第五話:神魔合一
あとがきに本作の今後の連載に関する『重要なお知らせ』があります!
最後まで目を通していただきますよう、お願いいたします!
ツェリィがエリクサーを飲み干したその瞬間、
「……う、うそ……っ」
神聖な光が全身から溢れ出し、背中に刻まれた大きな太刀傷が、一呼吸のうちに完治する。
「これが伝説の秘薬エリクサー!(さすがは聖女様のお薬、凄い効き目だ!)」
「あの深手が一瞬にして……っ(そして何より、貴重な薬を無償で手渡す深き度量……。さすがは聖女様、人としての器が違う)」
レティシアとラムザの信仰心が、さらにグーンと上昇した。
実際のところ、ルナの手に掛かれば、そこらの水は全てエリクサーと化すのだが……。
この場でそれを知るのは、腹心であるゼルのみだ。
「聖女様、本当に……本当にありがとうございます……っ」
死を覚悟していたツェリィは、両手を合わせて目を瞑り、感謝の祈りを捧げる。
(……普通の祈りができるのなら、いつもそうしてくれると嬉しいんだけどなぁ……)
ルナが苦笑を浮かべていると、
「ときにシルバー様、聖女様は他に何か仰られていませんでしたか? 私への神託――御命令はありませんでしたか!? なんでもいいんです! 何か、何か仰っておられませんでしたか!?」
ツェリィは鼻息を荒くしながら、ジリジリジリジリと詰め寄ってきた。
ハイライトの消えたその瞳は、昏くどんよりと淀んでおり、どう見ても尋常の様子じゃない。
(ひ、ひぃ……やっぱり聖女教徒は怖いよ……っ)
ルナは底知れぬ恐怖を感じながら、自分の要望を伝えることにした。
「え、えっと……聖女様は『シルバーの言うことをよく聞くように』と仰っています」
「はっ、承知しました! なんなりと御命令ください!」
ツェリィはその場で跪く。
聖女の奇跡たるエリクサー。その効能を直に体験したため、シルバー=聖女の代行者と確信したようだ。
「それで、いったい何があったんですか?」
「実は……」
ツェリィは真剣な表情で語り始めた。
先日聖王国で行われた対談の最中、聖女教の北西支部が襲われたこと。
本尊たる聖女様像が破壊され、大切な赤の書の複製が燃やされたこと。
首謀者は忌まわしき邪教――レオナード教であること。
ここまで聞いたところで、ルナとゼルは小首を傾げた。
「ん、レオナード教って……?」
「奴等なら、シルバーが滅ぼしたはずだが?」
ルナの必殺技『聖女パンチ』。
残念極まりない名前から飛び出すその一撃により、レオナード教国は地図上から消え去った。
「やはりアレは、聖女パーティによる神罰だったのですね!」
ツェリィはキラキラと目を輝かせ、
(シルバー殿って、本当にお強いんだなぁ……っ)
(あの壮絶な大破壊は、人の手によるものじゃないと思ったが……。シルバーならば、やりかねんな)
レティシアとラムザは、驚愕に言葉を詰まらせた。
レオナード教国の破滅――その真相を知るのは、極々少数の人間に限られる。
あの場に居合わせたルナ・ゼル・オウル・レイオス・カース、そして報告書を受け取ったエルギア王国の上層部のみ。
まさかただのパンチ一発で、あんな大惨事が引き起こされたとは、誰も想像だにしておらず……世間には『邪教が魔法実験に失敗し、大爆発を起こした』と認識されている。
話がやや脱線し掛けたところで、ルナがゴホンと咳払いをする。
「私の記憶違いでなければ、レオナード教は潰れたはずですが……。いったいどういうことでしょう?」
「レオナード教は信仰の違いにより、二つの宗派に分かれているのです。聖女様がお潰しになられたのは、レオナード十三世が率いる『人魔合一派』。今回問題となっているのは、そこから枝分かれした『神魔合一派』」
「なるほど(名前が似ててややこしいなぁ……)」
「神魔合一派の教義は、『神と魔族の合一により、世界を原初へ巻き戻し――究極の理想郷へ至る』。早い話が『全てを滅ぼして天国を作りましょう』という、破滅願望に塗れた危険極まりない思想です」
「相も変わらず、碌でもない奴等ですね……」
ルナは呆れたようにため息を零す。
「神魔合一派の襲撃を受けた後、聖女教はウェンブリー教皇を筆頭とした討伐隊を編成し、その日のうちに奴等の本部『天楼山』へ御礼参りに向かいました。しかし、敵の力は想像を遥かに超え……」
「手痛い反撃を受けた、と」
ツェリィは沈痛な表情で、コクリと頷いた。
「神魔合一派は悪しき邪法に手を染め、悍ましい『生物兵器』を作り出した。剣も魔法もあらゆる攻撃が通じない、アレは人智を超越した化物です……ッ」
