第六話 不審者ムーブ
「それが霊媒師が除霊をする『一定の理』です。
自然消滅したら輪廻の輪に戻れる可能性はさらに低くなるので、その前に除霊をしてしまうケースもあるのです。
最も、本当に私利私欲で無理やり除霊をする霊媒師も多いので、君の怒りは真っ当なものだと思いますけどね」
「ど……オ、オバケは、どれくらいの間、この世に居ることができるんですか?」
話の脈来を無視して、私は上ずった声でそう訊ねてしまった。
そんな不審な態度に、散骨院さんは再度意味深に間をためてから、
「未練の強さにもよりますので一概には言えません。しかし消滅する兆候のようなものならあります。
さっきも言ったように、まずは認知機能や記憶力が低下します。
また、未練が薄まることにより、地縛霊であるにも関わらず、憑いている場所以外のところにも行けるようになったりします」
「…………!」
それがさっき言っていた『地縛霊が例外的に外に行ける方法』ということらしい。
絶句する私を、やはり散骨院さんは含蓄な表情で見ている。
さっきからなんだろう。
なんというか、いちいち反応を見られているというか、探りを入れられているような……。
が、その違和感の正体を見極める前に、さらに不吉な情報が付け加えられる。
「そしてこの状態になると、消滅する以外のリスクも発生します」
「……どういう、ことですか?」
正直、聞きたくない。
でも聞かなきゃ。
しっかり聞いておかなきゃ……!
「末期の地縛霊は自らの未練が曖昧になることにより、存在の維持が難しくなります。
そうなると、本能的に生きている人間の中へ入り、存在を維持しようとします。
憑依される人間は、四六時中霊の存在を意識することになり、精神を病み、あるいは身体を壊し、最悪の場合死に至ります……。
まるで、霊の道連れにされるように」
「…………っ!!」
……そんなことは、ない。絶対にない。
けどもう、よく分からない。
新しく入ってきた情報が多すぎて、判断ができない。
私は、どうすれば良いのだろうか。
──どうすれば、良かったのだろうか。
「さて、ここからが本題──今日、俺が君に会いに来た、本当の理由です」
散骨院さんはそう言って、私のアパートへと視線を向けた。
「失礼ながら君の住んでいるアパートについて調べさせてもらいました。君の住んでいる棟で、賃貸契約をしているのは……」
散骨院さんは私の顔を覗き込んで、言った。
「いまは君だけ、のようですねえ」
「…………っ」
私は何も答えない。
答えられい。
散骨院さんは続けた。
「しかし君は以前、君の部屋で『下の階にいる子が遊びに来ている』と言っていた」
散骨院さんは少しだけ間をためてから、
「関口佑真くん……彼は数年前に死んでいます」
「…………っ」
私に引導を渡すように、そう言った。
「気づいていなかった……訳はないですよね?」
「…………」
……そう。
──私がアパートに引っ越してきたときから、すでに佑真はオバケだったのだ。
私は観念するように……。
いや。
「……引っ越してきたときから、佑真が下の階にいることには気づいてました」
助けを求めるようにして、口を開いた。
「本人も自分が死んだことには気づいてて……すごく寂しそうでした。
だから、定期的に部屋を掃除するっていう名目で、管理人さんに鍵を借りて、時々話し相手になってあげてたんです」
「いつ頃から、君の部屋に来られるようになっていたのですか」
「……はっきりとは覚えてないですけど、一年くらい前からだったと思います」
そのときは不思議に思ったけど、喜びのほうが勝ってしまって、原因については深く考えなかった。
そのときに、きちんとそのことと向き合っていれば……!
