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プリンセス・ア・ナイト  作者: 寒咲 薙
序章【宝石と剣の舞】
8/8

宝石と剣の舞・中編

 一時限目の数学の授業が終わる頃には既にアレンは居眠りにふけっていた。

 スヤスヤと心地良さそうな寝顔が私に向けられている。授業中もずっと集中できていないようだった。

 数学、言語、歴史等の基本的に独学で身につけられる知識は、既に私の頭の中に入っている。

 おかげで授業中眠っていても私は問題ないけど、アレンは多分別だよね。

 歴史、言語はともかく数学は基礎が大事。今の時点からわからないことが増えたら、後々苦しむ羽目になる。

「仕方ないなぁ」

 溜息を吐きつつまだ何も書かれていない予備のノートを取り出し、そこに授業中教師が板書した内容が書かれた別のノートを使い、書き写す。

 アレンが起きた頃にこのノートを渡そう。

 すらすらと文字を書き進めていくと次の授業が始まる予鈴が鳴った。

 すると隣のアレンも涎を垂らしながら目を覚まし、目を擦りながら私に話しかけてくる。

「おはよぉ、エデン」 

「もう二時限目始まるよ、ほら起きて起きて」

 手を止めノートを閉じ席を立った私は、まだ少し猫背になっているアレンの背中をトントンと叩きながら言った。

 次は訓練の時間で、他の生徒は既に移動を始めている。予鈴が鳴ってから十分後に授業が開始されるから、ゆっくり頭を覚ましている時間はない。

「あ、うーん……ふわぁぁ」

 大きな欠伸をしながらアレンも席を立つ。

 廊下で待っていようと私は先に歩みを進めた。すると廊下に一歩足を出した瞬間、自分のものではない足が飛び出してきた。

 私の足がその足に引っ掛かり、姿勢が急激に崩れる。踏ん張れずに前から転んでしまった私は、両手を床に着けて何とか顔を守った。

「いってて……」

 手にじんわりと熱い痛みが広がる。

 視界の端に女子生徒が履く上靴が見える。誰かが私を見下ろしているようだ。

 一体、誰だろう?

 そう思って姿勢を正しながら目を向けると、そこには緑色の髪を生やした見覚えのある女子生徒がいた。

 登校初日、朝イチで教室に入った際に私よりも先に着いていた二人組の内の一人だ。

 点呼で何度か名前を聞いたことがある。

 たしか――

「エレジー……?」

 その名前を私が呟くと、エレジーは不機嫌そうに眉を下げて私を睨む。

 私が普段向けれる視線と同じだ。今更動揺したりはしない。

 しかし納得できないのも事実。できるだけ不満気な表情は見せないよう、ポーカーフェイスに務めなければ。

「ごめん、前をよく見てなかった私が悪いね」

「……あなた、第四皇女でしょ?」

「え?」

 事実だが滅多にそう呼ばれないせいで思わず聞き返してしまう。

 エレジーの口調は相変わらず冷たく、尖った石を投げるように言葉を放つ。

「皇女なんだから、自分に悪戯をした相手に罰を与えればいいんじゃないの?」

 何を言うかと思えば、そんなこと仮に権限があったとしても行使はしたくない。

 権力で他人を思い通りできる優越感に一度浸ってしまえば、抜け出すのは難しくなる。浸ってしまわないよう気をつけていても、人が人である以上決して逃れられはしないと私は思う。

 そして、そもそも私にそんな権限は与えられていない。

 第四皇女なんてただの飾りのようなもの。その立場に見合った権力は一切与えられていないんだ。

「私にそんな権限はないよ。もちろんあったとてしても、そんなこと私はしない」

 立ち上がり、スカートに付いた埃を払いながら私は言った。

「吸血鬼みたいな見た目に魔人と同じ魔力無しのくせして、人間としてはまともなんだね」

「魔人と同じ?」

 吸血鬼のような見た目、という点は知っているものの、魔人という言葉は初めて聞いたような気がする。

 魔人という語感からして寧ろ魔力は持っていそうだけど。

「知らないの? まぁ教えるつもりはないけど。私、もう行くから」

「あ、ちょっと――」

 呼び止めようとしたがエレジーはそのまま去っていってしまった。結局やりたいことをやられて、言いたいことをただ言われるだけに終わったような気がする。

 後半はともかく足を引っ掛ける必要なんてなかったはずだ。考えれば考えるほど、時間が経てば経つほど、エレジーの行いに腹立たしさが込み上げてきた。

「はぁ、いつもの嫌がらせ……」

 募る苛立ちを溜息と共に吐き出し、心を落ち着かせる。背後から歩み寄ってくるアレンの足音を聞いて、私は振り向いた。

「エデン、大丈夫?」

「問題ないよ」

「さっきの子は……エレジーだよね?」

「そう、優等生のエレジー」

 エレジーは一年生の間で有名な優等生だ。筆記と実技共に好成績で、教師ウケもよく、男女共に友人も多い。

 彼女のナイトはというと……わからない。

 自然と耳に入ってくる情報は嫌でも覚えてしまうけど、それ以外の注目されないような事柄は全くわからない。

 自分を守る為に周囲と距離を置き、情報を限りなく遮断するのは良いことだと自分でも思うけど、こういうときになるとちゃんと周りに気を留めておくんだったと後悔してしまう。

