第三話 笑う不動産屋
そう心に固く誓った、翌週の月曜日のお昼前。
「……着いちゃった、か」
リクルートスーツに身を包んだ私は、そう独りごちながら三軒茶屋の改札を通り抜けた。
散骨院さんの会社の面接を、受けるためだ。
そう。あの電話の後、ゴリゴリの好条件に後ろ髪を引かれまくった私は、散骨院さんに折り返し連絡をして、やはり就職面接を受けさせてもらう運びとなったのだった。
…………ホワイトな求人情報には、勝てなかったよ。
ま、散骨院さんは第一印象こそ良くなかったけど、そんなに悪い人じゃなさそうだし、話くらい聞いてもバチは当たらないだろう。ヤバそうだったら逃げてくればいいだけだしね。
そんなふうに自分を説得しつつ、スマホのナビを見ながら指定された場所へと向かう。
三軒茶屋かぁ……ちゃんと来たことなかったけど、良くも悪くも東京っぽい街だな。
最近のトレンドを取り入れたお洒落なお店が軒を連ねているのだけど、老舗じみた古い建物も点在している。近代的な街並みの中に、昭和レトロな雰囲気がかすかに漂っている感じだ。
もちろん嫌な感じはしない。というか毎朝ここに通勤することを想像すると、結構嬉しい。
少しだけ軽くなった足取りで目的地へと向かう。途中、OLさんらしきふたりとすれ違ってさらにテンションが上がった。
ふふ。私も来年からああなってやるぜ。お昼休みにATAOのお財布片手に、薄手のカーディガンひっかけてナチュラルローソン行ってやるぜ。
と、すっかり都内のOLな気分でわくわくしながら歩いていたのだけど……。
──目的地に着いた瞬間、そのすべてがぶっ壊れた。
「………………っ」
幹線道路から外れた小道の道沿い。スマホナビの赤いポッチで示されているその場所は、三階建ての小さな雑居ビルだ。駅から歩いて十分前後なので、なかなかの好立地。
ただ、すげーボロくて汚い。
コンクリート打ちっぱなしの外壁は薄汚れていて、ところどころにヒビが入っている。両サイドと後ろに背の高いビルに囲われているので、日当たりもひどく悪い。
薄暗い入口の横にある、だいぶ錆びの目立つ案内板は、二階と三階の表示が塗りつぶされていて、一階には『散骨院不動産』の文字。
そして、更にその横には……。
「おや、いらっしゃい。お待ちしていましたよ。幸村さん」
真っ白な顔。濃い隈。そして黒スーツの怖イケメン──散骨院さんが、怪しげに含み笑いをしながら店先の掃き掃除をしていただのだった。
……もうね、笑うセー〇スマンなのよ。どんなにイケメンだろうが高身長だろうが、黒スーツ黒ネクタイで薄ら笑い浮かべてたら、もう喪〇福造なのよ。
電話越しのあの柔和な感じはどこに行ったんだろう? と思ったけど、たぶんアレだ。この人、口調は穏やかなのだろうけど、この見た目のせいでそれすらも飲み込まれているのだ。恐るべしだよ散骨院さん、福造過ぎるよ。
そんなことを現実逃避気味に考えていると、散骨院さんは病みメイクいらずの病み顔に笑みを貼り付けながら言った。
「それでは早速、中へどうぞ……クク」
「……………………っ」
ホラー映画の冒頭かな?
と、思っていたのだけど、ビルの中に入ってから少し考えが変わった。
外観からは想像できないほど、オフィスが小ぎれいだったからだ。
入り口を開けると、右手側に小さなカウンター、左手側にはソファ、正面には四人掛けのテーブルが置いてあった。カウンターの奥はパソコン机や背の高い本棚が並ぶ事務スペース。典型的な小規模不動産屋のオフィスって感じなのだけど、置いてあるものがいちいちおしゃれなのだ。
家具や小物はアンティーク調のもので統一されていて、腰壁を貼った欧米風の白い内壁と相性が良い。照明はなんと黒のシャンデリアだ。
ハードルの高いアンティーク家具の一つだけど、見事にこの空間に調和している。
不動産屋というよりも、アンティーク調のおしゃれなカフェ&バーのような様相だ。ここが職場になることを想像すると、結構……。
いや、かなり嬉しい!
