とあるメイドと主・後編
私に一言尋ねたエリアスは、軽くいなすようにキリシェの剣を弾いた。
そして振り向くと、臀部を地面に着いて唖然としていた私の下へと歩み寄る。
ゆっくりと余裕のある歩みでありながら、追撃を許さないかのようなプレッシャーを感じた。
まつ毛にかかった銀の髪を指で退かしたエリアスは、中腰になって手を差し伸べてくる。
「お手を」
私は無言でその手を掴んだ。するとエリアスは顔色ひとつ変えずに私を持ち上げた。
「ありがとう、エリアス……どうしてここにいるの?」
近くになったエリアスの顔を見ながら、私は訊く。
するとエリアスは私の服に着いた土埃を払う作業をこなしながら言う。
「詳しくはお片付けを済ませてからに致しましょう」
「片付け……?」
「はい。彼を、そして彼が雇ったであろう殺し屋を排除致します」
エリアスはキリシェの方に振り向いて、短刀を構えた。
エリアスの視線の先にはキリシェがいる。何が起こったのか理解できない困惑と、物事が自分の思い通りにならないことに対する怒り、その両方が彼の表情に浮かび上がっていた。
私が対峙した殺し屋の一人は既に姿を消している。
辺りを見渡してもキリシェ以外の姿は、影すらも見つからない。
エリアス一人で本当に大丈夫なの?
不安が込み上げてきて、私はエリアスの傍まで近寄った。
「エデン様?」
「私も手伝うよ」
「いいえ、エデン様。私一人で十分ですので、どうかお休みになってください。戦う術ももうないのでしょう?」
「でも……」
エリアスの顔を見る。
彼女は微笑んでいた。
妙に嬉しげで、満足気な表情だ。
「私はエデン様の専属メイドです。主の為に働くのは当然の責務であり、主に不必要な血を浴びせないよう処理するのもまた当然の責務」
エリアスは数歩前に出て私を自分の後ろに立たせる。短剣を構える彼女は、いつも目にしているクールで仕事をそつなくこなすメイドではなく、静かで獰猛な狩人に見えた。
浮かべていた笑みは泡沫のように消え去り、普段の無に近い表情に戻る。
「ご安心を。朝食と支度と同じくらい簡単なことですので」
そう言うとエリアスはキリシェに向かって跳躍し、短剣を振るう。
怒りに呑まれているとはいえキリシェも難なく受け止めた。
その瞬間、先程の殺し屋ともう一人、同じ服装をした男がエリアスの左右から挟み込んできた。
「エリアス!」
私が叫ぶのとほぼ同時にエリアスはキリシェを押し退け、左から迫る同じ短剣使いの殺し屋を弾いてから、流れるような動作で右からも迫る短剣を躱す。
軽やかなステップで次の動作に移るエリアスの姿が踊り子のように見えた。
今まで私が見てこなかったエリアスの姿……もしかしたらこれが本当の彼女なのかもしれない。
「くっ……ただのメイドじゃないのか!」
「昨夜も聞いたようなセリフですね」
一人の殺し屋が不満気に口にした言葉に、エリアスは淡々と返事をする。
「おい! 何をしてる、さっさとその女を殺れ!」
キリシェがそう命令すると、二人の殺し屋は同時に動いた。
今度は挟み撃ちではなく二人同時にエリアスの周囲を駆ける。
あれじゃあタイミングを合わせて躱したり防いだりすることは難しくなる。背後から攻められたときに前から来られれば、対処もより難易度をあげるだろう。
にも関わらず、エリアスは落ち着きを保ったままその場を離れなかった。
「後悔するなよ、女!」
一人の殺し屋のその言葉を合図に、両者とも一斉にエリアスに襲い掛かる。
一人は後方、もう一人は高く跳躍して上から。
お互い息の合った動きで短剣を同時に振るう。
「――【ウィンドネス】」
だがしかし、エリアスは上空に魔法で風の刃を放ち、後方から来る殺し屋に体を向けた。
「なにっ!?」
「終わりです」
上空から飛び降りてきた殺し屋は風の刃によって吹き飛ばされ、腹部から出血しながら地面に倒れる。
後方にいた殺し屋にエリアスは視認できない速さで短剣を振るい、一瞬にして男の体を切り刻んだ。
「さて、お次はあなたです」