 しかし何ということでしょう、目の前には男子生徒のアレン君がいるではありませんか。

「アレンはエレジーのナイトが誰かわかったりする?」

「『イージス・デュランディ』って奴だよ。すっごく腕が太くて、みんなはゴリラって呼んでる」

「ゴ、ゴリラ……」

 私の知ってるゴリラはかなり腕が太いけど、そのイージスって人も想像通りの太さを持っているんだろうか。

「やっぱり林檎とか片手で砕けるのかな……」

「砕けるんじゃないかな?」

 ともすれば人間の頭蓋骨も……。

 ダメダメ! 想像すると怖気付いてしまうから、これ以上は何も考えないようにしよう。

 仮にエレジーとイージスと戦うことになっても、今の私にはアレンもいるのだし大丈夫。

 作戦で勝てばいいのだ。

 一人不安と安堵を行き来していると、授業開始のチャイムが鳴った。

「お、遅れちゃう、行こうアレン!」

「あっ、うん!」

 私とアレンは廊下を駆けて、訓練場に向かった。



 訓練場に着いた私たちは、二人して息を乱し汗も流していた。

 脇目も振らずにリーシェ先生の所に行って謝ると、静かな口調で咎められながらも時間を無駄にしないよう手早く授業に参加するよう言われた。

 今回の実技訓練は模擬実戦。

 実際の戦いを想定した訓練であり、遅れた私とアレンを除いた他の生徒はリーシェの指示を待っている状態だった。

 恐らく私たちが来るまで待てと言われたのだろう、こればかりは本当に申し訳ない。

 私たちが来たことでリーシェ先生も指示を出し始める。

「よし、授業を始めるぞ。早速だが、各々自分のパートナーと近くにいろよ」 

 そう言ってリーシェ先生は懐から宝石を取り出した。

 宝石魔法を使うのだろうか? 

 どんな魔法でそれを何に使うのか皆目見当もつかない。しかも取り出した宝石の数がかなり多い。

 その宝石を先生は宙に投げ――

「――命ず、紐付けられた運命(さだめ)の先で、汝よ選べ『アルクェール・アルカ』」

 私の知らない詠唱文をリーシェ先生は口にした。

 すると宙を舞う様々な宝石はパッと光り出すと、突如私たち生徒がいる方向へと鳥のように飛び、それぞれのプリンセス・ア・ナイトの前で止まる。

 ある二人組は黄色の宝石を手に取り、またある二人組は青色の宝石を手に取った。

 私とアレンの前には赤色の宝石が止まり、私はそれを手に取った。

「ふふん、完璧」 

 何故だか妙に得意げな顔を浮かべているリーシェ先生。私の知らない宝石魔法だから……多分最近開発した新しい魔法なのかな。

 もしかしてぶっつけ本番で試したのだろうか。だとしたら、成功したのが嬉しくて得意げになる気持ちは何となくわかる。

 でも今じゃないよ、先生、今じゃない。

 チラチラと視線を送ると、リーシェ先生はそれに気づいて我に返った。

 わざとらしく咳払いをして、何事もなかったかのように話を続ける。

「全員宝石は持ったな? それじゃこっから同じ色の宝石を持つ二人組同士で集まってくれ」

 その指示通り、私たちは従う。

 私たちと同じ赤い宝石を持つプリンセス・ア・ナイトは、偶然か必然かエレジーたちだった。

 エレジーの傍らに立つガタイのいい男子生徒が、アレンの言っていたイージス・デュランディだろう。

 確かに腕が太い。腕だけじゃなく他の部位もしっかりと鍛えられている。

 引き締まった体を見せびらかすように、腹筋の部分だけ意図的に服に穴が空けられている。

「ふん、また会ったわね」

「さっきぶりだね」

 気さくに言葉を返すと、エレジーは少し不機嫌そうな顔を浮かべてそっぽを向いた。

 イージスはさっきからずっとマッスルポーズを繰り返し私に見せている。

「はは! どうだ俺様の筋肉! 惹かれちまうだろぉ?」

「す、凄いねぇ」

 鬱陶しい。

「凄いなんてもんじゃねぇ! 俺様の筋肉があれば、あんたの横にいる奴なんざ一捻りだぜ!」

「は? 僕の方が強いし」

 アレンの反論の仕方が完全に子供だ。

 私もアレンの実力はまだ全然知らない。今日の授業もアレンとはぶっつけ本番になるだろうし、まずは彼のことを知る必要がありそう。

 本当はこの時間もアレンとお話をして、彼のことをもっと知っておきたいんだけど。

「お前は剣に頼ってるみたいだが、その剣も俺様の手で粉々だぜ!」

「はぁ? そもそも触れさせないから無問題だねっ!」

「じゃあ今から試してみるかぁ?」

「望むところだ!」

 だいぶヒートアップしてる……。

 お互い前のめりになって相手の挑発に素直に乗っかってるし。発端となったイージスも何故か挑発を買ってるし。

 ひとまずこれで、アレンが思った以上に負けず嫌いだってことはわかった。

 負けたくない気持ちは大事だ、私も負けるのは嫌い。しかし今はまだそのときじゃない。

 頭に血が登った状態では冷静な判断もできやしない。たとえ相手に挑発させれても、侮辱されても、心は穏やかかつ熱くあるべきなんだ。

 とりあえずアレンの耳を引っ張ろう、それで落ち着くはず。

「いたっ、いててて! ちょ、エデン、痛いって!」

「今は待つ、いいね?」

「わ、わかったから離して!」

「返事は『ワン』!」

「ワン!」

 やっぱり犬だ。

 今のは私が誘導しただけなんだけどね。

 ともあれアレンの意識はイージスから私に向けられた。模擬とは言え戦闘は戦闘、戦う前から余計なものに意識を向けてはいけない。

 自分や自分の周りにいる仲間に集中しないとね。

「アレン、先生の話が終わったらひとまず作戦会議しよ」

「さ、作戦会議……?」

「そう。私はみんなみたいに魔法は使えないから、その分作戦でそのハンデを埋めないといけないと思うの」

「なるほど……わかった!」

 私が真面目な口調で話すと、アレンも気を引き締めて真剣な様子へと様変わりした。

 腰に提げている剣の束に手を掛けているのは無意識だろうか。きっと、非戦闘時と戦闘時でオンオフの切り替えが身体に染み付いているのだろう。

 この仕草だけでアレンがかなりの実力者だとわかる。

 寧ろ私の方が足でまといにならないように気をつけないと。

「全員自分たちの相手がわかったな。それじゃまずは、緑色の宝石を持つグループから先に模擬実戦を行う、他は訓練場の席に上がってろぉ」

 リーシェ先生の指示で一斉に生徒たちは動く。

 残った緑色の宝石のグループの人数は八人。つまり四組のプリンセス・ア・ナイトが模擬実戦をする。

 宝石の色は緑、黄色、赤の三つで次は黄色か赤ということになるけど、初戦でなくて少しホッとしている自分がいた。

 私たちの番が次だろうと最後だろうと、時間に猶予が生まれたのは事実。この間にしっかりアレンと話し合おう。

 訓練場の上部、階段を登った先にある観客席に私たちは座る。

 緑のグループは先生の言う通りに動き、さっそく戦闘を始める準備を終わらせていた。

 初めの二組が向かい合って視線を送っている。傍から見ても四人の真剣さが伝わってきた。

 睨み合う二組の間にリーシェ先生は入り、

「ルールは簡単、『相手を倒せ』だ。ただ重症を負った場合や死に直結することが起こった場合はその時点で試合終了とする。準備が整ったら自分たちの宝石を地面に投げ捨てろ」

