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プリンセス・ア・ナイト  作者: 寒咲 薙
序章【宝石と剣の舞】
5/8

とあるメイドと主・中編

 翌日目を覚ますと、エリアスが朝食の準備をしていた。

 いつもは私の起床と共に準備を終わらせているはずのエリアスだけど、どうやら今日は遅れているらしい。

 むしろそういう所に人間味を感じて、私としては安心するところだけど。

 エリアス本人は遅れたことに関してかなり責任を感じているみたいで、深々と頭を下げて謝ってきた。

「申し訳ございません、諸事情により朝食の準備が遅れてしまいました」

「いいよいいよ、遅れたって言っても遅刻はしない範囲だし、たまには仕方ないんだから」

「……」

「ん?」

 エリアスがじっと私を見つめている。

 どこかおかしいだろうか。

「なに? 私なんか変かな?」

 私が尋ねると、エリアスはハッと意識を取り戻したような仕草を見せて、首を横に振った。

「いえ、少々意識が飛んでおりました」

「それ大丈夫?」

「問題ありません」

 問題はあると思うのだけど、これ以上問い詰めてもエリアスが言うことは同じだっていうのは、容易に予想できた。

 エリアスは体調が悪くても仕事を続ける。私には大丈夫だと言って誤魔化すけど、いつも完璧なまでな仕事ぶりを見ている私にとって彼女の不調はわかりやすい。

 ボーッとしているのは不調の現れの第一段階だ。

 それに目の下に隈ができている。白い肌だとよく目立つ。

「エリアス、もしかして寝不足?」

「……」

 沈黙は肯定と捉えることにしよう。

「エリアスはもう寝ていいよ。片付けまで私がやるから」

「ですが――」

「いいのっ」

 ですが、と言葉を聞けば反射的にその後エリアスが何を口にするか頭に浮かんでくる。

 どうせ無理してまで仕事を全うしようとするに決まっている。エリアスはそういう人間だし、王族に仕える人達はみんなそういう価値観の人達ばかりだ。

 何よりも主を優先し、何よりも自分を下に置く。

 今ではもう私の勘違いだけど、もし仮に本当にエリアスが私を嫌っていたとしても、きっと彼女は仕事を優先する。

 そして今だからこそ私はこう思う。

「もっと自分を大事にして」

 エリアスの目を真っ直ぐに見ながら私は言った。

 私を好いてくれてるのならば尚更、私の為に自分を大切にして欲しいのだ。

「かしこまりました」

 呆気に取られたような顔を一瞬浮かべたエリアスは、その後すぐに元の無に近い表情に戻ってそう言った。

 一歩下がって軽く会釈をしたエリアスは、静かに部屋から出ていく。

 一人残った私は卓に並べられた朝食を前に椅子に座り、少し急いで食べ切ってから片付けを行った。

 普段エリアスが一人でこなしている仕事の一端を味わい、その大変さが身に染みる。

 お皿を洗うだけでも体力をかなり消費した気になるのは、恐らく普段から私が何もしていないからだろう。

 至れり尽くせりの現状じゃこれからもエリアスに負担を掛け続けてしまう。

 キッチンで食器を洗い終えた私は冷蔵庫の横にあった椅子に座り、重い嘆息をした。

「はぁ……これからは私も手伝おうかな……でもなぁ……」

 手伝ってミスでもしたらそれはそれでエリアスに迷惑を掛けるし、そもそもエリアスが手伝わせてくれるかどうかも怪しい。

 皿洗いくらいなら私にもできるし、押せばエリアスもさせてくれそうだ。

「よし、今日から毎日皿洗いは私がやろう!」

 一人でガッツポーズをしながら、自分に対して誓った。

