第三話:質問
(ま、マズい、なんか急に核心を突いてきた……っ)
鎧に入ったルナがダラダラと冷や汗を流していると、有能な腹心がすぐさまサポートに入る。
「ここにいるシルバーは紛れもなく、聖女パーティの一員であり、三百年前に旅をした仲間です。それはこの私が保証しましょう」
聖女パーティの一員どころか、聖女様御本人なのだが……。
当然、そんなことを言えるわけもない。
一方、大剣士ゼルの言葉は、聖女教にとって大きな意味を持つようで……ウェンブリーに付き従う祭司たちは、こそこそと小さな声で密談を交わす。
「ゼル様がこうもはっきりと断言なされるのであれば、やはり『陰の英雄』は実在したのでは……?」
「あぁ、私も同じ意見だ。彼の大英雄が嘘をつくとは思えん。それに何より、我等の調査とて完璧ではないしな」
「聖女学会が発表した最新の声明によれば、シルバー様は『聖女パーティのNo2』とのこと。我等の目を欺き、歴史の裏に隠れることなど、造作もないはずだ」
三人が納得の姿勢を見せる中、教皇だけは尚もゼルに食い下がる。
「し、しかし……! 聖女教が総力を挙げて行った三百年の調査では、シルバーという存在は確認できなかった! 文献・壁画・伝承・民話・舞踊、あらゆる媒体を漁りましたが、全身甲冑なんて影も形もなかった! こんなの、おかしいじゃないですか!」
「何もおかしくありません。シルバーは聖女様の勅命を受け、『極めて特殊な任務』に従事しておりますからね」
「き、極めて特殊な任務……?」
「聖女様の身にナニカがあった場合、その事案を密かに調べ上げ、然るべき沙汰を下す――謂わば『裏』の仕事です。シルバーはこの任務を果たす為、鎧を纏って素性を隠し、我等とは別行動を取っていた。自身の記録が残らぬように徹底していたので、歴史に足跡が残っていないのはむしろ必然。おそらく魔王軍とて、彼の正体を掴めていないでしょう」
ゼルの尤もらしい作り話を受け、祭司たちはブルリと体を震わせる。
「さ、さすがは聖女様だ……! あらゆる事態を想定し、その全てに完璧な手を打たれている!」
「なんと深き叡智……っ。やはり彼女こそが、この世界を統べるにふさわしい!」
「専門家によれば、『聖女様の最も恐ろしいところは、卓越した聖女脳にある』と言うが……。どうやらその話は、間違いないようだな!」
彼らが心からの賛辞を寄せる中、
(ゼル、やっぱり頭いいなぁ……)
ルナはポカンと口を開けながら、副参謀の弁論術に感心し切っていた。
「聖女様はシルバーに全幅の信頼を寄せており、その働きぶりを高く評価しておられる。彼は文字通り『聖女様の代行者』であり、シルバーが話す言葉は、聖女様の真意となる。この点、どうかご承知いただきたい」
「だが、しかし……。初代教皇の手記にそんなことは全く……っ」
口籠るウェンブリーに対し、ゼルは鋭い口調でダメ押しを行う。
「それともなんだ。聖女教は、聖女様の真意を解せぬというのか?」
その瞬間、
「「「「……ッ!?」」」」
ウェンブリーと三人の祭司は、ハッと言葉を詰まらせた。
聖女様の真意を掴めぬ愚物……それすなわち、彼らが忌み嫌う『異教徒』と同義。
「わ、わ、わ、わたし……私、は……っ。聖女様にお仕えする、敬虔な信者で……ッ」
ウェンブリーは前後不覚に陥り、
「……違う、違う違う違う違う違う! ボクは聖女様の忠実な下僕、断じて異教徒ではない……!」
「しかと理解せねば、聖女様の真意をきちんと汲み取らねば……っ」
「毎日の祈りが足りていないんだ、もっともっともっと信仰を捧げなくちゃ……ッ」
