第五話 メンケア担?
「ちょっと変な話なんですけど……私、生まれて初めてできた友達が、オバケだったんです」
「ああ、俺もです。霊感ある、あるあるですよね」
霊感ある、あるあるとは思わなかったが、ともかく私は続けた。
「ちせちゃんっていう名前の小さい女の子です。どういう経緯かは分からないんですけど、私が生まれ育ったアパートに居て、物心つく前からずっと一緒に遊んでくれました」
『遊んであげてもいいんだからね!』
そんなツンデレな口癖が特徴的な、五~六歳くらいの女の子だ。
なにをしたかは覚えていないけど、その口癖だけは鮮明に覚えている。
なにもないところに向かって喃語を言ったり、爆笑したりする私に、両親は結構ビビっていたらしい。けど、子どもにしか見えない空想上の友達──いわゆるイマジナリー・フレンドってヤツだろうという話になり、特に気にかけなくなっていったのだという。
「……でも、私が幼稚園に通うようになったとき、大泣きしながら『なんでちせちゃんと一緒に行っちゃダメなの?』って、お母さんに言っちゃったんです。私、友達作るの下手だったから、どうしてもちせちゃんと一緒に行きたくて」
最初のほうこそは私の主張を流していた両親だったけど、あまりにもしつこく言うものだから、さすがに不気味に感じたらしい。
そして……。
「それからしばらくしてから、部屋のお祓いを、することになったんです」
あの時のことは今も鮮明に覚えている。
私がお母さんと一緒に家に帰ってくると、清掃業者のような格好をした人と、スーツ姿の男の人が、家から出てくるところだった。
『もう大丈夫だからね』
スーツ姿の男の人が、私の頭を撫でながら、そう言ってくれた。
とても優しい笑顔だったし、私のためを思った言葉だったのはよく分かった。
でも、とてつもなく嫌な予感がした。
「そしたら、ちせちゃん……いなくなっちゃいました」
幼稚園から帰ると、いつもちせちゃんは玄関まで来てくれた。
舌足らずな口調で『おかえり~。遊んであげてもいいよ~』と言って、ニコニコしながら出迎えてくれるのだ。
でも、その日はそれがなかった。
どころか家中くまなく探しても、彼女の姿はなかった。
その日から、彼女が私の前に姿を現すことはなくなった。
「いきなり過ぎて『ありがとう』も『さようなら』も言えませんでした」
そのあと、たくさん泣いたし、たくさん後悔した。
私が余計なことを言わなければ、ちせちゃんは消えずに済んだのに、と。
「なるほどですねえ……それは気の毒に」
感傷に浸っていると、散骨院さんが重々しく頷きながら言った。
「しかしそれも霊の行く末のひとつです。俺の主義には反しますが、親御さんの対応は間違っていなかったと思いますよ」
「……は?」
自分でもびっくりするくらいの刺々しい声が、私の口からまろび落ちていた。
「……ちせちゃんが、なにか悪いことしました? 誰かに迷惑かけました?」
積年の思いが再び込み上げてきて、思わず弁舌が加速してしまう。
「あなたたちみたいな人が、あなたたちの都合で消したんですよね!?」
──私には霊感がある。
それが仇となることも間々ある。
いや、だいぶある。
けど、楽しかったことだって、ある。
ちせちゃんみたいに遊び相手になってくれるオバケもいた。
相談に乗ってもらったこともあった。
逆にオバケからのお願いを聞いたこともあった。
その多くは、生前の家族に思いを伝えて欲しい、っていうものだ。
すごく感謝して貰えて、誇らしい気持ちになった。
ほかの人がどう思うかは知らないけど、私はオバケに相手をしてもらうのが楽しかった。
──楽しかったんだよ。
なのに……!