 自室に戻り、ちょっとした化粧をした私は新しい制服に着替える。首元のリボンを苦しくない程度に結んで、いざ出陣。

 昨日ダメにしてしまった制服はエリアスが捨ててくれた。オーダーメイドのこの制服は新しい物を頼んでも、出来上がるのは数ヶ月先だったりする。

 これ以上ダメにしたらエリアス自ら修復に走るだろう。そうなったらまた彼女に負担を掛けてしまう。

 今日の魔法の訓練では絶対に制服を犠牲にしないようにしよう。

 絶対にだ。

 とか言ったらフラグになってそれを回収してしまう気しかしないけど、とにかく絶対にだ。

 ――そして放課後。

 今日は全ての授業が座学で、魔法の実践はできなかった。しかし問題はない、放課後に訓練場を借りて一人ですればいいだけの話なのだから。

 学校が管理している訓練場を申請するだけで借りることができるというのは、思いの外便利で助かる制度だ。

 私みたいに周りとの差が大きい人間にとって、授業の時間より放課後の時間の方が貴重だったりする。

 授業は決められたルールの中で限られたことしか学べないけど、放課後という自由時間では自分でルールを決めて自分のやりたいことを伸ばせる。

 何よりも貴重な時間だ、大事に使おう。

 あと制服も大事にしないと。

 今日も攻撃系統の宝石魔法の訓練だ。

 ナイトが現在もキリシェである以上、いつか彼と共闘することになる。

 その時に攻撃すらできない無能と呼ばれるのは嫌だ。私のプライドというか、尊厳というか、普通にそういうこと言われるの嫌いだから。

 無能なんかじゃない、私にもやれることはあると証明してみせる。

 リーシェ先生から宝石も補充し、宝石を入れる専用のポーチも貰った。

 そのポーチを腰に掛けて、今回は標的となる石で造られた人形を前方においてから、私は訓練場の中心に立つ。

「――我、穿つ刻が来た。万雷よ迸れ【ライトニング・スレイド】――!!」

 宝石を手に持ち詠唱を唱え、そして前方に向けて宝石を指で弾く。【ライトニング・スレイド】は迸る雷電の弾が目にも止まらぬ速さで標的を穿つ魔法。

 あらゆる宝石魔法の中でもトップクラスの貫通力を誇ると、本には書かれていた。

 その威力がどんなものか、試してみようと今回の訓練で行使した訳だけど……。

 前方数十メートル先の石人形には小さな穴が空いていた。

 穴の周囲にヒビは入っておらず、ただ一点のみを貫いたみたいだ。

「一点集中形……覚えておこう」

 威力は凄まじい、貫通力も確かに半端ない。けど集団戦には向かない。範囲攻撃ではないから、殲滅力もない。

 但し敵の数が限られているプリンセス・ア・ナイトの戦いでは有効となる魔法だ。

「もう一回!」

 威力の調整、有効射程距離の確認、狙いの正確さ、それらのレベルを更に上げるために私はもう一度、更にもう一度繰り返し魔法を行使した。

 岩人形は穴だらけ、音にならない悲鳴が聞こえてきた。

 威力の調整は宝石に込められた魔力のコントロールをするだけなのだけど、それが難しくて器用にできない。

 有効射程距離は大体二十メートル程だった。それ以上は標的に当たる前に魔法が消えてしまう。

 狙いの正確さは……実は何十発も撃って当たったのが数発。岩人形の面積はそれほど広い訳でもないから、一見するとかなり命中していると勘違いするけど、実際は魔法を行使した回数と命中した回数にかなりの差が生まれている。

 私はその場に崩れ落ちる。

 魔力を消費しているのは宝石。大したエネルギーも使ってないはずなのに、何故だかどっと疲れが襲ってきた。

 溜まっていた疲労だろうか? だとしたら何が原因で溜まっていたんだろう?

