第四話:機転
聖女教との対談から一夜明け、太陽が田畑を照らす頃、聖王国に一台の馬車が止まった。
「――レティシア様、足元にお気を付けください」
「ありがと、ラム」
客車から降りたのは、二人の若き男女。
聖王国ゴドバ領およびカソルラ領領主レティシア・リンドリア、同地の宰相を務めるラムザ・クランツェルトだ。
レティシアは現在、ゴドバ領だけでなく、カソルラ領も統治している。
『蟲の女帝』ナターシャ・リンドリア亡き後、指導者を失ったカソルラ陣営より要請を受け――唯一王代理シルバーの許可を取り、このような形になったのだ。
「ここが聖王国かぁ……。うん、自然豊かで気持ちのいいところだね」
「はい、牧歌的で非常に好ましい雰囲気かと」
レティシアの護衛は、ラムザただ一人。
傍から見れば、些か心許なく思えるかもしれないが……。
ラムザ・クランツェルトは一騎当千の猛者であり、彼の守りは一個師団の警護に匹敵する。
「えーっと、確かここに……あったあった」
レティシアは懐を漁り、一通の手紙を取り出した。
それはゼルが送ったもので、聖王国の簡単な地図が同封されている。
「ふむふむ……ラム、こっちだよ」
「いえ、反対かと」
「え゛っ!?」
どこぞの聖女&忠臣と同じようなやり取りを交わしつつ、レティシアとラムザは会談場所のログハウスへ向かった。
「レティシア様は、昔から地図を読むのが苦手ですね」
「もう、また馬鹿にして……!」
「いえ、決してそのようなつもりはございません」
レティシアはムッと頬を膨らませ、ラムザは柔らかい顔で苦笑する。
それから地図を頼りに歩くことしばし、遠目に大きな木造の一軒家が見えてきた。
「あっ、あそこかな?」
「はい、そのようですね」
ログハウスのちょうど玄関前あたりには、武骨なプレートアーマーと大きな鳥の獣人が立ち並び、何かを話し合っているように見えた。
「ゼル、お腹空いてきたかも……」
「この会談が終わりましたら、何かお作りしましょう」
「やった!」
遠目からでもよく目立つこのペアこそ、世界中の耳目を集める聖王国の重鎮だ。
両陣営はお互いの存在に気付き、和やかな雰囲気で再会を祝う。
「レティシア殿、ようこそ聖王国へ、歓迎いたします」
「シルバー殿、此度はお招きいただき、ありがとうございます」
シルバーが温かく出迎え、レティシアは礼儀正しくお辞儀をした。
「ラムザ殿もお変わりないようで安心しました」
「シルバーも――失礼、シルバー殿もお元気そうで何よりです」
ラムザは小さく頭を下げ、すぐに言葉遣いを改めた。
その様子を見たルナは、愉快げに肩を揺らす。
「ふふっ、いつもの呼び方で構いませんよ。ラムザ殿に敬語を使われては、背中がむず痒くなってしまう」
「そうか? それは助かる」
挨拶もそこそこといった頃、ルナがとある提案を口にする。
「今日は天気もいいですし、少し我が国を見ていかれませんか?」
「よろしいのですか?」
「はい、以前レティシア殿には、武道国を案内していただきましたからね。今日は私の番かと思いまして」
「まぁ、是非お願いします」
「では早速、こちらへどうぞ」
ルナとレティシアが肩を並べて歩き、その後ろを忠臣二人が付き従った。
緑豊かな田畑・馬の駆ける牧場・大きな野菜売り場など、素朴な味わいのある場所を見て回る。
聖王国とゴドバ領は土地柄がよく似ているため、自然と農業の方向で話が盛り上がった。
それからほどなくして、大きな空き地に到着する。
「ここは聖城の建設予定地。今はまだ基礎を造っている段階なので、あまり見栄えはよくありませんが……。いつかきっと立派なモノが建つことでしょう」
「完成するのが楽しみですね。その際には是非、私達もお呼びください。盛大にお祝いいたします」
「ふふっ、ありがとうございます」
ルナとレティシアが仲睦まじく話している折、ラムザはキョロキョロと周囲を見回す。
(家屋・堀・展望塔……建設途中のものが目立つな)
聖王国が独立を宣言してしばらく経つが、あまり発展しているようには見えない。
一応、都市化に向かおうという動きは確認できるものの、どれも『宙ぶらりん』という印象を受ける。
そしてその原因は、誰の目にも明白だった。
「シルバー、国興しの途中というのはわかるが、明らかに人手が足りていない。もしも必要とあれば、こちらから人員を派遣するが?」
「いえ、お気遣いなく。疲弊しているゴドバ領から、労働力をせびるような真似は致しません」
「そうか(この余裕に満ちた態度……もう既に何か手を打っているな。さすがはシルバー、つまらぬ杞憂だったか)」
ルナのこれは余裕ではなく、ただ何も考えていないだけであって、秘策など存在しないのだが……。
先の一件で、ラムザのシルバーに対する評価は天井知らずとなっており、無駄な深読みをしてしまった。
そうして四人が聖王国を見て回っていると、聖王国に住む人々がにわかに騒ぎ出す。
「あの御方はもしや……レティシア様では?」
「おぉ、ゴドバ武道国の宗主様か!」
「これこれ、今は聖王国ゴドバ領じゃて」
「今はカソルラ領の領主も、やっておられるそうだぞ? まだ若ぇのに立派なもんだ」
「しかし、さすがは聖女様。みんな、あの御方のもとへ集まってくる」
レティシアとの旧交を温めつつ、ゴドバ領・カソルラ領との結び付きを示す――そのため、わざわざ時間を割いて聖王国を巡ったのだ。
無論これは、ゼルの発案である。
その後、ログハウスへ戻った一行は、長机を挟んで席に着く。
