉ! 誰でもいいから、一緒にいて欲しいんだよおおおォォぉォォぉぉッ!!」

「いや通じるんかい!?」


 だいぶ混乱してはいるみたいだけど、しっかりとこちらの声は届いている様子だ。

 届いている様子だけれど……。


「お母さん、お母さ……お姉ちゃん……? お姉ちゃん、お母さん、おかあさんおねえちゃんおかあさんおねえちゃんなんで、なんで、なんでなんでナンでなンでナんデなんでなンでナンデ!? なんでコっちニぎてクれないのぉおおおォォぉォォぉぉぉおおおォォッ!?」

「…………っ」


 やはり錯乱がひどい。こちらの声には反応するけど、これでまともに会話なんてできるのだろうか……?

 そんなふうに苦い顔をしていると、散骨院さんも難しい表情で、


「まだ辛うじで受け答えをすることは可能のようですが……ここまで人格の崩壊が進んでいると、厳しいですね。もはや自力で自分の未練を思い出すことすらできないでしょう……」


 そこで散骨院さんは私に視線を戻し、


「成仏できる可能性があるとしたら……その鍵を握っているのは、君です」

「……わ、私ですか?」


 頓狂な声を上げる私に、彼はひとつ頷いて、


「佑真くんと一番長く過ごしてきた君なら、彼を成仏させるような情報を知っているかも知れません」

「いや、いきなりそんなん言われたって……! だってそもそも、自分の未練を覚えてるか微妙なんですよね!?」

「ええ。ですから言葉がけによって未練を思い出させてください。

 そうすれば、僅かな時間ですが正気に戻るはずなので、その間に未練を晴らせるようななにかをしてください」


 ほうほう。

 なるほど。

 この錯乱状態にある佑真に声をかけ続け、この世にある未練を思い出させる。

 そうすれば、ちょっとだけ正気に戻る。

 そのごく短い時間で、未練を晴らす。

 そうすれば晴れて成仏。

 魂はノーダメージで転生の輪に向かえる。

 ……って。


「無理でしょそんなの!?」

「無理でもやるしかありません。

 それとこれは臨時用の結界なので、長くはもちません」


 見る見るうちに黒く染まっていくお札を見ながら、散骨院さんは冷徹に告げる。


「この結界が破られたら、俺は佑真くんを除霊します。

 それまでになんとかしてください」

「…………っ!!」


 この短時間で、佑真の未練を突き止めて、正気に戻して、未練を晴らす。

 どう考えたってムリゲーだ。

 佑真の未練なんて聞いたこともなかったし、見当もつかない。

 ……でも。


「そうすれば……ちゃんと元の佑真に戻って貰って、ちゃんと成仏して、生まれ変わることができるんですよね?」

「断言はできません。しかし除霊されたり自然消滅するよりも、はるかに高い可能性が得られることは確かです」

「……分かりました」


 そう返事をするとともに、私は大きく息を吸い込んで、無理やり呼吸を整える。

 正直、生まれ変わりとか言われてもいまいちピンとこない。

 けど、こんな……自分を失ったような状態のまま佑真が消えてしまうのは嫌だ。

 そんなのはかわいそうすぎる。

 意識を取り戻した状態で、自分の未練と向き合って、納得したうえで逝って欲しい。

 それに私はまだ、佑真に『ありがとう』も『さよなら』も伝えていないのだ。

 ちせちゃんの時のような思いをするのは、もう嫌なのだ。


「佑真っ!! ちょっと落ち着いて! ちょっとだけ聞いて!!」


 覚悟を決めた私は、腹の底からの大声で佑真に呼びかける。彼は変わらず奇声を発したまま結界を攻撃していたけど、かまわずに続けた。


「お姉ちゃん、佑真が未練に思ってること分かったの! 前に言ってたヤツだよね!?」


 そう言うと、心なしか佑真の動きが鈍くなった気がした。

 よし、今だ!

 佑真が未練に思っていること……これしかない!