「どのような敵だったのでしょう?」
「それが……申し訳ございません。私達は本体から伸びた極一部、刃の生えた触手にやられたため、詳細についてはわかりかねます」
「ふむ(うーん、触手か……ぬめぬめ系だと嫌だなぁ)」
ルナが眉を顰めている間にも、ツェリィは話を進める。
「聖女様はその人生において、ただの一度も逃げなかった。故に我々も決して退くことなく、勇猛果敢に戦い――壊滅的な被害を受けた。もはや万事休すかと思われたそのとき、教皇は最後の力を振り絞って<異界の扉>を展開し、私に『メッセージ』を預けて聖王国へ飛ばしたのです」
このとき、ゼルの目が鋭く光る。
(ほぅ……ウェンブリー殿は、<異界の扉>を単独かつ即座に行使できるのか。さすがはウィザー卿の子孫、魔法士としては一流だな)
彼の卓越した頭脳が百計を巡らす中、真剣な表情のツェリィが口を開く。
「シルバー様、これが教皇からのメッセージです。『聖女様、天楼山には想像を絶する化物がいます。かつての貴女ならばともかく、力を失った今の状態では、万が一ということも考えられる。どうか私達のことはお気になさらず、今は回復に努めてください!』――こちらを聖女様にお伝え願えませんか?」
ウェンブリーは死の危機に瀕しているときでさえ、ただひたすらに聖女のことだけを思っていた。
「……ほんとそっくりだなぁ」
「え?」
「いえ、こちらの話です」
ルナはフルフルと小さく首を横へ振る。
「それで、ウェンブリー殿はまだ無事なのですか?」
「神魔合一派の連中が『教皇は生け捕りにしろ』と言っていたので、おそらく今はまだ無事かと」
「ふむ、あまり時間の余裕はなさそうですね」
ルナは右手を顎に添え、しばし考え込む。
(ウィザー卿は変な人だったけど……本当に変な人だったけど、いろいろとよくしてくれた。三百年前の借りもあるし、今日は別にすることもないし、見殺しにすると寝覚めが悪いし――暇つぶしがてら、助けに行こうかな)
根が優しい彼女は、なんだかんだいろいろな理由を付けて、ウェンブリーの救出を決めた。
そんな折、ゼルが質問を投げ掛ける。
「その神魔合一派とやらは、何故聖女教を襲ったのだ? やはり復讐か?」
かつて栄華を極めたレオナード教国は、聖女教との激しい宗教戦争に敗れ、地下に追いやられた過去を持つ。
怨恨による犯行というのが、最も自然な筋書きだ。
「それもあるかもしれません。ただ……おそらく奴等の狙いは、教皇の保有する『聖遺物』」
「……聖遺物……?」
ルナの耳がピクリと反応した。
彼女は現在、自身の描いた私小説・ポエム集・同人誌などなど――世界中に散らばった黒歴史を集めている。
エルギア王国で確保した赤の書、グランディーゼ神国から奪った黄の書、残すところは後四冊。
(ウェンブリーさんはウィザー卿の子孫。私の黒歴史を隠し持っていたとしても、全然不思議な話じゃない……っ)
ルナの心のうちで、焦燥が湧きあがる。
「ツェリィさん! ウェンブリー殿が持つ聖遺物は、どのようなものなのでしょうか!?」
「えっ、えっと……すみません。聖女教の宝物ゆえ、私も見たことがなくて……っ」
「これは非常に大切なことなんです! どんな些細なことでも構いません! 何か、知っていることはありませんか!?」
シルバーの熱意に圧倒されつつも、ツェリィは必死に頭を回す。
「……あっ、そう言えば……」
「そう言えば!?」
「最も古株の祭司によれば……聖遺物は『薄い本』だったと」
「薄い、本……だと!?(私の……黒歴史ノートだ……っ)」
【重要なお知らせ!】
明日より『断罪された転生聖女は悪役令嬢の道を行く!』第2巻の書籍化作業に入るため、Web版の連載を一か月ほどお休みさせていただきます!
本作の書籍版は、Web版をそのまま載せているのではなく、大量の加筆修正+新規書き下ろし『300年前の聖女パーティの冒険』を収録しているので、書籍化作業がめちゃくちゃ大変なんです!(笑)
書籍版はWeb版の『完全上位互換』ですので、聖女様の物語を楽しんでいただいている方は、是非そちらも読んでみてください! 多数の新展開に加えて、『300年前の物語』が大ボリュームで収録されているので、買って損はしないはずです!
Web版の正確な再開時期については、原稿作業の終わりが見え次第、活動報告で発表しようと思います!
私(月島秀一)を『お気に入りユーザー登録』していただけると、スムーズに通知が届くと思うので、よかったらそちらもお願いします!
それではまた、一か月後にお会いしましょう!
ps:書籍版も是非買ってね……!