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第二話:教皇

 ルナが聖女教との直接対談を決めた後、ゼルはすぐに先方の祭司(さいし)と接触。 

『聖女様の御意志』と前置きしたうえで、シルバーと教皇の対談を持ち掛けたところ……彼らは大粒の涙を流しながら承諾。

「すぐにでもお伺いしたい」と詰め寄ってきたが、今日の今日というのはさすがに急過ぎるので、明日の正午ということで話は纏まった。


 そうして迎えた翌日、


「う゛ぅー、あ゛ぁー……」


 聖王国のログハウスに、珍妙な(うめ)き声が響く。

 出所はソファの上、グデンと寝転がったルナの口元からだ。


「聖女様、そのようなだらしない格好をしてはいけません。ほら、きちんと座ってください」


 ゼルの大きな翼に引っ張られ、ゴロ寝の状態から座った姿勢に戻される。


「はぁ、貴重な休校日がこんなイベントに潰されちゃうなんて……」


『厄介ファン』との直接対決を決めたものの、いざ本番当日となると、どうしても気が重くなってしまう。


「自分の部屋に引き籠って、カーテンを閉め切って、ずっと小説を読んでいたい……」


 聖女様、暗くて狭いところが好き。

 自室の隅っこやクローゼットの中などの陰気な場所で、本を片手にニマニマと微笑んでいる姿が目撃される。


「そんな状態で本を読んでいては、目を悪くしてしまいますよ?」


「大丈夫。私の聖女(アイ)は、視力30.0ぐらいあるから」


 彼女はそう言って、大きな空色の瞳をパチパチと(またた)かせた。


「はぁ、まったくこの御方は……」


 ゼルはため息をつきながら、横目でチラリと時計を見る。


「っと、もうこんな時間か。聖女様、シルバーの衣装にお着換えください」


「ん」


 ルナは<換装(コンバージョン)>の魔法を発動し、いつものプレートアーマーを装着。

 聖女バレ対策を済ませた後は、リビング最奥の椅子に腰掛け、ゼルはその後ろに控える。


「いいですか聖女様? この対談の目的は、聖女教の過激な活動を(いさ)めること。まずは自己紹介をして軽く挨拶。その後は雑談で場を温め、自然な形で本題を切り出す。昨晩、打ち合わせをした通りです」


「おっけ、任せて」


 それから待つこと十分。

 時計の針が十二時を指し示すと同時、コンコンコンとノックの音が響く。


「聖女教教皇ウェンブリー・ウィザーです。シルバー殿とお話しすべく、参上(つかまつ)りました」


 ルナが視線を向けると、ゼルは音もなく動き出し、扉をスッと開ける。


「お待ちしておりました。どうぞお入りください」


 三人の祭司(さいし)を連れたウェンブリーは、小さく頭を下げ、ログハウスの中へ足を踏み入れた。


 ルナはその場で席を立ち、歓迎の空気を演出し――それを受けたウェンブリーもまた、柔和な笑みを浮かべる。


「はじめまして、聖女教教皇ウェンブリー・ウィザーと申します。以後、お見知りおきを」


 ウェンブリー・ウィザー、35歳。

 身長180センチ、細く引き締まった体には、鍛え抜かれた針金のような筋肉がある。

 オールバックにしたアイボリーの短髪。

 大きな紫紺の瞳、深い(しわ)の入った顔、漆黒のローブに身を包む。


「ウェンブリー……ウィザー(・・・・)……?」


 ルナは(いぶか)しげに目を細め、ウェンブリーの渋い顔をジッと見つめる。


「おや、どうかされましたか?」


「あっいえ、なんでもありません」


 ルナは小さく横へ首を振り、コホンと咳払いをする。


「私はシルバー・グロリアス=エル=ブラッドフォールンハート。そしてこちらは――」


「ゼル・ゼゼドです」


 お互いに挨拶が済んだところで、ルナはソファに視線を落とす。


「さっ、どうぞお掛けください」


「失礼します」


 ウェンブリーは目礼(もくれい)をして椅子に座り、三人の祭司たちはその背後に並んだ。


「ゼル、客人にコーヒーを」


「はっ」


 主人の命を受け、忠臣は素早く動き出し、湯気の立ったカップを机の上に置く。


「お心遣い、ありがとうございます」


 ウェンブリーは謝意を伝え、()れ立てのコーヒーに口を付ける。


 そうして話し合いの場が整ったところで、ルナがコホンと咳払いをした。


「ようこそ聖王国へ、歓迎いたします、ウェンブリー殿」


「こちらこそ、此度はお招きいただき、感謝の言葉もございません」


 自己紹介と挨拶を済ませたルナは、手始めに当たり障りのない雑談を振る。


「聖女教の存在は、かねてより気に掛けていましてね。あの熱狂的な祈りを見て、聖女様も微笑んでおられた」


『微笑み』というよりは、『引き()った笑み』だが……嘘は言っていない。


「な、なんと……っ。聖女様が我等の祈りをご覧に……!?」


「えぇ、もちろんです」


 街中であんな奇行をされたら、嫌でも目に入ってしまう。


「その際、聖女様は何か仰られていませんでしたか!? 至らぬところがあれば、是非ご教示願いたく!」


「え、えーっと……『熱意に満ちた祈りですね』と言っておられた、よう、な?」



「あ、あぁ……っ」


 ウェンブリーの瞳から、大粒の雫が流れ落ちた。

 背後に控える三人の祭司たちも、顔をぐちゃぐちゃに歪ませ、涙と唾液を床に撒き散らす。


 神と(あが)める聖女様が、自分たちの祈りを見てくださったばかりか、お褒めの言葉まで述べられた。

 聖女教徒にとって、その事実はあまりに大きく……途轍もない多幸感が全身を包み、幸せホルモンが脳内を駆け巡る。


(う、うわぁ……っ)


 大の男が四人、恍惚(こうこつ)とした表情で涙を流すその光景は、控えめに言って地獄だった。


(でもこれ、掴みは上々だよね?)


