42開脚目
「飯ー、飯ー、はよー、はよーッ!」
牢屋にぶち込まれた件の人物――グルグル巻きに拘束され身動きがとれないエリザベスは食事を求め叫んでいた。何もしなくても腹は減るというやつだ。それでいてスキル〈完全消化〉などがあれば排泄は不要となるらしい世界であり、この世界でアイドルがいるのであればファンの夢を壊さないため取得必須スキルといえるだろう。
「さっき食べただろう? うちのおばんみたいなことをいうなよな」
看守と思われる美人なドライアドにそのように窘められるエリザベス。どうやらエリザベスは既に食事を済ませていたようだ。
「ほしいの! もう我慢できないの! 貴女の手でもう一度食べさせてほしいの?」
「もー本当にうちのおばんにそっくりなんだから。しかたないなぁ、これで最後だからね?」
もうおわかりだろう。エリザベスは決してお腹が空いているわけでご飯を求めているのではないのだ。美しい女性――看守のドライアドに食べさせてもらいたいからこそご飯を求めているのだ。それも一度ご飯を食べさせてもらっているにもかかわらずにだ。それほどまでに魅惑のひとときなのである。
「はい、あーん!」
「あーん!」
鉄格子越しの「はい、あーん!」が炸裂した。これだ。これなのだ。これこそ魅惑の……至高の……究極のひとときだ。恋人たちが行う二人の世界に入ってしまうあれである。世の恋人たちはこれを人前であっても恥ずかしくないという強さを誇る。思いかえすと恥ずかしくなる……なんてレベルでは本物の愛とはいえない事象のあれである。恋人たちの恋人力が試されるあれである。
「もきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅんもきゅもきゅもきゅもきゅ」
イデアルみたいな咀嚼音を披露するエリザベス。満面の笑みを浮かべている。よくみると笑みだけではない。あまりの多幸感に涙を流していた。そして二つの手の平をぴったりと合わせていた。そう、いわゆる合掌である。おもわず合掌したくなるほどの幸福を与えてもらったということだろう。さらにはありがたくてありがたくて震えていた。
しかし……。
「ちょっ、ちょっと! だめじゃない。勝手に縄から抜け出しちゃあっ!」
どうやら許可なく勝手に縄からエリザベスは抜け出していたようだ。ただ、この拘束は自殺志願者と勘違いされたエリザベスが自殺できないようにとの配慮で縛りつけられていたものだが。
「もきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅんもきゅもきゅもきゅもきゅ」
叱られてもなおエリザベスの咀嚼音が牢屋に響き渡る。
「そもそもぐるぐる巻きにして手が使えないから食べさせてあげてたのにー、もうッ」
そういうと看守はエリザベスをもう一度ぐるぐる巻きにしてあげる。このときエリザベスは完全に無抵抗である。ずっとここにいたいと思っているようなエリザベスだ。このドライアドを傷つけたくない、迷惑をかけたくないようである。といっても手を煩わせているのだが。