「佑真、生きてる頃に、クラスの女の子に告白されそうになったけど、恥ずかしいから逃げてきちゃったことあるって言ってたよね!? 

 本当は佑真もその子のこと好きだったのに、悪いことしちゃったって後悔してたよね!?」


 私は精一杯の笑顔を作ると、佑真に両手を差し出して、


「だから代わりにお姉ちゃんが告白してあげる……佑真、大好きだよ!」

「……………………」


 一瞬だけ沈黙が流れ、佑真からの攻撃も止まったのだけど……。


「帰ろうよおぉおォッ! ねえェ、こっち来てッてばあああァぁァァッ!」


 秒で攻撃が再開された。

 ………………………。


 うわああああああぁぁぁぁァァァァァァ外したあああああああぁぁぁぁぁァッ!

 

 しかもこれめっちゃ恥ずいヤツ! 言う前はいけると思ったけど、言った後にめっちゃ恥ずかしくなるヤツ! なにが『大好きだよ!』だよ! だからなんだよ! 散骨院さん、いまちょっと笑ってなかった!? 頭掻くふりして下向いて笑ってなかった!?

 って、そんなこと考えてる場合でもないんだった。とにかくいまので、未練に対する声掛けにはある程度反応してくれることが分かった。数を打ってみるのだ。


「えっと、えーっと……あ、アニメ!? まだなんか、見てないアニメとかあった!?」

「あ……ニメ……?」


 と、一瞬だけ反応が見られたものの、やはり攻撃が再開されてしまった。


「もういいィ! それはもういいんだよおおおおォぉォォぉぉぉぉォッ!」


 ……もういい? アニメを見るのはもう充分ってこと?

 確かに佑真はネグレクトを受けている最中、ずっと月額動画のアニメを見て時間を潰していたらしい。そういう意味ではもう充分なのかもしれない。

 でも、なんだろう。好きな子のことではない、アニメも違う。十歳前後の男子の、生前の未練になりそうなものはおおよそ挙げたと思うけど……。

 ……いや、待てよ。

「……散骨院さん。この世に未練がある人が死ぬと、オバケになるんですよね?」

「その通りです」

「じゃあ、オバケになった後、本来の未練とは別の未練ができる、ってことはありますか?」


 未練があるから死んだ人はオバケになる。

 でもオバケになった後だって、誰かと接することはあるわけだから、そこで新たなしがらみや心配事ができることだってあるはずだ。

 それが『未練』となって、成仏できない要因になることがあるのなら、あるいは……。


「はい。稀有な例ですがそのようなこともあります。佑真くんがそうだと?」

「いや、分からない、ですけど……」


 佑真が私の部屋に来られるようになったのは一年くらい前。

 ということは……。

 いや、その通りだとすれば、私にとって相当都合の良い話だ。

 ある意味さっきの『大好きだよ!』と同じくらいアホな発想かも知れない。

 けど、もしそれが正解なら、事態は思ったよりも難しくないかもしれない。


「……幸村さん、下がって! 結界が消えます!」


 煩悶する私の腕を引っ張ると、散骨院さんは私の前へと躍り出た。

 そしてそれと同時、


「あああああああアアあぁァぁアああァァああぁあああああァァァぁぁァッ!!」

 私に向かって飛びかかって来る佑真を、抱きすくめるようにして散骨院さんが止めた。ミシッ! と、骨の軋む嫌な音が響き、彼の表情が苦悶に歪む。


「ちょ、散骨院さん! 大丈夫ですか!?」

「俺は大丈夫ですが……残念ながら時間切れです」


 散骨院さんは苦しげにそう言って、懐からお札を取り出した。


「佑真くんの除霊を開始します」

「…………っ!」


 もう、うだうだ考えている時間は無いようだ。

 正真正銘、次が最後のチャンスだ。

 見当違いでもいい。さっきみたいに黒歴史になったっていい。

 なにもしないまま終わるより、ずっといい。

予約投降の操作をミスって、昨日に二話更新してしまうという、可愛い過ぎる失敗をしてしまいました。

でも本日も予定通り上げさせていただきます。


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