「ほかにもちせちゃんみたいに消されたオバケをたくさん知ってます! みんながみんないいオバケだったわけじゃないかもしれないけど、消されるほど悪いことをしてるようには思えませんでした! なのにあなたたちは……!」
怒りの矛先は再び散骨院さんに向き、私は真正面から彼を睨み据えて……。
彼が、白目を剥きながらものすごくニヤニヤしていることに気付いた。
「どういう情緒ッ!?」
私は思わず立ち上がって距離を取る。散骨院さんも『ハッ!』と正気に戻ったように、
「大変失礼しました。つい興奮してしまって……」
「感情バグってます!? 今の話のどこに興奮したの!? え、バカにしてるっ!?」
「バカになどしていません。本当です。ただ……」
そこで散骨院さんの表情から、ヤバさや不気味さがなくなって……。
一瞬だけ、もの凄く優しい笑顔が灯った気がした。
「こんなにも、霊に対して真摯に向き合ってくれる人がいたことが、嬉しくて……」
「え?」
「……いえ、すいません。こちらの話です」
その言葉と笑顔に軽く混乱していると、彼は深く頭を下げながら言った。
「そして君の言うように、私利私欲で除霊をしている霊媒師たちが多いことも事実です。彼らの同業者として謝らせてください。本当にすいませんでした」
……このタイミングでそれはズルい。ここに来てそんな真摯な態度を見せられたら、怒りが方向性を見失うというか、また八つ当たりをしているような気分になってくる。
気勢を削がれた私に、散骨院さんは頭を上げながら二の句を継いだ。
「ただ彼ら……いや、俺たちにも一定の理はあります。君が納得できるかどうかは分かりませんが、そのことについて説明させてもらってもいいでしょうか?」
「……はい」
そう答えるかどうかは少し迷ったけど、ここまできたらもうがっつり聞いてしまったほうが良い。
『知らない』ことで悲しい思いをするのは、もうたくさんだ。
そんな決意を固めると、なぜか散骨院さんは推し量るように目を私に向けると、
「それとこれは確認なのですが、霊が最終的にどうなるか……本当に知らないのですか?」
「最終的に、って……え、どういうことですか?」
意味が分からずに質問を質問で返すと、彼は合点がいったような、それでいてなにかを疑問視しているような、ひどく曖昧な表情で頷くと、
「本当に、知らないようですね。
分かりました。それも順を追って説明しますが……」
そのまま周囲を見回した。つられて私も見てみると……。
「え、なに痴話喧嘩?」
「いやぁ……ホストに貢がされたパターンでしょ」
「ああ、掛けが限度額までいっちゃった的な」
いきなり喚きだした女と、土下座のような勢いで頭を下げる男。
そんな面白そうなふたりは、周囲の人々から、それはそれは好奇に満ちた目で見られていたそうな。
「あ、確かにあの女の子、貢がされ顔だね。しかも本担じゃなくてメンケア担に貢がされ顔」
「でしょ? メンケア担に貢がされ顔でしょ?」
そんなヒソヒソ話が飛び交う中、散骨院さんは口を開いた。
「とりあえず、なるべく人が少ないところに行きましょう」
「……はい」
「人が強い未練や執着を残して死ぬと、その魂だけがこの世にとどまり続ける場合があります。それが霊と呼ばれる存在ですね」
ところ変わって、私のアパートの裏にある、うらさびれた公園。
その片隅の安普請なベンチに、私と散骨院さんは座っていた。
この時間のこの場所なら人が通ることはほとんどない。少なくともホストに貢がされ顔呼ばわりされることにはならないだろう。
ってか貢がされ顔ってどんな顔なんだろう。
こんな顔か。
「霊にもいくつかの種類がありますが、事故物件に住み着いている霊のほとんどは『地縛霊』と呼ばれる種類のものです」
ともかく、そんな環境に腰を落ち着けた私たちは、話を再開していた。
「地縛霊は基本的に、自分が死んだ家、ないし部屋から動くことができません」
「……え、そうなんですか?」
それまで神妙な顔で相槌を打っていた私──ドーナツ食いながらだけど──は、その説明に疑問を覚えた。
散骨院さんは意味深に間をためてから小首を傾げ、
「……そうですが、それがどうかしましたか?」
「あ、いえ……別に」
なんとなくそう答えてしまったものの、実はひとつだけ、思うところはあった。
けど『基本的には』って言ってたから、例外がないわけじゃなさそうだ。まだ説明の途中だし、とりあえずスルーでいいか……?
そんな優柔不断なことを考えているうちに、散骨院さんは話を再開した。
「霊がこの世から消滅する方法は主に二通りあります。
この世に対する未練や執着を晴らして『成仏』。
俺たちのような霊媒師によって『除霊』されるか、です」
「……どう、違うんですか?」
「成仏の場合、霊の魂は輪廻の輪の中に戻り、生まれ変わる準備を始めます。
しかし除霊は、魂を欠損させることによってこの世から強制的に抹消する、ということなので、うまく輪廻の輪の中に戻れない場合があります。
最悪の場合、魂が消滅して無に帰すことになりますねえ」
「えーっと。それってつまり、どういう……?」
「霊本人が納得をして消える方法『成仏』なら、生まれ変わることができる。
第三者によって強制的に消される方法『除霊』なら、その確率が大幅に下がる。
下手をすれば二度と生まれ変われなくなる。
とても大雑把に言えばそんなところです」
なるほど……と、納得できるかどうかは微妙だけど……。
とにかくオバケは、本人が納得したうえでの消えかた……成仏をさせてあげたほうがいいってことなのか。
……ちせちゃん、大丈夫だったかな。ちゃんと生まれ変われたかな。
「そしてこれは、さっき言った『霊が最終的にどうなるか』という質問の答えなのですが」
私が感傷に浸っていると、散骨院さんはやや口調を重くしながら話を続けた。
「生きている人間と同じく、霊にも寿命のようなものがあります。それが近づいてくると認知機能や記憶力が低下し、いわゆる認知症患者のような状態になります。
そうなると自身がこの世にとどまっている理由すらも見失い、やがては自然消滅することになります」
「…………っ」
ドクン、と、鼓動が大きく高鳴ったのを感じた。
オバケは、この世に長くとどまり続けると、消える?
だったら……。
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