三人の祭司たちは、今にも壊れそうになっていた。
「ま、まぁ待てゼル、そこまで追い詰めてやるな」
「失礼しました」
主に窘められ、忠臣は一歩後ろへ下がる。
混沌とした場を落ち着けるため、ルナは咳払いをして話を先へ進めた。
「ウェンブリー殿、あなた方の主張は理解しました。しかし現実の問題として、私はここに実在する。そして大剣士ゼルもまた、シルバーの存在を肯定している。この矛盾、どのようにお考えでしょう?」
自分の存在が偽りか、聖女教の調査が誤りか。
答えは二つに一つ。
現状を客観的に見るならば――歴史の生き証人たるゼルが、シルバーを認めている以上、ルナの主張に分があるだろう。
「…………」
ウェンブリーは俯いたまま、しばらく黙り込み、やがてゆっくりと顔を上げる。
「シルバー殿は聖女様と繋がっており、意思の疎通を図ることができる――この認識に相違ありませんか?」
「はい」
本人ですから、という言葉をゴクリと飲み込む。
「シルバー殿は今この場で、聖女様に相談を持ち掛けることができる――この理解でよろしいでしょうか?」
「えぇ」
本人ですから、という言葉を再びゴクリと飲み込む。
「それならば、『確かめる方法』があります」
「確かめる?」
「今から一つだけ、質問をさせてください。あなたが本当に聖女様の代行者であるならば、彼女と意思が通じ合い相談ができるのであれば、この場で即答できるはずです!」
「……ふむ。その質問とやらは、聖女様がお答えできるものなのでしょうか?」
ルナの言葉には、いつもの張りがなく、どこか弱々しさを感じさせた。
彼女はなんだかんだで、自分の知力にあまり自信がない。
決して頭の悪い方だとは思っていないのだが、むしろよくキレる方だと思っているのだが……。
専門性の高い学術的なことを聞かれた場合、確実に答えられるとは言い切れない。
そのため、ウェンブリーの質問がどんなものなのか、きちんと確認しておく必要があった。
「私の問いは、聖女様のプライベートに深く根差すもの。彼女に相談すれば、すぐに答えが返ってくるでしょう」
「ふっ、いいでしょう。どうぞなんなりとお聞きください」
自分のことならば、何を聞かれても絶対に答えられる。
ルナは自信を取り戻し、わかりやすく強気になった。
そして――ウェンブリーは小さく息を吐き、真剣な表情で問いを投げる。
「三百年前、聖女様はとある種――」
彼がそこまで口にしたところで、コンコンコンッと扉が素早くノックされた。
「お話の途中に申し訳ございません! 聖女教祭司ツェリィ・ランドールでございます!」
つい先日、聖王国のログハウスを訪れた聖女教の祭司だ。
「どうぞ、お入りください」
ルナの許可を得たツェリィは、
「し、失礼しますっ!」
すぐに扉を開いて一礼し、ウェンブリーの元へ駆け寄った。
「おい、大切な対談中だぞ。いったいどうしたというのだ?」
「ウィザー教皇、それが実は――」
ツェリィは小さな声で耳打ちし、ウェンブリーの顔が驚愕に染まる。
「なん、だと……あの薄汚い邪教が!?」
「はい、北西地区はもう壊滅状態でして……」
「ぐっ、被害状況は……!?」
「不幸中の幸い、教徒の多くは『昼の祈り』に出ていたため、怪我人はほとんどいないようです。ただ、本尊である聖女様像が破壊されたうえ、大切な赤の書の複製も燃やされてしまい……っ」
「クソ、異教徒のゴミ共め……ッ」
憤怒の形相を浮かべたウェンブリーが、グッと奥歯を噛み締める中、
(な、ナイス……! 誰だか知らないけど、グッジョブだよ! この調子で、全ての複製を燃やしちゃって!)