「今、飲み物を用意するので、カウンター席に掛けてお待ちください……ククク」
まあ家主が福造顔なので、怪しい洋館みたいになってるんだけどね。
と、そんなこと思ってる場合でもないか。ここまで来たのだから、もう面接だけでも受けてしまおう。
私は頭の中を就活モードに切り替えると、『失礼します』と言ってカウンター席に腰かけ、鞄を足元に置く。
ほどなくして散骨院さんがコーヒーの乗ったお盆を手に私の対面お席に着く。そうしてコーヒーを差し出してから、カウンターの下にあった私の履歴書を手元に置いた。
うわ。なんだかんだで緊張するな。しかも今まで受けてきた集団面接と違って、がっつりな個人面接。面接官は私ひとりを見ているのだ。そう考えてるといっきに緊張してきた。
……いや、落ち着け私。ダメで元々の面接なのだ。変に緊張せず、いままでと同じようにマニュアル通りやればよい。まずは大学名と学科、名前を名乗って……。
「採用です」
「はい。渋川学園大学の社会福祉学部から来ました、幸村梓と申します」
「分かりました。採用です」
「はい。私はよく聞き上手だと褒められます。なぜなら相手の話を最後まで冷静に聞くことを常に心がけているからだと……はああぁッ!?」
私は冷静さを失いながら声を張り上げていた。するとなぜか散骨院さんも驚いた様子で、
「……え、そんなビックリします?」
「い、いや、なんでビックリしないと思ったんですか? 面接が始まる前に採用されたら、誰だってビックリするでしょうよ!」
思わず素のテンションでツッコんでしまう。が、やはり彼は納得のいっていない顔のまま、
「そうですか。それだけ強い霊感があるなら、同じような経験があると思ったのですが」
「……霊感?」
「はい。霊感です。だって君、」
そこで彼は、組んだ両手に細いあごを乗せて、僅かに首を傾げながら、
「見えているのでしょう? しかも結構はっきりと」
「いや、えぇと……まあ……」
……あー。やっぱなんか、怪しい方向に話進んでるぞ、これ。
「でしたらやはり採用させてもらいたいのですが……。
その様子だと、本当にこちらの世界に関わるのは、初めてのようですねえ。クク。すいませんでした。きちんと一から説明します」
え、ちょっと待って。ヤバい。やっぱヤバい話だよこれ。『こちらの世界』とか言い出しちゃったもん。信じるか信じないかはあなた次第的な話が始まるやつだもん。ハローしてバイバイしたいもん。
どうしよう、いまならまだ逃げられると思うけど……ここ数か月で一番欲しかった『採用』っていう言葉が激しく後ろ髪を引く。
でも絶対ヤバい話だし……。
「なんらかの理由で入居者が死亡した物件……いわゆる、事故物件と呼ばれる物件があることはご存知ですか?」
あー。ウダウダ悩んでるうちに始まっちゃったよ。
しかもなんか、すごいちゃんとヤバそうな話だよ。
話の導入が怖すぎでしょ。
……でも、うん。まあ、
「……はい」
そう返事をするのと同時に、私はある程度腹をくくった。
まあ、最初から怪しい話だっていうのは覚悟してきたわけだしね。取って食われることはなさそうだし、話くらいは聞こう。
「俺は、そういった事故物件を専門に扱っています」
……前言撤回。そこまでヤベエ話だとは思ってなかったです。
「……人が死んだ物件を、専門に扱ってるんですか?」
「そうなりますねえ」
「……え、な、なんでそんなことするんですか?」
シンプルに訊ねてしまう。すると彼はコーヒーに口をつけてから、
「順を追って、説明させてもらいますね」
少し長い話になる、と。そんな雰囲気を滲ませながら、語り始めた。
「まず、事故物件……つまり、事故や人死になど、なんらかの心理的瑕疵のある物件は、不動産の賃貸希望者、または購入希望者に対して、物件説明の義務が生じます。それがどんなに伝えずらい内容であっても、必ず告知事項として重要事項説明書に記載し、説明をしなくてはなりません」
不健康な薄紫の唇を笑みの形に割りながら、意味深な口調で言う。
「告知事項、アリ……というやつですね。聞いたことがありますか?」