『はい!』

 二組が一斉に宝石を地面に投げつけると、リーシェ先生は瞬時に背後に下がって大きな声で合図を送る。

「はじめっ!!」

 とうとう始まった。

 戦闘音がこちらまで鮮明に聞こえてくる。ナイト同士の剣戟と魔法を行使するプリンセス。

 勝敗がどう転ぶかは、彼らを知らない私では推し量れない。

 私とアレンは限りなく他の生徒から距離を置いて、身体も少し寄せながら話を始める。

「まず前提として、私が後衛でアレンは前衛っていうボジションでいこうと思うんだけど、いいかな?」

「もちろん、適材適所ってやつだね」

 私が尋ねると、アレンは口角を上げて快諾してくれた。

 アレンの言う通り、これは適材適所。そもそもプリンセス・ア・ナイトの強みは、魔法を扱う人が近接特化の前衛を援護しながら勝利に導くこと。

 以前の私は援護という面においてはこれっぽっちも力になれない存在だったけど、今は違う。

 宝石魔法が私の立てる戦略を広げてくれた。それに加えて頼もしいアレンという存在がいる。

 あらゆるいざこざは置いておくとして、キリシェと組んでいたままでは立てられる作戦も限られていた。

 そもそも私とまともに意思疎通をしようとしない相手と作戦をもとに戦うなんて、無理にも程があるのだけど。

「うん。それと、私が使う宝石魔法は発動までどうしても時間がかかるの。持てる宝石の数にも限りがあって連発はできないから、基本的に相手のナイトはアレンに対応して欲しいかな」

「任せて」

「――とはいえ本番は理屈通りには進まないことの方が多い。臨機応変に対応することは忘れずにね」

 アレンは頷く。

 きっとアレンならこんなことを一々言わずとも最初からわかっているはず。

 しかし戦闘となると、理解していたはずの理屈すらも頭の中からすっぽり抜け落ちてしまうことがある。

 そういうときこそ落ち着いて、戦場を冷静に分析しながら判断を下す策士が必要なのだ。

 私はそういう策士としての立場で、アレンを支えないといけない。

 宝石魔法はあくまで援護、そして自衛の手段であって攻めの要にはならない。

 アレンこそが勝利への鍵なんだ。

 話し込んでいるうちに緑グループの初戦が激戦を迎えていた。周囲の生徒のざわつきで私とアレンも一度戦場へと目を向ける。

 魔法と魔法、はたまた魔法と剣、攻防一体の戦闘が広い訓練場で繰り広げられていた。

 いや、この場合は訓練場ではなく闘技場という方が相応しいかもしれない。

 拮抗する騎士と騎士の鍔迫り合いを後方からプリンセスが魔法で援護をしつつ、戦況の優勢を自らの方へと傾けんとしのぎを削る。

 両者共に制服は汚れていた。動きやすい素材だが汚れにくい服という訳ではない。

 戦えば土埃が着くし、泥だって被る。或いは自分を含めた誰かの血が付着するかもしれない。

 普段身だしなみを気にする人であって、この戦いのさなかではそんなことはどうでもよくなるのだ。

 何故なら、勝ちたいから。

 その強い気持ちが、気迫が、観戦するこちらまで届いてきた。

 勝ちたいのは私だけじゃないんだ。みんな同じなんだ。

 そう再認識したところで、私は再びアレンに声をかける。

「アレン、私たちの番がきたらまずは相手の情報を集めることを優先しよう」

「わかった、全裸にしてやろう!」

「は?」

「え?」

 え、なんでそんな顔するの?

 なんで理解できないって顔してるの? 今のなんのボケなの? どうツッコミを入れたらいいの?

 わからない……わからないよアレン!

「お、おっほん! とりあえず今は試合に集中しよっか」

「そうだね!」



 アレンの理解不能かつ高度なボケが思考から離れたと同時に、緑グループの模擬実戦は終わった。

 あれからもう一組の試合も見たけど、やっぱりレベルが高い。

 魔法は詠唱なしだし、ナイトの剣術も素人目でもわかるくらい卓越されている。

 この学園に入学できるってことは、それ相応の実力があるということなんだろう。

 筆記試験で満点を叩き出し、ゴリ押しで入学する生徒は私くらいなものかもしれない。

 とはいえ臆してはいなかった。

 宝石魔法もそうだけど、やっぱり頼れるパートナーがいるっていうのはそれだけで心の支えになってくれる。

 そして姿は見えないけど、エリアスも傍にいるって思うと、怖いものなんて何もない気がしてきた。

 そう考えた私の思考を読んだのか、ただの偶然か、耳元でエリアスの声がした。

「エデン様、少しお話が」

 私はその場では返答せず、アレンに一言伝えてその場を離れる。

 下へと繋がる階段の途中で止まると、微弱な風が小さな竜巻を作る。

 その竜巻が小さくなっていけばいくほど、人の姿が半透明から鮮明な色をもって現れた。

 エリアスだ。

 魔法の本で、風魔法には姿を隠す魔法があるというのを読んだけど、恐らくその魔法だろう。

 どんな名前だったかは忘れてしまった。

「エリアス、どうかした?」

 私が尋ねると、エリアスは傍まで近づいて小さな声で答える。

「何やら怪しい人物を発見致しました」

「怪しい、人物……?」

「はい。青い髪の男なのですが、離れた場所からずっとエデン様を観察していたのです。その表情には不気味な笑みが浮かんでおりました。それと、影に隠れてはいましたが、その男とは別にもう一人いることも確認済みです」

「青い髪の男……」

 全く身に覚えがない。

 私の交友関係も一応知ってるはずのエリアスが知らない時点で、もちろん赤の他人であることは明快。

 しかしだからこそ危険な匂いがする。

 私をずっと観察していた、それは何のために? 

