第8話 悪夢〜じんせい〜
ライブを見終わった俺たちは沸る熱の余韻に浸りながら夜道を進む。午後19時を過ぎた11月はすっかり闇に染まっていて、所々の電灯を頼りにしながら歩いていた。
「もうすっかり冬だね。いつ空から雪が降ってきてもおかしくないくらい寒いし」
そう言うと初華はフゥーと白い息を吹き出し、ほら?と今の季節が冬であることを証明してくる。
「そういえば天気予報も明後日あたりから雪が降り出すって言ってたな」
曖昧な記憶を辿りにそんなことを呟くと、思った以上の反応が初華から返ってきた。
「うっそ!?ほんとに〜?」
今度は作りではない本当なのため息を吐くさっきより大きな白いモヤが目の前に作られた。
「何か困ることでもあるのか?」
「困るも困る!大困るだよ!」
なんだよ‥‥大困るって、初めて聞いた単語だぞ。
「明後日イベントがあるんだよね。東京で」
「イベント?」
単純に興味で気になったため彼女に聞くと、どうやらアイドル関連の仕事が明後日11月18日に入っているらしい。内容はタブーとかなんとか言ってはぐらかされたが、極めて重要なものらしい。
そのため降雪による交通機関が麻痺することを初華は懸念しているようだ。なんだか思った以上に真面目な話で、真剣な悩みなんだと少しだけ感心したことは黙っておこう。
「それはライブなのか?」
「うーん違うかな。なんかそう言う感じの話じゃないっぽいし」
その時の彼女は楽しみというよりも渋々仕方なくと言った様子だった。いつも楽しそうにしている彼女にしては珍しい。
「なんなら、君も行く?」
「は?俺が?なんで」
「なんでって興味ない?私がどんなことをしに行くのか」
興味がないというわけではないが。俺が言ったところで彼女の助けになるわけでもないしなんなら足を引っ張る自信しかない。それにアイドルとは言ってもお仕事なのだから素人の俺が私情で参加させてもらえるものでもないだろう。
「遠慮しとく。ライブなら考えたかもだけどな」
「あー‥‥そう」
微妙な反応を示す彼女を前にしながら俺は1日の出来事を振り返る。
今日、俺はライブというものに興味が湧いた。多くの人間が大金をはたいて足を運ぶ理由もなんとなくだが理解できたつもりだ。
彼女のようにアイドルではなくても、芸能界に携わる仕事は山ほどある。もし本当に俺がその世界に引き込まれる時がきたら、そういう将来もありなのかもしれない。
そうして久しく自分の将来に期待に胸を膨らませていると、ジッとコチラを見つめていた初華に気づく。
「どうした?」
「ううん。なんでもない。帰ってきたその時、また言うね」
「その言い方だと明日はもう会えない感じか」
「え?なーにもう!1日2日会えないくらいで寂しいの?」
からかいながら思いっきり俺の背中を叩くと、初華は俺の五歩先まで走って笑顔でこう言った。
「大丈夫。そのうち君はずーっと!私と一緒にいられるようになるから!」
側から見ればプロポーズとも取れる発言。そんなロマンチック地味たセリフを堂々と街堂の中心で叫ばれると流石の俺も頬を赤らめる。
その時はその言葉がどんな意味を持ち、俺は伝えようとしていたのか真意はわからない。けれどその時の彼女は、まるで小学生の子供が遠足の前の夜に見せる笑顔のように楽しそうだった。
ほんとうに、楽しそうだった。
▼▽
あれから2年の月日が流れた。
病で床に伏せていたばあちゃんは1年前に逝去。身寄りがなくなった俺は毎日電気代と食費などの生活費と学校に行くための学費を稼ぐべく日雇いのバイトで日々体を酷使していた。内容は工事現場や渋滞整理、引越し業などさまざまである。
一度諦めかけていた人生を高校一年の冬に救われた俺は芸能界に携わる仕事を夢見ることも。二度と振り返ることはなかった。
芸能界に絶望したわけではない。ただ象徴となる人を失ったことに原因があった。