エリアスはキリシェに目を向ける。その背後では切り刻まれた殺し屋の男が、無惨にも散っていた。
一切の返り血すら浴びずに、助けに来たときと同じ姿でエリアスは立っている。
「どうしてだ……どうして俺がこんなに追い詰められてる? 俺は選ばれし者なんだ……俺は特別なんだ……なのにどうして! どうしてお前なんかに負けるんだ!!」
キリシェの殺意は私にだけ向けられた。
彼の視線、彼の怒り、彼の憎悪は私に対するだけのもの。故に彼の足先は私に向けられ、剣の鋒も私に向けられる。
キリシェの足元に赤く光る魔法陣が展開された。あれは身体能力を一時的に上げる魔法だ。
そう理解した瞬間、キリシェは私に向かってきた。
確かにキリシェの身体能力は高い。魔法を扱わずとも私では反応が遅れるほど、彼の動きは速い。
そこに魔法によるバフが加わればもちろん、私では反応できなくなる。
息が止まった。
危機察知だけは正常に迅速に反応し、命の危険を感じた。
緊張が全身に伝わり筋肉が強ばることで、呼吸器官に携わる筋肉も硬直して息が止まる。
気付いたときには既に遅い。
いや、反応できたとしても魔法が使えない私には、どうすることもできないのだ。
今はただ、エリアスに守られるだけの存在でしかなかった。
キリシェが私を傷つけるよりも速くエリアスは駆けつけ、私の前に立ってキリシェの剣を受け止める。
鍔迫り合いの最中にキリシェは言った。
「退け! 退け退け退け退けぇ! 俺は選ばれし者、俺の邪魔をするやつは誰であれ殺すっ!」
「まるで悪魔のよう……もしや精神操作の――」
「退けぇぇぇぇぇぇ!!」
「――っ!」
キリシェの叫びと共に彼の目から濃い赤の血が流れ出した。
たちまちキリシェの両腕に赤く光る魔法陣が幾つも展開される。
「これは身体強化の……全身に何重にも掛けるつもりですか」
「俺は選ばれたんだ……選ばれた特別な存在なんだぁぁ!」
均衡を保っていた鍔迫り合い。キリシェが身体強化の魔法を幾つも自分に重ねた結果、その均衡は破られる。
優勢に立っていたエリアスは突然劣勢に周り、徐々に押されていく。
エリアスは速い。
きっとこの場にいる誰よりも速度に関して彼女に勝る人はいない。しかし魔法によって強化されたキリシェの力には、彼女ですら勝てない。
私はどうする?
私はただ後ろで守られるだけでいいの?
いい訳ない!
何か考えろ……魔法が使えなくても、策を考えて逆転の一手を導き出すんだ。
なんのために知恵を身につけた! なんのために今まで努力してきた!
私の力は宝石魔法だけじゃない。頭を回転させろ、知恵を振り絞れ、急がないとエリアスが……。
ポーチに手を突っ込む。周囲をより観察する。何か使える物がないかと情報を一身に集める。
その間もエリアスは劣勢を強いられ、その場で固定していた足下が徐々に後方へと押しやられていた。
「あっ――」
私は見つけた。
倒れている殺し屋の手から離れた一本の短剣を。
瞬時に思考が加速する。
培った知恵とこれまでの経験を駆使して策を導き出す。
しかしその策は綿密に練り上げられたものではなく、応急処置のようなもの。成功する可能性は高くもなく、成功したとしても最終的にどう転ぶのかはわからない。
現状、私にできることが少ないが故にこれしかないと導き出した策であり、結果を良くしてくれるのは結局エリアス次第になってしまう。
けど、それでもいい。
このまま何もしなかったら、それこそエリアスも私も命を落としてしまうかもしれない。
キリシェの様子もどこかおかしく見える。まるで何かに洗脳されているみたいで、キリシェも自分自身の魔法によってその身を滅ぼそうとしている。
何もせず何もかもをダメにするくらいなら、僅かな可能性にでも縋ってやる。
私は決断し、エリアスとキリシェの方を一瞥した。
「エリアス、十秒稼いで!」
「何を!?」
珍しく焦った様子でエリアスは私を見る。その直後に私は落ちている短剣の方へと駆け出した。
今のエリアスなら十秒は稼げる。そして十秒あれば、私の走る速度なら短剣の方へと辿り着ける。
