03 理由なき投身
朝食を食べ終えると、伊山は初めに自殺した女児、工藤ゆかの小学校へと向かった。自殺の動機がいじめであると決め付けていた伊山は、下校する同級生から、工藤ゆかの話を聞くつもりだった。勿論、いじめがあったという証言を得るために。
小学校には記者と警察関係者が数名いた。多くの自然を残す、田舎で起きた怪事件に興味を持ったのは、伊山だけではなかったようだ。
下校時刻までには、まだ時間があったので、そこにいた顔見知りの記者(と言っても前に現場で2,3度挨拶を交わした程度だが)に少し話を聞いた。
「久しぶり、あんたも来ていたのか。どんな様子だ」
「あぁ、どうにもこうにも。記者会見が昨日あったんだが、校長が謝罪するだけで何にも分かりゃしないよ。ずっと張り込んでいても、何の情報も得られない。まあ、あっても教えやしないんだがね」
「なるほど。まぁお互い頑張ろう。例え不毛な作業でも、な」
伊山は記者にそう言うと、知り合いの興信所に割り出してもらった工藤ゆかの住所へと車を走らせた。工藤ゆかの自宅に着くと、伊山は呼び鈴を鳴らした。何回か鳴らしてみたが、虚しく音が響くだけで誰も出てこない。もちろんこんなことはよくあることだ。事件直後に関係者が、簡単にインタビューに応じる方が稀なケースだ。伊山は郵便受けに連絡先を書き残すと、工藤ゆかの自宅をあとにした。
小学校に戻ると、伊山は下校中の子供達に様々な質問を投げかけた。伊山は当初、彼女はクラスでいじめられていることを想定して、質問していた。しかし、次第にそれが見当はずれであることに気が付いた。工藤ゆかに関する質問にバツが悪そうにするどころか、子供達は口々に、彼女がクラスで人気者だったと言ったのだ。ある子供など、遠足で撮った写真を見せ、工藤ゆかがどれほど周囲から好かれていたかを説明した。伊山には子供達が嘘を付いているようには見えなかった。いじめでは無いとすると、一体何が原因で工藤ゆかは飛び降り自殺をしたのか。
伊山はもう少し考える必要があると思い、取材を打ち切り、母の待つ家に帰った。
その日の夕刊では、新たな自殺者は報じられていなかった。しかし伊山は、このまま自殺者がすんなりと途切れるとは思えなった。湯佐市の子供は全員自殺してしまうのではないかとすら考えていたからだ。
とんでも無い事件に首をつっこんだのかもしれないという不安と、事件の全貌を知りたいとする好奇心とが、伊山の中で複雑に絡み合った。手がかりを何一つ得られないまま事件は進んでいく。伊山は、何となく落ち着かず、近くの自販機でビールを買い、母と一緒に遅くまで飲み続けた。
伊山の予想は、また、はずれた。それ以来、自殺者は出なかったのだ。