12 シュミレーショナルブックマーク
伊山は自殺者の情報を、死亡推定時刻順に整理して、書き始めた。
・16日:男児0名 女児1名 計1名
(女)工藤ゆか 徳間小学校 午前11時 校舎屋上
・17日:男児0名 女児0名 計0名
・18日:男児4名 女児2名 計6名
(男)倉田博 湯佐小学校 午前8時 自宅マンション屋上
(男)真田祐樹 徳間小学校 午前12時 校舎屋上
(女)西田杏子 徳間小学校 午前12時 校舎屋上
(女)三浦順子 徳間小学校 午前12時 校舎屋上
(男)宮田将大 湯佐小学校 午後16時 校舎屋上
(男)中原健太 湯佐小学校 午後20時 自宅マンション屋上
・19日:男児3名 女児4名 計7名
(男)高田幸弘 湯佐小学校 午前9時 校舎屋上
(女)田中安子 徳間小学校 午後13時 校舎屋上
(男)久野晃 湯佐小学校 午後16時 校舎屋上
(女)住澤尚美 湯佐小学校 午後16時 校舎屋上
(女)玉野友里 湯佐小学校 午後16時 校舎屋上
(男)島田浩徳 徳間小学校 午後17時 校舎屋上
(女)美月加奈 湯佐小学校 午後19時 自宅マンション屋上
・20日:男児2名 女児0名 計2名
(男)豊島未来 徳間小学校 午前9時 校舎屋上
(男)倉橋勝 湯佐小学校 午後12時 校舎屋上
-計16名
改めて見ると、何と凄惨な事件だろうか。これだけ多くの子供たちが、5日という短期間に集中して飛び降り自殺をしている。小学生の自殺自体、稀であるにも関わらず。
一つひとつの名前が伊山を責め立てているように感じた。死んだ子供は勿論、その遺族に対する、何とも言えない申し訳なさから、伊山は紙の右隅に「ご冥福をお祈りいたします」と、万年筆の先が割れる程、強い筆圧でゆっくりと書いた。黒いインクは少し出来た溝に流れ込むようにして、文字を形作った。
渡された2冊の書籍は、それぞれ『集団自殺』と、『小学生集団自殺の真相』という本だった。伊山は、『集団自殺』という本を、まず読んでみた。そして1分と経たぬ内に、その本を閉じた。今回の事件に関して言えば、全く見当違いの本だ。それは、集団自殺の一般的な精神論について書かれたものであったが、無論今回のケースに当てはまるものではない。伊山はその本を机の反対側まで、滑らせるようにして押し出した。
そして改めて、この事件の特異な点に思いを巡らせた。一つに自殺者の年齢の低さが挙げられる。小学生の飛び降り自殺の前例など数える程しか無い。二つ目は、それが集団であること。それも同じ場所でも、時間でもなく、ばらばらに16人もの人間が自殺している。
伊山の結論はやはり、15年前と同じ場所に帰着した。彼らをくくる共通項は、あの塾、いや高下を除いては存在しないのだ。その高下も、理由は分からないが、逮捕されてしまったのだ。伊山は、高下が逮捕された時の記事を見なければならなかった。あるいはそこに何らかの手がかりがあるかもしれないからだ。
伊山は勢いよく席を立つと、受付で、高下が逮捕された時の記事を探してくれと依頼した。受付の職員は、極めて事務的に(先程までの、人間らしい対応から一転して)それを承諾した。伊山は席に戻ると、残された書籍を読むことにした。
『小学生集団自殺の真相』は、文庫本程度の大きさで、新しくはないが比較的綺麗な状態を保っていた。おそらくは事件と無関係であろうこの本の表紙を開いて、伊山は足早にページをめくった。しかしすぐに、その手を止めることになった。その本は紛れも無い、15年前の事件について書かれたものであった。伊山は慎重にページをめくった。ページをめくるごとに、伊山の心臓は大きな音を立て始めた。逸る気持ちを押さえつけるのがやっとだった。食い入るようにして本を見ていた伊山が、最後のページをめくり終えた時には、既に30分程の時間が経っていた。
多くは、伊山の知り得た情報と同様のものであった。しかし驚くべきは、この本の著者である『神谷昇』もまた、高下と会っていることだ。名前はKというイニシャルで伏せてあるが、はっきりと高下であることが分かる。伊山は過去を反芻した。それはつまり、あの不気味な男について思い出すことでもあった。15年前の妙な敗北感が、また伊山を襲った。どこからともなく、寒気がして鳥肌が立つのを感じた。その原因が空調に無いことは明白であった。
本の中でも高下は、極めて冷静であるように思われた。本に書かれた高下の台詞が、脳内で、生々しい肉声に変換された。彼の解答に疑うべき点は一つとして無い。しかし伊山にとってのみそれは、吐き気がするほど不気味なものであった。
心臓がはちきれそうな程、鼓動が高鳴った。高下がどこかから自分を監視しているような気がして、伊山は後ろを振り返った。そこには本棚が並んでいるだけで、やはり何もなかった。この動揺は、伊山自身ですら説明のつかないものであった。伊山には、高下の台詞が書かれた数ページを、ただぼんやりと眺めることしか出来なかった。