第四話 ネガティブ・チェンソー・ドーナッツ
そう。
私は散骨院さんのような人たちが、たくさんの人を不幸にしてきたことを知っている。
復讐したい、とまではいかない。けど、積極的に関わりたいとは到底思えない。
だからやはり、散骨院さんからの話は断ったほうが良かったのだ。
……が。
(もったいないことしたあああああぁぁぁぁァァァァッ!!)
その日の夕方、自宅アパートにて。
私はベッドに突っ伏しながら、激しい後悔の念に襲われていた。
いや、確かに彼らに関わりたいとは思わない。まして片棒を担ぐのなんてごめんだ。
……しかし。
(採用って! 雇ってもらえるって言ってもらえたのに! めっちゃ好条件だったのに! ナチュラルローソンも行き放題だったのにいいいぃぃぃぃィィィッ!!)
そんな感じで、後悔しまくっていたのだった。
「元気出してよ、お姉ちゃん! 大丈夫だよ! 次があるよ!」
で、また半泣きの佑真に慰められるという、先週と全く同じ光景を再現しているのだった。
ちなみに佑真には『面接ダメだった』としか伝えていない。自分から断ったなんて言ったら、考え直すように説得されるに決まっているからね。
いや、佑真に言われるまでもなく、帰り道に何回も──なんならいまも──考え直したんだけどさ。話の途中だったし、そもそも散骨院さん自身になにかされたわけじゃないし……。
でも、まあ……うん。
「……ありがとう佑真。そうだよね、次があるよね。うん。お姉ちゃん、もう大丈夫だよ!」
私はそう言って佑真の頭を撫でるとともに、この件について考えるのをやめた。
もったいないことをしたという気持ちは確かにある。
でもやっぱり……。
私は、死んだ人を食い物にするような仕事はできない。
そんな思いを胸に、私は大きく伸びをしながら起き上がる。佑真はしばらくきょとんとしていたけど、やがていつものように明るく笑って、
「なんか今回、立ち直るの早いね! 面接に落とされるの慣れたみたいで良かったよ!」
「うん、あの、良くないし、二度とそういうこと言うのやめてね? 悪意がないからってなに言ってもいいってことにはならないんだよ?」
「また落とされてもお姉ちゃんなら大丈夫だよ! また立ち直れるよ!」
「落ちる前提の励ましやめてもらっていいかな? 今度はお姉ちゃんが泣こうか? 大人が本気で泣いたらどうなるか見せてあげようか?」
「チェンソーマ〇見よう」
「いや話の脈絡。逃げ方下手過ぎるでしょうよ」
その日はそんな会話をしてから、いつも通りに夕飯前までアニメを見て、いつも通りに佑真は自分の部屋に帰って行った。私もいつも通りに夕飯を食べて寝た。
いつも通り、いつも通り……。
散骨院さんからの誘いを断ったことは、本当に後悔していない。
……でも、就職難民として過ごす『いつも通り』は、いつまで続くのだろう?
「はあ……」
翌日の夕方。私はため息をとともに大学の校門を出た。
今日も今日とて就職支援課の掲示板を見て、目ぼしい企業をチェックし、履歴書を送る準備をする日々。
辛ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇェェェェェェッ。
こうならないために、一年くらい前から就活の準備をしてきたつもりだったんだけどな。
……いま考えると、お父さんもお母さんもすごかったんだ。
こんな辛い就職戦争を乗り越えたわけだもんね。
ってか、いままで接してきた大人の大半がそうだって考えると、マジで見る目が変わってくるよ。
私なんかがそのうちの一人になれる日なんて来るのかなあ。
「……って、昨日の今日で弱音吐いてもしょうがないか」
そんなふうに独り言ち、軽くほっぺたを叩いて気合を入れなおす。
最近は金欠でモヤシ炒めとか水菜とかしか食べてなかったから、今日くらいはまともなものを食べて力をつけよう。
……まあ、値引き品のコロッケとかメンチカツを買うくらいの散財が関の山だけどさ。
あーあ。
たまにはミスドとかクリスピーとかドカ喰いしたいなあ。
「弱音くらい吐いてもいいじゃないですか。就職先が決まらないのは辛いですからねえ」
ふいに、背後からそんな声をかけられる。
食いしん坊な思考に没していた私は、なにも考えずに言葉を返してしまった。
「まあね~。この時期になっても箸にも棒にも引っかからないのは、さすがにヘコむよ」
「ほかの企業も見る目がありませんねえ。君のような逸材を採用しないなんて、もったいない。どうです? 考え直しては貰えませんかねえ?」
「考え直すって、なに……を……」
……って。
「散骨院さん!?」
ゾッとしながら振り向くと、そこには件の怖イケメンが佇んでいて、改めてゾッとした。
「なんでこんなところに!?」
まさか待ち伏せして……!? と、さらにゾッとするようなことを考える私に、散骨院さんは一枚の紙を私に差し出した。
私の履歴書だ。
「あ……」
そういえば、返してもらい忘れたままでした、はい。
「郵送しても良かったんですが、この近くまで来たもので、大学に届けてしまおうと思いましてねえ。その前に会えて良かったです」
「そう……ですか。わざわざありがとうございます」
気まずい思いで履歴書を受け取ると、彼は間髪入れずにこんな提案をしてきた。
「良ければ、これからどこかでお話をしませんか? 昨日は尻切れトンボになってしまいましたからねえ」
「……いや、ですから、昨日も言ったじゃないですか。これ以上お話しすることは……」
難色を示す私に、今度は紙袋を入った何かを差し出す彼。
「…………」
クリスピー・クリーム・ドーナツだった。
二十個入りのミニボックス。
「少し買い過ぎてしまいましてねえ。よかったら一緒に食べてくれませんか?」
「…………」
バカにしてる……!