「私は授業があるから気に留めておくことしかできない。だからエリアスに……頼んでいいかな?」

 その男の監視を。

 その意味を汲み取ったエリアスは頷き、少し頭を下げながら言う。

「承りました。エデン様は授業に集中してください」

「ありがとう、本当に助かるよ。エリアスには後でお礼をしないとね」

「……」

「ん?」

 いつもならここで「お礼など不要です」とか言うかと思ったけど、何やら思考を巡らせているような表情をしている。

 しばらく思案した後、エリアスは口を開いた。

「でしたら、放課後に茶葉の買い出しを手伝ってはくださいませんか?」

「茶葉の?」

「はい。北にある極寒地域で私の故郷、『レイシスア』に住まう家族に王都の土産を贈りたいのです」

 エリアスの故郷が極寒地体にあるということを今初めて知った。

 レイシスアは人も魔物も数が少なくて、運送を担当する人以外は誰も足を踏み入れない辺境。

 逆にレイシスアから王都まで来るのも中々大変と聞く。

 寒い場所で育ったから、エリアスは雪みたいに肌が白くて美人なのだろうか。

「そういうことならとびっきり凄いのを贈ろうよ!」

「凄いのを?」

「うん! 茶葉だけじゃなくて、保存が効く食べ物だったりアクセサリーだったり、沢山贈ろう?」

 茶葉だけでは勿体ない。レイシスアには運送の日程も厳密に決められていて、半年に一度という制限がある。

 半年に一度、吹き荒れる雪が弱まることが原因だ。

 限られたチャンスは存分に活かすのが私のやり方。半年に一度しか送れないなら、半年に一度一年分の贈り物を届ければいいのだ。

 単純だけど、もっとも効果的だと私は思う。

「宜しいのですか……?」

「もちろん! もう私のお財布も存分に使っちゃって!」

「……感謝いたします」

 エリアスは微笑んだ。

 彼女が笑うと私も嬉しくなる。しかし自分の財布も使っていいと言ったのは失言だったかもしれない。

 全部使われたら今月の化粧代とか服代とかその他諸々買えなくなっちゃう……!

 どうしよ。

「ご安心を、全て使い果たすなんてことはありませんので」

「うぇっ!?」

「顔に出ておりますよ」

 心の声が表情に出ていると知った私の頬は途端に紅潮し始める。

 その様を見たエリアスは珍しく目を細め、ふふっと口元を抑えながら笑った。

「では私は監視に徹します。エデン様、くれぐれもお気をつけを」

「う、うん。エリアスも気をつけてね」

 私がそう言うと、エリアスの姿は一瞬にして消えた。暗殺メイドとこれから呼んでみようか。

 彼女が消えた後の何も無い空間をしばらく眺めていると、外からリーシェ先生の声がした。

 だいぶ喉を酷使するような叫び声だ。きっと下から上まで届くように、めいっぱい大きな声を出しているのだろう。

 緑のグループは終わり、次は赤という知らせが耳に入る。私は深呼吸して、実践を行う舞台に向かった。



 息を切らしながら走って向かうと、既にそこには私とアレンを含めた四組のプリンセス・ア・ナイトが集まっていた。

 そこには、エレジーの姿もある。

 彼女は遅れてきた私を睨み、そしてすぐさま視線を逸らした。

「アレン、お待たせ」

 まずは私のパートナーに挨拶を交わし、リーシェ先生に一礼をした。

「何かあったの?」

「ううん、ちょっと用事ができただけ」

 尋ねてきたアレンにそう答える。

 実戦前に余計な心配事を増やしたくはない。アレンにはただ目の前の敵に集中して欲しかった。

 アレンだけじゃない。

 私も今だけは、目の前の敵に集中しよう。

 大丈夫だ、私をずっと見ているという怪しい人物に関してはエリアスが対処してくれてる。彼女が見張ってくれてるなら、心配はいらないはず。

「ねぇエデン」

「ん?」

 考えに耽っていると、唐突にアレンが私の名前を呼んだ。彼の顔に目を向けると、いつになく真剣な表情を浮かべてこう言う。

「……トイレに行きたい」

「……」

「い、行ってくるから先生にはよろしく言っといてぇ!」

 唖然としてる隙にアレンの姿はトイレに向かって遠くなっていく。

 なんなんだ、あの真面目な顔でボケるヤツ。そもそもアレはボケてると言えるの?

 いやもう普通に馬鹿なのかもしれない。

 ボケと言うより馬鹿なのかもしれない。

 仮に本当にアレンが犬なら、後でちゃんと教えないと……「トイレに行きたい」は真面目な顔で言うものじゃないって。

 