「さて、そろそろ第一回目の会談を始めようか」
副参謀ゼルが音頭を取り、宰相ラムザがコクリと頷く。
これから話し合われるのは、『見返り』についてだ。
戦争で疲弊したゴドバ武道国とカソルラ魔道国は、帝国を筆頭とした周辺諸国から身を守るため、聖王国の傘下に入った。
聖女陣営に保護してもらう見返りとして、人材派遣・資源供与・技術提供を約束しており、ここではその詳細を詰めていく。
「まず人材派遣についてだが……。先ほどシルバーも言っていた通り、これはしばらく必要ない。今はそちらの戦後復興に注力してくれ」
「お心遣い、感謝します」
「次に資源供与。我が国は食料に困っていないので、石炭や鉄鉱石のような鉱山資源――特に魔石を融通してもらえると助かる」
「そう仰られるかと思い、既に手配を済ませております。必要とあらば、明日にでも」
「ほぅ、仕事が速いな」
ゼルは目を丸くし、
「恐縮です」
ラムザは小さく頭を下げた。
「逆に、そちらが必要としているものはあるか?」
「先の戦いによる兵の損耗が激しく、医療資源が不足しております、もし可能であれば、ポーション類をいただきたく」
「わかった。後日、シルバーの<異界の扉>を通じて、ゴドバ城に中位ポーションを送ろう」
「ありがとうございます」
ゼルとラムザが建設的な話を進める中、
「そう言えば先日、とてもカラフルな珍しい鳥を見つけましてね」
「それって頭に小さな鶏冠のある、可愛い鳥じゃありませんでしたか?」
「おや、レティシア殿もご覧になられたことが?」
「はい、以前に一度だけ。あれは確か、カソルラ魔道国との戦争前夜だったかな……?」
参謀ルナと領主レティシアは、ほんわかとした雑談に花を咲かせる。
二人とも小難しい話があまり得意じゃないため、会談や交渉のような仕事は、基本腹心に任せているのだ。
そうして会談も終盤に差し掛かる中、コンコンコンと小さなノックが響いた。
ルナの視線を受け、ゼルが対応に動く。
「はい、どちら様ですか?」
「聖女教の祭司……ツェリィ・ランドール、です。シルバー様にお取次ぎを願いた、く……」
「申し訳ございません。今は大切なご客人を招いており――」
丁重に断ろうとしたそのとき、ルナの鋭い声が走る。
「――ゼル、すぐに扉を開けるんだ」
「いえしかし……」
「嫌な予感がする。おそらく緊急事態だ」
ルナは知能こそ足りないものの、その第六感は世界最高レベル。
それをよく知るゼルが、すぐに扉を開けるとそこには――血だらけのツェリィ・ランドールが倒れていた。
「お、おい、どうした!? しっかりしろ!」
ゼルはそう声を掛けながら、ツェリィを室内に運び入れる。
「ひ、酷い傷……っ」
レティシアはハッと口元を手で押さえ、
「背後からの一太刀、これはもう……」
ラムザは「助からない」という言葉を飲み込んだ。
「シル、バー、様……どうか……聖女様……に、お伝えいただきたい、こと、が……」
ツェリィは『聖女へのメッセージ』を預かっており、それを届けるために聖王国まで逃げ延びた。
今こうして命を繋いでいるのは、なんとか意識を保っているのは、彼女が持つ『気高き信仰心』ゆえ。
「聖……シルバー、まだ間に合う! すぐに治療を!」
「うむ」
レティシアとラムザがいる手前、<聖龍の吐息>を使うわけにはいかない。
爆速で台所へ走ったルナは、グラスに水を注ぎ、自身の魔力を込め、エリクサーを生成――すぐさまそれを持ち戻った。
「さぁツェリィさん、このポーションを飲んでください」
「……これ、は……?」
「万が一に備え、聖女様よりいただいたエリクサーです」
「だ、駄目、です……いただけません……っ」
ツェリィは首を横へ振り、断固として拒否した。
「な、何を言っているんですか!?」
「死にたくなければ、早く飲むんだ!」
レティシアとラムザが語気を強めるが、ツェリィは頑として応じない。
取るに足らない自身の命と聖女様の尊きエリクサー。
聖女教の幹部として、どちらを優先すべきかなど、敢えて言うまでもなかった。
一応、ポーションは振り掛けても効果を発揮するが……。
それはツェリィの意思を踏み躙る行為であり、最終手段とすべきもの。
(……信じられないほど強い意思だ。ツェリィさんは、きっと死んでもこれを飲まない……)
そう判断したルナは、珍しく機転を利かせる。
「うぅむ、それは困りましたね。聖女様は『飲むように』と仰られているのですが……」
「いただきます」
ツェリィは前言を撤回し、一切の躊躇なくエリクサーを飲み干した。
聖女教徒にとって、聖女様の言葉は『絶対遵守』。
たとえこれが腐臭漂うドブ水であったとしても、聖女様が飲めと言ったのならば、笑顔で飲み干すことだろう。
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どうかお願いします。
ほんの少しでも
「聖女教(邪教)が邪教の返り討ちに!?」
「ツェリィさん、聖女様の言うことは聞くのね(笑)」
「早く続きを読みたい! 陰ながら応援してるよ!」
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今後も『定期更新』を続けていく『大きな励み』になりますので、どうか何卒よろしくお願いいたします……っ。
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