 精神的疲労? だとしたら……心当たりしかない。

 学校ではリーシェ先生やアレンが親切にしてくれてるけど、あの二人以外は平常運転。

 いや、危害を加えることが滅多にない街の住民とは違って、危害を加えてくる生徒達はある意味異常と言えるかも。

 朝、登校すると私の机には落書きがあった。椅子には画鋲が一面に敷かれていた。

 授業中はゴミやペンがよく飛んでくる。時折頭に当たったりして痛かった。

 すれ違いざまに『死ね』『消えろ』等の悪口ならまだしも『殺してやる』という殺害予告までされる始末だ。

 平静は装った。

 何ともない顔をしたり、たまに反抗的な態度を示したり、とにかく毅然とした姿を振る舞い続けた。

 ずっと気を張ってたんだ。

 一人になって、訓練も一通りやって、無意識に気が緩んでしまったのかもしれない。

 まだ魔法の訓練を続けたいのに、疲弊が脚に纏わりついて離れない。

「はぁ……疲れた……」

 一人になるとどうしても気を緩めてしまう。どこかで誰かが見てるいるかもしれないと危惧しつつもだ。

 やはり私も人間、限界というものがあって――

「よぉ、第四王女様ぁ?」

「あ、キリシェ……」

 最悪のタイミングで最悪の人物が来てしまった。

 キリシェはニヤリと笑いながら訓練場の出入口からゆっくりと歩み寄る。

 その足取りは軽快かつ穏やかで、しかしキリシェ本人の人柄のせいで余計怪しさを放っていた。

 私は警戒を固める。

 主に精神的警戒を。

「毎日ご苦労だな? 一体何をしてるんだ?」

「気になるの?」

 何か言われる前に私は立ち上がり、そう返す。

「ほら、俺らは一応パートナー同士だろ? 相方の現状把握も大事だからよ」

 怪しいにも程がある。

 昨日まで私に敵意剥き出しだった相手が、突然友好的な態度で来られたら警戒するに決まっている。

「パートナー、ね。突然そんな態度を見せられても、私はあなたを信用しない」

「へー?」

「なに?」

「いやほら、お前さ? まともに魔法を使えないくせに偉そうじゃないか?」

「……それは」

 まずい予感が走る。

 キリシェは更に一歩近づき、私のパーソナルスペースに侵入してきた。

 心臓がドクっと脈を打つ。緊張が全身を走り、視野が狭まった。

「俺がいなきゃまともな成績も残せねぇんじゃねぇの? そんな態度でいい訳? どうなんだよ?」

 キリシェの顔が間近まで迫ってきた。

 彼の態度は徐々に大きくなっていくが、以前と違って荒々しさはない。

 そして彼の言っている言葉は……正しい。

 今の私は無力だ。プリンセス・ア・ナイトの戦いが始まっても、私一人では誰にも勝てない。

 それはそもそも、私達は二人で戦うのが基準となっているから。

 その上で私とキリシェがこれからも敵対し続けるのは、それだけで周囲とのハンデを生む行為。

 しかしそれは――

「あなたもそれは同じでしょ? あたなも一人じゃ勝てない、違う?」

 自分にとって相方が重要であるように、相方にとってもこちらが重要。お互い欠けてはならないのがプリンセス・ア・ナイトの肝となっている。

 二対一で魔術師と騎士に挑むこと自体、どんな場面でも避けるべき劣勢なのだから。

 だからこそ私達は協力しなければならない、お互いの為に。

「私も今後はあなたのことを敵対視しない。だからあなたも」

「勘違いすんなよ?」

「――っ!?」

 突如、首に短刀が当てられる。

 短刀の持ち主はキリシェではない。背後で何者が立ち、私の首に腕を巻いてきた。

 気配が一切無かった。

 只者ではない気配と殺気が瞬く間に私の体を支配し、硬直させる。恐怖と焦りが思考を鈍くさせ、冷静さは一気に消え失せた。

 汗が、額から滴る。

「俺はいつでもお前を殺れる。あぁそれとも、ヤレるってのが正しいか? お前も一応女だからなぁ?」

「うっ……」

 手を動かそうとすると、首に突きつけられた短刀が押し付けられた。

 背後にいる暗殺者は一言も言葉を発さない。しかしその真意は行為で伝わる。

 ――動けば殺す。

 それが瞬時に伝わり、私は抵抗を諦めた。

「無駄だぜぇ? 多額の金で雇った最高クラスの殺し屋だ、そんじょそこらの騎士や魔術師じゃあ太刀打ちできねぇ」

「っ……こんなことして」

「こんなことして、なんだぁ? あぁ!!」

「うっぐぅっ!!」

 キリシェの膝が私の腹部にめり込む。

 内蔵が潰れる感覚、傷ついてはいけない器官にダメージが入る痛みが走った。

「おらぁおらぁ!!」

「あぁっ……!!」

 再び、同じことを繰り返される、

「おらおらおらおらおら!!」

 繰り返される。

 繰り返される。

 その度に呼吸が数秒止まり、意識が飛びそうになった。私は歯を食いしばって耐え続けた。

 けど――

「泣いてんぞぉ? 涙が出てるなぁ? はははは!」

 痛い。苦しい。

「どうだ苦しいだろ? お前が俺の靴を舐めながら、俺の忠実な奴隷になるって言うんなら許してやるよ、プリンセス・ア・ナイトだって協力してやる、どうだ?」

 呼吸が苦しい。

 意識も思考もはっきりしない。少し休む時間がなければ、相手の提案に適切に対応できない。

 忠実な奴隷になれば、共に戦ってくれる? 奴隷になるだけでいいの?