  ★



 ボケなのか本当に馬鹿なことを言ったのか、その真実はアレン本人しかわからない。

 しかし彼は今、模擬実戦が始まる直前にエデンから一時的に離れ、とある場所に向かっていた。

 その場所とは――

「さて、君がエデンをずっと見ていた怪しい人物だね」

 訓練場の武器保管庫前。

 扉の前に立つ青髪の男に向けて、アレンはそう言い放つ。腰に携えている剣をいつでも抜ける準備を済ませて。

 青髪の男は扉の方を向いていたが、ゆっくりと踵を返してその顔を明らかにした。

 端正な顔立ちの、深紅の瞳をした青髪の男性。

 長身で細い体の、一見すると病弱に見えるその男の表情には、狂気という概念が纏わりついているかのように不気味が充満している。

 アレンはその男の瞳を見て既視感を覚えた。

 そう、彼の記憶にある方目を閉じた少女――エデンの深紅の瞳。

 赤い瞳はこの国では珍しいを越して存在すらしていない。

 エデンは例外なのだ。

 そのせいか、アレンはその男を同類かと考えた。

 もしもエデンが本当に人ではなかったとしたら、もしこの男とエデンが何かしらの種族で、同族だとしたら。

 そう考えたが、すぐにその思考を捨てた。

「んんんんんん、どうやら僕を見定めているようだっ!」

 青髪の男は形容し難い笑い声と共に話す。

 その手は肌色だが、殺気を纏っているせいか血が着いている錯覚すら見える。

 途端に命の危険を感じたアレンは剣を抜いた。

 黄金に装飾された、剣。それを青髪の男に向ける。

「君は誰だ。エデンをずっと見ていたのは何故だ」

「嗚呼、神よ! 何と僕は今聖剣を向けられております! 不完全な聖剣! 不完全な保持者! 何と憎らしい、何と忌々しいものか!」

「何を言って――」

「しかしっ! 僕が証明して見せましょう……僕の実験が、僕の悪魔が、僕のモノが、忌々しい聖剣を折ることができるのだと!」

 男は狂っている。

 狂わなければならない理由があったとしても、狂わずにはいられない理由があったとしても、その狂気は既に凡人が持つモノを超えていた。

 青髪の男はハッと思い出したかのように突如アレンに視線を向けて、こう言う。

「どうか覚えていてくださぁい。僕の名前は『アルス・アルグナム』です。これから盛大なパーティを開く者、です」

「アルス・アルグナム……君は」

 名前に該当する人物がいないかアレンが思案をした隙に、アルス・アルグナムと言う男の姿は消えていた。

 しかしその男が去った場所には、目眩がするほどの血の匂いが充満していた。

「やはり危険人物でしたか」

 一人去ってはまた一人。

 しかしその一人は、敵ではない。

 影から現れたのはエリアス。エデンの専属メイドで、一応アレンとも面識はあった。

「君は、エデンの……」

「はい、エデン様の命で先程の男の監視をしております」

「奴は危険だよ」

「承知の上です」

 覚悟の決まった目を向けながら、エリアスは言葉を返す。

 エリアスはエデンを最優先にして立ち回る。これがもしエデンに指示されたことではなくとも、初めから彼女は青髪の男を監視するつもりだった。

 一瞥でその真意を悟ったアレンは、それ以上余計なことを口にはしない。しかし、必要だと思うことは言う。

「そっか。でも君がいなくなったら、悲しむのはエデンだ、くれぐれも気をつけるんだよ」

「……ただのメイド。エデン様は私のことは気にかけていない、とは考えないのですか?」

「おかしなことを訊くね。もちろん考えない、エデンはそういう女の子じゃないから」

「……」

「命令でもないんだろ? 多分お願いされたこと、断っても良かったことをエデンは頼んだだけだろうしね」

「さすがは幼い頃に共に傍にいたお方です。エデン様のことをもくわかっておりますね」

 エリアスはどこか安堵したような表情を浮かべる。反対にアレンは、少し驚いた様子を見せた。

 エリアスが自分を試したこともそうだが、何よりもアレンが気になったのは一つの事実。

「君は僕のことを覚えているの? エデンはすっかり忘れてるみたいだったけど……」

 小さい頃の記憶が曖昧になったり、一部を忘れてしまうことはよくあること。それは誰にだって起こる、成長の過程とも言える。

 故にアレンはエデンが自分のことを覚えていないことに関して、そこまで傷ついてはいなかった。

 全く覚えていない、ということに疑問はあるにはあるが。

 エリアスはアレンの問に頷き、話を続ける。

「私も幼少の頃よりエデン様のお傍におりますから、あなたのことは覚えています」

「そう、なのか……」

「あなたはエデン様の遊び相手になってくれておりましたね。家庭の都合で王族の皆様に訪問するついでの、僅かな時間ではありましたが」

 アレンの家系は由緒正しき、王に仕える騎士の家系。当主は国王の近衛騎士となり、あらゆる外敵から王を守り抜く剣となる。

 アレンもまた、その当主の後継者。

 必然と王族であるエデンとも顔を合わせることもあった。

 かつての彼女が、半ば王族という範疇から隔離された存在でも、王族は王族であるという当主の命で顔を出したのだ。

 アレンはそのときに起きたことを思い出す。数える限りしか会ったことはない、話した時間も今までの人生と比べたら取るに足らない小休止ほど。

 しかし当時の彼にとって、エデンにかけられたある言葉は救いとなった。

 彼はそのときのことを思い出しながら、エリアスに言葉を返す。

「うん、落ちこぼれと周囲から言われ続け失意の底にいた僕を、エデンは唯一認めてくれた」

 或いは彼女自身が、誰よりも蔑まれていたことで相対的にアレンが才溢れるものに見えていただけかもしれないが。

 それでもアレンにとって、彼女の言葉は何よりも救いだった。

 彼女が差し伸べた手は、どんな手よりも暖かかった。


――あなたは立派な騎士になる。大きくなったらあなたみたいな優しい人に、守ってもらいたいな――


 彼の記憶に残り続ける、その言葉。

 一生忘れることはない。その言葉があるからこそ、騎士を目指して努力し続けられた。

「エデン様が昔のことを思い出してくれることを、切に願っております」

 エリアスは気遣いとして、その言葉を送る。

 感情表現に乏しい彼女だが、人の深層心理を見抜くことに関しては得意と言える。

 日常生活でも戦闘時でも、相手を観察することを常に重点に置いている彼女だからこその、習慣とも言えるだろう。

「ありがとう。僕はそろそろ戻る、君も深追いは禁物だよ」

「はい」

 エリアスは一礼し、その場から瞬時に姿を消す。

「彼女は本当にメイドなのかな……」

 あまりにも熟練された動きにアレンは思わず唖然とした。漏れた言葉には驚愕の色が窺える。

 自分の用事も済み、そろそろ戻ろうとアレンは踵を返した。

 エデンがいる場所に向かってゆっくりと足を進めていると、光が差す出口の方から走ってくる人影が見える。

 朧気だった人影は徐々にはっきりと。やがてアレンの前に、息を切らしながら焦った様子で駆けつけるエデンが現れた。

 眼帯をつけることなく片目を閉じたままの少女。アレンの目には絶世の美女に見えている。

 自分にとっての姫と遭遇したアレンは、内心で興奮しながらもその様子を表には出さない。

(エデン……可愛い……)