 そう判断したルナは、話を徐々に広げていく。


「あなた方の活動は、よく耳にしております。聖女様の信仰を広めるべく、身を粉にして活動していると」


「はい、もちろんです! 聖女様の崇高な教えを愚民どもへ伝えんとして、世界中で布教活動に勤しんでおります!」


「なるほど、素晴らしい心掛けだ。(私、別に教えなんて残してないけどなぁ……っ)」


 彼女が後世に遺したのは、自身の創作物(くろれきし)だけだ。


「ちなみに現在、聖女教徒は何人ぐらいいらっしゃるのでしょうか?」


「そう、ですね……。私が教皇として全体を統括し、その補佐に幹部の祭司(さいし)が十人。それから宣教師が一万人、伝道者(でんどうしゃ)が五万人、修道僧(しゅうどうそう)が十万人、一般教徒は十五万人余り。まだ洗礼の済んでない候補生を除いたとして……世界に散らばる同志は、おおよそ三十万人ぐらいでしょうか」


「三、十、万……っ」


 ルナは<交信(コール)>を使い、ゼルに思念を飛ばす。


(どうしようゼル、聖女教……思っていたよりも、ずっと大きいかも……っ)


(王国最大の都市でも、人口は十万人を下回る。聖女教徒の総数は、単純計算でその三倍……。まさかここまでの規模だとは……っ)


 僅かな沈黙が降りる中、せっかく温めた空気が冷めぬよう、ルナはなんとか会話を繋ぐ。


「し、しかし、それほどの大所帯になってくると、スパイ紛いの者も入ってくるのでは?」


「心配ご無用。聖女教に入信するには、三年に及ぶ洗礼を受けなくてはなりません」


「洗礼……?」


「まずは発声練習に始まり、次に複製した赤の書を輪唱(りんしょう)し、やがて祈りの作法(コール)を学ぶ。その他、多種多様な教化(きょうか)を乗り越えた者だけが、晴れて一般教徒として迎えられるのです」


「なる、ほど……っ」


「まぁここだけの話、過去に何人か異教徒のゴミが紛れ込んでいましてね。しかし彼らはみな、教化の過程で精神を崩壊させました。誠の信仰心なくしては、洗礼を遂げることはできないのです」


 ウェンブリーがそう言うと、背後の祭司たちは「(しか)り」とばかりに頷いた。


 ルナはその間、再びゼルに思念を飛ばす。


(ど、どうしようゼル……。聖女教徒……思っていたよりも、ずっと頭のおかしな集団だよ……っ)


(いくつかの情報筋から、『聖女教にだけは関わるな』と聞いておりましたが……。まさかここまで、異常な者たちだとは……っ)


 聖女教徒の信仰心は、もはや天井をぶち抜いていた。


 ルナとゼルが言葉を失っていると、ウェンブリーが真剣な表情で口を開く。


「私からも一つ、よろしいでしょうか?」


「はい、なんでしょう」


「本日、我々が聖王国へ()せ参じた目的は、他でもありません。どうか一分だけ、いえ十秒だけでいいのです――聖女様にお目通りを願いたい」


 ウェンブリーはそう言って、切なる希望を口にした。


 しかしルナは、小さく首を横へ振る。


「残念ですが、それはできません」


「……理由をお聞かせ願えますか?」


「広く知られている通り、聖女様は転生に掛かるダメージを受けており、今は回復に専念しておられる。かつての力と記憶を取り戻すまで、聖女パーティの面々以外とは会わない――これが彼女の意思です」


 明確な拒絶を受けたウェンブリーは、無言のままに天井を仰ぎ――静かにツーっと涙を流す。


「あの、大丈夫ですか?」


「今――疑念(・・)確信(・・)に変わりました」


「疑念?」


「正直な話、おかしいとは思っていたんです。だが、信じたくなかった。束の間の幻想(ゆめ)(ひた)っていたかった。残酷な現実を……受け入れたくなかった……ッ」


 彼は悲痛に満ちた表情で、ギュッと拳を握り締める。


「えっと……何を仰られているのでしょうか?」


「聖女様――本当は(・・・)まだ(・・)転生されて(・・・・・)いないの(・・・・)でしょう(・・・・)?」


「……はぃ?」


 あまりにも斜め上の結論を受け、ルナは()頓狂(とんきょう)な声をあげてしまう。


「だって、おかしいじゃないですか! もしも彼女が転生なされたのであれば、迷える我等を導いてくれるはずッ! なぁ、そうだろうみんな!?」


 背後に控える祭司たちは、コクコクコクと何度も頷く。


「いえ、それはその……っ」


 ルナは返答に窮した。「あなたたちは怖いので、普通に関わりたくないです」とは言えなかったのだ。


「そして何より、シルバー殿の存在が全てを曇らせる!」


「私?」


「我々の調べる限り、三百年前の聖女パーティに全身甲冑を着た男は存在しない! シルバー・グロリアス=エル=ブラッドフォールンハート、あなたはいったい何者なんですか!?」


 ウェンブリーはそう言って、鋭い質問を投げ掛けるのだった。

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― 新着の感想 ―
聖女教、クリーンさもすごいけど頭のおかしさも予想以上…… 宗教を本当にクリーンに保ったまま大きくするにはこのくらいの狂気は必要ということか……
[一言] 続きを〜〜〜〜〜〜
[気になる点] > 鍛え抜かれた針金のような筋肉がある。 鋼のような筋肉ではなく、針金… ガリガリなんでしょうか
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