「……はい」
そういう『噂』はなんとなく聞いたことがある気がする。
「では事故や事件があった後、その物件に誰かが入居し、一定期間住んだ後、退去したとします。その場合、その次に住む入居者にも、同じように告知義務は発生すると思いますか?」
「え……。発生しない……んですか?」
きちんと知っていたわけではないけど、話の流れ的にそう答えると、彼は細い顎を引いた。
「その通り。そういった物件は、ひとりでも人が入居してしまえば、その次からは普通の物件として取り扱うことができるのです」
マジか。それも噂程度にそんな話は聞いたことあったけど、本当にそうなんだ。怖っ。
いや、っていうか。ちょっと待てよ。
この話の流れ、もしかして……。
「君にやってもらいたい仕事は、その『告知義務のある入居者』になってもらうこと──つまり、事故や事件があった直後の物件に、一定期間住んでもらうことです。クク。そうすれば、君の次にその物件に住む人には、事故物件であることを伝えなくて済みますからねえ」
「…………」
……あ、うん。
ちゃんとヤベエ仕事でした。
「えっと……そ……。え、そ、そんなことして、大丈夫なんですか?」
「いや、バレたら相当マズいことになるんじゃないでしょうか」
「なんで急に他人事みたいなスタンス!? っていうか、じゃあダメじゃないですか! そもそもそんなの、不動産屋の仕事じゃないでしょ!?」
ああ、もう素のテンションを隠すことができない。でもさすがにここはツッコんでおくところだろう。犯罪まがいの仕事の片棒なんて担がされてたまるかって話ですよ!
そんな思いと熱量を込めたツッコミを歯牙にもかけず、散骨院さんはもう一口コーヒーをすすると、
「不動産屋の仕事なんですよ。なぜなら弊社は、事故物件を本当の意味で浄化することを売りにしていますからねえ」
「……本当の意味で、浄化?」
「はい。確かに悪徳な不動産屋は、さっき言ったような手順を踏み、事故物件を通常物件として扱ってしまうことがあります。
しかし、うちは違います。
そういった事故物件に住む霊を成仏させることで、本当の意味で通常物件に戻すことを請け負っているんです」
いや、やっぱり不動産屋の仕事じゃないじゃん、というツッコミもよぎったけれど……。
それとは違う部分に。私は大きな引っ掛かりを覚えた。
──私には長年、疑問に思っていたことがある。
そしてそのことについて、深い憤りを覚えている。
もしかしたらその疑問に対する答えが、次の問答によって得られるかもしれない。
少し声のトーンを落として、私は訊ねた。
「成仏させる、っていうのは、霊をこの世から消す……っていうことですか?」
「平たく言えば、そういうことですねえ」
「…………」
しれっと放たれた散骨院さんの回答に、私は確信する。
……ああ、そうか。
やっぱり、こういう連中のせいだったのか、と。
「ですから、霊感の無い方には任せられない仕事なのです。君にやってもらうことは……」
散骨院さんの話をさえぎって、私は冷たい口調でこう告げた。
「……この話はなかったことにしてください。失礼しました」
「え?」
ここで初めて散骨院さんのほうが虚を突かれたような声を出す。私はそれに構わず鞄を持って席を立ち、彼に一礼して背を向けた。
「待ってください。理由だけ、教えてもらえますか?」
意外と冷静な散骨院さんの問いかけに、私は今までの恨みつらみを乗せるようにして、
「散骨院さんに……あなたみたいなことをしている人たちに、ひどい目に遭わされた人たちのことを知っています。だからこの話はお断りさせてもらいます」
にべもなく言い放つと、私は生まれて初めて内定をもらった就職先を後にした。
>>お昼休みにATAOのお財布片手に、薄手のカーディガンひっかけてナチュラルローソン行ってやるぜ。
→なぜか三十歳前後の都内OL像に憧れる梓の話でした。
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