通話中
ツーツーツー・・・。
「え?ケンジ、おまえの携帯、通話中なんだけど」
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10月24日、今日は俺の誕生日だ。
残念ながら俺の誕生日を祝ってくれるパートナーもおらず、今年もまた学生時代からの友達、タクヤと誕生日を祝うことになった。
タクヤと誕生日を祝うのは今年で何度目だろう。
男二人で何度も誕生日を祝うのは奇妙に思われるかもしれないが、二人にはそれなりの理由がある。
というのも、タクヤと俺は誕生日が同じなのだ。
お互いパートナーがいない年は、こんな風に2人で互いの誕生日を祝うのがいつの間にか通例になっていた。
誕生日のお祝いといってもケーキを用意したりなど、男2人でそんなロマンチックなことはしない。
あるのはとにかく酒と仕事の愚痴。あとは年齢に見合わない夢の話。
安い居酒屋でたらふく飲んだ後、いまは場所を変えて2件目のバーで飲み始めたところだ。
「ってなわけで、上司が無能すぎてつまんない仕事しか振られないわけ。あー転職しようかなぁ。」
俺は居酒屋でこぼしきれなかった愚痴をこぼすとともに酒を一杯飲み干した。
「俺もケンジと似たようなもんだよ。俺たちも今日で25になるし、将来のことを考えて行動しないとなぁ。」
タクヤはそういうと同じくグラスに注がれた酒を飲み干した。
タクヤとは学生時代から気が合う仲間だった。
服の趣味、音楽の趣味とかちょいちょい趣味が似ている上、誕生日が同じってことからは
学生時代のサークル仲間からは「双子説」説も浮上してからかわれたりもした。
タクヤと2人で祝う誕生日は、不本意ではあるが、趣味嗜好が同じなので楽しくはあった。
終電までは時間はあるが、ふと今何時か気になってスマホを手に取ろうとする。
が、スマホが見当たらない。
「やべ・・・スマホないかも・・・」
俺はカバンの中を探った。財布、ハンカチ、手帳――しかしスマホは見当たらない。
いったいどこでスマホを忘れたんだろう。
「最後に触ったのはいつだ?」
タクヤが俺に質問する。
「さっきの居酒屋ではスマホ触っていたような・・・」
「あー触ってた触ってた。」
タクヤも記憶をたどって頷く。
「じゃあさっきの居酒屋に忘れてきたんじゃないか?」
その可能性は高い。
しかし居酒屋を出て電車で3駅離れたバーにいる今、確認をしに戻るのは非常に面倒である。
「居酒屋に電話してみればいいんじゃないか?」
「あぁそうだな。タクヤ、すまないが居酒屋に電話して携帯の忘れ物確認してもらえるか?」
「オーキードーキー」
タクヤはカバンからスマホを取り出し、電話をかける。
「プルル、プルル・・・。あ、すみませーん。1時間ほど前にそちらを利用したものなんですけど、スマホの忘れ物ってありませんか?」
「ちょっと確認してみますね。えーっと、そのスマホの特徴ってありますか?」
「おい、ケンジ。スマホの特徴あるかだって」
「あー黒いスマホってこと以外は特徴ない。ケースもつけてないし」
「すみません、黒いスマホでケースとかはつけてないそうです」
「確認いたします、少々お待ちください・・・お待たせしました。恐れ入りますが、スマホの忘れ物は特にありませんでした。こちらのお店に忘れたのは確かでしょうか?」
「いや、確かではないんです。別の場所に落とした可能性もありますし、もう大丈夫です。探してみます。ありがとうございます。失礼します。」
「あった?」
「いや店にはないって」
うわーまじかー。めんどくさい。
さっきの居酒屋にはないとすると一体どこに忘れたんだ。
「あ、ケンジ。おまえ居酒屋を出た後、駅のトイレに行ってたじゃん」
そうだ、思い出した。クソがしたくなって、居酒屋を出た後、電車に乗る前にトイレに入ったんだった。
「トイレでスマホを触った記憶は?」
「んー・・・あー!触った!触ったわ!」
酒で記憶が曖昧になっていた。居酒屋を出た後でスマホを触っていた。居酒屋にはないはずだ。
スマホを忘れたとしたらトイレ。あるいはトイレ以降にどこかに落としたか、だ。
「どうする?さっきの駅まで戻るか?」
「んーどうするか・・・。別の場所で落とした可能性もあるし。あ、そうだタクヤ。俺のスマホに電話してみてくれないか?駅員か誰かが電話に出てくれるかも」
「あーそうだな。おまえの電話番号って?俺、連絡帳アプリは使ってねぇんだわ。」
最近では「電話」を使うことはめっきり減ったので当然ではある。
俺とタクヤも普段はSNSを使って連絡を取り合っている。
「090・・・・だ」
「かけてみるわ」
ツーツーツー。
「え?ケンジ、おまえの携帯、通話中なんだけど」
どういうことだ?
誰かが俺のスマホを使ってどこかに電話してるってことか?
「え・・・きみがわるいんだが・・・電話番号あってるか?」
「090・・・・だろ?」
「あってる・・・」
誰かが俺のスマホを使ってるってどういう状況だ。
「たまたま誰かがお前のスマホにかけて、拾ってくれた人が出てくれたとかじゃないのか?」
タクヤはそういうがタイミングが良すぎるだろう。まぁ可能性はゼロではないが。
「わるいタクヤ。ちょっと時間をあけてまた電話してみてくれ」
「だな。オーキードーキー。」
しかしスマホを無くすというのは本当に面倒なことだ。
最近のスマホは電子マネーも入っているし、悪用されることもあるだろう。
財布の次になくしたくないもの、いや財布以上に無くしたくないものかもしれない。
そして今夜、誕生日という幸せであるべき日にスマホを無くし、加えて誰かが俺のスマホを使っているという不気味な状況に陥っている。
「すまんなタクヤ。誕生日に面倒ごとに付き合わせてしまって。」
「まぁ仕方ない。ケースとかつけておいた方がいいかもな。警察に紛失届出す時とかも、特徴的なケースをつけておいた方が見つかりやすいらしいし。俺もつけてないから人のこと言えないけど。」
「あぁそうだな。しかし買ったばかりのスマホをなくすとかついてないわ。しかも誕生日に。」
「それはついてねーな。俺も最近スマホ買ったばかりだから気をつけないと。最近のスマホはまじで高いんだよな。」
そういってタクヤは再度カバンから最新機種のスマホを取り出して見せてきた。
「おまえもその機種買ったんか。最新のスマホにしたはいいけど、別にスマホってそんな興味ないんよな。写真も別に撮らないし。」
「わかる。俺もアプリとかも別にそんな入ってない」
「そろそろもう一度電話かけてみるか」
タクヤは再度カバンからスマホを取り出した。
パスコード"1024"を入力し、スマホのロックを外して俺のスマホに電話をかける。
「お、かかった!」
今度は通話中ではなかった。
その代わり、タクヤのカバンからもう一つのスマホの着信音がした。