 奴隷になるには靴を舐めればいいの?

 それだけで私の目的は、達成される?

「お前みたいな負け組の弱者にはお似合いだろ? みんなから嫌われて、蔑まれてきたお前にとっては、奴隷になって俺の為に生きることはある種の救いのはずだ!」

 彼の言っている言葉は全て正しいように思う。

 私は産まれた時からその見た目、そして魔力を持たないという理由で忌み嫌われてきた。

 他人からはもちろん、親からも。

 そんな私がみんなから認めてもらう為に頑張っても、その先に私の望む世界が本当にあるんだろうか。

 どれだけ努力を積み重ねても、本当は無意味なんじゃないだろうか。

「お前の努力は全部無駄だ! 人望も力もねぇヤツは何も変えることはできねぇんだよ!」

 そうなのかもしれない。

 でも諦めたくない自分がまだいる。

 諦めたくないなら、それが正しい。

 何故なら彼の言うことの一部は正しくないから。確かに私には力はない、人望も他人と比べたら確実にないに等しい。

 けど、私はもうこの世界で独りぼっちではなくなった。

 力も、その扱い方を今教わってる最中なんだ。

 私のことを何も知らないこんな奴に、とやかく言われる筋合いなんて――ない!

「なんだその目?」 

 私は反抗的な視線を、キリシェに向ける。

「あなたの言うことは正しい。力も人望もなければ、自分を認めさせることなんて夢のまた夢」

「はっ、何かと思えば俺がさっき言ったことじゃないか?」

「――だからこそ、私は今!」

 殺し屋は私の腕を掴んでいる。しかし首元に突きつけた短刀があるからと油断しているのか、腕を掴む力は弱くブレザーの袖の部分しか持っていない。

 その隙をついて、体重を下に下ろしながら急降下しブレザーのみを脱ぎ捨て、脱出。

 そして、

「欲しい明日を掴むために努力しているの!!」

「なっ!?」

 背後で殺し屋が驚く声と、目前で焦りを見せるキリシェを捉えた。

 狙いはキリシェ、ではなく背後にいる暗殺者。キリシェは確かに私より強いが、思考は単調でわかりやすい。

 ならば先に厄介な方を仕留める!

「――我、穿つ刻が来た。万雷よ迸れ【ライトニング・スレイド】!」

 体を捻り背後に向ける。その流れのまま腰のポーチから宝石を即座に取り出し、セットし、照準を定める。

 一連の動作に正確さは求めず、ただ速さのみを追求し、放つ。

 雷電の槍が空気を貫き、瞼を一度閉じた後には既に黒いマントに身を包んだ暗殺者の短刀に衝突。

 短刀で防ごうと殺し屋は考えたのだろう。他の魔法であれば恐らくは止められていた。

 しかし、それは貫通力を極めた魔法の前ではむしろ愚策。

 受け止めるのではなく避けるべき。避けられる程の速さの反射神経を持っているのなら、だけど。

「なにっ、勢いが更に……!?」

【ライトニング・スレイド】の貫通力の高さの要因は雷魔法の性質ともう一つ、ドリルのように回転し続けることにある。

 何度も何度も放ってわかったことだ、本には記されていなかった。

 回転を繰り返す雷の槍は周囲を迸る電磁波によって更に回転を速める。鉄なんて、簡単に貫けるのだ。

「くそっ!!」

「避けられなかった時点で、もうおしまいだよ」

 殺し屋は最後の最後まで踏ん張ったが、その努力も虚しく短刀は貫かれ粉々になり、雷の槍は殺し屋の右肩をいとも容易く穿った。

 穴の空いた右肩はもはや動かず、暗殺者は痛みに悶えながら跪く。

「あぁぁぁぁぁ!!」

「――これで、後はあなただけ」

 私は振り向き、驚きのあまり唖然としているキリシェに目を向ける。

「何を驚いてるの? 私があなたの雇った殺し屋を倒すなんて、想像もつかなかった?」

「有り得ない……魔力を持たないお前が、なんで魔法を扱えるんだ!?」

 私のことを何も見てこなかった男は、当然ながら宝石魔法の存在を知らない。

 魔力がなくても自分なりに努力してきた私の日々の研鑽を知らない。

 だからキリシェは私を甘く見て油断する。知らない力を目の前で使われたら動揺する。

 彼に一撃お見舞いするなら今がチャンスだ。

「――我、穿つ刻が来た。万雷よ迸れ――」

「ま、待て! 待ってくれ!」

 キリシェの声が私の詠唱を遮った。

 一体何を言うつもりだとキリシェに耳を傾けた途端、彼は腰に携えていた剣に手を掛けながら地面を蹴る。

 そして一直線に素早く私の下へと接近してきた。

「ははは、そこだぁ!」

 詠唱が間に合わない!