背後を警戒する必要はない。ただエリアスを信じて真っ直ぐ走ればいい。
辿り着いたとき、息は乱れていても構うことはない。目的のためにひたすらになれ。
自分にそう言い聞かせて、滑り込みながら短剣に触れる。掴み、持ち上げ、構えてから私は叫んだ。
「エリアス! 私に向けて魔法を放って!」
「魔法を? いえ、できません、くっ……!」
「いいから早く、これは主からの命令だよ!」
エリアスの表情に曇りが入る。
余程私に魔法を放ちたくないのだろう、急速に顔色が悪くなっていった。
キリシェに押されているときよりも私に魔法を放つか悩んでいるときの方が顔色が悪い。
しかし今はそんな悠長に考えている時間はない。催促しなければ、とはいえ命令と口にしても悩むほどの相手に何を言えばいいのだろう。
パッと安直な言葉が浮かんで、急いでいるのも相まって勢いで私は言った。
「信じて!!」
「――承知しました」
私の一言に、エリアスはようやく覚悟を決めたみたいだ。
青ざめていた顔色は元通りになり、少し表情を歪めながら精一杯の力でキリシェの剣を若干押しやる。
そして僅かな隙を使い、私に向かって【ウィンドネス】を放った。
風の刃が私に向かって迫り来る。
一度体験したことのある光景でも、やはり怖いのものは怖い……。
これから私がやることは一か八かの賭けだ。
宝石魔法は宝石に魔力を溜め込んでおくことで、詠唱を唱えて発動できる魔法。
宝石は元から魔力を貯め込みやすいという話があるから、きっとリーシェ先生はそこに目をつけたのだろう。
長期間魔力を貯め続けられるのが宝石だったのが宝石魔法の誕生の秘訣であるなら、短期間であるのならば宝石という括りに執着する理由はないのでは?
もし、金属で造られた短剣が僅かな時間魔力を帯られるなら?
実際にキリシェが剣に魔法を掛けていたのを見て悟ったのだ。
宝石ではなく金属でも、魔力は一時期的に蓄えられると。
もちろんキリシェの持つ剣が特別製であるという可能性も捨てきれない。それに、仮に本当に私の仮説が真実だとしても、ウィンドネスの風の刃を受け止めることができるかどうかはわからない。
受け止めたとして、人が放った魔法から魔力を受け取ることはできるのかどうかもわからない。
けどチャレンジする価値はある。
そうこうしている内に風の刃が短剣に衝突した。強風が頬を掠め、両手で掴んでいる短剣が吹き飛ばされそうになる。
私は全力で短剣を握り締めて風に抗った。受け止めたことで風の刃は分散し、顔に傷を付ける。
首にも、手にも、脚にも、擦り傷がみるみる内に増えていった。
深い傷とは違った執拗い痛みが全身に走るも、私は声を上げずに耐える。
ウィンドネスが効力を失ったとき、短剣は薄らと緑の光を放っていた。
「できた!」
魔力を帯びた剣。
風系統の魔法の性質があるとはいえ、魔力は魔力。これを触媒にすれば宝石魔法を行使できる。
「エリアスは下がって!」
先程直ぐに納得しなかったエリアスだが、今回は有無を言わずに明後日の方向に飛んで下がった。
目の前から邪魔者が消えたキリシェは怒りのまま私を睨み、超強化された身体能力を駆使して一気にこちらに距離を詰めてきた。
気圧されるほどの勢いに怯みそうになりながらも、私は歯を食いしばって恐怖に耐える。
魔力を帯びた短剣を前に向け、私は唱えた。
「――我、穿つ刻。万雷よ迸れ!」
「させねぇよぉ!」
詠唱を唱えると、キリシェの剣が目下数十センチまで接近。狙いを定める時間も失敗する余裕も消えた。
だが不思議と今以上に焦りは生まれなかった。
不安も何故か訪れない。
必ず成功できるという自身も当然ないにはないのだけど、失敗に対する恐怖もないのだ。
自分でも原因はわからないけど、この絶体絶命の場面で私は今まで以上に神経を研ぎ澄ませることに成功していた。
火事場の馬鹿力というやつだろうか?
とにかく――私にはできる!
こんなところで負けてしまえば掲げた目標も所詮口だけだと証明することになる。
そんなの私は認めない!