後悔を重ねる私に、散骨院さんは『なるほど……』と少し長めのため息をついてから、
「追い詰めるような言い方をしてすいませんでした。君がなにかしらの悪意を持って、佑真くんを匿っているのではないか……と、ほんの少しだけそんなことを考えていました。しかしその様子だと、本当に何も知らなかったようですね」
「はい……すいません」
「謝ることではありません。とはいえ、これで君がいかに危うい状況なのか、正しく理解してもらえたと思います」
彼は優しく諭すように、残酷な現実を私に突きつけた。
「佑真くんが亡くなった場所……部屋から出られるようになっているということは、もう自然消滅するまでの時間は長く残されていません。
──君に憑依する可能性だってあります」
「佑真は……佑真はそんなことしません。あの子はいい子なんです」
半ば反射的に、震える声で言葉を返す。
「あの子……母親からのネグレクトが原因で死んだそうなんです。
だから、寂しくて、私に甘えてるだけなんです……。
そんな悪いこと、するわけ、ないんです」
「彼がいい子か悪い子かは関係ありません。霊の性質上、そういったことが起こりえると言っているんです」
「でも佑真、まだ私の部屋に来ることしかできないんです。
外に出たことは一度もないし、それに……いままでだって、べ、別に、普通、だったし……」
「急に変化が訪れることもあります。危険な状態であることには変わりません」
「……だったら、どうすれば良いっていうんですかっ!?」
そんなふうに逆ギレしたってなにも解決しない。そんなことは分かっている。
けど……!
「今日の朝まで普通に話してたんです!
一緒にアニメ見てたんです!
一緒に笑ってたんですよ!
急にそんなこと言われたって、受け入れられるはずないじゃないですか!?」
そう。
頭で理解はできたとしても、感情のほうで納得ができないのだ。
あの佑真が……かわいい佑真が。いなくなるかもしれないなんて……!
「落ち着いてください、幸村さん。ひとまず佑真くんを俺に会わせて……」
と、散骨院さんがそう提案した、そのとき、
「あの、すみません」
背後から唐突に声をかけられた。
びくりと肩を跳ね上げながら、背後を振り向くと、
「さきほどこの近くで、男女が口論をしている……という通報を受けてきたのですが」
制服姿の警官二人が、神妙な面持ちでそう問いかけてきた。
……まあ、そうだよね。あんだけ騒げば、通報の一つや二つされるか……などと思っていると、散骨院さんはすかさず振り返り、
「あ、あ、お騒がせして、も、申し訳ありません。いえ、その、俺は決して、怪しい者ではっ、な、なくてですねっ」
怪しい者でしかない口調でそう言った。でもあるよね。お巡りさんに話しかけられると、悪いことしてないのに不審者ムーブ全開になっちゃうとき。
……いや、でも待てよ。
考えようによっては、この状況……!
それ思いついたときには、半ば反射的にこう叫んでいた。
「この人元カレです! でも、別れようって言っても全然納得してくれなくて……。い、家まで押しかけてきて……私もう、怖くて!!」
「なっ……!?」
散骨院さんが声を上げたときにはもう遅い。警官二人は『やっぱりか……』とばかりに顔を見合わせると、彼の肩を掴み、
「はい、じゃああなた、ちょっと近くの交番で話聞かせてね」
「暴れないよ? 暴れられちゃうと、こっちもちゃんとしなくちゃいけなくなるからね」
「ちょっと、は、離してください! 俺はなにも……あ、幸村さん!」
警官二人に拘束される散骨院さんを尻目に、私は自宅に向けてダッシュしていた。
ごめんなさい、散骨院さん!
でもやっぱり私、あなたの話を鵜吞みにはできない。
ちゃんと佑真と会って話がしたい。
自分の目で確かめたい。
でなければ、きっとまた後悔してしまう。
ちせちゃんが私の前から消えてしまった、あのときのように。
──それだけは、絶対に嫌だ。
散骨院さんに会ったら、佑真はきっと消えてしまう。
その前に、私がなんとかしなきゃ……!
「捜査一課の八神刑事に連絡してください! 散骨院といえば分かります! 幸村さん、待ちなさい!!」
散骨院さんの制止の声を振り切って、私は自宅のアパートへと走った。
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