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墜落  作者: SNEO
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02 仕事をやめた男は過去を振り返る

 15年前-

 伊山はまだ28歳であった。うだるような暑さに眩暈がした。その頃、伊山は東京の出版社に勤めて5年程経っていた。雑誌記者として、仕事の楽しさも感じ始め、好奇心の強い自分にはうってつけの仕事だとも思っていた。今にして思えば、この頃の自分は井の中の蛙であった。しかし同時に井戸の水の青さを知る特権もあったように感じる。

 その夏はさしたる事件もなく、芸能人のスキャンダルを追っていた伊山はある事件に遭遇した。それは至って偶然の出来事だったが、あるいは必然だったのかもしれない。

 忘れもしない、7月20日のことであった。前日遅くまで記事の文字校正をしていた伊山は、激しい眠気を感じながら、缶コーヒーを傍らに朝刊に目を通していた。ネクタイはもう3年前からはずしていたが、それでも汗が吹き出し、コーヒーを一気に喉に流し込んだ。缶コーヒーの結露が紙面に落ち、伊山は慌てて指でこすった。まさにそこに、その事件が掲載されていたのだ。


 -12人の子供 連続飛び降り自殺-


 その記事は、紙面の片隅に小さく存在していた。伊山はこの記事に目を落とすと、不思議な興味にかりたてられた。記事の内容はだいたいこのようなものだった。


 7月16日午前11時、兵庫県湯佐市にて小学5年生の女児が校舎の屋上から飛び降り自殺をはかり、死亡した。遺書などは残されず、自殺の動機については不明である。

 またその二日後である18日には、小学5年生の男児4名・女児2名が飛び降り自殺をしている。これも同様に動機は不明であった。それぞれ学校や、マンションなど、別々の場所で自殺をはかっている。その翌日、19日にも、男児2名・女児3名が飛び降り自殺をはかった。警察は事件の可能性があるとして、現在捜査を進めている。


 兵庫県湯佐市は、まだ土地開発の煽りを受けておらず、自然がそのままの姿で残されている。名産品として、玉葱をうたっているが、そのことを知る人は少ない。淡水魚が豊富に生息する池が多いことから、魚釣りを趣味とする人にのみ親しまれた土地であった。湯佐市は伊山の出身である真島市の近くにあった。そんなこともあって伊山はこの事件を調査しようと、後輩に芸能人のスキャンダル記事を預け、車ですぐに湯佐市に向かった。思い立ったら即行動というのが、伊山の信条であったため、このようなことは今までにも度々あった。そして、そうした場合には必ずと言っていい程、スクープを得ることが出来た。

東京都から兵庫県までのドライブは9時間にも及んだ。途中2度の休憩を挟んだが、それでも到着した頃には、激しい疲労を感じた。新幹線で3時間の距離なので、これ程までに遠いとは考えもつかなかった。

運転中、伊山は事件のことをずっと考えていた。自殺者が相互に連絡を取り合って自殺したと考えるのが、最も筋が通っているように思える。もしそうだとすれば、自殺者には何らかの共通するコミュニティがあったはずだ。また、被害者が小学生ということから、自殺の動機はいじめが有力だろう。

 伊山は事件について考えれば考えるほど、虚しい気持ちになるのを抑えられなかった。小学生が自殺をしなければいけなかった状況と、自殺という選択肢を選んだことに。何かしらが狂っている。何か原因が無ければ、こんなことにはなり得ない。そんな思いが伊山の頭の中を駆け巡った。

兵庫県に着く頃には、伊山の頭は決まっていた。これは事件だ。単なる小学生の集団自殺というだけでは済まされないのだ、と。伊山の若い情熱は血走った。若くあること以上に、伊山の性格がそれをなしていたことは言うまでもない。

 辺りはもうすっかり暗くなっていた。地元の懐かしい風景に伊山は哀愁すら感じた。実家へはもう3年も帰っていない。辺りは土地開発が進み、空を覆うほどだった星も、まばらにしか見えない。近くにはマンションが建ち並び、そこから見える空をいびつに切り取っていた。マンションから漏れる明かりに、自分の孤独が浮き立ったような気がした。仕事だけに執着し、2年前に恋人と別れてからは、定まった相手をつくろうとはしなかった。いわゆる仕事中毒の状態だ。

 世の中から切り離されたような感覚に陥った伊山は、客観的に自分を眺めることが急に怖くなった。大きな闇に飲み込まれる前に急いで母に連絡を取った。

 母は3年振りに帰った我が子を手厚く迎えた。帰ってくるならあらかじめ言ってくれればよかったのに、などと文句を言ってはいるが、終始顔はほころんでいる。夫を4年前に亡くしてから、ずっと一人で暮らしている。寝たきりの祖父も、父の死を機に施設に入れることになった。

実家は、ぼんやりした灰色の壁を筆頭に何も変化はしていなかった。唯一変化があるとすれば、母が多少痩せたことくらいだろう。変わっていない家に気持ちが安らぐと同時に、母の生活を想った。そうして、来年からは1年に1度くらいは実家に帰ろう、と考えた。

 そろそろ寝ようかと部屋に向かうと、何年間も放っておいた伊山の部屋は想像以上に綺麗だった。いつ帰ってきてもいいようにと、母が掃除をしているのだ。自分を想う母の気持ちと、それほどまでに時間を持て余しているのだろうか、という考えが、伊山の目頭を熱くした。そうしてまた伊山の今の想いでさえ、1年後にはすっかり冷め切っているだろうと思い、自分の下らなさにやるせない気持ちが溢れ出した。布団の中に散乱した想いは、伊山の頭をほてらせはしたが、5分もすると疲労による心地よい睡眠へと落ちていった。

 翌朝母に起こされ目覚めると、懐かしい塩味の強い朝食が、既に用意されていた。伊山はテーブルに腰掛け、朝刊から事件に関する記事を探した。

 また、4人も飛び降りている。

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