お腹を空かせた子どもじゃあるまいし、大の大人が食べ物なんか釣られるとでも思っているのだろうか。
そんな恥知らずで意地汚い女子大生がいると思ったら大間違いだ。
大間違い、なんだからね。
「そこのベンチでいいですか?」
「……あ、はい。どこでも、大丈夫です」
かくして私は、散骨院さんと公園のベンチに座り、一緒にドーナツを食べることになった。
……くそ。くそぅ。自分チョロささが憎い。奨学金四万とバイト代でやりくりする極貧生活が憎い。『就職の話は断るにしても、ドーナツくらい奢ってもらっても別に……』っていう言い訳を秒で作ってしまう自分の意地汚さが……っ!!
「さあ、食べましょう。好きなものをどうぞ」
「……いただきます」
自己嫌悪は止まらなかったものの、溢れ出るドーナツ欲に抗うことはできず、私はモサモサとドーナツをいただいた。
ああぁぁ、美味しい!
久々の甘味が、五臓六腑に染みる、染みる……!
「悪魔的だあ~~~~~っ!」
「ふふ。すごい表現ですねえ」
「あれ、知りませんか? 名作映画の名台詞ですよ?」
「そうなんですか? エンタメにはあまり明るくないもので。ホラーはたまに見るんですけどねえ」
「あはは。その辺はやっぱ、あの、ちゃんと抑えとくんですね」
「参考程度にですけどね」
「まあでも気持ちわかります。実際のオバケと映画のオバケ、比べちゃいますよね」
「比べちゃいますねえ。リアルなやつはリアルですからねえ」
「リアルなやつリアルですねよねえ。あれ監修とかでたぶん入ってますよね、私たちみたいな人」
「どうなんですかねえ。まあ霊はリアルでも、その対処法が全然のやつとかありますからねえ」
「へえ~……え、例えばどんなのですか?」
「まあ有名どころで言うと、リ〇グとかですかねえ。あれはもう、結界とか張ればもうなにもできませんよ、貞〇」
「え、結界とか張れるんですか? すごっ」
「張れます張れます。だからこう、井戸の出入り口に張っちゃえば、もう貞〇出て来られませんよ、井戸の外に」
「へえ~……。え、その場合〇子どうなるんですか?」
「いや、もう、中で、いるしかないですよね。落ちてまた元の場所に戻るだけというか」
「へえ~……貞〇落ちるんだ……」
そんな他愛もない話をしながら、ふたりでモサモサすることしばし、僅かな沈黙が開いたのち、
「……昨日はすみませんでした。一方的にこちらの話ばかりをして、君の気持ちや都合をないがしろにしてしまった」
そう言って頭を下げる。私は慌ててドーナツを飲み込むと、頭を下げ返した。
「あ、いえ、私のほうこそ! 昨日はその……面接の途中で帰っちゃって、すいませんでした。なんか、八つ当たりみたいになっちゃったし……」
甘味を摂取したおかげか、昨日よりかは冷静な言葉を返すことができたと思う。
実際、昨日はかなり失礼な態度を取っちゃったしね。
散骨院さんは首を傾げ、
「八つ当たり、とは?」
「えっと……」
少し頭の中で言葉を組み立ててから、
「私が散骨院さんみたいな業種の人に恨みを持っているのは、本当です……。
でも、散骨院さん自身になにかされたわけじゃないのに、つらく当たっちゃったのは、申し訳ないって思ってたから、そこは謝りたいと思ってたっていうか、なんていうか……」
しどろもどろな私の言葉に、彼は少し、考え込むような素振りを見せてから、
「なぜ俺のような業種の人間を恨んでいるのか……よければ教えてもらえませんか?」
「……えーっと」
私は摂取した糖分を使い切る勢いで頭をぶん回す。
ここから先の言葉は、どうやったって彼を否定するものになる。どう説明をすれば聞こえが悪くならないだろうか。
……いや、変に気を遣うのはよそう。
のらりくらりとはぐらかすのでは、こうして話し合いの場を作ってくれた散骨院さんに失礼だ。
私の思っていること、経験してきたことを全部伝えて、きちんと諦めてもらおう。
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