Summer SUILENのライブ後、道中の帰り道で別れたことを最後に俺は2度と一角初華と出会うことはなかった。言いかけた言葉も、真意も何一つ俺に聞かせることなく彼女は世界を去った。
11月18日、東京都世田谷区にてアイドル、一角初華の死亡が確認された。死因は全身を強打したことによる内臓破裂。40階のオフィスビル屋上にて飛び降り自殺を計った可能性が高いとみて、警察はこれを自殺と判断した。
学校も含め日本全国の初華ファンは悲しみに打ちひしがれ、その現実を簡単に受け入れる者は多くなかった。だが時間は残酷に、そして冷徹に通り過ぎる。30年振りに日間降雪量が記録を更新したというニュースが彼女の訃報を塗り潰し。あらゆるマスメディアは1週間を境に若き新星アイドル死亡のニュースを取り上げることはなくなった。
その事実を前に俺は彼女を殺した犯人を絶対は探し出す‥‥といった信念はなく。何より自分の中にあったのは誰よりも眩しく、アイドルという自分を愛していたアイツが、この世を去ったという事実を心の底から信じて切れていなかった。
まだどこかで彼女が生きているのではないか。そんな気がしてならない。
晴れきることのない曇天な冬空の中、今日も俺はいつも通り学校に通っていた。
「なぁ大樹?今日一緒にカラオケ行かね?最近できたばっかのとこがあってよ!みんなで行こうって話したんだけど」
彼女と一緒にアイドルをこの目にしたあの日以来、俺は自分のことを少しずつ認められるようになった。弱い自分、逃げる自分、言い訳ばかり口に出す自分。以前の自暴自棄で見失っていた頃とは違って、今では多くの友人に囲まれながら楽しい学校生活を送れていた。
これも、アイツのおかげなんだろうな。
「悪い今日もバイトだ。また誘ってくれよ賢治」
だが貧しい日銭暮らしを送っている俺からしたら一般的な友人交流をこなすのは難しかった。
「なんだよ付き合い悪いな〜じゃ、とりあえず駅まで一緒に帰ろうぜ?帰り道は同じなんだからよ」
「おう」
学校の玄関に向かって靴を履き替えると、校門に向かう。野郎2人で歩いている俺たちは道中男女で仲睦まじく歩いているカップルを目にすると少しばかり心がしょげる。
恋愛に縁のない高校生活。それも後3ヶ月で終わると思うとなんだか胸に込み上げてくるものがある。
そんなことを考えながら1人勝手にしみじみとしていると、隣の賢治が声を上げた。
「なんだあれ?すげぇ女子居るな。もしかして芸能人でも来てんの!?」
それはない。と、心の中だが速攻で突っ込んだ。そもそもこんな都会でもない田舎公立学校で超人気アイドルが誕生したのが奇跡だ。
もしかしたらテレビの取材かも?なんて頭を過ったがこの学校のことなんて初華関連の番組で取り上げられたし来る理由もない。十中八九、学校のイケメンに集っている女子だろう。
「まぁもし来てたとしても行かないからな?俺バイトだし。見たかったら見てっていいぞ?最近彼女と別れた賢治君や」
「お、おいなんで知って!?つか大樹待てって!!」
「可愛い〜」や「何年生?」などの声が聞こえる中、俺は構わず人混みをすり抜けながら校門を抜けた。
つもりだったのだが‥‥
俺の鞄が何者かの手によって引っ張られ、進行しようとする動きを阻まれる。その犯人は。
「‥‥なんだよ賢治。って、子供?」
赤いランドセルを背に背負い、黄色い帽子を被った女子小学生がそこには居た。
「離せよガキ。俺は急いで——————」
「私はガキじゃないわよ、大樹」
「‥‥は?」
背負ったランドセルをその場に投げ捨て、持ち前の《《あの》》台詞を吐く人間。そんなのは記憶に1人しかいなかった。
これは悪夢だ。そうに違いない。俺は今日からこの言葉を何かあるたびに使うだろう。
なぜなら。
「私は最強アイドル、一角初華よ!」
初めてできた推しのアイドルが、マセガキになってんだもん。
「もう勘弁してくれ」