第5話 人生の役者たち
柏ソニックドーム。日本七大ドームの一つとして数えられキャパ数はおよそ4万人。最先端の科学技術と無数の変形を見せるステージは主役を魅力的に演出する。アーティストを名乗るのであれば一度は立ちたいと望むドームステージだ。
そしてたった今、その会場内は周囲の温度を上げるほどの熱気を放っていた。
「わざわざ遠いところからありがとね、怜」
場所は控え室。これからステージに上がる人間が自分のテンションとモチベーションを調整する部屋だ。
そしてそこに1人。3人のメイクアーティストに囲まられながら静かに本番を待つアイドルがいた。
「こちらこそメイク中にお邪魔してしごめんね梨沙。東京のお土産だけ渡したらすぐに行くから」
「いいよ全然。そこのソファ座って?メイクももうすぐ終わるらしいから。そうですよね?」
梨沙の艶のかかった長い髪をクシでとかしながらメイクさんは小さく頷いた。滞在の承諾を得た私は近くのテーブルに持ち込んだお土産を置くとフカフカのソファに腰掛けた。
「けんけんぱの撮影はもうすぐクランクアップだね。視聴率もいいみたいだし次のドラマも早々に決まっちゃうんじゃない?」
けんけんぱとは私、斉藤怜が主演を務める連続朝ドラマの話だ。今日のドームライブを務める2人組アイドル、サマースイレンの1人の佐々木梨沙も出演している。
ただそれとは別に彼女とは芸能界に入った当初から仲が良く、たまに仕事を抜きにして遊びに行く仲だ。
「そんな都合よくいいお話は回ってこないわよ。それに今は朝ドラ主演を完走した達成感に浸りたいかな。絶賛ドームツアー中の梨沙には悪いけど」
「ふふ、いいんだ!私はどんなに忙しくてもファンのみんなの前で歌って踊れるのが生き甲斐だから!」
「‥‥そっか」
同年代で美沙のように芸能界で笑ってお仕事をする人は稀有な存在だと思う。煌びやかで憧れの世界だったここは今じゃ私にとって苦痛の世界だ。競争率の激しいオーディションに勝ち抜き、厳しい撮影現場でダメ出しされる演技にも最近少しだけ疲労を覚えてきた。大御所にもなれば住めば都で慣れてくるって先輩方は言っていたけど、周りのカメラマンさんやADの人たちに比べたら私はまだまだ若造扱いされている。
それでも女優はそれぞれに役の適正があるからオファーの形で仕事は降ってくる。枠が決まっている厳しい椅子取りゲームの中、闘っている梨沙に比べれば私の世界はまだ恵まれている方だろう。
「せっかく地元に帰ってきたんだし家族に顔を出したら?怜の友人だって会いたがってると思うわよ」
家か、そういえば何年も行ってないな。家族に会うにしてもあっちからみんな東京に来てくれるしそもそも行く理由がなかったから。
「うん、そーだね」
気遣ってくれた親友に対して空返事を返すと、メイクを終えた梨沙がいつのまにか対面のソファに座ってこちらを見つめていた。
透き通った青い髪、クリッとした大きい目、そして整ったプロポーション。贔屓目なしに彼女は最近の若手女優より何倍も可愛い。
「きっとアイツが貴方を見たら惚れちゃうんだろうな。私じゃなくて」
「ん?なんて?」
「え!?うそごめん!!なんでもない!」
今、口にしてた?ずっと会ってないからか気を抜くとついアイツの顔を思い出してしまう。覚悟を決めて離れようと決意したのは何年も前なのに。
揺らいでんのかな‥‥あんな酷い別れ方をしたのにそれはないか。
「地元はいいよ?なんていうか空気がいいの。落ち着くっていうか。やっぱここが自分の故郷なんだなーって心の底から実感して安心するの。まぁ私の場合地元から一緒にいる美弥とアイドルしてるせいかホームシックにはならなかったんだけどね」
「あ、そっか。あの子も貴方と同じ中学だったんだっけ?」
宮野美弥。サマースイレンのメンバーの1人で梨沙の幼馴染。あまり話したことがないから印象は薄いけど、自由気ままなマイペース。猫みたいな子だと思った記憶がある。
「そうそう。てかそれでいうとさ、怜には幼馴染とか居ないの?」
「—————ッ」
親友からのただの質問。だけど私にとってはこれほど鋭利な言葉はなかった。
トクトクと心臓が早く高鳴るのを覚えると小さく息を吐いて心情を落ち着かせる。
「1人だけ居たわ‥‥今は何をしているのかわからないけど」
「へーそうなんだ。どんな人なの?」
昔の話なんてずっとしていない。するほど関係を深めた相手が芸能界にいないからだ。けれど梨沙は別。本当に興味があって私の過去を知ろうとしている。知らないと言って冷たく突き放すのは簡単だけど、悪気がなく聞いている彼女にそんなことできなかった。
「何をやっても他人を凌駕する才能。完璧超人。演技のセンスを兼ね備えた素質の塊。きっとああいう天才が他人を束ねてリーダーになるのだと思っていた。一緒に芸能界の道に進むのだと思ってた。なのにアイツはあんなおままごとを‥‥ッ」
「怜?」
ギチギチと自身の爪を噛み始める怜に対して異変を覚えた梨沙は、そっと彼女の肩に手を置くようにして正気を保たせた。
「大丈夫?汗がひどい。嫌なこと思い出させちゃったかな、ごめんね?そんな気は本当になかったの」
「こっちこそ‥‥ごめん。勝手に熱くなって」
それから数分が経っただろうか。私は梨沙にアイスコーヒーをもらって体に残った熱を少しずつ冷ましていった。
まもなくして舞台関係者のスタッフが控え室の扉をノックし、立ち位置の確認を行うとの指示が入った。
「それじゃあ行ってくるね怜。私が用意した特別席で親友の勇姿を見ててね?」
「うん。頑張ってね、梨沙」
廊下の曲がり角を曲がるまで彼女はこちらを振り向きながら手を振っていた。あんな笑顔を見せて、気遣いもできる。なんだか同じ女性として敗北している気がした。
なんせこっちは十数年の片思いが忘れられず、親友を前に感情を溢れ出してしまうほどの未熟者なんだから。
「女優、失格かな」
そうして親友の梨沙を見送った後、斉藤怜はライブ会場に向かって歩き出した。
▼▽
「とうちゃーーく!!ここが柏ソニックドーム!!君が求める光がたっくさん集まる場所だよ、大樹!」
「‥‥ドーム?え、野球見るの?」
かくして、嵐の予感を漂わせながら各々の運命が交錯する。