 もはや狂っている。そう断言できるほど、アレンはエデンに心酔していた。

「や、やっと見つけた……先生が待ちくたびれてイライラし始めたから、探しに来たんだよ」

 アレンのすぐ目の前まで来たエデンは、肩で息をしながらそう告げた。

「ごめんごめん、僕ももう準備は済んだから戻ろうか!」

「あ、ちょっと待って」

「ん?」

 エデンは更に距離を縮める。

 他人であれば不快に思うほどの距離、所謂パーソナルスペースに踏み入ったエデンは、徐に両手をアレンの首元に伸ばした。

 そしてその手はアレンの制服の襟を掴む。

「何でか知らないけど立ってるよ、襟。身だしなみはきちんとしなきゃね」

 そう言いながら、エデンは襟だけでなくブレザーのネクタイにも手を伸ばし整え出す。

 まさかの展開にアレンはついていけず、その顔には赤色が広まった。

 幸いエデンは彼の顔には視線を向けておらず、その隙に平常心を取り戻そうとアレンは努力する。

 再びエデンがアレンの顔を見る頃には、その表情から赤色は消え去っていた。

「よしっ、これで大丈夫。いこっ!」

「う、うん!」

 一方彼の心はというと。

(新婚夫婦かよっ!!)

 この有様であった。

 