絶対に勝って、生きて、私は私の力で名誉を勝ち取るのだ。
故に私は――
「私は負けない!」
「ぬっ!?」
頭で考えることをやめ、直感で動く。
絶体絶命の場面で私はキリシェの攻撃を見切り、すんでのところで躱した。
突撃の勢いで体勢を崩しているキリシェの背後に周り、そして放つ。
「【ライトニング・スレイド】!」
雷の槍を。
一点集中一撃必殺の雷の槍は空気に雷電を走らせながら、生物のような甲高い鳴き声と共にキリシェに向かう。
背後から迫る驚異にキリシェは反応するも、振り向いた時点で既に目と鼻の先まで雷の槍は接近していた。
強化された怪物級の身体能力で辛うじて剣を前に出して防ぐが、槍はその勢いを更に上げていく。
「ぐぬっ、ぐぉぉぉぉぉ!!」
キリシェも更に己に強化魔法を付与した。
しかし無駄だ。
魔力が続く限り徐々に威力を増していくライトニング・スレイドは、耐えれば耐えるほど劣勢に強いられる。
対処法は躱す、或いは消し飛ばす。
それができなかったキリシェは案の定押され始め、剣には致命的なまでの亀裂が入った。
そこに気を取られたキリシェは一層押し退けられ、やがて剣は破壊される。
宝石魔法の触媒として使った短剣に宿っていた魔力も同時に消え去り、魔法も解除された。
しっかりと魔力を注ぎ込んだ宝石を触媒にしていれば、今頃キリシェの胸を貫いていただろう。
魔法は途中で効力を失い、キリシェは死ぬことなく武器を失う。私の計算通りだ。
とはいえほとんどが賭けによる一発勝負。これは私の策のよる結果ではなく、ただただ運が良かっただけに過ぎない。
自惚れてはいけない。
「はぁ、はぁ、ぐっ……くそっ……う……」
限界を迎えたキリシェの身体はボロボロだった。
辛うじて残っている戦意も疲弊した身体では活かすことはできない。彼は膝を着いて呼吸に専念している。
「エデン様」
エリアスが私の横に来て、耳元で囁く。
「騒ぎのせいか、複数人がここに集まってきています」
「え、どうしてわかるの?」
「私の特技です」
特技でそんなことできる人間なんているのかな? と思いつつ、私は次の判断をエリアスに小声で尋ねる。
「どうすればいいかな?」
「ひとまずお帰りになられることがよいかと。今後の学園生活に支障が出るのは避けるべきです」
「でも……」
キリシェを見る。
彼をここに置いていっていいのだろうかと、私は迷った。どんな経緯があっても、死の瀬戸際に立たされている人間を置いていくのは、少しばかり躊躇ってしまう。
見返してやるという気持ちはあるけど、それは決して相手を殺してやろうという憎しみではないから。
ふと、エリアスはスカートを捲り上げ、太ももを締め付けるベルトに装着された極小サイズのポーチから何かを取り出した。
一瞬そのベルトに複数本の短剣も隠されているのが見えたが、今は言及しないでおこう。
エリアスが取り出したものは、緑の液体が入った小瓶。
「これは?」
私が訊くと、エリアスはそれをキリシェに向かって強く転がした。
「これは回復魔法で製造された回復薬です。まだ生きたいと思うのなら、お飲みになってください」
本当に有能なメイドだ……と内心思った。
キリシェは縋るような目付きで目の前に転がり込んだ瓶を掴む。回復薬が入った瓶の栓を抜き、それを一心不乱に飲み干した。
同時にエリアスがこう囁く。
「では、帰りましょう」
「え、ちょっ」
エリアスの手が私の両脚を抱える。
気付けば私は、おとぎ話に出てくる姫様がされるみたいに抱き抱えられた。
「じ、自分で歩けるよ!」
「いえ、時間がないので私が抱いてお連れ致します」
「うぅ……」
恥ずかしくて、自分でも赤くなっているのがわかるくらい、頬が熱くなる。
人生で初めてお姫様抱っこをしてくれるのが、専属のメイドだなんて思わなかった。
驚きと羞恥が私を襲っている。
しかしそれはそれとしてエリアスの判断は正しいということも理解していた。だからこそこれ以上何も言わなかったのだけど、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
エリアスは恥ずかしさで顔を赤くする私を放って、急いでその場から去る。
壁を蹴り宙を踊るように跳躍し、軽々と訓練場の敷地から出た。
普通に走って出ていくものだとばかり思っていた私は、抱き抱えられながら唖然としてしまう。