 さっきの動揺する姿は全て演技だったの? 

「くっ……!」

「おらぁぁ!!」  

 鞘から抜かれた剣は私を狙う。

 キリシェの腕は止まらない、本気で私を殺しにきている。未熟だと指摘したことのあるキリシェだけど、そんな彼でもこの状況で私を殺すのは容易だ。

 避けなければ。

 即座に判断し両足を器用に動かして後方へと回避する。振り下ろされた剣は私に当たることなく、力の限り地面に衝突した。

 再び、キリシェは私を見る。

「よく避けたなぁ、大したもんだ。だがいつまで避けられるんだろうな?」

「避けてばかりじゃない!――汝の敵はここにあり、流転の輝きを見せよ!【ハウル・シャイン】!」

 宝石を空中へと投げ詠唱を口にすると、宙を舞う宝石は突如として白く輝きだし、目が眩むほどの明かりで周囲を照らした。

 魔法の効果を知っていた私は瞼を閉じ対処した。どうやらキリシェも私と同じ方法を即座に実践し、視界を失うことを回避したみたいだ。

「詠唱の文言から何となく察しがついてたぜ、お前の策も大したことねぇ!」

「それはどうかな」

 この魔法は光るだけで終わらない。

 輝きを放った後、宝石は浮遊を維持しながらその地点で留まり、あるタイミングで相手の意表を突くかのように――

「うがぁっ!!」

 全方位に向けて光の帯を急展開し、相手にぶつける!

 その光はただの光ではなく、魔力を有した光。故に確実に相手にダメージを加えられる。

 トラップ型のこの魔法は、相手が油断している際に使うのがセオリーだ。

 罠にかかったキリシェの腹部、纏っていた衣装には熱によってできた焦げが見える。そして本人も、膝を着いてお腹を押さえていた。

【ライトニング・スレイド】と比べると威力は大したことないけど、それでも魔法は魔法だ。

 当たればダメージは入るし、確実に相手の体力を削ることに貢献してくれる。

「くそくそくそくそ! ふざけんなぁぁ!!」

 再び立ち上がったキリシェは、怒号を響かせながら駆け出した。

 キリシェの持つ剣は淡い青色に発光しだす。

「剣が光って……」

「【ブルーライトソード】ォォ!」

 魔法だ。

 一般的な詠唱を必要としない魔法をキリシェは使った。ということは彼も本気を出したということだろう。

 猪突猛進。策など一切ない、ただ怒りに身を任せて一直線に走るだけのキリシェ。

 彼には確かに才能がある。中途半端な鍛え方しかしていない足腰でも、しっかりと地面を蹴って素早い動きを実現している。

 避けるにはもう遅かった。反応し理解するまでの間にキリシェは既に間近まで迫っていた。

 咄嗟にリーシェ先生が見せてくれた防御魔法を使おうとポーチに手を伸ばすと、そこには何もなかった。

 ポーチの中にあった宝石はなくなっていた。訓練から今に至るまでの間に、全ての宝石を使ってしまったようだ。

「まずい……!」 

 最後の悪あがきで後退りするも、キリシェは懐に入り斬り上げる動作に移る。

 直撃する。

 当たれば重症、最悪死に至る可能性があった。

 突如足がすくみ、上手く身体を動かせず躓いてしまう。

 ピンチが迫れば迫るほど思考も視野も狭くなり、焦りが大きな失敗を作り出す。今、この瞬間のように。


 瞬間――銀の閃光が、目の前を横切る。


 躓いて尻もちを着く私の前にはキリシェの剣の姿も、青い光も見えなくなった。

 ただ、そこに優雅に佇む一人のメイド――エリアス以外は何も見えなくなっていた。

「エデン様、お怪我はありませんか?」 

 エリアスは短剣で軽々とキリシェの剣を受け止め、余裕の表情でそう尋ねてくる。

 

 

 

 


 

 



 


 

 

 

 

 


 

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