 戻った二人の前には既に対戦相手の姿がある。それはエレジーとイージス。

 まるで運命が意志を持って仕組んだのような組み合わせだ。

 因縁があるとは言えない。エデンにとっては特別な感情など特にないのだろう。

 しかしエレジー、彼女は違った。

 エレジーのエデンを見る目は他とは少し違った。エデンを蔑む目は多い、無論エレジーも彼女を蔑んでいるのは間違いなかった。

 それでも、蔑みだけを向けている訳でもなかったのだ。

「第四皇女様、またお会いしましたね」

 嫌味を含んだ、わざとらしい口調でエレジーは挨拶をする。

 滅多にその呼び方をされないエデンは少し戸惑いを見せながらも、相応の返答を心掛けようと息を飲んだ。

「ご、ご機嫌よう、エレジーさん……」

「ぷふっ」

「ちょっ!」

 隣で静かに吹き出すアレンにエデンは思わず手を伸ばす。

 二人の仲の良さは一段と深まっていた。その様子を見て、エレジーは些か不機嫌な様子を見せる。

「ふんっ」

 それを見たイージスが口を開く。

「どうやらウチの姫様は不機嫌なようだぜ」

「余計なことを言わないで、イージス」

「不機嫌……?」

 訝しげな表情を浮かべながら、エデンはエレジーの顔を覗いた。

 素朴な目。どうして不機嫌な気持ちを抱えているのか、何に対して不機嫌になったのかわからないという純新無垢な瞳。

 その視線が、エレジーの神経を逆撫でする。

「仮にも皇女のくせに、どうしてこんな所にいるのよ……」

「え?」

「あなたは第四皇女でしょ、だったらもっと政治に関わるべきじゃなくて? こんな学園に来ないで、政治のことに関して学ぶべきなんじゃないの?」

「えっと……それは私の一存ではどうにもできないっていうか……」

 エデンにはエデンの事情がある。しかしその事情を誰もが知っている訳でもない。

 知っているのは、エデンの容姿と魔力を持たないという特性が、かつての災厄を彷彿とさせることだけ。

 故に皆、彼女を嫌っている。蔑んでいる。最悪、消えて欲しいと願う者もいる。

 エデン自身も自分がここまで嫌われている理由を知らない。それは、その真実を彼女の手に渡らせまいと佳作する何者かの手によるものだが、今はまだそれを知るときではない。

 今重要なのは、エレジーにとってエデンは何があろうと王族であることに違いはないということ。

 エレジーの主張は、そこに起因するものがある。

「あんたたち王族が何もしないから、私の故郷は……」

 誰にも聞こえない声で俯きがちにエレジーは呟く。

 再び顔を上げた彼女はエデンに鋭い視線を向け、敵意と共に言葉を送る。

「模擬だろうがなんだろうが私は負けない。この学園を卒業して得た権力で、必ず故郷を復興させるのよ」

「故郷を?」

 エデンの問にエレジーは答えない。

 ただ目の前の王族と戦う意思を、この場で唯一の教師であるリーシェに示す。

「もう話すことなんてないでしょ、あんたらもさっさと構えなさい!」

 エレジーの強い言葉にエデンは宝石の入ったポーチに手を入れる。

 傍にいたアレンも携えていた剣を抜いた。それに応じてイージスも大剣を構える。

 身の丈を超えた大剣を軽々と動かしたイージスは、ニヤリと笑みを浮かべた。

 四人が戦闘準備を済ませたのを見たリーシェは、臨機応変に審判役に徹し始める。

「よし、準備できたみたいだな。いいか? やむを得ない場合を除いて私は手出ししないからな。だから四人とも――存分に戦え!」

 掲げたリーシェの手が素早く振り下ろされた瞬間、戦いの火蓋は切って落とされた。

 始まりと同時に魔法を放つ役を担うエレジーとエデンは後方へと下がる。彼女らの役目は支援、前衛で戦う『騎士』の援護をすること。

 即ち本丸と言えるのは――

「イージス、行くよ」

「いつでも来いっ!」

 アレンとイージスの二人である。

「――【アイシクル・フィン】――!」

 後方からエレジーが氷魔法を放つ。小さな氷の柱が数本、イージスを抜けてアレンを襲う。

 高密度の魔力で形成された氷を砕くのは至難の業だが。

「ふんっ!」

 アレンの剣によってそれらは軽々と砕かれ、エレジーの攻撃は防がれた。

 数本の氷柱を難なく、そして素早く破壊したアレンは地面を蹴り跳躍する。標的はもちろんイージス。

 凡そ常人では再現できない速度で間合いに入ったアレンは、剣を振り上げる。イージスも咄嗟に反応し大剣を構えることで受け止めた。

 剣が衝突すると甲高い音が響き渡り、訓練場内にいる生徒たちを圧巻させる。

 素早く、そして強く剣を振るい続けるアレンとそれを受け止め続けるイージス。

 両者の剣戟は見るものを魅了していた。

「どうしたんだい、さっきから防ぐばかりじゃないか!」

 汗ひとつ流さず、余裕の顔を浮かべながらアレンは口を開く。

 イージスもまた余裕を見せながら笑みを零した。

「ふん、まだまだこれからだろ? それにこの戦いは、俺たち二人だけのもんじゃねぇはずだぜ!」

「――っ!?」

 突如、イージスは身体を大きく動かし横に飛ぶ。彼が先程までいたはずの場所には、数本の氷柱が宙を飛んでいた。

 アレンとイージスが戦うさなか、背後でエレジーは【アイシクル・フィン】の氷柱で意表を突く準備を済ませていたのだ。

 無論、その作戦は成功した。

「まずいっ!」

 常に目の前の敵に集中していたアレンは、前のめりになりながらも強引に身体を捻り躱そうとする。

 しかし遅い。

 判断し、行動に移るまでのプロセスを踏んだ時点で氷柱との衝突は避けられない。

 否――

「我、命ず。業火よ飛び散れ――【フレイム・レイ】――!」

 相手が意表を突く作を講じていると予測したエデンは、既にアレンの傍に向けて炎系統の宝石魔法を放っていた。

 炎の弾幕がアレンを襲う氷柱の全てと衝突し、溶かす。

 イージスとエレジーが二人で戦っているのと同じように、アレンとエデンも二人で一つのタッグ。

 前衛が敵と交戦しながら後衛があらゆるピンチを未然に防ぐ。防げないピンチは支援によって前衛を防御したり、前衛の対応を手助けする補助となる。

 これこそがプリンセス・ア・ナイトの意義。臨機応変に対処できる戦術、そしてそこには『想い』というなの絆も芽生えていく。

 その絆が、阿吽の呼吸で動く騎士と姫を完成させるのだろう。

 今、彼ら彼女たちはその道のりを歩んでいるのだ。

「アレン、迷わず前に出て! 私が援護するから!」

「了解!」

 エデンの指示でアレンは走り出す。

 援護してくれる者がいるという安心感がアレンに勇気を与える。その背中をグッと前に押してくれる。

 迎え撃つのが自分の身長を超える大剣だとしても、アレンは臆せず剣を振るった。

 無論、彼の持つ剣はそう易々と折れたりはしない。

「はぁぁぁぁ!!」

「ふん!」

 アレンの繰り出す一撃をイージスは受け止める。もう一撃、もう一撃と即座に辻の攻撃へと移るアレンの猛攻撃を、イージスは何とかギリギリのところで躱す、或いは大剣で防ぐ。

 イージスの背後からは氷柱が、アレンの背後から火球が。

 前衛で戦う二人もさることながら、背後から援護射撃を繰り返すエデンとエレジーも白熱していた。

 両者、相手がどう出るかを予測しながら戦う。

 だが、仮にエレジーが戦況を予測したとしても、エデンの予測がそれを上回ってしまう。

 ありとあらゆる書物を読み漁り、そして実際に死の淵を彷徨うほどの戦いを経験したエデンは、知識と経験から相手の行動を先の先まで読む。

 宝石魔法の発動時間が長いというネックさえなければ、今頃氷柱よりも火球の方が数は増え、イージスやエレジーを狙い撃ちしていたことだろう。

 良くも悪くも均衡を招いたのは、エデンの『魔力を持たない』という体質だった。

(くっ、このままじゃ……!)

 ポーチに手を突っ込んだエデンは、その表情に焦りの色を浮かべる。

(宝石の数が減ってきた……)

 限りある宝石の在庫。それを見越して節約をしたつもりでも、度重なる氷柱への対処でいつ間にか思った以上の消費をしていた。

 ポーチの重さは戦闘が始まる前より何倍も軽くなっている。

 火球の連発はもう難しい。

 これまでアレンへの攻撃を防ぐ形でエデンは援護をしてきた。しかしこうなってはもう防ぐよりも最善策がある。

 それは――

「アレン、私も前に出るっ!」

「わかった、僕が援護する!」

 短い言葉で相手の意図を汲む二人の連携。後方での位置取りに徹していたエデンが前へと走り出す。

 同時にイージスと交戦していたアレンは相手の剣を弾き、その際に生まれた一瞬の隙を突いてエデンの傍まで移動した。

 エデンがなぜ前に出たのか、エレジーは警戒をしつつ思考する。しかしメリットよりもデメリットの方が大きい行動に、エレジーはどうしても思考を巡らせることができなかった。

 一か八か? 単純な答えに行き着いたエレジーは、氷魔法を行使する。

「――【ベイ・アイシクル】――!」 

 走るアレンとエデンの足元から突如して氷柱が出現。

「くっ……!」

 やむを得ず足を止めるエデンだが、相変わらず手元に宝石は無い。

 自分の魔法で対処するつもりはないようだ。

 その代わり、アレンが進行方向にある氷柱を破壊していく。

 もちろんそれを邪魔するのはイージスだが。

「アレン! 俺のことを忘れてねぇか!」

「忘れてないさ、一時もね!」

 再び二人は交戦し始める。だがそれは短く終わる。

 振り上げられたイージスの大剣が降りるとき、アレンは華麗なステップで躱しつつ剣に己の魔力を流した。

 すると、刀身から炎が湧き上がる。

「悪いけどここで終わりだっ!」

「ぬっ!?」

 魔法が付与された剣。しかし通常のソレとは異質な空気を放つ、焔の剣。

 雄叫びを上げるように炎を滾らせた剣はアレンの洗練された動きと共に、業火を放つ!