ただのメイドではないことはさっきの戦闘でわかったけど……寧ろメイドは副業なのかもしれない……。
訓練場から屋敷まで全速力で街中を駆け抜けるエリアスは、まるで歴史の本に書いてあった伝説の暗殺組織を思い出させた。
その暗殺組織は『アークテイルズ』と言い、何人もの人を暗殺した最凶の組織。
満月の夜にしか現れず、流星の如き速さで駆けては光の速さで対象を殺す。その速さ、正確さで一度も失敗をしたことはないそうだ。
エリアスはその暗殺組織を伝説たらしめた『流星の如き速さで駆ける』という点で、相応しいほどに合致している。
本気で速いのだ。
当初は初めての抱っこで恥ずかしがりながらもちょっぴり喜んでいた私だけど、途中からは恐怖の方が勝ってしまった。
壁スレスレに走るし、人とぶつかりそうになるし、ド派手にジャンプするし。
でも壁にも人にもぶつからない。跳躍したあとの着地も柔らくて静か。
エリアスは何者なのだろうかと、問い詰めたくなってきた。
しかし走っている最中は舌を噛む危険性を考慮し、一度も声を掛けずにいた。
屋敷に着いた今も、降ろされた瞬間に腰が砕けて膝から崩れ落ちてしまう。
「大丈夫でしょうか、エデン様?」
心配した顔でエリアスがそう語り掛けてくる。
「大丈夫大丈夫、はは……ちょっと刺激的すぎて腰がね……」
「私が支えます。どうぞ、お手を」
「ありがとう、お言葉に甘えるね」
そう言いながら、私は差し伸べられたエリアスの手を掴む。
いつものように、エリアスは私を支えてくれる。私のために力を貸してくれる。
何者か知りたい気持ちはあるけど、それとは別に、何者だろうと関係ないという気持ちはあった。
たとえどんな経歴を持った人間であろうと、エリアスは敵ではないと確信できる。
幼い頃からずっと一緒にいてくれた家族みたいな存在だしね。
「エデン様? 私の顔に何か?」
考え事をしているうちに、私は無意識にエリアスの顔をじっと見つめていた。
私はエリアスの呼び掛けで気付き、微笑みながら言う。
「ううん、何もないよ。ただありがとうって、言いたくて」
「感謝されるようなことは何も」
「感謝されるようなことしか今日はなかったよ」
エリアスが来てくれなかったら、今頃私はどうなっていたかわからない。もしかしたらこうして再びエリアスと話すことはできなくなっていたかも。
キリシェのことは追々考えるとして、ひとまず今はエリアスに感謝したい。そして私にできることで、恩返ししたい。
「ありがとう、エリアス。いつも私のことを守ってくれてたんだよね?」
「……はい、ずっとお傍で見守っていました。ですがそれは」
「それは責務です――っていうのは今はナシ!」
「は、はい」
人差し指を突き出して私が言うと、珍しくエリアスは動揺した様子を見せた。
「立場だけで見れば確かにエリアスの言うことは正しいかもしれないけど……私はあなたのことを、今は家族として見てるから。私から出る言葉を上の立場の人間からのものじゃなくて、対等な立場の人間から送られた言葉として受け取って欲しいの」
「対等な立場の……」
「そう。その、えっと……例えば姉妹とか!」
「姉妹……」
血も繋がってない、ただの主とメイドの関係なのに勝手に姉妹認定してしまった。
しかし同じ家に何年も一緒にいる年上のお姉さんとか、もうただのお姉ちゃんだよね。
血は繋がってなくても心は繋がってる、私はそう信じてる。
「エデン様がそう仰るのであれば……しかし慣れるまでは……」
どうやら私の信頼は確かだったみたい。
エリアスの困った様子は新鮮味を感じて、私の悪戯な部分が引き出されてしまいそうになる。
あまりからかいすぎないよう自分を律しつつ、私は言う。
「うん、心に留めておいて欲しいってだけだから、急ぐ必要はないよ」
「かしこまりました」
エリアスは慣れた動作でお辞儀をし顔を上げる。すると彼女の口角上がっていて、柔らかい笑みを浮かべていた。
メイドとしてではなく、ただ私とエリアスという対等な立場の人間だけが見せ合える笑顔だ。
彼女は玄関扉のノブを掴んで言う。
「では中へ、本日は美味しい紅茶をご用意しております」
私も笑みを見せ、屋敷の中へ一歩入る。振り返って、共に中に入ってきたエリアスに言葉を返す。
「一緒に飲もうね」
「えぇ、一緒に」