ルナは心の奥底で、拍手喝采を送った。
「もはや我慢ならぬ……今度こそ根絶やしにしてくれるわッ!」
ウェンブリーは勢いよく席を立ち、ルナとゼルに目を向ける。
「大変申し訳ございません。異教徒のクズ共を始末せねばなりませんので、この場は失礼させていただきます」
彼は足早に退出し、三人の祭司とツェリィたちも、大急ぎでその後を追った。
「……出てっちゃった……」
「我等との話し合いを先延ばしにするとは、よほど深刻な問題が起きているようですね」
「うん、なんか緊急事態っぽかったね」
「まぁこちらの用件は、今日明日を急ぐものでもありませんし、彼らとはまた日を改めて話すとしましょう」
「…………うん」
ルナは露骨に嫌そうな顔で渋々頷き、重厚なプレートアーマーを脱いでいく。
「そう言えば、最初からずっと気になってたんだけどさ。ウェンブリーさんって、多分アレだよね?」
「はい、私も調査の途中で『もしや』と思っていたのですが……。今日こうして顔を合わせ、確信しました」
「ねっ、絶対に『ウィザー卿』の子孫だよ! 顔とか声とか喋り方とか、もうそっくりだもん!」
ヨハネス・ウィザー、通称ウィザー卿。
三百年前に爵位を剥奪された大貴族ウィザー家の当主であり、当時の皇帝が殊更に信を置いた『三本刀』の一振りだ。
ウィザーは熱心な――否、熱狂的な聖女の信奉者。
ルナの存在を神格化し、彼女の全てを是とする。
信仰が強過ぎるあまり、過激な行動に走るときもあるが……『帝国の良心』と呼ばれたほどの人格者で、領民からの絶大な信頼を得ていた。
「ウィザーの名を継ぐ者が、教皇を務めているところからして、聖女教の創始者はウィザー卿なのでしょう」
「多分そうだろうね」
ルナとゼルの推理は当たっており、聖女教の初代教皇はヨハネス・ウィザーだ。
「ウィザー卿の忠義は本物でした。初代ラインハルトと同様に信の置ける男です」
「それはまぁ、そうだけど……」
三百年前、世界中の人々がルナの処刑を望み、皇帝もそれに賛同する中――ウィザーは声を大にして反対した。
しかし、彼一人の力で暴走した世論を変えることはできず、そのまま火炙りの刑は断行されてしまう。
ウィザーはこれに憤激し、聖女を信奉する十人の同志を引き連れ、帝国を離脱。
その圧倒的なカリスマ・政治手腕・交渉術を駆使して、『超巨大組織』を立ち上げた。
それが――聖女教。
ウィザーは聖女一人と帝国全土を天秤に掛け、迷うことなくルナを選び取った男。
その忠誠心たるや、ゼルに負けずとも劣らない。
「此度のやり取りを見る限り、ウェンブリーもまた同様でしょう。そして聖女教徒の忠誠心も、並外れたモノがあるように見えました」
「みんな、かなり思想が強かったね……」
ルナがどこか遠いところを見つめる中、ゼルは自身の考えを述べる。
「聖女様もご存じの通り、聖王国は深刻な人手不足に喘いでおります。聖女教を国教と定めつつ、行き過ぎた祈りや布教を是正させ――労働力として活用する。これが最も味のよい一手かと」
「ん、ん゛ー……前向きに検討しとく……」
そうして聖女教の話が一段落したところで、ゼルは思い出したとばかりにポンと手を打つ。
「そう言えば明日、レティシア殿とラムザ殿がお見えになられます。もしよろしければ、聖女様も御同席なさりませんか?」
「レティシアさんとラムザさんが? 何をするつもりなの?」
「聖王国とゴドバ領・カソルラ領の繋がりを世界にアピールしつつ、今後の人材・技術・資源の交流について話し合う予定です。まぁ第一回目の会談なので、顔合わせの意味が強いかと」
「なるほど……。なんか国造りっぽくて面白そうだし、私も参加しよっかな」
「はっ、承知しました」
【※とても大切なお知らせ!】
書籍版第1巻、大好評発売中です!
書籍版には300年前の物語が、2万字を超える特大ボリュームで収録されているので、是非こちらもよろしくお願いします!
そしてこの下にあるポイント評価から、1人10ポイントまで応援することができます……っ。10ポイントは、冗談抜きで本当に大きいです……っ!
どうかお願いします。
ほんの少しでも
「聖女教(邪教)が異教徒(邪教)に襲われてる!?」
「懐かしいキャラ(レティシア&ラムザ)キター!」
「早く続きを読みたい! 陰ながら応援してるよ!」
と思われた方は、下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、応援していただけると嬉しいです!
今後も『定期更新』を続けていく『大きな励み』になりますので、どうか何卒よろしくお願いいたします……っ。
↓広告の下あたりに【☆☆☆☆☆】欄があります!
(※『読んだよー』の一言でも感想をいただけると、作者がウキウキと喜びます)