 アレンが振るうとたちまち空気を割く炎の斬撃が飛んだ。

 その斬撃は一直線にイージスへと向かい、そして直撃する。

「ぐあぁぁぁぁ!」

 防ごうと構えた大剣は容易く弾かれ、イージスの身体に熱い斬撃が襲った。

 強い衝撃と共に硝煙が巻き上がる。相手の状態を確認する前にアレンはエデンの傍まで戻り、一言声を掛けた。

「今だ、エデン!」

「うん!」

 立ち止まっていたエデンが再び動き出す。

 氷柱はアレンが対処する。彼は失敗しないと完全に信じているのか、エデンは迷わず億さず一直線にエレジー目掛けて駆ける。

 エレジーが如何なる氷魔法でその進行を妨げようと、焔の剣を振るうアレンの前では焼け石に水だった。

 アレンの剣術の腕はもちろんのこと、そもそも氷と炎では相性が悪い。一瞬にして溶かされる氷は、もはや足止めにすらならなかった。

「まずい、イージスは!?」 

「くっ……」

 先程のアレンの斬撃でイージスはかなりのダメージを負っていた。再び立ち上がるまで時間を有する彼の有様を見たエレジーは、覚悟を決める。

「炎だろうが関係ない、全部凍てつかせてやるわよっ!!」

 今までないくらいの没頭、己の内側に意識を向けたエレジーはより深く、より濃く、より強く魔力を練り上げる。

 再び顔を上げ、標的であるエデンとアレンを見据えたエレジーは、練り上げた高エネルギーの魔力を放出。

「――【ベイ・アイシクル】――!!」

「うっ!!」

 速さ、冷たさ、どれをとっても過去最高レベルのベイ・アイシクルが、突如エデンの足元から飛び出す。

 咄嗟に避けようと回避行動に移ったエデンだが、完全に避け切ることはできなかった。

 幸い胴体には直撃しながったが、それでも左腕には当たってしまった。

 長袖の制服が氷柱の当たった場所だけ破れている。露出した裸からは血が流れ、エデンは苦悶の表情を浮かべながら出血箇所を押さえた。

「エデン!」

「あんたもよっ!」

 すかさずエデンの下へと駆け寄ろうとしたアレンの前に、再び氷柱が現れる。

 進行を妨害されたアレンは力の限り剣を振るうが、それを見越したエレジーは彼の周りに無数の氷柱を出現させる。

 ベイ・アイシクルの連続発動。もはや誰も驚きはしない、彼女は魔法の連発を幾度となく繰り返した。

 アレンの焔の剣が氷柱を破壊するよりも多く、彼の周りには無数の氷が行く手を阻む。

 当たり前のように、さも当然のように、高レベルの魔法を連続で使用。

 それはもはや観戦していた生徒だけでなく、教師であるリーシェも感心してしまうほど。

 エレジーは魔力を高く保有し、そして魔力コントロールも他とは一線をきしていた。

 それはエデンが越えられない才能。生まれ持ってできてしまった差。見上げることしか叶わない大きな壁。

 エレジーは、本物の天才と呼べる。

「はぁ、はぁぁ、うぅっ、ぁぁ……」 

 しかしさすがの天才も、今のでかなりの魔力を消費した。魔力とは生命エネルギーの一種、消費すれば体力も失われる。

 その様子を見て、エデンは不敵な笑みを浮かべた。

「な、何が面白いのよ」

「もう終わり?」

「は?」

「これが私の狙いだよ」

 エレジーはエデンの言葉に理解が及ばない。腕を負傷し、宝石も尽きかけている彼女に一体何ができる?  

 何をしようとしている? 

 その未知が、エレジーに不安を与える。

 しかし答えは教えて貰えない。教える気のないエデンは、彼女が動揺している隙を狙ってポーチから宝石を取り出す。

 紫色の宝石が太陽の光の下、燦々と輝きだした。

「攻撃手段が僅かに残ってる相手を前に、全部出し切るのはご法度だよ!!」

「――!?」

「――我、穿つ刻が来た。万雷よ迸れ【ライトニング・スレイド】――!!」

 雷の槍が、エデンの手元から放たれる。

 対人特化の宝石魔法。一撃必殺とも呼べる紫電。直線的な攻撃は躱しやすく反撃されやすい、それ故にエデンは相手の疲弊を待っていた。

 例えまだ防御手段が残っていようと、今のエレジーの魔力ではライトニング・スレイドを完全に防ぎ切るのは不可能だろう。

 普通の魔法と比べて発生速度は遅くても、その威力に遜色はない。

 リーシェが考案した魔法は、通常の魔法にも負けず劣らず。鍛錬次第では超えることも可能。

 そしてエデンは、ずっとずっと鍛錬を続けてきた。

 才能がないとわかっているから。努力しないと越えられない壁があると――否、努力をしても越えられない壁があるからこそ、彼女は必死に練習を続けた。

 その結果、目の前の天才すらも追い詰めることができるのだ。

「うっ、くそっ!」 

 雷の槍は速度を上げながらエレジーに迫る。目にも止まらぬ速さ故、躱せばいいと理解していながらも身体はその思考に追いつかない。

 直撃。その結果が、エレジーの思考を占拠した。

 直後――

「うおぉぉぉぉ!!」

「イージス、あなた!?」 

 やっと再起したイージスが、突貫する雷の槍とエレジーの間に立ち塞がり、大剣を構えた。

 そして、ライトニング・レイズが彼の大剣に直撃した途端、凄まじい衝撃が周囲に広がる。

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 威力を増していく雷の槍に対抗するイージス。彼の立ち位置が徐々に後ろへと押しやられる。

 明らかに劣勢な状況で、イージスは笑った。

「エレジー! こりゃ負ける、ははは!」

「イージス……!」

「すまん!」

 イージスの屈託のない笑顔には、恐怖はなかった。謝りはしたが後悔の念もさらさら無いようで、ただただ強者に負ける清々しさが笑みとして零れている。

 それを見たエレジーも戦闘態勢を解き、全身の力を抜いた。

 脱力した腕はぶらぶらと揺れ、定位置に止まる。そして、悔しそうな笑みと共にエレジーは言う。

「負けよ」 

 その言葉と同時に、横から入ってきたリーシェ先生が宝石魔法でライトニング・スレイドを放ち、エデンが放ったものにぶつけて相殺した。

「そこまで!」

 その合図と共に、エデンとアレンも強ばった体から力を抜いた。


 

 

 

 

 

  

 

 




 

 

 

 


 

  

 


 


 

 

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